「常識覆す成果」海底地下の岩石1cm3当たりに100億細胞の微生物

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亀裂の粘土に濃集する有機物が密集の鍵

2020-04-03 東京大学

鈴木 庸平(地球惑星科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 海洋地殻上部を構成する玄武岩(注1)を対象に、岩石内の微生物細胞数を計測する技術を開発し、玄武岩の亀裂内部を調べた結果、亀裂を埋める粘土鉱物に、極めて高い密度(例えると人間の腸内と同等)で微生物が生息していた。
  • 岩石内のDNA や脂質を詳しく調べた結果、従来考えられてきた無機物がエネルギー源の独立栄養生物(注2)ではなく、有機物をエネルギー源にしている従属栄養生物(注3)に分類される微生物であると判明した。
  • 海洋地殻上部の玄武岩は、火星の表面の大半を覆う岩石でもあり、岩石と水が反応して形成される粘土鉱物も同じ種類であることから、火星の岩石内にも類似する生態系が存在する可能性が示唆された。

発表概要

地球表面積の70%を占める海洋地殻の上部を構成する岩石は、中央海嶺で噴出する溶岩が冷え固まった玄武岩で、38億年前からその形成が知られる。形成年代が1000万年前より古く、冷え切った玄武岩は、岩石の中で供給されるエネルギーが少ないと考えられているため、生命の生息が可能かどうかは不明であった。

他方で、火星の地殻上部も37億年前の大規模な火山活動で噴出した玄武岩からなることが知られている。最近の観測により、火星の地下深部にも生命活動に必要な液体の水が存在することが明らかになったことから、火星に地球外生命が存在する可能性が指摘されている。

火星の地殻上部と類似する、地球の海洋地殻上部における微生物生態系の分析が進むことにより、火星における地球外生命の存在可能性を類推するための手がかりが得られることが期待されるが、海洋地殻上部の玄武岩は堆積物で覆われており、試料採取と岩石内部微生物の分析の困難さから、実態解明が立ち遅れていた。

東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授の研究グループは、統合国際深海掘削計画(IODP(注4))第329次研究航海「南太平洋環流域生命探査」にて、南太平洋環流域の海底を米科学掘削船「ジョイデス・レゾリューション号(注5)」で掘削し、海洋地殻上部の玄武岩コア試料の取得に成功した(図1)。

図1:掘削船ジョイデス・レゾリューション号(左上)、IODP第329次研究航海で得られた亀裂を含む玄武岩コア(右上)、岩石の亀裂に沿って粘土鉱物が形成する領域の蛍光顕微鏡図(下)。緑色部がDNA染色された微生物細胞、オレンジ色が粘土鉱物、黄色部は粘土鉱物と微生物細胞が混在する領域を示す。

これまで玄武岩のような硬い岩石内部の微生物は、掘削による汚染や岩石内部を調べる技術がなかったため、未解明であった。本研究で得られた成果により、地球上の膨大な空間を占める岩石内生態系に関する研究が進展すると期待される。

研究グループのこれまでの調査により、玄武岩の亀裂中において岩石と水が反応することで形成される粘土鉱物が同定され、その粘土の種類が火星の玄武岩からも大量に見つかっている粘土鉱物(注6)と同じであることが判明した。粘土鉱物の種類は多様であり、岩石–水反応の条件に応じて異なる種類の粘土鉱物が形成することから、火星における岩石内環境は地球の海底地下と類似していると推定された(Yamashita et al. 2019)。続いて、岩石内部の微生物を検出するために、岩石薄片中の微生物のDNAを染色する新しい手法を開発し、亀裂の粘土鉱物充填部を観察した結果、有機物と微生物細胞が密集して存在していることを明らかにした(Sueoka et al. 2019)。本研究では、粘土充填部についてさらに薄い厚さの薄片を作成し、微生物を細胞単位で可視化する元素イメージングを行い、細胞密度の計測に成功した。その結果、粘土充填部の細胞密度は1cm3当たり100億個体を超えることが明らかとなり、この密度は人間の腸内微生物の密度に相当する。さらに、DNAや脂質の解析を詳細に行った結果、無機物をエネルギー源として二酸化炭素から有機物を合成する独立栄養生物ではなく、有機物をエネルギー源および炭素源とする従属栄養生物であることが明らかとなった。これらの結果は、形成年代が3350万年前と1億400万年前の玄武岩試料中で得られたため、海洋地殻上部に肥沃な従属栄養生物の生態系が存在する可能性を示唆した。今後、過去から現在に渡り火星の岩石内部にも同様の生命が生息し続けているかを明らかにする上で、重要な科学的知見が得られた。

発表内容

海洋底の大部分は、中央海嶺で噴出した玄武岩から成る溶岩によって、500から1000メートルの厚さで覆われている。形成年代が1000万年前程度までの海洋地殻上部は熱いため、海水が内部を循環することで岩石と水の反応が促進され、微生物の生存に必要なエネルギーが供給されていることが知られている。しかし、形成年代が1000万年前より古い海洋地殻上部は、冷却されて水の循環が弱まるため、微生物の生息に必要なエネルギー供給が著しく弱まり、生命の生息が可能かどうかについては不明であった。形成年代が1000万年前より古く、冷えた海洋地殻は、海洋底全体の表面積の90%を占めており、地球上の微生物生態系を理解する上で重要であるが、水深が深く、堆積物で覆われているため、実態解明のための調査が進んでいなかった。

IODP第329次研究航海では、地球上で最も表層海水の基礎生産量が小さく、最も透明度の高い海域として知られる南太平洋環流域において、3350万年前と1億400万年前に形成された海洋地殻上部を掘削し、堆積物下の玄武岩からコア試料の採取に成功した。先行研究により、玄武岩を覆う堆積物は光合成由来の有機物に欠乏し、海水中の酸素が玄武岩の直上付近まで浸透していることが明らかになっている。

本研究グループは、新規に開発した岩石内部に生息する微生物を可視化する手法を、鉱物に充填された亀裂を含む玄武岩コア試料に適用した結果、玄武岩の亀裂に沿った粘土鉱物の同定と、その粘土鉱物に生息する微生物細胞の検出に成功している。本研究では、粘土鉱物の形成が明らかとなった玄武岩亀裂部から、収束イオンビーム加工技術(注7)を用いて厚さ3 μmの薄片を作成した。その薄片について、高空間分解能二次イオン質量分析装置(注8)を用い、炭素、窒素、硫黄、リンといった生体主要元素の細胞レベルでのイメージングを行った結果、粘土鉱物内部で細胞密度が1010 cells/cm3を上回ることが明らかとなった。この値は、人間の腸内と同程度であり、これまでエネルギーに乏しくせいぜい105 cells/cm3程度と考えられてきた岩石内の細胞密度と比べて著しく高いと言える。さらに、岩石試料中の微生物のDNA解析を行った結果、岩石内で優占するのは、有機物をエネルギー源および炭素源とする従属栄養細菌であることも明らかとなった。これらの結果は、粘土鉱物に含まれる有機物が1010 cells/cm3の微生物を支えており、岩石内の粘土が生態系形成において鍵となることを示している。有機物の起源については、海水に含まれる微量な有機物が浸透してきたものか、岩石内で合成されたものか不明であり、今後の研究で明らかにする。

玄武岩は高温のマグマから形成するため、元々は有機物を含んでいない。しかし、マグマから冷え固まった後は、岩石内部で生成された有機物や、外部から流入にしてきた有機物が、粘土鉱物に濃集すると考えられる。この粘土鉱物による濃集は、岩石中ならば普遍的に起きていると考えられるため、生命誕生以来、岩石内部の亀裂に存在する粘土鉱物は従属栄養生物の生息場所として重要な役割を果たしてきたことが推察される。火星の地殻上部は、37億年前までの火成活動により噴出した玄武岩質溶岩で厚く覆われ、30億年前まで地表付近で液体状の水と反応することで大量の粘土鉱物が形成されている。本研究で明らかとなった粘土鉱物で充填される玄武岩の亀裂は、今後の火星生命探査(注9)において極めて重要なターゲットになる。

関連文献

発表雑誌

雑誌名
COMMUNICATIONS BIOLOGY論文タイトル
Deep microbial proliferation at the basalt interface in 33.5–104 million-year-old oceanic crust

著者
Yohey Suzuki, Seiya Yamashita, Mariko Kouduka, Yutaro Ao, Hiroki Mukai1, Satoshi Mitsunobu, Hiroyuki Kagi, Steven D’ Hondt, Fumio Inagaki, Yuki Morono, Tatsuhiko Hoshino, Naotaka Tomioka, Motoo Ito

DOI番号
10.1038/s42003-020-0860-1

アブストラクトURL

用語解説
注1 玄武岩

マグマが地上や海底から噴出して冷え固まった色が黒く、鉄とマグネシウムに富む火成岩で、兵庫県城崎温泉の近くにある玄武洞の岩石としても知られる。

注2 独立栄養生物

生育に炭素を得るために無機化合物を利用する生物をいう。地下の大部分の独立栄養生物は光合成が不可能なため、エネルギーを得るためにも無機化合物を利用する。

注3 従属栄養生物

生育に必要な炭素を得るために有機化合物を利用する生物をいう。その大部分はエネルギーを得るためにも有機化合物を利用する。

注4 IODP

日・米が主導国となり、2003年~2013年までの10年間行われた多国間国際協力プロジェクト。日本が建造・運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船ジョイデス・レゾリューション号を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、海底下生命圏等の解明を目的とした研究航海を実施した。2013年10月からは、国際深海科学掘削計画(IODP: International Ocean Discovery Program)という新たな枠組みの多国間国際協力プロジェクトに移行している。

注5 ジョイデス・レゾリューション号

米国がIODPに提供するノンライザー型掘削船。JAMSTECが提供するライザー型の地球深部探査船「ちきゅう」と比べて浅部の掘削を多数行う役割を担う。

注6 粘土鉱物

層状ケイ酸塩鉱物で、マグマが冷却して形成した火成岩が、地表付近や海底下で水と反応することで形成する。

注7 収束イオンビーム加工技術

ガリウムイオンビームを用いて、固体試料から薄片を任意の形状に作成できる装置。

注8 高空間分解能二次イオン質量分析装置

セシウムイオンビーム径が微生物細胞よりも小さい0.05 μmで二次元的に走査して、微生物細胞中の炭素、窒素、リン、硫黄の分布をイメージングできる装置。NanoSIMSとも呼ばれる。

注9 今後の火星生命探査

2020年の7月17日に、生命検出を目的としたシャーロックと呼ばれる分析装置を搭載した探査車Mars2020がケネディー宇宙センターから打ち上げ予定で、火星の岩石を掘削し、採取する装置も掲載されている。その岩石試料を回収するためのサンプルリターン計画が2026年開始することが想定されている。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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