ペプチド鎖が精密に編み込まれたナノカプセルの合成に初成功

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24交点の絡まりトポロジーをもつ球殻ウイルス状分子構造

2019-12-13 分子科学研究所 

発表のポイント

  • 分子の絡まりに基づいて中空構造を合成した世界初の成果であり、24回の絡まり交点数をもつ分子構造は世界記録
  • ペプチド化合物が金属イオンと混ぜ合わせることで複雑に絡まり合う性質をもつことを発見
  • 人工酵素や新ナノ材料の開発につながる成果
発表概要

東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻の澤田知久准教授、猪俣祐貴大学院生、藤田誠教授(東京大学卓越教授/分子科学研究所 卓越教授兼任)と埼玉大学大学院理工学研究科の下川航也教授らは、自己組織化の原理を利用して、ペプチド鎖が複雑に編み込まれた球殻構造を世界で初めて合成することに成功しました。ナノメートルの物質合成において、これまでに分子鎖を精密に編み込むことで中空の球殻構造(カプセル)を人工合成した例は無く、画期的な成果といえます。原料に用いられたペプチド化合物は、タンパク質の構成単位として知られています。タンパク質の立体構造は多様に存在しますが、複雑に編み込まれた構造は極めて珍しいといえます。本研究により、金属イオンと混ぜ合わせることでペプチド鎖に複雑に絡まり合う性質が生まれることが明らかになりました。また、これまで合成化学分野において分子鎖を絡まらせるものづくり手法は試みられてきましたが、単一分子構造のもつ絡まり回数24回は大幅な世界記録更新となりました。
本研究成果は12月12日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」誌のオンライン版で公開されました。

研究の背景と経緯

自然界に見られるウイルスやDNAでは、自己組織化(注1)によって自発的に秩序だった分子構造が組み上がることが知られています。本研究グループは、その優れたメカニズムに着目し、人工的なものづくりに適用する研究を世界に先駆けて開拓してきました。有機化合物と金属イオンを混ぜ合わせることで、これまでにナノメートル(注2)サイズのさまざまなかご状分子や巨大球状構造の合成に成功しています。その設計原理は一般に、用いる有機化合物に剛直性を与え、その形状や角度、長さに基づいて組み上がる多面体構造の形状を制御するものです。一方、自然界の生物のからだを構成するタンパク質の自己組織化では、柔軟なペプチド鎖が折りたたまれながら秩序だった分子構造へと組み上がる方式がとられています。ここに着目し、柔軟な分子鎖の「折りたたみ」(注3)と「組み立て」(注4)の両過程を活かした新しいものづくり手法を着想するに至りました。

研究の内容

柔軟な短いペプチド鎖と銀イオンを溶液中で混合することで、自然界の球殻ウイルスに見られるようなカプセル分子構造が自発的に組み上がることを実証しました(図1)。組み上がった分子構造を、単結晶X線構造解析(注5)によって解析したところ、ペプチド鎖24本と銀イオン24個の計48成分が精密に集合した球状の分子構造であることがわかりました。さらに分子構造解析と数学的な結び目理論によるトポロジー(注6)解析を実施することにより、この構造はペプチド鎖4本と銀イオン4個が交互に連なってできたリングが6つ、立方体状に絡まったトポロジーであるとわかりました(図2)。この精密な編み込み構造によって、柔軟なひも状のペプチド鎖から安定な中空の球殻構造が形成できたものと考えられます。分子のリングを絡まらせたり分子のひもを結んだりすることによってユニークな立体構造をもつ化合物はインターロック化合物(注7)と呼ばれています。これまで純粋な合成学における挑戦目標として、または未来の分子機械の素子としての応用が期待されて、盛んに合成されてきました。今回合成された分子構造は24回もの絡まり交点をもち、前例のない複雑な絡まり構造の創出に成功したといえます。
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図1 自己組織化によって組み上がるイメージ

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図2 24交点の絡まりをもつ分子の単結晶構造とそのトポロジーの説明図

また、ユニークな分子の編み込みによってカプセル構造を作り出したことにも大きな意義があります。インターロック化合物では、このように容器となるカプセルやその他形状を作り出した前例はありません。今回得られた球殻構造は、外径3.7ナノメートルの球状構造の内部に1.6ナノメートル径の空洞が空いた構造をもちます(図3)。自己組織化に用いるペプチド鎖はアミノ酸5残基からなる配列ですが、4番目の残基を色々なアミノ酸残基に変更しても同様の球殻構造が得られることを確認しました(図4)。これによって、球殻構造の内面をさまざまな性質に作り分けることが可能です。一例として、ある化学的な相互作用をもつ残基を内部に導入したカプセルでは、小分子が引きつけられてカプセル内へ包接される現象も確認しました。自然界のカプセル構造ではRNAを包接する球状ウイルスや鉄分を貯蔵する球形タンパク質などさまざまな例があり、分子状のカプセル内への包接現象は分子認識や貯蔵、酵素反応といった機能発現に欠かせない現象として知られています。したがって、本研究で得られた分子構造もさまざまな機能発現のプラットフォームとしての応用が期待できます。
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図3 カプセル外部(左図)とその内部空洞の様子(右図)

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図4 ペプチド配列の一部改変による内部空間の変化の様子

今後の期待

ペプチドと銀イオンを混ぜるだけでこのような精巧なカプセル構造が自発的に組み上がったことは驚きでした。ペプチドは多様なアミノ酸配列が考えられますので、今回得られたユニークな分子構造もまだ氷山の一角であると考えられます。ペプチドの折りたたみ方を配列設計によって変化させることにより、同じ24交点数をもつ別の絡まり方も可能になると考えられます。球殻を構成するペプチド鎖の絡まり方の違いが、カプセルの安定性や分子包接などの機能に与える影響も存在すると思われます。また、今回合成に成功した分子構造は、自然界の球状ウイルスの構造に比べるとまだ30分の1程度のミニチュアサイズです。球形サイズと絡まり交点数をいずれもさらに増した、自然界に匹敵するような分子構造の化学合成に挑戦したいと考えています。

発表雑誌

雑誌名:Nature Communications(12月12日)

論文タイトル:A metal–peptide capsule by multiple ring threading

著者:Tomohisa Sawada*, Yuuki Inomata, Koya Shimokawa, Makoto Fujita*

DOI番号:10.1038/s41467-019-13594-4

問い合わせ先

東京大学大学院工学系研究科 応用化学専攻 
准教授 澤田 知久(サワダ トモヒサ)

東京大学大学院工学系研究科 応用化学専攻
(分子科学研究所 卓越教授)
教授 藤田 誠(フジタ マコト)

【機関窓口】
東京大学 大学院工学系研究科 広報室

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当

埼玉大学 広報渉外室

用語解説

注1)自己組織化
複数の分子が分子間での弱い相互作用により自発的に組織や高次構造を作り出すこと。
注2)ナノメートル
1メートルの10億分の1の大きさ。
注3)折りたたみ
フォールディングとも呼ばれる。柔軟な分子が分子内の弱い相互作用により自発的にらせん構造やひだ状シート構造等になること。タンパク質の構造中に見られる、αヘリックスやβシートが代表例として知られる。
注4)組み立て
ここでは、分子を精密に三次元的に配置することを指す。「折りたたみ」が分子内の相互作用で起きるのに対比し、「組み立て」は分子間での相互作用によることを意味する。
注5)単結晶X線構造解析
均質な単結晶にX線を照射し、その回折像から分子の三次元的な構造を明らかにする分析手法。分子のかたちを知ることができる最も強力な分析手法として知られる。
注6)トポロジー
位相幾何学。連続な変形を行っても不変な図形の性質を研究する数学の学問領域。
注7)インターロック化合物
2016年のノーベル化学賞の受賞トピック。知恵の輪状に連なったリングや結び目の分子など、ユニークな絡まり分子構造をもつ化合物の総称。