ダークマターをアンチマターで探る~アクシオンと反陽子の相互作用の上限を10万分の1に~

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2019-11-14 理化学研究所,東京大学大学院総合文化研究科

理化学研究所(理研)開拓研究本部Ulmer基本的対称性研究室のステファン・ウルマー主任研究員、クリスティアン・スモーラ特別研究員、山崎泰規研究員、東京大学の松田恭幸教授らの共同研究チームは、ダークマター(暗黒物質)[1]の有力候補とされる未発見の「アクシオン[2]」という素粒子の正体を探るために、アンチマター(反物質[3])である「反陽子[3]」を用いるというユニークなアプローチを提案し、実際に測定を行いました。その結果、超軽量アクシオン型粒子と反陽子が相互作用する場合の上限を、これまでの研究から予想された値の10万分の1程度と大きく下げることに成功しました。

本研究は、この宇宙がなぜ物質のみからなり反物質が消えてしまったか、さらに通常の物質の約5倍も存在するダークマターがどのような素性を持つのか、という現代物理学の二つの大きな謎の間に何か深遠な関係があるかもしれないという視点から行われました。

今回、共同研究グループは欧州原子核研究機構(CERN)において、陽子の反粒子[3]である反陽子の磁気モーメント[4]を3カ月間休みなく測定し、アクシオンと反陽子の相互作用に由来する磁気モーメントの大きさの揺らぎに周期的変化がないかを調べました。今回開発した実験装置の感度は高く、従って、検出限界が低いため、アクシオンと反陽子の相互作用の強さの上限が、超新星爆発[5]の観測から間接的に予想される値の10万分の1程度であることを明らかにしました。これまでに反物質とダークマターを組み合わせた実験はなく、本研究は反物質研究、ダークマター研究において質的に新しいアプローチとなっています。

本研究は、英国の科学雑誌『Nature』(11月14日号)の掲載に先立ち、オンライン版(11月14日付け)に掲載されました。

ダークマターをアンチマターで探る~アクシオンと反陽子の相互作用の上限を10万分の1に~

図 アクシオン(緑矢印)にさらされ揺動を受ける反陽子

背景

138億年前のビッグバンでは、物質と反物質が正確に同じ量だけ生成されたと考えられていますが、現在の宇宙には反物質はなく物質しか観測されません。一方、銀河系の渦の巻き具合などから、原子やニュートリノ[6]などよく知られた物質の総質量の約5倍に達する未知の物質の存在が予想されています。しかしその素性は全く分かっておらず、「ダークマター(暗黒物質)」と呼ばれています。このような物質-反物質の非対称性[7]や未知のダークマターの存在は、現代物理学の最大の謎となっています。あるいは、この二つの謎の間には、何か深遠な相関があるのかもしれません。

ダークマターの有力候補として、存在を理論的に予言されながら未発見の素粒子に「アクシオン」があります。アクシオンは他の粒子との相互作用が極めて弱く、安定であると考えられているため、ビッグバンで生成されたアクシオンが現在でも宇宙に遍在している可能性があります。

量子力学では、物質は粒子であると同時に波であり、波としてのアクシオンはその質量に比例した振動数を持って振動しています。アクシオンが物質や反物質と相互作用すると、電子が電磁場の振動に合わせて振動するように、物質や反物質の性質がアクシオンの質量に対応した振動数で変化すると考えられます。これまでの物質を用いたアクシオンの研究では、こういった振動は全く観測されておらず、宇宙アクシオンと物質の相互作用は、あったとしても、極めて弱いことが分っています。

素粒子物理の標準模型[8]では、アクシオンと反陽子の相互作用はアクシオンと陽子との相互作用と同じであると考えられています。一方で、宇宙における物質-反物質の非対称性やダークマターの存在によって、標準模型は見直しを迫られており、ダークマターの発見はもとより、ダークマターと反物質の相互作用が、ダークマターと物質の相互作用と本当に同じかを確かめることは、実験科学の最も重要な役割であるといえます。

もし何らかの信号が観測されれば、ダークマターの起源を特定する端緒となるばかりでなく、長い間信じられてきた自然の対称性についても革命をもたらすものになります。

研究手法と成果

共同研究チームは、反陽子を常時供給している世界で唯一の施設である欧州原子核研究機構(CERN)で実験を行いました。まず、反陽子をペニングトラップ[9]の一つである蓄積トラップを用いて真空中に閉じ込め、反陽子が物質に触れて消滅しないようにしました(図1)。次に、閉じ込めた反陽子を蓄積トラップから1個だけ取り出して高精度トラップに移動させ、分析トラップと組み合わせることで、反陽子の磁気モーメントを非常に高い精度で決定しました(図1)。より具体的には、磁場中にある反陽子の磁気モーメントの向きが磁場の周りに歳差運動(こまの首振り運動)し、その周波数が磁気モーメントに比例することを用い、歳差運動の周波数を超精密測定することから磁気モーメントを決めました。

実験は3カ月にわたり、ほぼ1,000回の測定が行われました。この1000回の測定結果を平均することで、80メガヘルツ(MHz:メガは100万)付近の歳差運動周波数を120ミリヘルツ(mHz:ミリは1000分の1)の精度で決定しました。

実験で用いられたペニングトラップ群の図

図1 実験で用いられたペニングトラップ群

左から、多数の反陽子を蓄積する蓄積トラップ、磁気モーメントを高精度で測定する高精度トラップ、スピンの向きを観測する分析トラップ。軸方向に磁場がかかっている。反陽子を蓄積トラップで真空中に閉じ込め、反陽子が物質に触れて消滅しないようにし、次に、閉じ込めた反陽子を1個だけ取り出して高精度トラップに移動させ、分析トラップと組み合わせることで、反陽子の磁気モーメントを超精密測定した。

次に、測定ごとの歳差運動周波数と平均された歳差運動周波数の差が、何らかの周期を持って変化していないかを詳細に解析しました。もし特別な周期が見つかれば、それに対応した質量を持つアクシオンが存在し、そのアクシオンが反陽子と相互作用した証拠になります。解析の結果、有意な周期的変化は見られませんでしたが、10-21eV/c2~4×10-17eV/c2(eV/c2は質量の単位で、電子の質量はほぼ511000eV/c2)の範囲の質量を持つ超軽量アクシオンと反陽子の相互作用の強さの上限(装置の検出限界で決まる)を決めることができました。

アクシオンと物質の相互作用は、これまでSN1987Aと呼ばれる超新星爆発におけるニュートリノの測定から高精度で評価されています。また、これと爆発時の超新星コアの温度30MeVから、アクシオンと反物質の相互作用を間接的に評価することができます。今回の実験で得られたアクシオンと反陽子の相互作用の強さの上限は、この間接的に得られた相互作用の強さの上限を一気に10万分の1に引き下げるもので、画期的な成果だといえます。

今後の期待

今回の反陽子を用いたアクシオンの研究は、地上実験で実現されましたが、超新星爆発を用いたこれまでの間接的な評価よりはるかに高感度であることが示されました。今後さらに精度をあげ、ダークマターと物質の相互作用の強さとダークマターと反物質の相互作用の強さに差が見られれば、宇宙の非対称性やその成り立ちについてのこれまで信じられてきた知見を大きく変える可能性があります。

補足説明

1.ダークマター(暗黒物質)
質量は持つが、原子などの通常の物質とは異なり、光では直接観測できない正体不明の物質。宇宙にある通常の物質の全質量の約5倍存在する。

2.アクシオン
存在が予言されながら未発見の素粒子。クォークを結びつけて陽子や中性子を作り、さらに陽子や中性子を結びつけて原子核を形成する強い相互作用の対称性(CP対称性)を説明するために導入された。素粒子物理の標準模型を超えるさまざまな理論、特に超ひも理論からも予測されている。アクシオンは軽く、他の粒子との相互作用は極めて弱く安定であるため、ビッグバンで生成されたアクシオンは現在でも宇宙に遍在しており、ダークマターの主な成分である可能性が指摘されている。

3.反物質、反陽子、反粒子
「反粒子」は粒子と同じ性質を持つが、電荷や磁気モーメントの符号は反対で、必ず粒子と対で生成され対で消滅する。例えば、負の電荷を持つ電子の反粒子は正の電荷を持つ陽電子であり、正の電荷を持つ陽子の反粒子は負の電荷を持つ「反陽子」である。陽電子と反陽子は、一番単純な反物質の原子である反水素を形成することができる。反物質はアンチマターとも呼ばれる。

4.磁気モーメント
反陽子や陽子は磁石の性質を持ち、磁気モーメントはその磁石の強さと向きを表す。磁石を磁場中に置くと磁気モーメントの大きさに比例した周波数で歳差運動(『こまの首振り運動』)をする。本研究ではこの歳差運動の周波数を精密測定することで、磁気モーメントを高精度で決定した。

5.超新星爆発
大質量の恒星がその一生を終えるときに起こす大規模な爆発現象。

6.ニュートリノ
極めて小さい質量をもつ素粒子で、他の物質や反物質とはほとんど相互作用しない。宇宙にある全物質の数%程度を占める。太陽の中心や超新星爆発で発生する。

7.物質-反物質の非対称性
通常の実験や標準模型では、物質と反物質は対になって現れ、また対になって消える。従って、宇宙の始まりでは同量の物質と反物質が生成され、その後かなりの部分が対になって消滅するので、現在でも物質と反物質は同じ量残っていると予想される。しかし、現在の宇宙は、物質だけで成り立っている。これを、宇宙の物質-反物質非対称性という。なお、標準模型の枠内でもCP対称性は破れており、わずかな物質-反物質の非対称性の生じる可能性はあるが、現在の宇宙の物質量を説明するには不十分であると考えられている。

8.素粒子物理の標準模型
重力を除く素粒子間の基本的な三つの相互作用を扱う理論的枠組みで、現代物理学の基礎を支えている。しかし、宇宙の物質-反物質非対称性やニュートリノが質量を持つこと、ダークマターやダークエネルギーの存在など説明できない現象がいくつも見つかっており、標準模型の拡張や改訂が検討されている。

9.ペニングトラップ
荷電粒子を真空中に捕獲する装置で、磁場と電場から構成される。荷電粒子の質量や磁気モーメントの高精度測定に用いられる。

10.MPG-PTB-RIKEN Centre for Time, Constants and Fundamental Symmetries
2019年4月8日に理化学研究所とドイツのマックスプランク協会(Max-Planck-Gesellschaft;MPG)、物理工学研究所(Physikalisch-Technische Bundesanstalt Braunschweig und Berlin;PTB)が基礎物理学分野における連携に向けて締結した三者協定に伴って設立された三者連携による研究センター。高精度測定技術による時間と物理定数の精度の高い測定や、物質と反物質の間での差違の実証など基礎物理学の主要トピックに共同で取り組んでいる。
2019年4月18日お知らせ「理化学研究所とマックスプランク協会、ドイツ物理工学研究所との連携・協力に関する協定締結について

共同研究チーム

理化学研究所 開拓研究本部 Ulmer基本的対称性研究室
主任研究員 ステファン・ウルマー(Stefan Ulmer)
特別研究員 クリスティアン・スモーラ(Christian Smorra)
研究員 山崎 泰規(やまざき やすのり)

東京大学大学院 総合文化研究科
教授 松田 恭幸(まつだ やすゆき)

研究支援

本研究は、MPG-PTB-RIKEN Centre for Time, Constants and Fundamental Symmetries[10](研究代表者:S. Ulmer, K. Blaum)」の一環として行われました。

原論文情報

C. Smorra, Y. V. Stadnik, P. E. Blessing, M. Bohman, M.J. Borchert, J. A. Devlin, S. Erlewein, J. A. Harrington,T. Higuchi, A. Mooser, G. Schneider, M. Wiesinger, E. Wursten, K. Blaum, Y. Matsuda, C. Ospelkaus, W. Quint, J. Walz, Y. Yamazaki, D. Budker, and S. Ulmer, “Direct limits on the interaction of antiprotons with axion-like dark matter”, Nature, 10.1038/s41586-019-1727-9

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 Ulmer基本的対称性研究室
主任研究員 Stefan Ulmer(ステファン・ウルマー)
特別研究員 Christian Smorra(クリスティアン・スモーラ)
研究員 山崎 泰規(やまざき やすのり)

東京大学 大学院総合文化研究科
教授 松田 恭幸(まつだ やすゆき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

1700応用理学一般1701物理及び化学
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