星の重元素が語る天の川銀河の合体史

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2019-04-29  (ハワイ現地時間)

国立天文台、中国国家天文台などの研究チームは、すばる望遠鏡の観測により、天の川銀河 (銀河系) の誕生と成長の過程で合体してきた小さな銀河の痕跡といえる恒星の発見に成功しました。この恒星は重元素を多量に含む年老いたもので、これほど特徴的な元素組成を持つ恒星が天の川銀河で見つかったのは初めてです (図1)。一方で、似たような恒星は天の川銀河の周囲をまわる矮小銀河 (衛星銀河) では数例知られていることから、今回見つかった恒星はかつて矮小銀河で誕生し、その矮小銀河が天の川銀河と合体した結果、現在は天の川銀河の一員となっていると考えられます。今回の観測結果は、天の川銀河のような大きな銀河が、小さな銀河との衝突・合体を何度も繰り返して成長してきたという銀河形成シナリオを裏付けるものです。

図1: 重元素を多量に含む年老いた恒星 J1124+4535 (左上、スローン・デジタル・スカイ・サーベイのデータから画像を作成) と、その化学組成比 (a. マグネシウム/鉄比、b. ユーロピウム/鉄比、c. ユーロピウム/マグネシウム比; それぞれ原子の個数密度比の対数値で、太陽系組成を基準とした値)。星印は「こぐま座矮小銀河」の恒星、それ以外は天の川銀河の恒星を示しています。今回見つかった J1124+4535 はかつて矮小銀河で誕生し、その矮小銀河が天の川銀河と合体した結果、現在は天の川銀河の一員となっていると考えられます。(クレジット:国立天文台)

私たちが住む天の川銀河 (銀河系) には渦巻状の円盤構造を大きく取り囲んで恒星がまばらに存在している「ハロー構造」があることが知られ、その恒星の多くが銀河形成の過程で比較的初期に生まれたものであることがわかっています。これらの恒星には、ガスが天の川銀河に集まる過程で誕生してきたものと、恒星の小さな集団(矮小銀河)で生まれたものが後に天の川銀河に取り込まれてきたものがあると考えられています。このプロセスは、暗黒物資の存在を仮定した銀河形成の計算機シミュレーションで予測されています (図2)。

天の川銀河に取り込まれた矮小銀河は、すでにその形を崩してしまい、恒星はばらばらに存在しています。しかし、恒星の軌道運動や化学組成 (元素組成) は取り込まれる前の状態をとどめていると考えられます。天の川銀河にある恒星の観測によってこれらの情報を得ることにより、銀河形成のプロセスを裏付けようという研究が近年活発になってきています。

矮小銀河では、恒星の誕生が比較的ゆっくり進むと考えられ、それは恒星の元素組成に影響します。実際、天の川銀河の周囲には現在でも矮小銀河がみられ、そこではマグネシウムと鉄の組成比に天の川銀河の多くの恒星とは異なる特徴があることが知られています (注1)。

星の重元素が語る天の川銀河の合体史 図2

図2: 国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクトによる渦巻銀河形成のシミュレーション。小さな銀河の衝突・合体が繰り返し起こり、その星がハロー構造の一部を形成したと考えられています。合体した銀河の形は残りませんが、恒星の軌道運動や化学組成には元の銀河の情報が残されているはずであり、それを手掛かりに過去の合体の痕跡を探る観測研究が活発に行われるようになっています。(クレジット:齋藤貴之/武田隆顕/額谷宙彦/国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)

研究チームは中国の分光探査望遠鏡 LAMOST (注2) による探査で観測された恒星から金属元素量の比較的少ない恒星を選び出し、すばる望遠鏡に搭載された高分散分光器 (HDS) を用いて詳しく観測する日中共同研究を2014年から実施してきました。これまでに 400 天体以上について詳しい元素組成を測定し、そのなかの一天体 (J1124+4535、図1) が際立った特徴を持つことを突き止めました。

すばる望遠鏡を用いた観測により、この恒星のマグネシウム/鉄比が低いことに加え、鉄より重い元素が相対的に多いことがわかりました (図1)。これらの重い元素は、その組成パターンから、爆発的な元素合成 (注3) でできることもわかりました。この恒星の鉄組成は太陽の約 20 分の1、マグネシウム組成は約 40 分の1であるのに対し、重い元素を代表する元素 (ユーロピウム) は太陽組成に匹敵します (注4)。

このような極端な組成を持つ恒星が見つかったのは、天の川銀河では初めてのことです。一方、これと極めてよく似た組成を持つ恒星は、天の川銀河をとりまく矮小銀河のなかに数例、見つかっています (注5)。これは、この恒星がかつては矮小銀河のなかで生まれ、それが銀河形成の過程で天の川銀河に取り込まれてきたことを明瞭に示すもので、これほどはっきりした元素組成による証拠が個別の恒星に対して得られたのは、今回の研究が初めてです。

とりわけ興味深いのが、今回見つかった恒星は、現在生き残っている矮小銀河の星のなかで金属元素量の比較的多い恒星とよく似ていることです。これは矮小銀河がある程度時間をかけて進化した後に、天の川銀河に合体したことを示しています。つまり、天の川銀河のハロー構造の形成過程では、矮小銀河の衝突・合体がある程度の期間継続していたことを意味しており、これは現在想定されている銀河形成のシナリオを裏付ける結果と言えます。

本研究成果は、英国の天文学誌『ネイチャー・アストロノミー 』に2019年4月29日付でオンライン出版されました (Qian-Fan Xing, Gang Zhao, Wako Aoki, Satoshi Honda, Hai-Ning Li, Miho N. Ishigaki & Tadafumi Matsuno, “Evidence for the accretion origin of halo stars with an extreme r-process enhancement”)。また本研究は科学研究費補助金 (番号 16H02168, 17K14249) および日本学術振興会と中国科学院の二国間共同研究事業によるサポートを受けています。また、2016-2017年のすばる望遠鏡での観測は、インテンシブ観測プログラムとして実施されました。

(注1) マグネシウムは、酸素やケイ素などとならんで、質量の大きな恒星が起こす超新星爆発で放出される代表的な元素です。大質量星の寿命が短いため、宇宙の初期の段階から急速に増えてくるのが特徴です。これに対し、鉄は、大質量星の超新星爆発に加えて、白色矮星を含む連星が起こす超新星爆発 (Ia 型超新星爆発) で多量に合成されます。この爆発までには典型的に数億年の時間を要するため、宇宙の歴史のなかでは鉄は比較的ゆっくりと増加していきます。このため、たくさんの恒星が生まれ次々と大質量星が超新星爆発を起こすような環境ではマグネシウム/鉄の組成比の高い恒星がつくられるのに対し、星の誕生がゆっくり進んだ環境ではこの組成比の小さい星が生まれると考えられます。

(注2) LAMOST (Large sky Area Multi-Object fiber Spectroscopic Telescope) は、中国河北省にある分光探査望遠鏡で、直径5度角 (満月 10 個分を一列に並べた程度) の視野内の約 4000 天体の可視光スペクトルを一度にとることができます。このデータからは、金属元素全体の量や何種類かの元素の組成比を見積もることができます。2012年から本格的な探査を継続しており、すでに天の川銀河の恒星を 500 万天体以上観測しています。

(注3) 鉄より重い元素は、原子核どうしが融合してできる軽い元素とは異なり、原子核が中性子を次々と捕獲する反応によって作られることが知られています。宇宙のなかでは、これが恒星のなかでゆっくりと進む場合 (s-プロセス) と、爆発現象のなかで一気に起こる場合 (r-プロセス) があることがわかっています。この2種類のプロセスでは多量に作られる元素が異なります。ユーロピウム (原子番号 63) は、ウランや金などとならんで r-プロセスでつくられる元素のひとつで、比較的観測しやすいことから、指標となる元素として用いられます。r-プロセスが起こっている場所としては、最近では重力波天体でもある連星中性子星の合体が有力視されています。

(注4) 爆発的元素合成 (r-プロセス) でつくられる重元素だけをこれほど多量に含む恒星がどのように生まれてきたのか、という点は依然として謎です。連星中性子星合体では重元素が非常に多く作られるとみられ、その放出物を取り込んだガス雲から生まれた恒星は重元素過剰となると考えられます。しかし、連星中性子星合体は激しい爆発現象であり、放出物質は拡散してしまい、あまり極端な重元素の過剰を作り出すことはできないはずです。この謎を解くことは、矮小銀河のなかでどのように恒星がつくられてきたのか理解するうえで重要な課題のひとつといえます。

(注5) そのうちの一つはすばる望遠鏡 HDS の観測で見つかっています (銀河系外の星にアクチノイド元素トリウムを初検出 (すばる望遠鏡 2007年6月25日 プレスリリース))。

<関連リンク>

銀河系外の星にアクチノイド元素トリウムを初検出 (すばる望遠鏡 2007年6月25日 プレスリリース)

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