原子炉運転中の燃料のふるまいを計算で再現

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国内唯一の軽水炉燃料解析コードの適用範囲を飛躍的に拡大

2019-03-22 日本原子力研究開発機構

【発表のポイント】

  • 原子炉で長期間使用される燃料の安全性をより確実なものとするため、原子力事業者とは独立して燃料の安全性をチェックできる手段が求められている。
  • 原子力機構では、原子炉運転中の燃料のふるまいを計算する解析コード「FEMAXI」を独自に開発しているが、既存のバージョンでは、軽水炉の安全評価に必要な数値計算の安定性や精度が不十分だった。
  • 新しい物理モデルの導入、アルゴリズムの改良により、従来の解析コードより計算の安定性及び解析性能が大きく改善した。軽水炉で想定される範囲を十分にカバーする幅広い条件を解析可能とし、本解析コードのプログラムを平成31年3月22日付で無償公開した。
  • 今後、国内唯一の公開解析コードとして、研究機関、原子力規制庁などにおける燃料の安全性評価、新しいタイプの燃料の研究開発などへの活用が期待できる。

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄。以下、「原子力機構」という。)、安全研究センター燃料安全研究グループでは、原子炉の中で使用される核燃料(以下、「燃料」という。)の安全性評価に関する研究の一環として、燃料を長期間原子炉内で利用する際の安全確保で重要となる温度上昇や変形、放射性を持つ核分裂生成物(以下、「FP」という。)1)の放出量などを予測できる解析コード「FEMAXI2)」(FEMAXI-7)を大幅に改良し、「FEMAXI-8」として平成31年3月22日付で無償公開しました。

原子力事業者3)は、燃料の中で起こる様々な変化が原子炉の安全性を損なわないよう、燃料設計コードと呼ばれる解析コードを使用して、燃料設計の妥当性を確かめます。しかし、その解析コードが適切に作られているのか、計算結果だけから判断できるとは限りません。そこでより確実な安全性チェックの手段として、独立の視点で作られた解析コードが求められています。

原子力機構において、独自に開発してきた従来のバージョン(FEMAXI-7)では、燃料の内部で起こるガス状FPの凝集、拡散、移行といった、特有の物理過程を力学計算や熱計算と組み合わせて取扱おうとすると、計算結果が振動、発散しやすくなり、限られた条件でしか計算ができませんでした。

今般、FEMAXI-8の開発において、計算方法やプログラム構造の徹底的な見直しと改良を重ねた結果、上記の物理過程はこれまで以上に詳しく計算しつつ、収束性を大きく改善させることに成功しました。また、新しい物理モデルの取り込みによって精度向上を図りました。これにより、安定かつ精度良く解析可能な条件を従来の20倍以上(信頼性検証のため比較した燃料の照射試験4)データ比による)に拡大し、現在の軽水炉燃料の設計で考慮している範囲(出力や燃焼度)を十分にカバーできるようになりました。

開発したFEMAXI-8は広く公開し、今後、原子力規制庁、研究機関、大学、原子力事業者が共通して使える燃料の解析手段になります。このことは、実験データの分析や新しいタイプの燃料の研究開発に役立つほか、燃料の安全性評価のダブルチェックに活用されることで軽水炉の更なる安全性向上につながります。

FEMAXI-8のプログラムは、原子力機構のコンピュータプログラムなどの検索システム「PRODAS」(https://prodas.jaea.go.jp/)を通して入手することができます。またプログラムの改良点や詳細な解析条件を報告書「JAEA-Data/Code 2018-016」及び論文“Model Updates and Performance Evaluations on Fuel Performance Code FEMAXI-8 for Light Water Reactor Fuel Analysis” (Journal of Nuclear Science and Technology誌)として公開しています。

【研究開発の背景と目的】

原子炉において、燃料は熱エネルギーの発生源であるとともに放射性物質を閉じこめる役割を持つ、安全上最も重要な要素の一つです。国内の原子力発電所では、燃料として、図1に示すような燃料棒を多数本束ねた燃料集合体を原子炉の中に入れて使っています。燃料棒は、燃料ペレットを被覆管と呼ばれる金属(ジルコニウムが主成分)のさやで覆った構造をしており、その発熱は、燃料ペレット内にあるウランやプルトニウムの核分裂反応によって生じます。この時生成される核分裂生成物(FP)のうち、特にキセノン(Xe)やクリプトン(Kr)などの希ガス成分(FPガスと呼ばれます)は、原子炉運転中の燃料のふるまいを変化させる原因となります。たとえば同じ発熱量でも温度が高くなったり、放射性物質を閉じこめている被覆管が徐々に変形したり、行きすぎると燃料の破損につながるものもあります。こうした変化が原子炉の安全性を損なわないよう、原子力事業者は燃料設計コードと呼ばれる解析コードを使用して、自身が行った燃料設計の妥当性を確かめます。しかし、使われる燃料設計コードが適切に作られているのか、また燃料設計において何か見落としている点がないのか、などは、計算結果から判断できるとは限りません。そこで、事業者とは独立した視点で計算し大きな矛盾が無いか確かめる(ダブルチェック)ことが、安全規制上効果的と考えられます。

原子炉運転中の燃料のふるまいを計算で再現

図1 原子力発電所で使われる燃料棒
(燃料棒内部の燃料ペレットが見えるよう、被覆管をカットしている)

FEMAXIは、原子力機構が開発し公開してきた燃料ふるまい解析コードです。原子炉の炉心内に置かれた燃料棒に着目し、その内側で発生する力や、燃料棒を構成する燃料ペレットと被覆管の温度、燃料棒内部でのFPの動きなどを計算することができます。原子力機構では、もともと燃料のふるまいをより良く理解し、実験データの分析や新しいタイプの燃料の研究開発に役立てるため、この解析コードの開発を続けてきました。

現在公開されているバージョン7(FEMAXI-7)は、使用実績が増えるにつれ、燃料棒内で生じる様々な現象を忠実に追いかけようとするほど、かえって計算に不具合を生じる(計算の安定性に欠ける)点が問題として浮かび上がってきました。これは上に挙げたダブルチェックなど、特に信頼性が求められる用途で大きな障害となります。

【研究開発の内容】

そこで新しいバージョンFEMAXI-8の開発では、計算の安定性及び効率の向上を目指し、まず解析コードを構成するプログラムの設計を全面的に見直しました。たとえば、燃料ペレットの中でFPガス気泡による膨れやFPガスの移動が急速に起こった場合には力学計算が非常に不安定になります。このような計算が不安定になる可能性のある状態を検出して自動的に処理を切り替えるなど、複数のアルゴリズムを新たに開発しました。これにより、原子炉運転中の燃料のふるまいを安定に計算できるようになりました。

同時に、ノルウェーのハルデン炉など、海外の研究用原子炉を用いて燃料のふるまいを調べた膨大な実験データを分析、集約したデータベースを構築(次節参照)するとともに、計算実行からデータベースに集約された実験データとの比較までを自動で行う検証システムを新たに整備しました。これにより、従来数ヶ月以上を要していた計算結果と実験データとの比較作業を数十分にまで短縮させることができ、FEMAXI-8の解析性能の検証を従来よりも遥かに効率的かつ効果的に行えるようになりました。

FEMAXI-8開発の後半では、燃料の中で生じる様々な物理過程をより忠実に追いかけるためのモデルを新しく開発してプログラムに導入し、上で述べた検証システムを使って検証と改良を重ねました。最終的に、FEMAXIシリーズの検証規模としては過去最大となる144の照射試験ケースと比較することで、原子炉内での燃料の健全性を評価する上で重要なパラメータである燃料中心温度、燃料ペレットからのFPガス放出率などの評価誤差を定量的に示すことができました。

【研究開発成果の概要】

計算結果の信頼性を確かめるための比較の対象として、海外の研究用原子炉で国際的な研究プロジェクトとして照射された燃料のデータを収集、分析し、データベースに集約しました。

表1ではこのような照射試験データの燃料種別と試験条件の範囲を示しており、そのデータの範囲は、現在国内の原子力発電所で想定される運転条件を十分カバーしています。このうち、特に高い燃焼度、高い線出力の条件は従来のFEMAXIコードが苦手としていた範囲で、力のつり合いとFPガスのふるまいとを忠実に模擬しようとするほど計算が安定しませんでした。そのため、検証には限られた条件での試験データしか使用できませんでした。FEMAXI-8ではこの問題が解決されたことで、図2に示すように、信頼性の代表的な目安となる「比較検証に使った照射試験の数」が従来バージョンから20倍以上に増えており、解析コードとしての基本的な性能が飛躍的に向上しました。

表1 FEMAXI-8計算結果との比較検証に用いた燃料照射試験データの燃料種別と試験条件の範囲

図2 FEMAXIコードの検証に用いた照射試験ケース数の年次推移
(公開文献中に現れるもので、単一のモデルセット(解析条件)で計算した結果を実験結果と比較検証したものを集計)

FEMAXIシリーズの中では過去最大の規模となった144の照射試験ケースとの比較で、燃料中心温度や燃料ペレットからのFPガス放出率など、原子炉内での燃料の健全性を評価する上で重要なパラメータについて、計算による実験結果の再現性を確かめました(図3)。

図3(a)は、照射試験中の燃料中心温度を継続的に測定したデータとFEMAXI-8での計算結果との比較です。照射試験や原子炉運転中には、温度変化に伴う熱応力によって燃料ペレットに割れが入ります。この割れが及ぼす熱的な効果を考慮する物理モデルを新たに導入したことなどにより、照射試験の前半から後半まで、燃料中心温度を±10%以内の精度で予測できるようになりました。

図3(b)は、照射試験中に燃料ペレット内に生成したFPガスがどれ位燃料ペレットの外に放出されたか(FPガス放出率)を、照射試験終了後に測定した結果とFEMAXI-8での計算結果を比較したものです。一般にFPガス放出率は予測が難しい量です。FEMAXI-8では、特に出力が急に上昇する条件で活発になると考えられている、燃料結晶中のFPガスの移動を考慮するためのモデルを新しく導入しました。その結果、様々な燃料の種類や試験条件に対し標準偏差の絶対値として±7%程度の精度で予測できるようになりました。

図3 FEMAXI-8計算結果と照射試験データとの比較

以上のような取組みを経て、従来に比べ解析精度と計算安定性を大幅に向上させた燃料ふるまい解析コードFEMAXI-8の開発に成功し、平成31年3月22日にプログラムを一般に公開しました。また、プログラム本体と同時に公開したレポートでは、今回の検証で使用した詳細な解析条件を明らかにしており、計算安定性の向上とあわせて、全ての利用者にとっての実用性が大幅に向上しています。

その他、FEMAXIコードは、解析に使用する物理モデルの選択や新しい物理モデルの導入が柔軟に行えるため、新しいタイプの燃料の設計や燃料を使った実験の分析、教育、訓練など、目的に応じて様々な用途に利用することができます。この特長を活かすことで、事故耐性燃料5)や加速器駆動未臨界炉など、現在国内で進められている新しいタイプの燃料及び炉型に関する研究への寄与も今後期待されます。

【今後の計画】

今後は、燃料のふるまいに関する最新知見を踏まえた物理モデルの改良などを更に進め、燃料の種類、運転条件などについてFEMAXIを用いた解析可能範囲の拡大を図るとともに一層の解析性能及び解析精度の向上を目指します。これらに加え、原子炉の事故など通常運転時に比べて更に予測が困難な原子炉の条件に適用できるよう改良を進めていきます。

【用語解説】

1)核分裂生成物(FP, Fission Products)

核燃料に含まれるウランやプルトニウムなどの原子が中性子を吸収して起こる核分裂反応によって生成される様々な核種のこと。セシウム137やキセノン133などが代表的な核種として知られる。

2)FEMAXI(Finite Element Method in AXIs-symmetric system)

FEMAXIは、原子炉の炉心内に置かれた一本の燃料棒に着目し、その内側で発生する力や、燃料棒を構成する燃料ペレットと被覆管の温度、燃料棒内部でのFPの動きなどを計算することができる燃料ふるまい解析コードの一つ。原子力機構(旧日本原子力研究所)で最初のバージョンが開発されて以降、大学、燃料メーカーなどとの共同開発を経て改良が重ねられてきた。国内唯一の公開コードとして、実験データの分析や新しいタイプの燃料の研究開発、教育などに利用されてきた。

3)原子力事業者

ここでは国内で原子力発電所の運転を営む者、電力会社を指す。事業者は原子炉の設置や変更にあたり、国(原子力規制委員会)に対して許可を得る必要があり、また許可申請に用いる書類の中で、原子炉の運転期間中核燃料が安全に使用できることを示す必要がある。

4)燃料の照射試験

燃料の長期間のふるまいや発電用原子炉では通常起こらない高い出力下でのふるまいなどを調べるため、少数本の実験用燃料棒を専用のカプセルに入れ、ノルウェーのハルデン炉、ベルギーのBR2炉などの研究用原子炉で燃焼させる(中性子を照射することによって、燃料内部で核分裂を起こし、発熱させる)実験のこと。

5)事故耐性燃料

原子炉が事故の様な過酷な状況に陥った場合においても、燃料自身が持つ固有の安全性によって、シビアアクシデントに発展させない、あるいは発展を大幅に遅らせるような燃料の概念を指す。東京電力福島第一原子力発電所事故などから得られた経験、教訓を踏まえ、各国で研究開発が進んでいる。

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