電子デバイスの非破壊検査の実現
2019-03-15 高輝度光科学研究センター,理化学研究所,神島化学工業株式会社
高輝度光科学研究センター(JASRI)計測技術開発チームの亀島敬研究員(理化学研究所 放射光科学研究センター データ処理系開発チーム 客員研究員)、理化学研究所 放射光科学研究センター データ処理系開発チームの初井宇記チームリーダー、および神島化学工業株式会社 セラミックグループ 柳谷高公グループマネージャー、村松克洋チームリーダーらの研究グループは、200ナノメートル(nm, nmは10億分の1メートル)の構造を解像できる高解像度X線イメージング検出器の開発に成功しました。このX線イメージング検出器は世界最高の解像力を有し、これまでにない精細なX線画像を得ることができます。
X線画像を高解像度で取得したい場合、薄膜シンチレーター[1]でX線を可視光に変換したのち、レンズで拡大、撮像する方法が用いられますが、これまで500ナノメートル前後の構造の解像が限界とされてきました。
研究グループは、X線が可視光へ変換された後の結像過程に注目し、解像度の飛躍的な向上を目指しました。特に、接合層の無い透明な5マイクロメートル(µm, µmは100万分の1メートル)厚の薄膜シンチレーターの開発に成功し、光学特性を大きく向上させました。その結果、X線撮像の理論限界に近い200ナノメートルの解像力を実現しました。また、この性能を用いて、超大規模集積回路(VLSI)デバイス内部の300ナノメートル幅配線の撮像に成功しました。VLSIの内部微細配線を非破壊かつ実用レベルの画質で可視化したのは世界で初めてです。
今回の結果は、開発されたX線画像検出器により簡単に解像度の高い透視像が得られることを示しています。SPring-8[2]といった大型放射光施設だけでなく、小型X線源を用いた電子デバイスの非破壊検査などの分野で実用化が期待されます。
本研究は、米国の科学雑誌『Optics Letters』(3月15日付け)に掲載されました。また、同雑誌のEditor’s pickに選出されました。論文情報
<タイトル>
Development of an X-ray imaging detector to resolve 200 nm line-and-space patterns by using transparent ceramics layers bonded by solid-state diffusion
<著者名>
TAKASHI KAMESHIMA, AKIHISA TAKEUCHI, KENTARO UESUGI, TOGO KUDO, YOSHIKI KOHMURA, KENJI TAMASAKU, KATSUHIRO MURAMATSU, TAKAGIMI YANAGITANI, MAKINA YABASHI, AND TAKAKI HATSUI
<雑誌> Optics Letters
<DOI> 10.1364/OL.44.001403
図1 (a, b, c) 撮像した縞形状試料のX線画像。(a)は200ナノメートル、(b)は400ナノメートル、(c)は600ナノメートルの線幅を持つパターン。いずれも線の明暗が区別できる。(d, e, f)は(a, b, c)のそれぞれの射影データ。
高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室
先端計測・解析技術グループ 計測技術開発チーム
研究員亀島 敬(かめしま たかし)
利用研究促進部門 イメージンググループ
グループリーダー上杉 健太朗(うえすぎ けんたろう)
主幹研究員竹内 晃久(たけうち あきひさ)
理化学研究所 放射光科学研究センター
XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ
グループディレクター矢橋 牧名(やばし まきな)
データ処理系開発チーム
チームリーダー初井 宇記(はつい たかき)
客員研究員工藤 統吾(くどう とうご)
理論支援チーム
チームリーダー玉作 賢治(たまさく けんじ)
利用システム開発研究部門 物理・化学系ビームライン基盤グループ
放射光イメージング利用システム開発チーム
チームリーダー香村 芳樹(こうむら よしき)
神島化学工業株式会社 セラミックグループ
グループマネージャー柳谷 高公(やなぎたに たかぎみ)
チームリーダー村松 克洋(むらまつ かつひろ)
背景
X線を利用するシステムにおいて、X線を計測試料に照射した際、透過X線・回折X線・蛍光X線という形で信号が得られます。検出器はこの信号を計測する役割を持つ、実験において必要不可欠な要素です。特にイメージング検出器は広範囲のX線信号を画像として取得し、その空間分布情報を得ることができます。その高い汎用性から、数多くの実験や装置で採用されています。中でも、X線CT[3]などの試料をX線で直接撮像するアプリケーションにおいて、X線イメージング検出器の解像力は、取得するデータの精度を決めます。このことから、X線イメージング検出器の解像力を上げるための研究は国内外で重要なテーマの一つに位置づけられています。
X線画像を高い解像力で取得する場合、シンチレーターでX線を可視光に変換し、これをレンズで拡大して撮像します。この時、シンチレーターを薄くしてピントがずれた成分を除去することで、さらに解像力を高めることが出来ます。シンチレーターを支持基板に接着剤で接合し、10マイクロメートル(µm, µmは100万分の1メートル)まで薄く研磨することで1マイクロメートルを超える精度の画像を得ることが可能です。しかし、この手法では、X線による損傷で接合層の光学特性が劣化し、可視光のイメージが滲んでしまうため、理論限界に近い解像力を得られないという課題がありました。
研究手法と成果
本研究では、X線イメージング検出器の解像力の限界に挑戦するためにシンチレーターの光学特性に注目しました。解像力を下げる原因とされる光の散乱要素を最小化する上で、透明性の高いシンチレーターと支持基板を用いるだけでなく、これらを直接接合する構造が理想です。接合層が無ければ、そこで生じる光の散乱や反射の問題を根本的に解決できるからです。研究グループは、最先端の透明セラミックス技術[4]を用いてシンチレーターの薄膜化を試みました。透明セラミックスは空孔を除去し、結晶粒界[5]を蛍光波長よりも十分に小さく抑えることで単結晶と同等の透明性を得ることができます。加えて、焼結現象を利用した固相拡散接合[6]を用いて、直接接合が可能です。この特徴を活かし、図2(a)に示すように、不純物Ceを添加してシンチレーターとして活性化したLu3Al5O12:Ce(略称LuAG:Ce)セラミックス、支持基板である無添加のLu3Al5O12(略称LuAG)セラミックスを接合します。厚いLuAG支持基板に支えられたLuAG:Ceシンチレーター層は容易に研磨して薄くできます。また、同母材のLuAG:CeとLuAGは屈折率差が0.1%以下であるため、接合面で光の反射はほとんど起きません。仕上げに、基板両面に光学コーティングを施すことで、全ての界面で光学特性の高い薄膜シンチレーター基板を得ることができます。
図2(b)はLuAG:CeとLuAGの接合面付近を電子顕微鏡で撮像した写真です。数マイクロメートルサイズの結晶の粒が、LuAG:Ceシンチレーター層、LuAG支持基板層、およびその接合面を含め、隙間なく埋め尽くしている様子が観察できます。光の散乱の原因となる空孔が無く、開発した薄膜シンチレーター基板が高い透明性を有している事を示しています。
図2 (a) 本研究で開発した薄膜シンチレーターの製法
(b) 開発した透明LuAG:Ce/LuAG 複合セラミックスの接合面付近の電子顕微鏡像。
上層がLuAG:Ceセラミックス、下層がLuAGセラミックス。
数マイクロメートルサイズの結晶粒が、LuAG:CeシンチレーターとLuAG支持基板の接合面を含め、隙間なく埋め尽くしている。
図3(a)は開発した薄膜シンチレーター基板の写真で、LuAG:Ceシンチレーターは5マイクロメートル厚、LuAG支持基板は1ミリメートル厚です。図3(b) は、この基板と、シンチレーター上で検出する像を拡大する光学系、および像を撮像するイメージセンサーで構築したX線イメージング検出器です。SPring-8の理研物理科学IビームラインBL29XUのX線ビームを標準試料に照射し、そのX線透過像を撮像することで、開発したX線イメージング検出器の性能評価を行いました。図1に示す通り、200ナノメートル(nm, nmは10億分の1メートル)の縞形状パターンの解像に成功しました。
この高い解像力を検証するため、200ナノメートルプロセスで製造された超大規模集積回路(VLSI)の内部配線の撮像を行いました。図4(a)はVLSIチップ内の設計図で、最小幅300ナノメートルのアルミ配線、タングステン貫通電極がシリコン基板内部に埋め込まれています。微細な配線構造に加え、シリコンとアルミは元素番号(Siは14、Alは13)が近いのでX線画像に明暗を付けづらく、また、アルミ配線の厚みは500マイクロメートル厚のシリコン基板に対しておよそ1000分の1である600ナノメートルという厳しい計測条件でした。図4(b)は実際に取得した図4(a)のエリアのX線透過像であり、アルミの内部配線パターンの可視化に成功しています。この結果は、これまで観察が難しいとされてきたVLSIの微細配線パターンの欠陥を、非破壊で検出できることを示しています。
図3 (a) 開発した5マイクロメートル厚の透明LuAG:Ce薄膜シンチレーター。 1ミリメートル厚の透明LuAGが支持基板となっており、LuAG:CeとLuAGは固相拡散接合で直接接合されている。
(b) 開発したX線イメージング検出器。筒の先端、X線検出面に(a)を配置している。
図4 (a) 超大規模集積回路(VLSI)の設計図。灰色線はアルミ配線、黒い四角はタングステン貫通電極を示す。
(b) (a)のX線透過像。
今後の期待
今回開発したX線イメージング検出器の解像力は理論限界に近い性能を達成しました。X線イメージング検出器はX線計測分野においてX線信号を計測する役割を持つ共通技術です。イメージング検出器として重要な基礎性能である解像力の向上は、各種アプリケーションにおいて計測精度・測定限界値の向上に広く貢献すると期待されます。
放射光を用いたX線CTでは、その高い解像力を活かし、より微細な構造を計測することが可能になります。放射光施設だけでなく、産業用のX線撮像装置への適用も可能です。例えば、小型X線発生装置・計測試料・開発したX線イメージング検出器を密着して配置するという単純な構成で、容易に微細構造を持つ試料の高解像度X線画像を得ることが出来ます。これを利用した電子デバイス非破壊検査等の産業応用が期待されます。
ここで紹介した研究は、日本学術振興会(No. 26790077)による科学研究費助成事業 若手研究(B)の助成を受け、SPring-8/SACLAの利用研究課題として行われました。
補足説明
[1] シンチレーター
電離放射線に励起され、光を放出する物質。放出される光は蛍光と呼ばれる。本資料では、X線が吸収された位置で可視の光を放出する物質を指す。
[2] SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
[3] X線CT
X線computed tomographyの略称。X線コンピュータ断層撮影法。試料に対するX線照射方向を走査しながらX線投影像を取得し、その内部構造を観察する。異なる材料や密度の差を検出することで画像を得ることが出来る。
[4] 透明セラミックス技術
セラミックス内の光散乱要素である空孔を除去し、加えて、結晶粒界サイズを発光波長より十分に小さくすることで透明化を行う技術。極めて厳しい光学品質を要求されるレーザー媒体へも応用される。単結晶と比較し、(1)大型化・大量生産性、(2)高融点材料の作成が可能、(3)高い添加物濃度、(4)添加物の均一分布、(5)結晶方位がなく、透過波面歪みが小さい、(6)複合化が容易(本研究で用いた接合技術)、(7)高い機械強度、等多くの利点を持つ。
[5] 結晶粒界
多結晶(セラミックス)は多数の結晶の粒の集合体である。異なる配列を持ち、隣接する結晶粒との境界面を結晶粒界と呼ぶ。
[6] 固相拡散接合
固相状態を保ちながら、分子の拡散を利用して接合する技術。加熱・加圧を行うことで拡散が促進する。粒界拡散・表面拡散・体積拡散・粒成長が生じることで接合面の空孔を埋め尽くすことが出来る。
発表者・機関窓口
<発表者>
※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい
高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
先端計測・解析技術グループ 計測技術開発チーム
研究員 亀島 敬 (かめしま たかし)
(理化学研究所放射光科学研究センター
XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ
データ処理系開発チーム 客員研究員)
<機関窓口>
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
理化学研究所 広報室 報道担当
神島化学工業株式会社 セラミックグループ
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課