単一分子電界発光の機構解明-発光過程における分子内電子間クーロン相互作用が鍵-

スポンサーリンク

2019-03-01 理化学研究所

理化学研究所(理研)開拓研究本部Kim表面界面科学研究室の三輪邦之訪問研究員(研究当時、現客員研究員)、今田裕研究員、金有洙主任研究員らの国際共同研究チーム※は、単一分子の「電界発光[1]」(エレクトロルミネッセンス)において、電子間に働くクーロン相互作用を考慮して電子の運動を調べる理論を構築し、この理論を用いて発光機構を解明しました。

本研究成果は、単一分子発光素子の実現やその高効率化に向けた物質設計の指針の獲得につながると期待できます。

近年、一つ一つの分子に素子機能を持たせる単一分子素子の創製に向け、固体の表面上や、複数の金属電極の間に位置する単一分子の特性を調べる研究が盛んに行われています。特に、単一分子の電気伝導特性と発光特性を高精度に調べることができる「走査トンネル顕微鏡発光[2]」を用いた研究が関心を集めています。しかし、その発光機構の詳細は未解明であり、実験結果の解釈や新たな測定系の設計において課題となっていました。

今回、国際共同研究チームは、分子内の「電子間クーロン相互作用[3]」を考慮して、単一分子の電荷輸送過程と発光過程の両方を記述する理論を構築し、電荷注入によって誘起される単一分子発光の機構を解明することに成功しました。

本研究は、米国の科学雑誌『Nano Letters』の掲載に先立ち、オンライン版(1月29日付け)に掲載されました。

電荷注入によって誘起される単一分子発光の図図 電荷注入によって誘起される単一分子発光

※国際共同研究チーム

理化学研究所 開拓研究本部 Kim表面界面科学研究室
訪問研究員(研究当時)三輪 邦之(みわ くにゆき)
(現客員研究員、カリフォルニア大学 サンディエゴ校 ポスドクフェロー)
研究員 今田 裕(いまだ ひろし)
大学院生リサーチ・アソシエイト 今井 みやび(いまい みやび)
研修生 木村 謙介(きむら けんすけ)
(日本学術振興会特別研究員)
主任研究員 金 有洙(きむ ゆうす)

カリフォルニア大学サンディエゴ校
准教授 マイケル・ガルペリン(Michael Galperin)

※研究支援

本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 基盤研究A「THz-可視STM発光分光を用いた単一分子におけるエネルギー散逸過程の研究(研究代表者:金有洙)」、基盤研究S「走査トンネル顕微鏡で拓く微小極限の光科学(研究代表者:金有洙)」、特別研究員奨励費「分子・プラズモンの発光過程における『多体量子ダイナミクス』の理論領域の開拓(研究代表者:三輪邦之)」、若手研究B「表面吸着単一分子系の電気伝導特性・発光特性に現れる電子相関効果の定量解析(研究代表者:三輪邦之)」、若手研究A「単一分子STMフォトルミネッセンス法の開発及びエネルギーダイナミクスの解明と制御(研究代表者:今田裕)」、新学術領域研究(研究領域提案型)「共鳴吸収と熱ゆらぎの協奏による固体基板上に吸着した分子の光マニピュレーション(研究代表者:今田裕)」、挑戦的研究(萌芽)「スピン偏極STM発光分光法の開発及び二次元半導体におけるスピン-光変換の解明(研究代表者:今田裕)」、特別研究員奨励費「テラヘルツ光パルスを用いたSTM超高速単一分子発光分光法の開発(研究代表者:木村謙介)」、National Science Foundation「Non-equilibrium divide-and-conquer method for nanoscale simulations(研究代表者: Michael Galperin)」、U.S. Department of Energy「Molecular Optoelectronics(研究代表者: Michael Galperin)」による支援を受けて行われました。

背景

有機材料を用いたデバイスは、有機電界効果トランジスタ(OFET)や有機発光ダイオード(OLED)をはじめ、私たちの身の回りでも数多く利用されています。特定の機能を持たせた一つの有機分子を用いた素子(単一分子素子)を作ることができれば、極めて微小なデバイスが実現し、高密度化などのメリットが期待できるため、世界中で研究が行われています。

これまでは、主にエレクトロニクス分野への応用を目指して、単一分子の電気伝導特性が調べられてきました。近年では、実験技術の向上により光学特性も調べることができるようになり、オプトエレクトロニクス(光電子工学)分野への応用を目指す新しい研究分野が開拓されつつあります。

分子の典型的な大きさである数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の空間領域での電子や原子核の動きは、量子力学によって説明できます。しかし、電極と結合した単一分子の電気伝導特性と光学特性については、量子力学を用いる点では共通するものの、別々の理論的な枠組みで研究されてきました。そのため、両者を同一の枠組みで記述する理論の構築が待ち望まれていました。

一方、実験研究の面では、単一分子の電気伝導特性と光学特性を調べるためのさまざまな手法が開発されています。その中でも、単一分子の「電界発光」(エレクトロルミネッセンス)を調べる実験手法として、走査トンネル顕微鏡(STM)のトンネル電流によって分子の発光を誘起する「STM発光」が関心を集めています。STM発光を用いた分光法は、1nm以下という高い空間分解能で分子の電気伝導特性と光学特性を調べることができる強力な実験手法として知られています。しかし、電荷の注入によってどのように分子が励起され、発光するのかなどの詳細な機構は未解明で、実験結果の解釈や新たな測定系の設計を行う上で問題となっていました。

研究手法と成果

国際共同研究チームは、電極に結合した単一分子における電気伝導特性と光学特性の両方を記述するための理論を構築しました。

まず、分子と電極の結合を無視して、孤立した分子のエネルギー固有状態[4]をベースに現象を記述する方法を用いました。この記述方法は、分子の光学応答を調べる理論で主に利用され、分子内の電子間に働く相互作用や電子と原子核の間に働く相互作用の影響を厳密に取り扱えることが知られています。

次に、分子と電極の結合の影響を取り扱うために、電圧が加えられている非平衡状態において量子力学の多体問題を扱える理論手法である「非平衡グリーン関数法[5]」を用いて、理論の構築を行いました。

そして、構築した理論の妥当性を検証するために、フタロシアニン(H2Pc)[6]分子のSTM発光に関する解析を行った結果、分子の電気伝導特性と発光特性の両方において実験結果をよく再現できることを確認しました(図1)。

次に、単一分子の電気伝導特性の測定で得られる「輸送ギャップ[7]」と発光特性の測定で得られる「光学ギャップ[7]」が異なる値を示すことに着目し、今回構築した理論を用いてその理由の説明を試みました。その結果、分子内の電子間には強いクーロン相互作用が働いており、この電子間クーロン相互作用が輸送ギャップと光学ギャップの差を生む主な原因であることを明らかにしました。

ところで、電荷の注入によって分子発光を誘起する際には、エネルギーの高い分子軌道に電子を注入するとともに、エネルギーの低い分子軌道から電子を引き抜くことで、分子を励起させます。電圧を変えて分子の電気伝導度と発光強度を解析したところ、最高被占軌道(HOMO)[8]から電子の引き抜きが起こり始める電圧において分子が発光し始めることが分かりました(図2)。

これらのことから、H2Pc分子のSTM発光は以下のような過程で起こることが分かりました。図3aに示すように、電圧が加えられている場合、分子はまず電荷中性の基底状態にあり、電子間クーロン相互作用により金属基板から分子への電子の注入は阻害されています(クーロンブロッケード現象)。次に、HOMOから電子が引き抜かれると、分子が+1価に帯電した状態が実現します(図3b)。このとき、HOMOから電子が一つ減ったことにより、電子間クーロン相互作用による反発が減少するため、金属基板から分子への電子注入が可能となります。電子がエネルギーの高い分子軌道に注入されると、中性分子の励起状態が形成されます(図3c)。その後、励起状態から基底状態に戻る際に光にエネルギーを渡すことで、発光が生じます(図3d)。

本研究により、電荷注入に誘起される単一分子発光の過程を正しく理解するためには、電子間クーロン相互作用を考慮することが重要であることが示されました。

今後の期待

単一分子からのSTM発光に関する従来の解析では、電子間クーロン相互作用を考慮せずに電子の運動が解析されていたため、発光の過程や機構を正しく理解することは困難でした。本研究では、分子内での電子間クーロン相互作用を考慮することで、実験結果の説明や発光機構の解明に成功しました。

本研究成果は、単一分子の電界発光過程における電子の運動の解明や、単一分子からの電界発光分光の実験結果の解釈に貢献します。また、単一分子の発光機構の解明は、単一分子発光素子に適した材料や物質の設計指針を定めるうえで役立ちます。

今後は、他の分子系、特に電子スピンの自由度[9]が重要となる蛍光[10]や燐光[10]を示す分子や、電子と原子核の相互作用が重要となる分子などについても解析を行うことで、単一分子の電界発光過程についてより詳細な知見が得られると考えられます。

原論文情報

  • Kuniyuki Miwa, Hiroshi Imada, Miyabi Imai-Imada, Kensuke Kimura, Michael Galperin, Yousoo Kim, “Many-Body State Description of Single-Molecule Electroluminescence Driven by a Scanning Tunneling Microscope”, Nano Letters, 10.1021/acs.nanolett.8b04484

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 Kim表面界面科学研究室
客員研究員 三輪 邦之(みわ くにゆき)
研究員 今田 裕(いまだ ひろし)
主任研究員 金 有洙(きむ ゆうす)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

補足説明

  1. 電界発光
    電界(電場)を印加することによって生じる発光現象。エレクトロルミネッセンス(Electroluminescence)とも呼ばれる。この現象を利用したデバイスとして、発光ダイオードなどが挙げられる。
  2. 走査トンネル顕微鏡発光
    原子レベルで尖らせた金属針(探針)を試料表面に近づけ、電圧を印加すると、量子力学的な現象であるトンネル効果により、探針と試料の間を電子が移動して電流(トンネル電流)が流れる。トンネル電流をプローブとして、試料表面の原子構造や電子状態を観測する実験装置を走査トンネル顕微鏡(STM)という。STMのトンネル電流によって、試料が励起されることで誘起される発光を走査トンネル顕微鏡発光またはSTM発光と呼ぶ。STMの空間分解能は非常に高く、1ナノメートル以下の空間分解能で原子構造や電子状態の観察、発光分光を行うことができる。STMは、Scanning Tunneling Microscopeの略。
  3. 電子間クーロン相互作用
    二つの電子間に働くクーロン力の作用。今回解析する物質系では、二つの電子の間に反発し合う力が働く。
  4. 分子のエネルギー固有状態
    分子の電子状態や振動状態を表すハミルトニアンを用いて得られるシュレーディンガー方程式の解(エネルギー固有状態)。分子がどのような電子状態や振動状態を取ることができるかを表し、また、それぞれの固有状態に対応するエネルギー(固有エネルギー)は、分子がどのようなエネルギーを持つことができるのかを表す。
  5. 非平衡グリーン関数法
    場の理論に基づくグリーン関数法の一種。電圧の印加や光の照射などによって引き起こされる非平衡状態を記述するために開発された理論手法である。電極と結合した分子における電荷の輸送現象を理論的に調べる際に広く用いられている。
  6. フタロシアニン(H2Pc)
    四つのフタル酸イミドが窒素原子で架橋された構造をもつ環状化合物で、鮮明な青色を呈する。
  7. 輸送ギャップ、光学ギャップ
    電気伝導測定では、分子に電子を1個加えるのに必要なエネルギー(電子親和力、EA)、および分子から電子を1個引き抜くのに必要なエネルギー(イオン化ポテンシャル、IP)に関する情報が得られる。図1cで示すように、微分コンダクタンススペクトルの正負のバイアス電圧領域ではそれぞれ、分子に電子を1個付加または除去でき始める電圧にピークが現れる。このピーク位置の差をエネルギーの単位に換算したものを「輸送ギャップ」と呼ぶ。ただし、分子と金属電極の間の電圧降下や分子内の電圧降下などにより、輸送ギャップはIP-EAのエネルギー差より大きくなる。発光スペクトルの測定では、分子の光学遷移に必要なエネルギーである「光学ギャップ」の情報が得られる。励起状態の分子では、分子内の電子と正孔の間に引力のクーロン相互作用が働く。そのため、光学ギャップはIP-EAのエネルギー差より小さくなる。観測によって得られる輸送ギャップと光学ギャップの差は、電圧降下と分子内のクーロン相互作用により説明される。単一分子からのSTM発光の先行研究では、後者を無視した解析しか報告されておらず、実験結果が正しく解釈されていなかった。
  8. 分子の最高被占軌道(HOMO)
    電子に占有されている最もエネルギーの高い分子軌道のこと。電子に占有されていない最も低いエネルギーの分子軌道である最低空軌道(LUMO)と合わせて、フロンティア軌道と呼ばれることもある。
  9. 電子スピンの自由度
    量子力学において、電子はスピン角運動量(単にスピンとも呼ばれる)という角運動量を持つことが知られている。電子が持つスピンは、ある方向の成分に着目すると2種類の値を示すため、それぞれに対応する状態を上向きスピンの状態、下向きスピンの状態などと呼ぶことがある。
  10. 蛍光、燐光
    分子の発光過程において、始状態(今回の場合、発光が起こる前の分子の励起状態)と終状態(発光が起こった後の分子の基底状態)でスピン多重度と呼ばれる物理量が同じ場合の発光を蛍光といい、異なる場合の発光を燐光という。

STM発光の概念図、電気伝導特性と発光特性の計算結果および測定結果の図

図1 STM発光の概念図、電気伝導特性と発光特性の計算結果および測定結果

(a) 走査トンネル顕微鏡(STM)のトンネル電流により分子を励起し、発光を誘起する。赤い線は電流、赤色と青色の球はそれぞれ電子と正孔を表す。
(b) フタロシアニン(H2Pc)分子の発光スペクトルの計算結果(上)と実験結果(下)。2.08eVと1.81eVにそれぞれ高強度のピークが見られる。低エネルギー側には、発光の際、分子の振動状態が変化することによって生じるサイドピークが見られる。後者について、発光強度を10倍および20倍した計算結果および実験結果も共に示す。
(c) H2Pc分子の微分コンダクタンススペクトルの計算結果(上)と実験結果(下)。-2.3V近傍と0.55V近傍にそれぞれピークが見られる。

発光スペクトルのバイアス電圧依存性の図

図2 発光スペクトルのバイアス電圧依存性

計算結果(左)および実験結果(右)ともに、バイアス電圧V≦-2.3V近傍から発光が起こり始めている。この閾値は、図1(c)に示した微分コンダクタンススペクトルのピーク位置に対応していることが分かる。

単一分子からのSTM発光の過程を表す概念図の画像

図3 単一分子からのSTM発光の過程を表す概念図

黄色の領域は、電極中で電子に占有されているエネルギー準位を表す。左右の電極間にバイアス電圧がかけられた場合、電子に占有された最大のエネルギー準位(フェルミ準位、EF)の位置は異なり、図中では左の電極のフェルミ準位が、右の電極のそれより低い場合が示されている。左右の電極は、STM探針および金属基板を表す。水平方向の直線は、分子のイオン化ポテンシャルおよび電子親和力のエネルギー位置を表し、黒丸および白丸は電子および正孔を表す。(a)-(d)は分子発光が起こる過程を図示している。
(a) 中性分子の基底状態において、電子間クーロン相互作用により金属基板から分子への電子の注入は阻害されている。次に、矢印のように最高被占軌道(HOMO)からSTM探針へ電子が移動する。
(b) 分子が+1価に帯電したことで、電子間クーロン相互作用による反発が減少するため、矢印のように金属基板から電子への移動が可能になる。
(c) 中性分子の励起状態が形成され、やがて矢印のように基底状態へ戻る。
(d) 基底状態へ戻る際に発光が起こる。

スポンサーリンク
スポンサーリンク