2019-01-10 国立天文台
そんな状況を一変させる大きなきっかけになろうとしているのが、アルマ望遠鏡です。アルマ望遠鏡は高い感度と解像度を併せ持つため、多数の銀河を観測して、「星の工場」である個々のガス雲の性質から銀河全体のようすまでを網羅的に捉えることができるようになったのです。個々のガス雲は、天の川銀河で言えばオリオン大星雲とそのまわりのガス雲に相当する巨大な星形成領域で、サイズは数十~数百光年です。しかし、およそ10万光年の大きさを持つ銀河全体からすればたいへん小さいスケールの天体です。アルマ望遠鏡を使えば、数百万光年~数千万光年の距離にある銀河の中の個々のガス雲の分布を描き出すことができます。
アルマ望遠鏡を使った大きな研究プロジェクト、PHANGS-ALMA (Physics at High Angular Resolution in Nearby galaxieS:近傍銀河の高解像度観測による物理学研究)では、地球の南半球から観測することのできる渦巻銀河のうち、銀河を正面から見ることができるものをターゲットにしています。現在までに合計750時間の観測が行われ、74個の銀河の観測から3万個のガス雲のデータが得られています。これらのデータをもとに研究チームは、銀河の大きさや年齢、内部のガスの運動によって星形成のサイクルがどのように変化するのかに迫ろうとしています。これまでの同種の研究プロジェクトに比べると、10倍から100倍強力といってもいいでしょう。
PHANGS-ALMA計画で撮影された6つの渦巻銀河。星の材料となるガスが放つ電波をとらえており、渦巻状に広がるガス雲のようすが詳細に描き出されています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO); NRAO/AUI/NSF, B. Saxton
アルマ望遠鏡が撮影した渦巻銀河M100(NGC 4321)。M100は、地球から見るとかみのけ座の方向5500万光年のところに位置しています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO); NRAO/AUI/NSF, B. Saxton
アルマ望遠鏡が撮影した渦巻銀河M74(NGC 628)。M74はうお座にあり、地球から3200万光年の距離にあります。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO); NRAO/AUI/NSF, B. Saxton
アルマ望遠鏡(オレンジ)とハッブル宇宙望遠鏡(青)が撮影した渦巻銀河M74。
Credit: NRAO/AUI/NSF, B. Saxton: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO); NASA/Hubble
PHANGS-ALMAチームのリーダーの一人で、カナダ・アルバータ大学の天文学者であるエリック・ロゾロウスキー氏は、この研究の背景について次のようにコメントしています。
「銀河の中には、今まさに爆発的に激しく星を生み出しているものもあれば、ずっと昔に星の材料を使い切ってしまったものもあります。星形成活動の多様性は、星の材料である低温で高密度なガス雲そのものの性質にあると私たちは考えています。これまでの望遠鏡による観測で、ガス雲の性質についていろいろなことがわかりました。しかし感度や解像度が不十分で、いろいろな銀河について網羅的にガス雲の性質を調べるには至っていません。このため、個々のガス雲のふるまいや性質とそれを擁する銀河全体の性質との関係が、十分に理解できないでいたのです。」
星形成の現場では、星の誕生をきっかけにガス雲が破壊される現象が起きていることも知られています。若くて巨大な星から放出される強烈な光やガス(星風)、あるいは短寿命な巨大星の死である超新星爆発によってガス雲が壊されるのです。
「PHANGSのこれまでの観測によって、生まれたばかりの星たちが周囲のガス雲をすぐに壊してしまうことが確かめられました。研究チームでは、異なるタイプの銀河でガス雲破壊のプロセスがどのように進むのかを調べています。これが、星形成効率にとって大きな影響を与えるかもしれないのです。」と、ロゾロウスキー氏はコメントしています。
研究チームの一員でオハイオ州立大学のアダム・リロイ氏は、「アルマ望遠鏡は、銀河に含まれる一酸化炭素ガスの性質を調べるのにうってつけといえます。口径12mのアンテナ群を組み合わせることで非常に高い解像度を実現して銀河の細かい構造を見ることができるのと同時に、視野の広い口径7mのアンテナ群を使って銀河全体に広がるガスのようすも捉えることができるからです。」とアルマ望遠鏡の役割についてコメントしています。
研究チームが使うのは、アルマ望遠鏡だけではありません。欧州南天天文台の8m望遠鏡VLTのカメラMUSEを使ったPHANGS-MUSE計画、ハッブル宇宙望遠鏡を使ったPHANGS-HST計画も進行中です。これらを総合することで、星の材料である低温ガスの分布とその動き、さらに高温ガスと星の分布までを網羅的にカバーし、銀河の中での星の作られ方の違いとその原因を包括的に理解しようとしています。
「天文学研究では、宇宙の進化をそのまま観測することはできません。人間スケールをはるかに超える壮大な営みだからです。また、ひとつの天体を永遠に観測し続けることもできません。でも、異なるサイズや年齢の銀河に含まれる何万個もの星形成の現場を観測して、銀河がどのように進化するかを推測することはできます。これこそが、PHANGS-ALMAの新の意義なのです。」とロゾロウスキー氏は述べています。
論文情報
この研究成果は、今週アメリカのシアトルで開催されている第233回アメリカ天文学会で発表されました。また、以下の論文でもその成果が報告されています。
Sun et al. “Cloud-scale Molecular Gas Properties in 15 Nearby Galaxies,” 2018, The Astrophysical Journal, 860, 172
Utomo et al. “Star Formation Efficiency per Free-fall Time in nearby Galaxies,” 2018, The Astrophysical Journal, 861L, 18
Kreckel et al. “A 50 pc Scale View of Star Formation Efficiency across NGC 628,” 2018, The Astrophysical Journal, 863L, 21