低消費電力エレクトロニクスへの新原理を構築
2018/12/08 東京大学,東北大学,科学技術振興機構
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関量子伝導研究チームの吉見龍太郎基礎科学特別研究員、十倉好紀チームリーダー(東京大学大学院工学系研究科教授)、安田憲司客員研究員(マサチューセッツ工科大学ポストドクトラルアソシエイト)、強相関界面研究グループの川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授らの共同研究グループ※は、マルチフェロイクス[1]材料において、電流を流すことで磁化[2]が反転する現象を観測しました。
本研究成果は、電流により磁化を制御する手法の新原理を実証したものです。今後、電流で磁気情報を書き換える低消費電力のメモリデバイスなどへの応用が期待できます。
通常、エレクトロニクスにおける磁化の制御には外部から磁場を加える方法が用いられますが、近年、省電力化などの観点から、電流や電場を利用する磁化[2]の制御方法が模索されています。特に、電流からスピン流[2]を生成するラシュバ・エデルシュタイン効果[3]を用いた磁化の制御が注目されていますが、強誘電体[4]ではまだ実現していませんでした。
今回、共同研究グループは、強誘電性を持つ半導体のGeTe(Ge:ゲルマニウム、Te:テルル)に磁性元素のMn(マンガン)を添加したマルチフェロイクス材料「(Ge,Mn)Te」にパルス電流を加えて、磁化が反転する現象を観測しました。さらに、この磁化の反転効率は試料の正孔[5]濃度を増やすことで増大することが分かりました。
本研究は、米国のオンライン科学雑誌『Science Advances』(12月7日付け:日本時間12月8日)に掲載されます。
図 マルチフェロイクス材料において、電流を流すことで磁化が反転する現象のイメージ
※共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関量子伝導研究チーム
チームリーダー 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
基礎科学特別研究員 吉見 龍太郎(よしみ りゅうたろう)
強相関物性研究グループ
客員研究員 安田 憲司(やすだ けんじ)
(米国 マサチューセッツ工科大学 ポストドクトラルアソシエイト)
強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
上級研究員 高橋 圭(たかはし けい)
(科学技術振興機構(JST) さきがけ研究者)
東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦(つかざき あつし)
(理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究A「バルクラシュバ半導体の分極反転を利用したスピン電荷変換の極性制御(研究代表者:吉見龍太郎)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「トポロジカル結晶絶縁体薄膜における電界誘起量子伝導制御(研究代表者:吉見龍太郎)」、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成(研究代表者:川﨑雅司)」などによる支援を受けて行われました。
背景
強磁性[2]体の磁化は、ハードディスクなどの情報記憶素子としてエレクトロニクスに広く使用されています。通常、磁化の制御には外部から磁場を加える方法が用いられていますが、近年、省電力化などの観点から、電流や電場を利用する磁化の制御方法が模索されています。特に、電気的な極性を持つ材料において電流からスピン流を生成するラシュバ・エデルシュタイン効果はその手法の一つとして注目されていますが、それはこれまで半導体や金属の界面において主に研究されてきました。
一方で、強誘電性と強磁性[2]を併せ持つマルチフェロイクス材料も、ラシュバ・エデルシュタイン効果による磁化の制御が可能であると考えられてきました。強誘電体とは外部電場によって誘電分極の向きが反転する物質です。強誘電体で誘電分極が反転すると、ラシュバ・エデルシュタイン効果によって生成されるスピン流の向きも反転するという特徴があります。これは半導体や金属の界面とは全く異なる性質で、将来的にスピントロニクス素子としての新機能につながると期待できます。しかし、これまで強誘電体やマルチフェロイクスではラシュバ・エデルシュタイン効果を用いた磁化の制御は報告がありませんでした。
研究手法と成果
共同研究グループはまず、強誘電性を持つ半導体として知られているGeTe(Ge:ゲルマニウム、Te:テルル)に磁性元素のMn(マンガン)を添加して、強誘電性と強磁性を併せ持つマルチフェロイクス材料「(Ge,Mn)Te」の単結晶薄膜を作製しました。さらに、この薄膜をフォトリソグラフィ[6]によって、幅10マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)、長さ30μmの半導体試料に加工しました(図1(a))。
次に、試料が強磁性を示す10K(約-263℃)の極低温において、この試料にさまざまな大きさのパルス電流と弱い外部磁場(0.02テスラ)を加えながら、ホール電圧[7]の変化を測定しました。このとき、ラシュバ・エデルシュタイン効果によってスピン流が生成され、磁化を反転させると考えられます。測定の結果、パルス電流の向きが反転したところでホール抵抗[7]値が小さくなり、磁化の向きが上向きから下向きに反転することを確認しました(図1(b))。パルス電流の向きをまた反転させると、磁化の向きは元に戻りました。これらの結果は、ラシュバ・エデルシュタイン効果によって磁化が反転したことを意味しています。
また、膜厚が200ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)という分厚い試料でも磁化反転を観察したことから、界面や表面による効果ではなく試料全体(バルク)でラシュバ・エデルシュタイン効果が発生していることが明らかになりました。
ラシュバ・エデルシュタイン効果は、試料内の正孔濃度に対してその効率が変化すると理論的に予想されていました。そこで、より高効率な磁化反転を実現するため、正孔濃度の異なる試料を用いて磁化を反転する実験を行ったところ、正孔濃度が高いほど磁化の反転率が大きいことが分かりました(図2)。この結果は、磁化反転の効率が上がるという観点から、今後の物質設計の指針へとなり得ます。特に、正孔濃度を広い範囲で変化させられることは半導体の大きな特徴の一つであり、今後正孔濃度を調整することでさらに高い磁化反転効率を実現する可能性があります。
今後の期待
本研究成果は、マルチフェロイクス材料において、電流からスピン流を生成するラシュバ・エデルシュタイン効果の新しいプラットフォームになり得ることを実証するものあり、今後、書き換えに必要な閾(しきい)値電流を下げることで消費電力の低いメモリデバイスなどへの応用が期待できます。
特に、今回の実験では測定温度が10Kに限られていましたが、磁性元素の添加濃度を調整することで試料が強磁性を示す温度を上昇させれば、将来的には室温で動作する素子を開発できる可能性があります。
原論文情報
R. Yoshimi, K. Yasuda, A. Tsukazaki, K. S. Takahashi, M. Kawasaki, Y. Tokura, “Current-driven magnetization switching in ferromagnetic bulk Rashba semiconductor (Ge,Mn)Te”, Science Advances, 10.1126/sciadv.aat9989
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関量子伝導研究チーム
チームリーダー 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
基礎科学特別研究員 吉見 龍太郎(よしみ りゅうたろう)
創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ
客員研究員 安田 憲司(やすだ けんじ)
(米国 マサチューセッツ工科大学 ポストドクトラルアソシエイト)
創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦(つかざき あつし)
(理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
東京大学 大学院工学系研究科 広報室
東北大学 金属材料研究所
情報企画室広報班
科学技術振興機構 広報課
JST事業に関すること
科学技術振興機構 戦略研究推進部
補足説明
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- マルチフェロイクス
- 強磁性体と強誘電性の性質を併せ持つ物質。
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- 磁化、スピン流、強磁性
- 電子の磁石としての性質(地球の自転に似た電子の角運動量)のことをスピンといい、結晶全体で合計した角運動量を磁化と呼ぶ。外部から磁場を加えなくても自発的に磁化の向きがそろう性質を強磁性という。電子の電荷の流れである電流に対して、スピンの流れをスピン流と呼ぶ。
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- ラシュバ・エデルシュタイン効果
- 通常の物質では、物質内を流れる電子が持つスピンはバラバラであらゆる方向を向いている。しかし、電気的な極性を持つ材料では、電子が流れる向きとその電子が持つスピンの向きは直角に固定されるという性質を持つ。このような材料に電流を流すことで、特定の方向を向いたスピン流を取り出すのがラシュバ・エデルシュタイン効果である。
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- 強誘電体
- 外部から電場を加えると、結晶内部に正と負の電荷の分布にずれが生じる。これを誘電分極と呼ぶが、外部から電場を加えなくても、結晶内部に自発的に誘電分極を生じる物質を強誘電体という。
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- 正孔
- 半導体中では、マイナスの電荷を持つ電子またはプラスの電荷を持つ正孔(ホール)が動くことで電流が流れる。半導体には、電子を輸送するn型と正孔を輸送するp型があるが、本研究で用いたマルチフェロイクス材料はp型半導体で、内部に流れているのは正孔である。
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- フォトリソグラフィ
- 感光性物質を薄膜表面に塗布し、露光する部分としない部分でパターニングするデバイス加工の技術。本研究では、露光した部分が溶解する感光物質を用い、溶解した部分をエッチングする(削る)ことでデバイス加工した。
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- ホール電圧、ホール抵抗
- 磁場下で電子が運動すると、電子はローレンツ力(荷電粒子が磁場の中で動く時に磁場により受ける力)を受けて、本来の運動方向に対して横方向に曲がる。従って、電流を流すと、磁場の大きさに比例した電圧が電流の向きに対して垂直な方向に生じる。これはホール効果と呼ばれ、垂直方向に生じる電圧(ホール電圧)を電流で割ったものをホール抵抗と呼ぶ。
図1 マルチフェロイクス特性を持つ半導体試料における電流誘起磁化反転
(a)(Ge,Mn)Te薄膜を測定用に半導体デバイス加工した試料の光学顕微鏡写真。黄色矢印の向きに微小磁場を加えた状態で、赤矢印の向きにパルス電流を加え、電流と垂直方向(白矢印)のホール電圧を測定した。
(b) 加えたパルス電流(印加電流)の大きさと向きによって、ホール電圧から計算されるホール抵抗値が変化することを示す。始め約4mΩだったホール抵抗(右上)は、印加電流がゼロになり電流の向きが反転したところでだんだん小さくなっていき、最終的に約-4mΩになった(左下)。ホール抵抗は磁化の大きさに比例するため、これは磁化が上向きから下向きに反転したことを意味する。再び印加電流の向きを変えていくと、磁化の向きは元に戻った。
図2 さまざまな正孔濃度の試料における電流誘起磁化反転率の変化
10K(約-263℃)において、(Ge,Mn)Te薄膜試料の正孔濃度を変えて電流誘起磁化反転の実験を行った結果を示す。試料中の正孔濃度が高くなるほど磁化反転率が高くなることが分かる。