北極海航路上の海氷厚分布を高精度に予測できる時間スケールを特定

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北極低気圧の予測精度に大きく依存

2018/06/28 情報・システム研究機構 国立極地研究所 北海道大学

国立極地研究所(所長:中村卓司)の中野渡拓也特任研究員、猪上淳准教授、北海道大学(総長:名和豊春)の大塚夏彦教授を中心とする国際研究グループは、北極海航路が通る東シベリア海における初夏の海氷厚分布の予測精度が、3日先までの予測に比べて4日目に著しく低下し、その原因として北極低気圧に伴う風速分布の予測誤差が大きく影響することを明らかにしました。

近年、北極海航路(注1)を安全に活用するための海氷状況の予測に関する研究が国内外で進められています。しかし、多くは海氷面積に関するもので、船舶の速度を左右する海氷の厚さ(海氷厚)の予測精度やその要因については、観測データが非常に限られていることから十分な知見が得られていませんでした。

中野渡研究員らは、ノルウェーで開発された北極海の海氷・海洋結合データ同化システム「TOPAZ4(トパーズフォー)」(注2、3)による3年間(2014~2016年)の海氷データやその予測値を解析し、東シベリア海における海氷厚分布の予測精度を調べました。その結果、海氷厚分布はどの年でも概ね3日先までは高精度で予測されるものの、4日目以降は予測精度が著しく低下することが示されました。このような4日目の予測精度の低下は、風による海氷の動きが正しく予測されなかったためであることが明らかになりました。この4日目以降の風の予測誤差の増大は、北極低気圧の予測精度と関連していたことから、海氷厚の予測精度の向上には北極低気圧の予測精度向上(文献1)が望まれます。

この成果は、欧州の科学雑誌「The Cryosphere」オンライン版に掲載されました。

研究の背景

近年、北極海の海氷面積は減少傾向を示しており、中緯度における冬季の寒冷化など、グローバルな気候に対する影響が懸念されています(文献2、3)。一方で、夏季の北極海の海氷面積が減少し、船舶の通行が可能になったことで、東アジアとヨーロッパを結ぶ北極海航路(図1)の活用に向けた議論が国内外で盛んに行われています。先月閣議決定された海洋基本計画(第3期計画)(注4)でも、北極海航路の利活用のための海氷分布予測システムの構築やインフラ整備の検討が「海洋に関する施策に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策」の中に掲げられています。

北極海航路上の海氷厚分布を高精度に予測できる時間スケールを特定

図1:JAXAの水循環変動観測衛星「しずく」に搭載されている高性能マイクロ波放射計(AMSR2)による2014年7月1日の北極海における海氷密接度(百分率;カラー)と1980年代、1990年代、そして2000年代における氷縁(等値線)。近年、北極海における夏季の海氷域は縮小傾向を示すものの、東シベリア海やラフテフ海では初夏(7月)は海氷が残存している。緑の破線は北極海航路の典型的なルートを示す。

北極海航路の運航計画の立案においては海氷分布の長期的な見通しが必要ですが、現場での船舶の効率的な運航や安全航行のためには数日から1週間先の予測情報も不可欠です。これまで、北極海の海氷予測研究は気候学的な観点から、数か月から数年といった長期スケール、それも海氷の面積に着目した研究が多く、短・中期の予測や、海氷の厚さに関する研究は限られていました。特に海氷厚については、船舶の運航速度を規定する主要な要因であるにもかかわらず、現場や衛星での観測に限界があることや、数値モデルの海氷が重なり合う過程の定式化が不十分であることから、観測や予測に関する研究は十分には進んでいませんでした。

本研究では、北極海航路の要所であり、かつ初夏でも海氷が融け残る東シベリア海(図1)に着目し、この海域における海氷厚分布の定量的な評価、ならびにその予測精度や決定要因を調べました。

研究の内容

本研究では、海氷厚の予測に、ノルウェーのナンセン環境リモートセンシング研究センターで開発された北極海の海氷・海洋結合データ同化システム「TOPAZ4」のアンサンブル海氷予測を用いました。さらに、海氷の移動に大きく影響する大気(風)の予測データとして、現時点で最も優れているとされるヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)のデータを使用し、TOPAZ4に組み入れて予測しました。こうして得られる海氷予測データは現業では最高レベルのものとされています。

予測スキルの評価の前に、まず、TOPAZ4が算出する予測日時点の海氷厚データを評価しました。比較対象として、ワシントン大学の海氷データ算出モデル「PIOMAS(パイオマス)(注5)」の値と、現場観測や衛星観測で得られた海氷厚データを用いました。PIOMASは、衛星観測によって得られた海氷密接度と海面水温から、その時点での海氷の厚さや体積を算出するモデルで、特に北極海の海氷厚分布の再現性に定評があります。

比較の結果、初夏(6~7月)の東シベリア海におけるTOPAZ4の海氷厚分布はPIOMASのデータに似た舌状構造になり(図2a、b)、海氷厚の差も±約20cmの範囲に収まっていることが分かりました。また、周辺海域の現場観測値とも高い相関を示し(図2c)、優れた再現性を有していることが分かりました。

図2:2011-2014年の7月における月平均海氷厚の平年的な空間分布(a:PIOMAS,b:TOPAZ4)。(c) 東シベリア海(aの黒枠領域)や周辺海域で得られた4つの漂流ブイ(aに各ブイの軌跡を色毎に表示)による日平均海氷厚の現場観測データ(845点)と対応するTOPAZ4の日平均海氷厚の比較図。回帰直線(破線)は基準線(実線)とよく一致していることから、TOPAZ4の海氷厚データは観測データと定量的に一致していることがわかる。

次に、TOPAZ4の予測スキルを評価するために、空間相関解析(注6)という手法を用いて、TOPAZ4による海氷厚の9日先までの予測値が、解析値(予測対象日までの海面水温や海氷密接度、大気のデータを使いTOPAZ4で算出した海氷厚などの値)にどの程度一致するかを検討しました。その結果、海氷厚分布の予測スキルは3日目までは高いものの、4日目に急激に低下することがわかりました(図3a)。このような予測スキルの急激な低下は、南北方向の海氷速度やその駆動源である海上風にもみられました(図3b、c)。このことは、大気(海上風)の予測精度が海氷分布の予測精度と密接に関係していることを意味します。

図3:過去3年間(2014-2016年)の東シベリア海(図2aの黒枠の領域)における初夏(6-7月)の(a)海氷厚、(b)海氷速度、そして(c)海上風速の予測精度(空間相関係数)。各プロットのエラーバーは予測精度のばらつきを示す。予測精度が1に近く、エラーバーの幅が小さいほど予測精度が高いことを意味する。

では、なぜ4日目に予測スキルが低下するのでしょうか。大気の予測精度が4日目に低下する典型的な事例である2015年7月2日を初期値としたTOPAZ4の海氷厚予測と解析値との差に着目し、その要因について調べました。その結果、図4に示すように、2日目までは両者の差は小さいものの、4日目の東シベリア海西側の海氷の動きに時計回りの誤差が生じていることが分かりました。つまり、4日目の予測値では、解析値に見られるような反時計回りの海氷循環が形成されていませんでした。この海氷の動きの大部分は風によって吹き流される自由漂流理論でよく説明されることから、海氷運動やそれに伴う海氷厚分布の予測精度は、風の予測、すなわち北極低気圧の予測精度に大きく依存することがわかりました。

図4:4日目に予測精度の低下が起こった典型的な事例における東シベリア海の海氷厚(cm; カラー)と海氷速度(m/s; 矢印)の解析値、予測値、そして予測値と解析値の差(予測誤差)の2日毎の時間発展。2015年7月2日を初期値として、6日目までを2日毎にプロット。

また本研究では、このTOPAZ4の海氷厚データが、北極海航路の航行支援にどの程度役立つかも調べました。2014年7月に東シベリア海で砕氷船が航行困難となった事例に着目し、自動船舶識別装置(AIS、注7)から取得した航行データとTOPAZ4の海氷データの比較を行いました。その結果、船速が低下した海域において、厚さ150cm以上の海氷が分布していることがわかりました(図5)。さらに、船速は海氷厚と有意な負の相関(相関係数:-0.56、99%信頼限界で有意)があり、海氷密接度(注8)との関係(相関係数:-0.41)よりも相関が強いことがわかりました。これは、TOPAZ4の海氷厚データが船舶航行の支援に有用であることを強く示唆するものです。

図5:AISデータから得られた北極海航路における砕氷能力のあるタンカーの日毎の航路軌跡(2014年7月4-15日)とこの期間で平均した海氷厚(cm; カラー)と海氷密接度(%; 等値線)の分布。7月4日にラプテフ海を出発したタンカーはペベク港に向かう途中(緑色の丸印)、東シベリア海で航行速度が大きく低下している様子が伺える。この時のTOPAZ4の海氷厚データを見ると、150cm以上の分厚い海氷が沿岸域に存在していたことが示唆される。

さいごに

本研究により、TOPAZ4の海氷厚データの再現性が夏季東シベリア海で優れていることが明らかになりました。また、その予測精度は北極低気圧など、大気(風)の予報誤差に大きく依存することを示しました。海氷の予報精度の更なる向上には、海氷・海洋モデルの改良に加えて、大気の予測精度の向上が非常に重要な課題であることが浮き彫りになりました。

現在、国際的な極域観測プロジェクト(Polar Prediction Project; PPP、2013年~2022年)が進められており、この中で2017年5月から2019年6月の2年間は、日本を含む世界各国の研究機関が北極域における気象の強化観測を実施しています。同時に、北極域の大気や海洋環境の実態解明や将来予測、大気観測網の増強による気象予測精度向上の可能性なども議論されています。前述のとおり、日本でも海洋基本計画には北極域に関する観測・研究体制の強化を推進することが盛り込まれ、今後、北極域の観測データを活用することによって、北極低気圧の形成・発達メカニズムの理解、特別観測の予測精度に対するインパクト評価、そして持続可能な観測網の構築に向けた取り組みが望まれます。

研究サポート

本研究は北極域研究推進プロジェクト(ArCS)、JSPS科研費 国際共同研究加速基金(17KK0014)、基盤研究A(18H03745)の助成を受けて実施されました。

発表論文

掲載誌:The Cryosphere
タイトル:Medium-range predictability of early summer sea ice thickness distribution in the East Siberian Sea based on the TOPAZ4 ice-ocean data assimilation system
著者:中野渡拓也(国立極地研究所 国際北極環境研究センター 特任研究員)
猪上淳(国立極地研究所 国際北極環境研究センター 准教授)
佐藤和敏(国立極地研究所 国際北極環境研究センター 特任研究員 現:北見工業大学 特任助教)
Laurent Bertino(ナンセン環境リモートセンシング研究センター、ノルウェー)
Jiping Xie(ナンセン環境リモートセンシング研究センター、ノルウェー)
松枝未遠(筑波大学 計算科学研究センター 助教)
山上晃央(筑波大学 計算科学研究センター 研究員)
杉村剛(国立極地研究所 国際北極環境研究センター 特任研究員)
矢吹裕伯(国立極地研究所 国際北極環境研究センター 特任准教授)
大塚夏彦(北海道大学 北極域研究センター 教授)
URL:https://www.the-cryosphere.net/12/2005/2018/
DOI:10.5194/tc-12-2005-2018
論文公開日:2018年6月15日(オンライン公開)

注1:北極海航路
ヨーロッパと北太平洋を結ぶ北極海の航路で、ヨーロッパからロシア沿岸を通って太平洋に抜ける経路(図1の緑破線)。ヨーロッパからスエズ運河を抜けてインド洋を経由する場合に比べて、航行日数や運航距離が大幅に短縮される。

注2:TOPAZ4
ノルウェーのナンセン環境リモートセンシング研究センターで開発された海氷・海洋結合データ同化システム。現場や衛星で観測された海面水温や海氷密接度などを海氷・海洋結合モデルに同化することによって、現実的な海氷・海洋の解析値と予測値が得られる。現在、ノルウェー気象研究所において現業利用されており、ヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)の大気の予測データを用いた10日先までの海氷予報データが公開されている。このシステムはモデルのメッシュが約12kmと細かく、データ同化手法としては非等方的な性質の海氷に適したアンサンブルカルマンフィルター(注3)を用いている。現業では最高レベルの海氷予測データである。

注3:アンサンブルカルマンフィルター
大気・海洋分野で用いられるデータ同化手法の一つで、予報誤差を時間発展させることによって、毎ステップ観測データの重み関数を求めて真値を推定する手法。一般に、予報誤差を時間発展させない場合(最適内挿法や3次元変分法)に比べて、計算コストが大幅に増加する反面、モデルによる予測値の誤差を低減させる面で優れている。

注4:海洋基本計画(第3期計画)
2018-2022年度の日本の海洋政策の方向性を示す政府計画。海洋基本計画は海洋基本法の規定に基づいておおむね5年ごとに策定されている。

注5:PIOMAS
ワシントン大学のJinlun Zhang氏が開発した北極海の海氷・海洋結合モデルによる同化データ。衛星の海面水温と海氷密接度を同化しており、北極海の海氷厚分布の再現性が高いことが知られている。

注6:空間相関解析
2次元方向の変数間の一致性を評価する統計手法。古くから気象分野において大気の気圧分布などの予測精度の指標として広く利用されている。

注7:AIS(自動船舶識別装置)
航行する船舶の位置や船速などをリアルタイムで取得するシステム。AISは国際航海する船舶に搭載されており、デジタル無線によってデータを送受信し、他の船舶の位置や船速情報を共有することで保安・安全運航に利用されている。2011年以降、衛星によるAISデータが利用可能となり、北極海などの沿岸の無線局から離れた外洋域で活用されている。

注8:海氷密接度
単位格子面積当たりの海氷が存在する割合を100分率で表した物理量(例えば、ある単位面積に海氷が半分覆っていた場合、海氷密接度は50%となる)。

文献

文献1
海洋研究開発機構、国立極地研究所プレスリリース「北極域の観測で猛烈な北極低気圧を予測 ―北極海航路上の安全航行に向けた予報精度の向上」(2015年4月27日)
https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20150427/

文献2
海洋研究開発機構プレスリリース「バレンツ海の海氷減少がもたらす北極温暖化と大陸寒冷化」(2012年2月1日)」
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20120201/

文献3
東京大学大気海洋研究所ほかプレスリリース「ユーラシア大陸中緯度域で頻発している寒冬の要因分析~北極海の海氷の減少により寒冬になる確率は2倍~」(2014年10月27日)
http://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2014/20141027.html

文献4
国立極地研究所プレスリリース「北極の気象観測で日本の寒波予測の精度が向上」(2016年12月21日)http://www.nipr.ac.jp/info/notice/20161221.html

お問い合わせ先

研究内容について
国立極地研究所国際北極環境研究センター特任研究員 中野渡拓也

報道について
国立極地研究所 広報室

0200船舶・海洋一般1702地球物理及び地球化学
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