電流を曲げるだけで熱制御可能な「異方性磁気ペルチェ効果」を観測

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単一の磁性体のみで加熱・冷却できる新機能を実証

2018-05-22  物質・材料研究機構(NIMS) 東北大学 科学技術振興機構(JST)

NIMSは、東北大学と共同で、磁性体中で電流を曲げるだけで加熱や冷却ができる熱電変換現象「異方性磁気ペルチェ効果」を観測することに世界で初めて成功しました。熱電変換現象で加熱・冷却するためには、これまで2つの異なる物質を接合した構造が用いられてきましたが、本研究により、接合の無い単一の物質において、その磁気的な性質のみによって熱制御できる新しい機能が実証されました。磁性体における基本的な熱電変換現象であるにもかかわらず未観測であった異方性磁気ペルチェ効果が初めて観測されたことで、熱電変換の基礎・応用研究がさらに活性化することが期待されます。

金属や半導体において、電流と熱流は相互に変換することができます。これは熱電効果と呼ばれ、代表的な例として電流で加熱・冷却するペルチェ効果が知られています。ペルチェ効果は200年近く前に発見された現象ですが、コンピューターのさらなる省エネルギー化などを目指して、現在でも世界中で熱電変換の効率や汎用性を向上させるための研究が進められています。

今回、NIMSを中心とする研究チームは、ロックインサーモグラフィ法注1)と呼ばれる熱計測技術を用いて、磁性体に電流を流した際に生じる温度変化を詳細に測定しました。その結果、磁性体の磁化の方向と電流の流れる方向のなす角度に依存して、ペルチェ効果の性能が変化する振る舞いが観測されました(図1)。磁性体において、電子のスピン(磁気)注2)の効果によって、温度差を電気に変換するゼーベック効果が磁化の方向に依存して変化する現象は以前から観測されていましたが、その逆過程である異方性磁気ペルチェ効果については本研究が初めての観測例になります。

異方性磁気ペルチェ効果を用いれば、磁性体中を流れる電流の経路を曲げたり、非一様な磁化分布を作ったりするだけで、物質の接合を作らずに熱電効果による温度制御を実現することができます。今後、大きな異方性磁気ペルチェ効果を示す磁性材料を探索・開発することで、電子デバイスの効率向上・省エネルギー化に資するサーマルマネジメント技術注3)への応用を目指していきます。

本研究は、物質・材料研究機構(NIMS) 磁性・スピントロニクス材料研究拠点 スピンエネルギーグループの内田 健一 グループリーダーと井口 亮 研究員、東北大学 材料科学高等研究所・金属材料研究所の大門 介大 学院生(現 東京大学 助教)、齊藤 英治 教授(現 東京大学 教授)によって行われました。

本研究成果は、日本時間2018年5月22日0時(英国時間5月21日16時)に、英国科学誌「Nature」にオンライン掲載されます。

本研究は、主にJST 戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR17I1)、JSPS 科学研究費補助金基盤研究(A)(JP15H02012)の一環として行われました。

<研究の背景>

金属や半導体における電流と熱流の相互作用は熱電効果と呼ばれ、温度差から電圧を作り出すゼーベック効果や、電流で加熱・冷却するペルチェ効果が古くから知られています。熱電効果の歴史は、ドイツの物理学者・医師であったトーマス・ゼーベックによって1821年にゼーベック効果が発見されたことに端を発します。その13年後の1834年に、フランスの物理学者であったジャン=シャルル・ペルチェによって初めてペルチェ効果が観測されました。ペルチェ効果は金属や半導体に電流を流すとそれに沿って熱流が生じる現象であり、電流から熱流への変換効率(ペルチェ係数)が異なる2種類の物質を接合すると、流す電流の方向に依存して接合界面に発熱・吸熱が起こります(図2(a))。ペルチェ効果は、電流方向を変えるだけで加熱・冷却をスイッチできる、可動部が無いため静音で信頼性が高い、小型化が可能、などの利点を有しており、熱制御技術として幅広い用途への応用が期待されています。

一方で、次世代電子技術の有力候補であるスピントロニクス分野注4)において、電子のスピン(磁気)の性質と電流・熱流の相互作用が基礎・応用の両面から盛んに研究されています。磁性体においては、スピンの効果によって電流や熱流の流れ方が磁化の方向に影響されることが知られています。そのような現象の代表例として、磁性体の電気抵抗が磁化と電流のなす角度に依存して変化する異方性磁気抵抗効果注5)が挙げられます。同様に、磁性体におけるゼーベック効果も磁化の方向に依存します。しかしその逆過程、すなわちペルチェ効果が磁化方向に依存して変化する現象は、実験的に観測された例がありませんでした。

<研究の内容と成果>

今回、内田グループリーダーらは、磁性体におけるペルチェ係数が磁化の角度に依存して変化する現象「異方性磁気ペルチェ効果」を観測することに世界で初めて成功しました。異方性磁気ペルチェ効果が生じる磁性体においては、磁化が電流に対して平行な場合と直交している場合とで、ペルチェ係数が異なります。この性質を利用すれば、図2(b)に模式的に示したように磁性体中に非一様な磁化分布を作ることにより、あたかもペルチェ係数が異なる物質を接合したかのように発熱・吸熱を発生させることができます。すなわち、磁気的な仮想接合によって、物質界面の無い単一の材料において、ペルチェ効果による温度変化を起こすことができるのです。異方性磁気ペルチェ効果を観測するために、本研究では、一般的な強磁性金属注6)であるニッケル(Ni)を用いました。ニッケルを“コの字型”に加工して一様に磁化させることで、図2(b)と等価な状況を制御性良く作り出すことができます(図1)。コの字形状の角部分は電流と磁化が平行な領域(図1の定常熱画像における領域B)と直交している領域(領域A、C)の境界になっているため、異方性磁気ペルチェ効果が発現すれば、角付近に電流方向に依存した発熱・吸熱が生じるはずです。

本実験では、サーモグラフィ法を用いてニッケル試料に電流を流した際の温度分布を測定することにより、異方性磁気ペルチェ効果を観測しました。異方性磁気ペルチェ効果の存在を実証するためには、この現象に由来する温度変化と、従来の熱電効果やジュール熱などによるバックグラウンド信号とを分離しなければなりませんが、従来のサーモグラフィ法ではこれらの信号の重ね合わせを測定してしまいます。この問題を解決するために、本研究では、ロックインサーモグラフィ法と呼ばれる熱計測技術を利用しました(図3)。ロックインサーモグラフィ法では、試料に周期的に変化する電流を印加しながら赤外線カメラを用いて表面の温度分布を測定し、フーリエ解析注7)によって電流と同じ周波数で時間変化する温度変化だけを選択的に抽出して可視化します。これにより高感度な熱電効果の測定を実現できると共に、電流の周波数を上げることによって熱拡散による影響を抑制し、発熱源・吸熱源の位置を特定することができます。この手法を用いてニッケル試料に電流を流した際に生じる温度変化を詳細に測定し、その磁場依存性と空間分布を調べることで、さまざまな熱応答現象を分離して評価することができます。

実験の結果、コの字型ニッケル試料の角付近のみに発生する温度変化が観測されました(図3)。この温度変化信号は電流に比例して増大するため、熱電効果に由来するものです。ここで重要なことは、本実験で用いた試料はニッケルのみからなるため異なる物質の接合は無いこと、ニッケルが磁化していない時には温度変化は生じないこと、の2点であり、これらの振る舞いは従来のペルチェ効果とは全く異なります。本研究では系統的な実験と数値計算を行い、観測された温度変化信号が異方性磁気ペルチェ効果に由来していることを実証しました。

<今後の展開>

異方性磁気ペルチェ効果は磁性体における基本的な熱電変換現象であるにもかかわらず、これまで全く実験報告がありませんでした。異方性磁気ペルチェ効果が初めて観測されたことで、熱電分野やスピントロニクスの基礎科学や応用技術のさらなる進展が期待されます。

異方性磁気ペルチェ効果を用いれば、従来のペルチェ効果では実現できなかった以下の機能が得られます。

  • 異なる物質の接合の無い、単一の磁性体による電子冷却注8)
  • 磁性体の形状や磁化分布を変えることによる、熱電変換特性の再構成
  • 局所的に磁化させることによる任意箇所の温度変調(図4)

ニッケルにおける異方性磁気ペルチェ効果は従来のペルチェ効果の数%程度の小さな信号に留まっていますが、大きなペルチェ係数の異方性を示す磁性材料が見つかれば、上記の機能を生かすことで、汎用性が高くコンパクトな熱制御デバイスの創出につながる可能性があります。本研究では、ニッケルにスピン軌道相互作用注9)の大きな元素(プラチナ、パラジウム)を少量加えるだけで温度変化が数倍大きくなることも実証しており、すでに大きな異方性磁気ペルチェ効果を示す材料の探索・設計指針が得られ始めています。今後、異方性磁気ペルチェ効果によってもたらされた新しい熱電変換コンセプトをエレクトロニクス・スピントロニクス素子のサーマルマネジメント技術へと展開することを目指し、物理・材料研究を進めていきます。

<参考図>

電流を曲げるだけで熱制御可能な「異方性磁気ペルチェ効果」を観測

図1 異方性磁気ペルチェ効果の観測

図2 従来のペルチェ効果(a)と異方性磁気ペルチェ効果(b)の概念図

図2 従来のペルチェ効果(a)と異方性磁気ペルチェ効果(b)の概念図

図3 ロックインサーモグラフィ法による異方性磁気ペルチェ効果の熱画像計測

図3 ロックインサーモグラフィ法による異方性磁気ペルチェ効果の熱画像計測

異方性磁気ペルチェ効果による温度変化は、コの字型ニッケル試料の磁化方向を90°回転させると符号反転します。また、斜め方向に磁化させるとプレーナーエッチングスハウゼン効果と呼ばれる現象が生じます。これらは同じメカニズムによって生じる現象ですが、プレーナーエッチングスハウゼン効果を直接観測したのも本研究が初めての例です。

図4 局所磁場印加によって誘起された異方性磁気ペルチェ効果

図4 局所磁場印加によって誘起された異方性磁気ペルチェ効果

<用語解説>
注1)ロックインサーモグラフィ法
物質表面から放射される赤外線の空間分布を検出する手法をサーモグラフィと呼ぶ。赤外線の放射エネルギーは物質の温度に依存するため、適切な校正を行うことで、物質の温度分布を画像情報として取得できる。非接触で温度を測定できることから、サーモグラフィ法は産業・研究用途を問わず幅広く用いられている。
近年では、主に半導体産業における集積回路の動作・欠陥解析用途として、ロックインサーモグラフィ法に基づく高感度温度分布計測手法が導入されている。ロックインサーモグラフィ法では、試料に周期的に変化する電流を印加しながら赤外線カメラを用いて表面の温度分布を測定し、電流と同じ周波数で時間変化する温度変化だけを選択的に抽出して高感度にイメージングできる。
注2)スピン(磁気)
電子が有する自転のような性質をスピンと呼ぶ。スピンは磁気の発生源であり、スピンが一方向に揃った材料が磁石(強磁性体)になる。
注3)サーマルマネジメント技術
熱エネルギーを制御、有効利用することで省エネルギー化・高効率化を行う技術の総称。その対象は、電子デバイス、自動車からIT、住宅まで幅広いが、特に近年の電子デバイスの小型化・高性能化に伴ってその重要性が増してきている。
注4)スピントロニクス分野
スピンの性質を積極的に利用した新しい物理原理・工学応用を開拓する研究分野。
注5)異方性磁気抵抗効果
磁化方向によって磁性体の電気抵抗が変化する現象。磁場の方向・強度に依存した電気信号が得られるため、磁気センサーとして応用されている。磁性材料の磁気・電気特性を調べるための標準的な手法の1つであり、基礎物理研究においても重要な役割を担っている。
注6)強磁性金属
スピンが同一の方向に揃い、外部磁場が無くても大きな磁化を持つ金属の総称。室温で強磁性を示す単体の金属は、鉄、コバルト、ニッケル、ガドリニウム(約20℃以下)のみである。
注7)フーリエ解析
ここでは狭義の意味として、元の信号からある周波数で振動している成分のみを抽出する解析手法のことを指す。
注8)電子冷却
「ペルチェ効果を利用した冷却技術」と同義。
注9)スピン軌道相互作用
電子が電界中を運動することにより磁場を感じる相対論的効果であり、電子の運動方向をスピンの方向に依存して曲げる働きがある。一般的には、原子番号の大きい元素ほど強いスピン軌道相互作用を有する傾向がある。
<論文情報>

タイトル:“Observation of anisotropic magneto-Peltier effect in nickel”

著者名:Ken-ichi Uchida, Shunsuke Daimon, Ryo Iguchi, Eiji Saitoh

doi:10.1038/s41586-018-0143-x

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

内田 健一(ウチダ ケンイチ)
物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点 スピンエネルギーグループ グループリーダー
URL:http://www.nims.go.jp/mmu/scg/

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室

東北大学 材料科学高等研究所 広報・アウトリーチオフィス

科学技術振興機構 広報課

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