「京」を用いた高解像度の気候シミュレーション
2018-03-13 理化学研究所 名古屋大学 東京大学大気海洋研究所
九州大学 国立環境研究所 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
要旨
理化学研究所(理研)計算科学研究機構・複合系気候科学研究チームの佐藤陽祐客員研究員(名古屋大学大学院工学研究科助教)、富田浩文チームリーダーらと、東京大学大気海洋研究所の鈴木健太郎准教授、九州大学応用力学研究所の竹村俊彦教授、国立環境研究所地域環境研究センターの五藤大輔主任研究員、宇宙航空研究開発機構地球観測研究センターの中島映至センター長らの共同研究グループ※は、スーパーコンピュータ「京」[1]を用いた超高解像度全球大気シミュレーションにより、大気中の粒子状のチリが雲に与える影響を正確に再現しました。
大気中に存在する粒子状の物質(エアロゾル[2])は、森林火災などの自然活動や化石燃料燃焼による人間活動によって大気中に放出されます。このエアロゾルが大気中で雲の核となって雲粒を形成するため、雲のでき方や雲のライフサイクルはエアロゾルに依存します。これまで、エアロゾルの濃度が増加すると雲も増加すると認識されてきました。しかし、近年の衛星を用いた詳細な観測により、エアロゾルが増加しても必ずしも雲は増加しないことが明らかになりました。このため、これまで気候予測に利用されてきた数値気候モデルは、エアロゾルが雲に与える影響を過大に見積もっていることが指摘され始めましたが、その原因は明らかではありませんでした。
今回、共同研究グループは、基本原理に忠実な全球大気モデルとエアロゾルモデルを結合させ、「京」を最大限に駆使し、14キロメートルの高い水平解像度[3]を保ったままで通年という長期間のシミュレーションを実施しました。従来モデルでは、エアロゾルが増加したときに全球のほとんどの場所で雲が増加しているのに対し、高解像度シミュレーションでは実際の観測と同様に、地球上の大半の場所でエアロゾルの増加に伴い雲が減少しており、エアロゾルが雲に与える影響をより正確に再現できました。また、従来の低解像度のシミュレーションでは、エアロゾルが雲粒に及ぼす影響を詳細に再現できず、エアロゾルが雲に与える影響を過大に評価していることも明らかになりました。
今後、より高性能なスーパーコンピュータを最大限駆使して長期間の計算を行うことで、さらに不確実性を低減した気候変動予測の実現が期待できます。
本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communication』(3月7日付け:日本時間3月7日)に掲載されました。
本研究の一部はHPCI一般課題[4]「次世代型大気汚染物質輸送モデルの精緻化と排出量の推定(課題番号:hp150056)」、「次世代型物質輸送モデルによる大気汚染の気候・環境影響評価(課題番号:hp160004)」、「全球雲解像モデルを用いた大気汚染排出削減パスによる気候・環境影響評価(課題番号:hp170017)」、「総合的な地球環境の監視と予測(課題番号:hp160231、hp170232)」として実施されました。
※共同研究グループ
理化学研究所 計算科学研究機構 複合系気候科学研究チーム
客員研究員 佐藤 陽祐 (さとう ようすけ)(名古屋大学大学院工学研究科 助教)
チームリーダー 富田 浩文 (とみた ひろふみ)
東京大学 大気海洋研究所 気候変動現象研究部門 気候変動研究分野
准教授 鈴木 健太郎(すずき けんたろう)
九州大学 応用力学研究所 大気海洋環境研究センター 気候変動科学分野
教授 竹村 俊彦 (たけむら としひこ)
日本学術振興会特別研究員
道端 拓朗 (みちばた たくろう)
国立環境研究所 地域環境研究センター 大気環境モデリング研究室
主任研究員 五藤 大輔 (ごとう だいすけ)
宇宙航空研究開発機構 第一宇宙技術部門地球観測研究センター
センター長 中島 映至 (なかじま てるゆき)
1. 背景
大気中の粒子状浮遊物質であるエアロゾルは、雲の核となって雲を形成します。雲粒は雲の寿命や太陽光の反射・吸収といった特性を変化させるため、気候変動に大きな影響を及ぼします。このようなエアロゾルが雲に与える影響を「エアロゾル・雲相互作用」と呼びます。これまでの気候予測において、このエアロゾル・雲相互作用の大きさの見積もりは非常に難しく、大きな不確実性がありました。
天気予報をはじめとする気象・気候の数値シミュレーションは地球全体を格子に切り分け、各格子における風速・風向・気温・気圧・湿度などの大気の状態を計算することで、さまざまな現象を表現しています。エアロゾル・雲相互作用を正確に表現するためには、大気の状態に加えて、エアロゾルと雲それぞれについて、発生・移流・拡散・化学反応・除去・降水といった両者の輸送に関わる過程を計算する必要があります。しかし、このようなエアロゾル・雲相互作用に関わる部分は大きな計算コストがかるため、従来の全球気候シミュレーションでは簡略化して表現していました。
一方、近年の衛星を用いた観測によって、これまでの気候予測に用いられる全球気候シミュレーションはエアロゾル・雲相互作用を過大に評価している可能性が指摘されています。しかし、エアロゾル・雲相互作用を簡略化しているため、その原因を明らかにすることができませんでした。大型計算機の発展により現在では、エアロゾル・雲相互作用を簡略化せず、詳細に表現できるほどの空間解像度での計算が可能になりましたが注1)、計算期間は数週間と短く、気候影響を評価できるほどの長期間の計算はできませんでした。そのため、エアロゾル・雲相互作用を詳細に再現できる空間解像度での長期間のシミュレーションが待ち望まれていました。
注1)
2016年5月25日プレスリリース 「北極域への「すす」の輸送メカニズムを解明」
2. 研究手法と成果
本研究では、全球雲解像モデルNICAM[5]にエアロゾル輸送過程の計算を担うSPRINTARS[6]モデルを結合し、全球でのエアロゾル輸送シミュレーションを行いました。スーパーコンピュータ「京」を用いることで、14キロメートルの水平格子間隔という高い空間解像度を維持しつつ、従来よりも長期間である通年のシミュレーションを実現しました。これによって、エアロゾルの増減に伴い雲がどのように変化するかを計算し、従来の気候シミュレーションや実際の観測結果と比較しました。
従来の気候シミュレーションでは、エアロゾルが増加したときに全球のほとんどの場所で雲が増加しているのに対し(図1右)、観測では一部の領域を除いてエアロゾルの増加に伴って雲は減少しています(図1左)。これは従来の気候シミュレーションは低解像度であるため、エアロゾルが雲に与える影響を過大に評価したことで、エアロゾルが増加するとほとんどの場所で雲が増加するという、観測とかけ離れた結果を示すことを意味しています。一方、本研究で行った高解像度のシミュレーションでは、地球上の大半の場所で、エアロゾルが増加するのに伴い雲が減少しており(図1中)、観測で得られた分布を非常によく再現しています。エアロゾル・雲相互作用の物理過程を詳細に計算した数値モデルによって初めて、この空間分布の再現に成功しました。
図1 エアロゾル・雲相互作用の指標の大きさの分布
衛星観測、本研究の高解像度シミュレーション、従来の低解像度シミュレーションによって計算されたエアロゾル濃度の変化に伴う雲の量の変化。赤色(正の値)はエアロゾルの増加に伴って雲が増加する領域を示し、青色(負の値)はエアロゾルが増加すると雲が減少する領域を示す。観測は全球的に負を示しており、エアロゾルが増えたときに雲が減る領域が多いが、従来の低解像度シミュレーションでは、ほとんどの領域で正を示しており、エアロゾルが増えると雲が増えていることを示している。一方、今回の高解像度シミュレーションでは、観測と同様に全球的に負を示しており、エアロゾルが増えたときに雲が減る領域が多いことが分かる。
本研究では、エアゾロル・雲相互作用を詳細に表現することで、従来から指摘されていた”エアロゾルの増加によって雲の蒸発が促進され、その結果、雲が減少する場合がある”という現象を原理計算に基づいて明らかにしました。また、この蒸発の効果を適切にモデルに取り入れることで、衛星観測で見られるようなエアロゾルの増加に伴って雲が減少する領域の再現が可能であることも分かりました。さらに、従来の低解像度でのシミュレーションでは、この蒸発の効果が十分に再現されておらず、エアロゾルが増加した際に雲は全球で増加してしまうことも明らかにしました。
3. 今後の期待
本研究の成果は、今後の地球温暖化に代表される全球気候変動の予測結果を改善する上で重要な指針となります。「京」のような高い計算性能を持ったスーパーコンピュータを用い、高解像度で長期間の全球エアロゾルシミュレーションを行うことによって、これまでの解像度では難しかったエアロゾル・雲相互作用の詳細な表現が可能になりました。今後、ポスト「京」[7]のような、より高性能なスーパーコンピュータの性能を最大限駆使することで、より不確実性を減らした気候変動予測が可能になると期待できます。例えば、本研究のような詳細なシミュレーションを長期間にわたって実施することで、地球温暖化などの全球気候変動の見積もりが大幅に改善できる可能性があります。
本研究では、人工衛星による観測も重要な役割を果たしました。それらの衛星に加え、2017年12月に打ち上げられ、初期校正検証運用中(2018年3月現在)の気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)[8]および日欧共同で開発を進めている雲エアロゾル放射ミッション/雲プロファイリングレーダ(EarthCARE/CPR)[9]といった地球観測衛星を組み合わせて用いることで、高解像度・高頻度での観測が可能になり、本研究で主に対象とした雲の特性を詳細に調べることが可能になります。これらの衛星群とスーパーコンピュータの連携により、大気中のエアロゾルや現在の数値シミュレーションでは再現が難しいとされる雲の特性に関する理解が向上することで、数値シミュレーションの精度も向上すると期待できます。
4. 論文情報
<タイトル>
Aerosol effects on cloud water amounts were successfully simulated by a global cloud-system resolving model
<著者名>
Yousuke Sato, Daisuke Goto, Takuro Michibata, Kentaroh Suzuki, Toshihiko Takemura, Hirofumi Tomita, and Teruyuki Nakajima
<雑誌>
Nature Communications
<DOI>
10.1038/s41467-018-03379-6
5. 補足説明
[1] スーパーコンピュータ「京」
文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタFLOPS級のスーパーコンピュータ。
[2] エアロゾル
大気中を浮遊する微粒子の総称であり、10万分の1ミリメートルから100分の1ミリメートル程度の半径を持つ。上述の黒色炭素に加え、黄砂に代表される地面から巻き上げられた土壌粒子、海塩粒子のほか、大気中で化学物質が変質して粒子になるものもある。
[3] 解像度
本原稿においては、気象モデル・気候モデルの格子間隔を示す。
[4] HPCI一般課題
HPCIとは「京」を中核として全国の主要なスーパーコンピュータを高速ネットワークでつなぐことで、ユーザー層が全国のHPCリソースを効率よく利用できる体制と仕組みを整備し提供するプロジェクト。全国規模でニーズとリソースのマッチングを可能とすることにより、萌芽的研究から大規模研究、さらに産業利用にわたる幅広いHPC活用を加速し成果の社会還元を図る。HPCI運用事務局は高度情報科学技術研究機構である。一般課題とは「京」を中核とするスーパーコンピュータを利用する一般的な研究全般を対象とする研究課題。HPCIとはHigh Performance Computing Infrastructureの略。
成果事例についてはhttp://www.hpci-office.jp/pages/news_publications 参照。
[5] NICAM
全球の大気を超高解像度でシミュレーションすることのできる気象・気候モデル。雲解像モデルと呼ばれる。従来の全球気象モデルでは、大規模な大気の循環と雲・降水プロセスとの関係について、水平解像度が不足しているためになんらかの仮定が必要とされ、不確実性の大きな要因となっていた。NICAMは地球全体で雲の発生・挙動を忠実に表現することにより、高精度のシミュレーションを実現している。開発当初から並列計算機での使用を念頭におき、従来の計算手法を見直している。これにより、スーパーコンピュータ「京」のような超並列計算機の特性を生かした大規模計算が可能になった。NICAM はNonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Modelの略。
[6] SPRINTARS
九州大学応用力学研究所が中心となり開発してきたエアロゾル輸送モデル。エアロゾルの輸送過程(発生・移流・拡散・化学反応・湿性沈着・乾性沈着・重力落下)に加えて、エアロゾルによる太陽・地球放射の散乱・吸収に伴う影響、およびエアロゾルが雲に及ぼす影響を計算する。これまで、東京大学大気海洋研究所(気候システム研究系)・国立環境研究所・海洋研究開発機構が開発している大気海洋結合モデルに結合した実験が行われ、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次(2007年)および第5次(2013年)評価報告書のエアロゾルによる気候への影響評価に大きく貢献した。本研究よりも低解像度のシミュレーションは、日々のPM2.5予測に利用されている(https://sprintars.riam.kyushu-u.ac.jp/forecastj.html)。SPRINTARSはSpectral Radiation-Transport Model for Aerosol Speciesの略。
[7] ポスト「京」
「京」の後継機として、2021年から2022年の運用開始を目標に、理化学研究所が主体となって開発を進めている次世代フラッグシップスーパーコンピュータ。
[8] 気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)
雲・エアロゾルなどのさまざまな温暖化予測の精度向上に不可欠なデータを取得。「しきさい」に搭載されている多波長光学放射計(SGLI)は 地球全体を約2日間で観測する1000km以上の広い観測幅と高い分解能を両立したセンサであり、偏光・近紫外観測機能により、これまで精度よく捉えることが難しかった陸上エアロゾルも観測する。GCOM-CはGlobal Change Observation Mission-Climateの略。
[9] 雲エアロゾル放射ミッション/雲プロファイリングレーダ(EarthCARE/CPR)
日本と欧州が協力して開発を進める地球観測衛星ミッション。日本が開発する雲プロファイリングレーダ(CPR)の他、大気ライダー、多波長イメジャーおよび広帯域放射収支計の四つのセンサにより、雲、エアロゾルの全地球的な観測を行い、気候変動予測の精度向上に貢献する。EarthCAREはEarth Clouds, Aerosols and Radiation Explorerの略。
6. 発表者
理化学研究所 計算科学研究機構 複合系気候科学研究チーム
客員研究員 佐藤 陽祐(さとう ようすけ)(名古屋大学大学院工学研究科助教)
チームリーダー 富田 浩文(とみた ひろふみ)