磁気構造のトポロジーを用いた熱から電気への高効率変換技術

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-固体中の磁気モノポールのゆらぎが生み出す巨大熱電効果-

2018-01-30 東京大学大学院工学系研究科,理化学研究所創発物性科学研究センター,東京大学物性研究所,東北大学金属材料研究所

発表のポイント

  • 伝導電子に磁気モノポールとして作用するトポロジカル磁気構造体のゆらぎが大きな熱電効果をもたらすことを発見した。
  • 多角的な検証実験や計算によって、磁気揺らぎと熱電効果との関連性を実証し、高い熱電変換効率を実現する指針として固体中の磁気モノポールを用いる原理を初めて提案した。
  • 環境にやさしい発電方法である熱電変換技術において、トポロジカル磁気構造体を利用する新たな観点を提案し、今後の高効率化に向けた物質開拓の礎となることが期待される。

発表概要:

熱から電気をエネルギーとして取り出す熱電効果は、廃熱の再利用や、排ガスを伴わない環境にやさしい発電方法という観点から注目されてきました。その効率を上げるためにさまざまな手法が確立されてきましたが、近年急速に発展した概念である「磁気構造のトポロジー(注2)」を高効率な熱電変換へ応用した例はこれまでに報告されていませんでした。

東京大学工学系研究科の藤代有絵子大学院生と金澤直也助教、理化学研究所創発物性科学センターの十倉好紀センター長らの研究グループは、トポロジカル磁気構造体をもつ化合物MnGe(Mn:マンガン、Ge:ゲルマニウム)において、大きな熱電効果を発見しました。また、東京大学工学系研究科の石坂香子准教授ら、理化学研究所創発物性センターの有田亮太郎チームリーダーと田口康二郎チームリーダーら、東京大学物性研究所の徳永将史准教授ら、および東北大学金属材料研究所の淡路智教授と塚﨑敦教授らの研究グループと共同で多角的な検証実験や計算を行い、MnGeの磁気モノポールが生み出す巨大な仮想磁場のゆらぎがその機構と密接に関係していることを実証しました。

今回の発見によって、磁気構造のトポロジーを用いた高効率の熱電変換技術という全く新しい原理を提唱でき、今後の高効率化に向けた新たな物質開拓の指針の確立、さらには省エネルギー問題に貢献することが期待されます。

磁気構造のトポロジーを用いた熱から電気への高効率変換技術
図1 MnGeにおけるトポロジカル磁気構造体(ヘッジホッグ・反ヘッジホッグ)とそれらが電子に与える仮想磁場の分布(磁気モノポール・反モノポール

発表内容:

<研究の背景>

物質の両端に温度差を与えた際に温度勾配と平行な向きに電圧が発生する現象を熱電効果(あるいはゼーベック効果)と呼び、普段は捨ててしまっている熱エネルギーを電力に変換する環境発電技術として利用することができます。高効率な熱電変換を実現することができれば、温室ガスを排出することなく、自然界に存在する熱(地熱・太陽熱)や身の回りの廃熱(ゴミ焼却・自動車など)を用いて発電をすることが可能になるため、省エネルギー問題を解決する有力な手段として期待されてきました。そのため、熱電効果の高効率化を目指し、固体中で熱と電気を運ぶ電子の性質を制御するためのさまざまな研究が行われています。近年、新しい電子機能を生み出す舞台として注目を浴びているのが、トポロジーの性質をもった磁気構造体であるトポロジカル磁気構造体です。トポロジカル磁気構造体と電子が結合すると、固体中に発生した仮想磁場が電子の運動に影響を与え、従来の電磁気学では説明のつかないさまざまな現象が起きることが分かっています。一方で、そのような観点から電子の性質を制御して大きな熱電効果を引き出した例はこれまでに報告されていませんでした。

<研究内容>

本共同研究グループは、トポロジカル磁気構造体をもつ化合物MnGe(Mn:マンガン、Ge:ゲルマニウム)において、磁場をかけることで巨大化する熱電効果を発見し、その機構にトポロジカル磁気構造体である磁気モノポールと反モノポールの対消滅が深く関係している可能性を明らかにしました。MnGeに存在すると考えられている磁気モノポール・反モノポールは、固体中に40 テスラ(注4)もの巨大な仮想磁場を生み出し、また仮想磁場の大きな揺らぎによって、電子の運動が大きく影響を受けることが分かっています(図1)。さらに、外部から磁場をかけることで、磁気モノポールと反モノポールの対消滅が発生し、そのまわりで磁気揺らぎの効果がより顕著になることも期待されています。一般に、電子のエントロピー(注5)が小さくなる低温・高磁場において熱電効果は小さくなりますが、この常識を覆し、MnGeは低温・高磁場にも関わらず、通常の金属化合物より1桁大きな熱電効果を示すことを発見しました(図2)。

図2 (a) MnGeにおいて観測された巨大熱電効果と(b)異常な磁気抵抗
(a)ゼーベック係数を温度と磁場の関数に対してプロットした図。底面はゼーベック係数の強度のカラープロットになっており、白い線は磁気モノポールと反モノポールが対消滅を起こす位置を示している。対消滅に向けて磁場をかけるとゼーベック係数が大きくなる様子が分かる。
(b)各温度の磁気抵抗をゼロ磁場の値で規格化したもの。横軸は実際の磁場に対して、各温度で磁気モノポールと反モノポールの対消滅が起きる磁場の値で規格化を行った。対消滅が起きる直前で磁気抵抗が大きく増大しており、これは仮想磁場の大きな揺らぎによって電子が散乱されているためと考えられている。

そこで多角的な検証実験を行った結果、観測された巨大熱電効果の起源が、従来の機構では全く説明ができず、磁気モノポールの対消滅に伴う大きな磁気揺らぎと密接な関連をもつことが明らかになりました。大きな熱電効果が発現する重要な機構の一つとして、電子が固体中を流れるときに特殊な散乱を受けるということが挙げられます。実際にMnGeにおいて、散乱機構と密接に関係している磁気抵抗(注6)を測定すると大きな異常がみられ(図2)、これが磁気モノポールの対消滅に伴う仮想磁場の揺らぎで説明できることが分かっています。図3に示すように、観測された巨大な熱電効果は、この磁気抵抗の異常分の大きさと強い相関関係を示しており、本研究グループは磁気モノポールの仮想磁場の揺らぎに起因しているという可能性を提案しました。

図3 磁気抵抗と熱電効果の高磁場下における強い関連性
(a-d)低温において高磁場まで測定を行った磁気抵抗(左軸)と磁化(右軸)。黒い太線はトポロジカル磁気構造体等がない通常の場合に期待される磁気抵抗を、測定した磁化を用いて算出したもの。
(e-h)MnGeの異常な磁気抵抗と通常の磁気抵抗の差分で(a-d)の色を付けた部分に対応しており、磁気モノポールの仮想磁場のゆらぎと相関をもつ。温度を上げるとより高磁場までゆらぎの影響が残る様子が捉えられた。
(i-l) 低温において高磁場まで測定を行ったゼーベック係数。磁気モノポールが対消滅を起こした後も(図の点線の位置)、ゼーベック係数がすぐには小さくならないという振る舞いが、温度を上げるにつれてより顕著になる様子を観測した。すなわち、熱電効果と(e-h)の磁気抵抗の異常分の振る舞い(仮想磁場のゆらぎ)が強い相関をもつことを明らかにした。

<社会的意義・今後の予定>

本研究の成果であるトポロジカル磁気構造体における巨大な熱電効果の発見により、磁気構造のトポロジーを利用した全く新しい高効率熱電変換の原理を提唱することで、省エネルギー問題に貢献することが期待されます。今後、他のトポロジカル磁気構造体においても、同様の高効率な熱電変換現象の探索が求められます。また、巨大な仮想磁場とその揺らぎを発生させる磁気モノポールのような特殊なトポロジカル磁気構造体を他の物質でも実現するために、新しい物質の探索も行っていきます。

発表雑誌:

  • 雑誌名:「Nature Communications」
  • 論文タイトル:Large magneto-thermopower in MnGe with topological spin texture
  • 著者:Y. Fujishiro*, N. Kanazawa*, T. Shimojima, A. Nakamura, K. Ishizaka, T. Koretsune, R. Arita, A. Miyake, H. Mitamura, K. Akiba, M. Tokunaga, J. Shiogai, S. Kimura, S. Awaji, A. Tsukazaki, A. Kikkawa, Y. Taguchi and Y. Tokura*
  • DOI番号:10.1038/s41467-018-02857-1

用語解説:

(注1)磁気モノポール
磁場の湧き出しとなる素粒子で、未だ実験的には発見されていない。今回扱った物質(MnGe化合物)では、電子とトポロジカル磁気構造体が結合することで固体中に「実効的な」磁気モノポールが発生しているとみなすことができ、実際に従来の電磁気学では説明のできないさまざまな現象が引き起こされている。
(注2)トポロジカル磁気構造体、磁気構造のトポロジー
多数の電子スピンが作る構造のうち、それらのスピンをある一点に集めると全方位にスピンが向く磁気構造体のこと。トポロジカル磁気構造体は、連続変形して全てのスピンの向きが揃った状態にすることができないため、トポロジーという幾何学的な制約によって守られた粒子としてみなすこともできる。このような磁気構造体と電子が結合することで、固体中に仮想的な磁場が発生し、電子の振る舞いに影響を与える。
(注3)熱電効果
金属や半導体の両端に温度差をつけると電圧が発生する現象。物質中で電気を運ぶ電子が温度勾配によって拡散することで引き起こされる。特に、温度勾配と平行な向きに電圧が発生する現象をゼーベック効果と呼び、ゼーベック係数と呼ばれる量を測定することで熱と電気の変換効率を知ることができる。ゼーベック係数が大きいほど、わずかな温度差からより大きな電気エネルギーを取り出すことができる。
(注4)テスラ
磁場の単位のひとつ。例えば一般的なメモ等を貼るための磁石は0.005テスラ、強力なネオジウム磁石は1.25テスラの磁場を出すといわれている。
(注5)エントロピー
エネルギーを温度で割った次元(ベースユニット)をもち、系の微視的な「乱雑さ」を表す物理量。低温でエントロピーがゼロに近づく性質は一般的に成り立っており、熱力学の第三法則としても知られている。また、高い磁場をかけた際も、電子の内部自由度であるスピンが磁場と同じ向きに揃う(強磁性状態になる)ため、系の「乱雑さ」すなわちエントロピーは一般に低下すると考えられる。
(注6)磁気抵抗
物質において電流の流れにくさを表す量のことで、外部から掛ける磁場の大きさで変化する。一般的な金属磁性体では、磁場の大きさにしたがって磁気抵抗は減少する。
1701物理及び化学
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