数万気圧極低温下での単結晶X線結晶構造解析に成功!

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~ 圧力下新奇物性解明に光 ~

2018/01/26 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構

 名古屋大学大学院工学系研究科の中埜 彰俊博士後期課程学生、澤 博教授、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構の綿貫 徹博士、高輝度光科学研究センターの杉本 邦久博士らは、大型放射光施設SPring-8における圧力下単結晶X線回折実験による結晶構造解析方法を確立し、電気通信大学、東京大学物性研究所、総合科学研究機構中性子科学センター、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所とともに圧力下で劇的な変化を示す物質の結晶構造とその変化のメカニズムを明らかにしました。
我々の身の回りでは、多くの機能性材料が生活を支えてくれていますが、それらが実際に役に立つまでには、様々な外場に対する応答が研究されます。圧力は最も基本的な外場の一つですが、物質の性質を劇的に変化させ、将来、我々の社会を変えうる物理現象が多く発見されています。これらの新奇な物理現象を正しく解明するには圧力下において精密に結晶構造を決定しなければなりません。単結晶X線回折は結晶中の規則正しく配列した原子による散乱現象を用いるため、原子配置を精密に決定できます。しかし圧力下単結晶X線回折実験は構造解析手法が十分整備されておらず、精密な結晶構造解析の報告は比較的単純な物質に限られていました。
今回、我々の研究チームは、SPring-8のビームラインBL22XUの高圧実験用X線回折計を用いて、高圧下単結晶X線回折実験の測定法の改良および構造解析手法の開発を行い、圧力を1~8万気圧、温度を- 263~30℃まで変化させ様々な条件下で構造解析を行うことで、およそ3万気圧で原因不明の相転移を示す遷移金属層状化合物Ta2NiSe5の構造解析を精密に決定しました。このTa2NiSe5は、1960年代に理論的に予言された“励起子絶縁体”という珍しい電子状態が実現しているとされる数少ない候補物質の一つで、現在、その物理現象の解明に向けて世界中で研究が行われています。応用面でも高効率の赤外線検出材料として注目されている、大変興味深い物質でもあります。我々は、高圧低温という多重極限条件下での精密な構造解析によって、層状構造をもつこの材料が層間のクーロン相互作用9)によって層がスライドする特異な相転移を引き起こしていることを突き止めました。単結晶X線回折により、十分な精度の結晶構造解析が可能であることを示したことで、今後、より幅広い物質の圧力下の電子状態を議論することが可能となります。
この研究成果は、2018年1月25日(英国時間)に国際結晶学誌「International Union of Crystallography Journals」電子版に掲載されます。

​発表のポイント

  • 圧力下の詳細な電子状態の議論を可能とする精密な結晶構造を圧力下単結晶X線回折実験によって決定した
  • 大型放射光施設SPring-8における圧力下電子物性解明手法の新たな展開が期待される

​研究背景と内容

我々の現代社会を支えているテクノロジーには多くの機能性材料が使われています。これらの材料は様々な原子により構成されていますが、電気が流れる、磁石になるといった“機能”は原子間の相互作用によって理解されます。従って、原子の空間的な配置状態を知ることは、機能を理解し、新しい機能性材料を創生するために重要です。材料の中でも原子の配列が周期性をもっているものを結晶、その配列を結晶構造と呼びます。結晶構造と一口に言っても、隣り合う原子間の間隔は10億分の1 メートルのオーダーであり、光学顕微鏡で直接観察することはできません。現在、結晶構造解析の手法として最も主流なのは、原子間隔程度の波長のX線を使って、原子の持つ電子による散乱・回折現象から結晶構造を解析するX線回折実験です。最近では大型放射光施設の進歩もあり、単結晶試料を用いたX線回折実験を行えば、その後の計算処理はほとんど自動で結晶構造を決定することが可能になってきています。
ところで、原子間の相互作用を様々な条件を変えて、興味深い物性を示す物質を探索する一つの方針として、圧力下でどのように機能が変化するかという研究手法は昔からよく知られています。例えば、物質に圧力をかけると1気圧では電気を流さない物質が、ある圧力以上の環境下では導電体・超伝導体になるなど、通常現れない新奇で多彩な物性が現れることがあります。そして、その中には将来、我々の生活を一変しうる新奇な物理現象が潜んでおり、これを正しく理解することが大変重要です。しかし、このような特殊な環境下において原子配置を正確に知るためのX線回折実験はそう簡単ではありません。例えば、高圧容器内の試料を用いたX線回折実験を行う場合、試料のみならず圧力容器によってもX線が散乱されてしまい、試料のみからの散乱強度を精確に計測するのが困難であるなど、圧力下単結晶X線回折は実験技術と解析手法が十分整備されておらず、精密な結晶構造解析の報告は比較的単純な物質に限られていました。
大型放射光施設SPring-8のBL22XUに設置されたダイヤモンドアンビルセル回折計は、高エネルギーX線を低温、高圧下におかれた単結晶試料に照射することにより、高輝度・高分解能の回折データを得ることを目的として開発された装置です(図1)。我々は、良質な単結晶を準備し、この装置を用いて、複数の物質からの散乱をそれぞれ個別に抽出するデータ解析法を開発して注意深く丁寧に解析をすることで精密に結晶構造を決定する手法を確立しました。
このような圧力下単結晶X線回折実験の対象として、我々は、積層構造を持つTa2NiSe5を取り上げました。この物質は“励起子絶縁体”という非常に珍しい電子状態が実現している数少ない候補物質の一つで、現在、その物理現象の解明に向けて世界中で研究が行われています。また、最近では、高効率の赤外線検出器としての応用も注目されています。圧力に対する変化も興味深く、この物質に室温で圧力をかけていくと、約3万気圧で物質の状態が変化する相転移という現象が電気伝導の測定で示唆されました。この圧力による相転移の機構解明のために、圧力下の精密な結晶構造の解析を試みました。よく用いられる粉末試料を用いたX線回折実験では、雲母10)のような層状化合物であるため、均質な粉末化が困難というこの物質特有の問題によって精密な構造解析が困難でした。精密な電子状態の解明まで視野に入れると、単結晶試料を用いた圧力下X線回折実験がどうしても必要だったわけです。
解析によって得られた3万気圧前後での結晶構造を図2に示します。図2(a)(b)は1気圧での結晶構造を二つの方向から見た様子、(c)(d)は3万気圧以上での結晶構造の様子です。b軸方向が積層方向で、層の間は弱いファン・デル・ワールス力11)で結ばれています。青の点線は繰返し周期を表す単位胞12)で、これが無限に繰り返されることで結晶構造は定義されます。1気圧の結晶構造と3万気圧以上での結晶構造を見比べると、この単位胞の大きさがb軸方向におよそ半分になっていることが分かります。(b)(d)を見比べると、3つの層の真ん中の層がa軸方向に半周期だけ“スライド”していることが分かりました。また、単位胞が半分になっているということは、このような層のスライドが結晶全体でコヒーレント13)に起きているということであり、大変驚くべき結果でした。圧力下でこのような構造相転移が生じているという報告は、未だかつてありません。この新奇な相転移現象の機構についても、精密な構造データを得たことで解明することが出来ました。すなわち、圧力によってファン・デル・ワールス力で繋がる層間のSeの距離が近づくことに着目し、この層スライド転移の起源がSeの幾何学的な空間配置状態のクーロン相互作用による不安定性にあることを突き止めました。このような起源での相転移はこれまで報告がなく、結晶学的にも興味深い現象です。

​成果の意義と将来

今回、我々の研究チームは単結晶を用いた圧力下X線回折実験によって、相転移の起源を議論できるだけの十分な精度の結晶構造解析が可能であることを示すことに成功しました。我々の研究チームが立ち上げた実験・解析手法を他の物質系にも適用することで、これまで結晶構造が未解明であるために正しく理解が進んでこなかった様々な系の圧力下新奇現象の解明に大きく貢献することが期待されます。更に、高圧下での物性測定によって機能性材料を探索している合成化学者にとっても、大変有利な解析手段を提案できることになりました。

図1 SPring-8(右下)とビームラインBL22XUの高圧下単結晶用回折計(左上)

図2 (a)(b) 二方向から見た1気圧30℃におけるTa2NiSe5の結晶構造。(c)(d) 4万気圧-73℃における結晶構造。(b)(d)のb軸方向の上下の積層関係を見比べると、例えばTa原子の位置は(b)では斜め上にあるのに対して(d)では真上に位置している(図中点線矢印)。これは層全体がスライドしたことに対応する。

【用語説明】

1)  大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転と利用者支援は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。2)  単結晶X線回折実験
単結晶とは結晶のどの位置でも結晶軸の方向が変わらないものである。単結晶を用いてX線回折実験を行うと、結晶格子内の各原子の位置について非常に高精度かつ多くの情報を得ることができる。この測定の対として粉末X線回折実験があり、結晶軸がバラバラの異なる多結晶を用いて行われる。単結晶が得られていない物質や高圧などの極限条件下ではこの方法が主に用いられるが、情報量やその精度は単結晶回折実験に及ばない。3)  結晶構造解析
結晶中の原子の種類、原子の位置と配列の仕方と対称性を決定すること。

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