~DNAのように分子情報を転写~
2018-1-23 京都大学,科学技術振興機構(JST)
- モノマー分子の配列繰り返し構造が精密に制御された高分子材料を作り出すことに成功しました。
- エレクトロニクスや医療分野に応用可能な機能性高分子材料の開発につながる成果です。
- 超高密度記録媒体システムとしての展開も期待されます。
京都大学の研究グループは、名古屋大学の研究グループと協力し、分子でつくるナノサイズの空間を利用することで、モノマー分子注1)の並び方を制御できる新しい高分子合成法を開発しました。
DNAやタンパク質のような、連結モノマー分子の順序が完全に規定された生体高分子は、酵素の持つ内部空間が鋳型として機能することで合成されています。植村 卓史 京都大学 大学院工学研究科 准教授、北川 進 京都大学 高等研究院 物質—細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)拠点長らの研究グループは、このような自然界の摂理を参考にし、多孔性金属錯体(PCP)が有するナノ空間内にモノマー分子を周期的に配置・固定することで、モノマー分子の配列繰り返し構造が精密に制御された高分子材料を人工的に作り出すことに成功しました。モノマー分子の並び方を狙い通りに制御できるため、エレクトロニクスや医療分野に応用可能な機能性高分子材料の開発につながります。さらに、分子レベルの情報を正確に転写できることから、超高密度記録媒体システムとしての展開も期待されます。
研究プロジェクトについて
- 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)
研究領域 | 「超空間制御に基づく高度な特性を有する革新的機能素材等の創製」(研究総括:瀬戸山 亨) 「テーラーメイドナノ空間設計による高機能高分子材料の創製」 |
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研究代表者 | 植村 卓史(京都大学 大学院工学研究科 准教授) |
- 文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究(配位アシンメトリ)
<背景>
モノマー分子がいくつも鎖状に連なった高分子は、自動車などの部品、医療器具、繊維、樹脂材料などに用いられ、我々の生活に欠かせない材料となっています。昨今では高分子材料のニーズがいっそう高度化・多様化しているため、単一のモノマーだけではなく、2種類以上のモノマーを連結させることで、物性の大幅な改善や新しい機能を有する材料の開発が行われています。しかし、通常の高分子合成では、フラスコや反応釜といったモノマー分子に比べてはるかに大きい反応容器を使うため、モノマーが容器内で自由に動いてしまい、その反応順序を制御することは非常に困難です。そのため、得られる高分子の鎖の中では、モノマー分子が無秩序に連結されてしまい、効率よく機能を発揮することができませんでした。特に高分子材料として最も広く利用されているビニル高分子は、モノマーの配列制御が長年の課題でした。
一方、生体系では核酸やタンパク質のようにモノマーユニットの並び方が厳密に制御された高分子が自然に生み出されています。このような精巧な高分子合成の鍵となるのは、酵素という組織化されたナノ空間内でDNAが持つ分子情報を正確に転写・翻訳しているところです。つまり、ナノスケールの空間にモノマーの配列情報を組み込み、それを鋳型として合成した高分子を的確に取り出すことができれば、望みのモノマー配列を持った高分子を自在に創出できるということを自然が教えてくれています。
<研究手法・成果>
本研究では、金属イオンとそれをつなぐ有機物からなり、規則的なナノサイズの空間を有する多孔性金属錯体(PCP)に着目しました。本研究グループでは以前から、PCPのナノ細孔を反応場とすることで得られる、高分子の構造の制御に取り組んでおり、有用なプラスチック材料などの開発に成功しています。
今回の研究では、5-ビニルイソフタル酸(S)と銅(II)イオンを混合することで、モノマーとなるSユニット間距離が0.68nmの完全な周期性を持って固定されたPCPを使用しました。このPCPが有する1次元空間内に別のモノマーであるアクリロニトリル(A)を導入後、これらの連結反応を行い、PCPを除去することで、空間内で合成した高分子を単離しました。得られた高分子の構造を詳細に解析すると、3つのAモノマーと1つのSモノマーとが連続してつながり、AAAS構造が繰り返しユニットとなった高分子が合成できていることが示されました。これはPCPの1次元空間にSを周期的に配置することで、その間にAモノマーがちょうど3つ入り、整列しながら連結反応が進行していることを示唆しています(図)。
一方、名古屋大学の長岡 正隆 教授と高柳 匡芳 特任助教(現 滋賀大学 助教)と協力して、分子動力学法による反応シミュレーションを行った結果、高選択的にAAASユニットを繰り返して高分子鎖が伸長していくことが再現されました。このことから、まるで生体系での高分子合成のように、鋳型PCPに組み込まれた分子情報が高分子に転写されるという画期的な反応システムとなることが分かりました。
今回開発した高分子合成法の特筆すべき点として、他のさまざまなモノマーにも適用できるという汎用性の高さも挙げられます。実際、原料モノマーをAからメチルビニルケトン(M)に代えて実験を行っても、上述の系と同様にMMMSユニットを繰り返した高分子が得られることが実証されました。ビニル高分子は高分子材料として最も広く利用されていますが、一般的にモノマーの並び方を制御することは難しく、長年の課題でした。本手法では、ビニル高分子のモノマー配列を簡便かつ合理的に制御することに成功したことから、学術的のみならず産業的にも非常に大きな成果であると言えます。
<波及効果、今後の予定>
数種類のモノマーを混合して連結することで、単独のモノマーから合成される高分子とは異なる性質を持つ高分子が合成できます。本手法を用いれば、機能性モノマーを高分子鎖中に精密に配列することができるため、物性の大幅な改善や新たな機能性高分子材料の開発、エレクトロニクスや医療分野への応用につながります。
また、この系では鋳型分子の持つ分子レベルの情報を、高分子中のモノマー配列に正確に転写することができたので、分子レベルの情報を読み書きできる超高密度記録媒体システムとしての展開も期待されます。
今後は他のさまざまなモノマーの組み合わせを選択することで、多彩なモノマー配列を自在に設計し、特異なモノマー配列が物性に色濃く影響する機能性高分子材料の創製を行う予定です。
<参考図>
図 多孔性金属錯体(PCP)を用いてモノマーの配列を制御できる高分子合成法の模式図
<用語解説>
- 注1) モノマー分子
- 高分子(ポリマー)を構成する単位となる低分子化合物であり、単量体とも呼ばれる。
<論文情報>
タイトル | “Sequence-regulated copolymerization based on periodic covalent positioning of monomers along one-dimensional nanochannels” |
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著者名 | Shuto Mochizuki, Naoki Ogiwara, Masayoshi Takayanagi, Masataka Nagaoka, Susumu Kitagawa, Takashi Uemura |
掲載誌 | Nature Communications |
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
植村 卓史(ウエムラ タカシ)
京都大学 大学院工学研究科 准教授
<JST事業に関すること>
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
<報道担当>
京都大学 総務部 広報課
科学技術振興機構 広報課