分子雲衝突による巨大星形成を立証
2018/6/21 名古屋大学 サクレー研究所(フランス) 京都大学 北海道大学 国立天文台 野辺山宇宙電波観測所
オリオン大星雲は冬の夜空を彩るもっとも有名な星雲のひとつです。ですが、この星雲の起原は長く未解明でした。
名古屋大学大学院理学研究科 福井康雄 特任教授を中心とした、名古屋大学、国立天文台、サクレー研究所(フランス)、京都大学、北海道大学からなる研究チームは、オリオン大星雲を取り巻く目には見えない「分子雲」の観測データを詳細に解析し、この星雲が2個の分子雲の衝突により形成されたことを明らかにしました。衝突はおよそ10万年前に起こり、星雲中央のトラペジウムを始めとする巨大星を生み出しました。この衝突は現在も継続中で、さらに多くの星が生まれる可能性があります。
このような衝突は、銀河のいたるところで起こっていると考えられ、今回の発見により、今後、宇宙における多種多様な巨大星・星雲の形成、銀河の進化の研究に大きな波及効果を与えると予想されます。
研究の背景
図1の左図に示した写真が、オリオン大星雲です。オリオン大星雲は、太陽系から1200光年の距離にあります。天の川銀河の全長10万光年と比べると、オリオン大星雲は太陽系から”すぐ近く”にあるため、古くから盛んに研究が進められてきました。オリオン大星雲の中心にはトラペジウム(ギリシャ語で”台形”)と呼ばれる4重星を含め、およそ10個の巨大星が存在しています。オリオン大星雲の輝きは、これら巨大星が放つ強い光によるものです。
巨大星は稀少な天体ですが、その膨大な放出エネルギーによって宇宙の進化に多大な影響を与えます。その形成メカニズムは未だはっきりと理解されておらず、天文学のフロンティアです。オリオン大星雲において、この巨大星の起源を解明することは、銀河の進化、宇宙の進化を解明する上で大きな意義があります。
図1 : (左) オリオン座の可視光写真。(中) ハッブル望遠鏡によって得られたオリオン大星雲の可視光の写真。星雲の中央には4重星のトラペジウムが輝いている(右)国立天文台野辺山45m電波望遠鏡で得られたオリオン大星雲に付随する分子雲の分布。色が白い場所に分子雲が豊富に存在している。
本研究の成果
目には見えない冷たいガス「分子雲」
分子雲は水素分子を主成分とする銀河を漂う冷たいガスで、人間の目ではとらえることができません。星は分子雲から生まれるため、星の起源を知る上で、分子雲の理解は必要不可欠です。図1の右図に、国立天文台 野辺山45m電波望遠鏡で観測されたオリオン大星雲をとりまく分子雲の分布図を示します。このデータは、研究チームの島尻研究員(サクレー研究所)によって、2011年に取得されたものです。観測には一酸化炭素CO分子のスペクトル(波長2.6mmおよび0.7mm)が使用されました。水素分子は電波を放たないために、CO分子が代わりに用いられます。
国立天文台 野辺山45m電波望遠鏡 (撮影: 河野樹人)
研究結果
今回、研究チームは、この分子雲データを用い、分子雲の運動状態を詳細に解析しました。すると、従来は単一の分子雲と考えられていたこの分子雲が、実は「形の違う2個の分子雲が、重なってひとつに見えている」ということを突き止めました。2個の分子雲はわずかではあるものの互いに異なる速度を持っており、これを丁寧に分離することでこの結論へと至りました(図2)。この結果は、2個の分子雲が衝突しており、その最中のある瞬間を我々は今目撃している、という可能性を窺わせます。しかし、これだけでは断言できません。
図2 : 本研究によって存在が明らかとなった2個の分子雲の分布。2枚とも同じ方向を示しているが、異なる速度で運動している。左図の分子雲は太陽系に対しておよそ9km/秒の速度で遠ざかっており、右図の分子雲はおよそ14km/秒の速度で遠ざかっている。(クレジット:名古屋大学/国立天文台)
そこで、研究チームは、この2個の分子雲の空間分布を慎重に比較しました。すると、パズルの2つのピースのように互いを補う「相補的な分布」を、この2個の分子雲で発見しました。図3はこの相補的分布の2つの例を示しています。続いて、この相補的な分布を理解するために、羽部朝男教授(北海道大)らによる分子雲衝突の数値シミュレーションの結果と比較しました。大きさの異なる2個の分子雲を衝突させてみたところ、小さな雲が大きな雲に突入する際に、小さな雲と同じサイズの空洞が大きな雲の中にできる様子が見えてきました(図4)。観測された分子雲でも、実際、大きな分子雲に「穴」が空いており、この「穴」と小さな分子雲の分布がぴたりと一致しています。この一致、つまり「相補的な分布」は、2個の分子雲の衝突を強く裏付けるものです(図5)。
図3 : 2個の分子雲の相補的な分布を示した図。背景の青い分布が9km/秒の分子雲を、黄色い等高線が14km/秒の分子雲を示している。(クレジット:名古屋大学/国立天文台)
図4 : 数値シミュレーションで再現した2個の球状の分子雲が衝突する様子。大小2個の分子雲が衝突すると、大きな分子雲に小さな分子雲のサイズ相当の”穴”が空けられることが分かる。(クレジット:北海道大学/京都大学)
図5 : 上図はオリオン大星雲を作った分子雲衝突の想像図。中央と下の立体図は、特徴的な2つの「相補的分布」を作った衝突の模式図。
分子雲衝突による巨大星形成
観測データの解析から、衝突の速度およそ7km/秒、衝突の経過時間およそ10万年、という数字が求まります。この10万年という数字は、オリオン大星雲の巨大星の年齢とよく一致します。これは、分子雲衝突が引き金となり巨大星が形成されたことを意味します。分子雲同士が超音速で衝突することにより、衝突面でガスが急激な圧縮を受け、その中で通常では誕生しえないような巨大な星が生まれたのです。衝突は現在も続いており、将来、さらに多くの星を生み出すと予想されます。
今後
分子雲同士の衝突が引き起こす巨大星形成は、銀河で頻繁に発生していると考えられます。巨大星は、その進化の最後に超新星爆発をおこし、ブラックホールを形成します。その際、鉄などの重元素を核反応によって生成し宇宙に供給する役割を果たします。巨大星形成の解明は、宇宙の物質進化の解明にもつながります。一方、銀河規模での爆発的星形成(いわゆる「スターバースト」)も衝突が素過程である公算が高いと考えられます。100億年以上前の球状星団や宇宙の初代星の形成にも本研究の成果が適用できる可能性もあり、今後の展開が期待されます。
発表雑誌
この研究の成果は、米国の英文科学雑誌『The Astrophysical Journal』にて2018年6月1日 (電子版は 2018年6月5日) に掲載されました。 (Fukui, Y. et al. “A New Look at the Molecular Gas in M42 and M43: Possible Evidence for Cloud–Cloud Collision that Triggered Formation of the OB Stars in the Orion Nebula Cluster”)
共同研究者
- 福井 康雄 名古屋大学大学院 理学研究科・特任教授
- 鳥居 和史 国立天文台 野辺山宇宙電波観測所・特任助教
- 西村 淳 名古屋大学大学院 理学研究科・研究員
- 大濱 晶生 名古屋大学大学院 理学研究科・研究員
- 島尻 芳人 CEA/サクレー研究所(フランス)・研究員
- 島 和宏 京都大学大学院 理学研究科・研究員
- 羽部 朝男 北海道大学大学院 理学研究科・名誉教授
- 佐野 栄俊 名古屋大学大学院 理学研究科・特任助教
- 河野 樹人 名古屋大学大学院 理学研究科・大学院生
- 山本 宏昭 名古屋大学大学院 理学研究科・助教
- 立原 研悟 名古屋大学大学院 理学研究科・准教授
- 大西 利和 大阪府立大学大学院 理学系研究科・教授
問い合わせ先
- 名古屋大学大学院 福井康雄
- 同天体物理学研究室秘書
- 国立天文台 鳥居和史