高温超伝導を理解する手がかり
2018-05-26 理化学研究所 京都大学 東京大学
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発物性計測研究チームの花栗哲郎チームリーダー、京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻の笠原成助教、東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻の芝内孝禎教授らの共同研究グループ※は、鉄系超伝導体[1]の一種であるセレン化鉄において、電子状態が一軸的方向性[2]を持つ「電子液晶[3]」状態が超伝導に大きな影響を与えていることを実験的に明らかにしました。
電子液晶は鉄系超伝導体だけでなく、銅酸化物高温超伝導体[4]など、通常の超伝導を記述するBCS理論が当てはまらない非従来型超伝導体[5]において広く観測される現象です。今回の発見は、非従来型超伝導体に普遍的な学理を構築する上で役立つだけでなく、新超伝導体の探索にもヒントを与えます。
電子液晶と非従来型超伝導との関連はこれまでも議論されていましたが、両者の相関を直接示す証拠は見つかっていませんでした。今回、共同研究グループは、セレン化鉄における電子の方向性をセレンの一部を硫黄で置き換えることによって系統的に制御し、それに伴う電子状態と超伝導状態の変化を走査型トンネル顕微鏡法/分光法[6]で詳しく調べました。その結果、方向性がなくなった途端に、超伝導を担う電子対の結合が突然弱くなることが分かりました。
本研究は、米国のオンライン科学雑誌『Science Advances』(5月25日付け:日本時間5月26日)に掲載されます。
図 電子状態の一軸的方向性を反映する電子の干渉模様
※共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発物性計測研究チーム
チームリーダー 花栗 哲郎(はなぐり てつお)
上級研究員(研究当時) 岩谷 克也(いわや かつや)
上級研究員 幸坂 祐生(こうさか ゆうき)
研究員 町田理 (まちだただし)
京都大学大学院理学研究科
大学院生(研究当時) 綿重 達哉(わたしげたつや)
助教 笠原 成(かさはらしげる)
教授 松田 祐司(まつだ ゆうじ)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科
教授 芝内 孝禎(しばうち たかさだ)
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金「鉄系超伝導体における超伝導とnematic相の関係解明(研究代表者:花栗哲郎)」、同「超シャロウバンド物質における新奇電子状態と量子凝縮相(研究代表者:笠原成)」、同「量子臨界点近傍の新奇超伝導状態の解明(研究代表者:芝内孝禎)」、同「重い電子の人工制御(研究代表者:松田祐司)」による支援を受けて行われました。
背景
極低温で電気抵抗なしに電流が流れる超伝導現象は、基礎物性物理における重要課題であるだけでなく、強力な電磁石や送電への利用をはじめ、さまざまな応用が可能です。1957年に超伝導現象の基本的な性質を理論的に解明した米国のJ. バーディーン、L. N. クーパー、J. R. シュリーファー(各頭文字をとってBCSと呼称)は、超伝導状態では電子が二つずつ対を形成する必要があることを明らかにしました。BCSは、電子対の形成は結晶格子の振動が媒介すると考え(BCS理論)、実際、ほとんどの金属や合金の超伝導でこの考えが正しいことが分かっています。
一方、磁気的な相互作用など、格子振動以外の機構で電子対が形成されていると考えられる超伝導体も発見されており、非従来型超伝導体と呼ばれています。1986年に発見された銅酸化物高温超伝導体や、2008年に発見された鉄系超伝導体はその代表であり、BCS理論から期待されるよりもはるかに高い温度で超伝導を示すことから、盛んに研究されています。
超伝導状態では、多数の電子対が秩序だって整然と運動していることが分かっています。これは、個々の電子が勝手にバラバラな運動をしている常伝導(導体が超伝導になっていない)状態とは異なり、超伝導状態が電子の秩序相[7]であることを意味します。非従来型超伝導体では、構成元素の一部を他の元素で置換したり、外部から強い圧力をかけたりすると、超伝導以外の電子の秩序相がしばしば現れます。特に銅酸化物高温超伝導体や鉄系超伝導体では、電子系が流動性(伝導性)を保ったまま、一軸的方向性を獲得する「電子液晶」というべき秩序相が超伝導相と隣接して存在することが知られており、超伝導発現機構との関連が注目を集めています。しかし、電子液晶を系統的に制御した上で電子状態の特徴を調べることが技術的に困難なため、電子液晶が超伝導に与える影響はこれまで実験的に明らかになっていませんでした。
研究手法と成果
共同研究グループは、鉄系超伝導体の一種であるセレン化鉄(FeSe)に着目しました。この物質では、電子液晶相と超伝導相が共存します。Seの一部を硫黄(S)で置換すると電子液晶の方向性が徐々に弱まり、17%以上の置換量で方向性が失われますが、超伝導は生き残ることが知られています。しかし、超伝導状態が電子液晶の有無によってどのような影響を受けているのかは調べられておらず、超伝導と電子液晶の関係は謎のままになっていました。
電子液晶の有無は、幅広いエネルギーの電子状態に影響を与える可能性があります。そこで、実験手法としてさまざまなエネルギーを持つ電子の空間分布をイメージングできる走査型トンネル顕微鏡法/分光法(STM/STS)を用いることにしました。超伝導の性質は、電子対を結びつけるエネルギースケールである超伝導ギャップ[8]に最も如実に反映されますが、FeSeの超伝導ギャップは数meVと小さく、高精度な実験が要求されます。理研で開発した極めて高い安定度を持つSTMを1.5ケルビン(K、1.5ケルビンは約-271.6℃)の極低温まで冷却することで、十分に高いエネルギー分解能での実験が可能です。また、このような測定には、高品質の単結晶[9]試料が欠かせません。異元素を含む試料の単結晶作製は一般に困難ですが、京都大学のチームは幅広いS置換を持つ一連の高品質なFeSe単結晶の作製に成功し、精密な物性測定が可能になりました。 まず、電子液晶が電子状態全体に与える影響を調べるため、超伝導の影響を受けない十分に高いエネルギーで電子状態のイメージングを行いました。電子状態の特徴は、量子力学的な電子の波が干渉して作り出すパターンに現れます。STM/STSを用いてさまざまなS置換量の試料でこのパターンを観測し、フーリエ変換[10]と呼ばれる数学的解析手法によって電子液晶の性質を反映する模様を得ました(図1)。S置換量が少ない場合、電子状態が一軸的に配向していることを反映して模様は直交する二つの方向(qa、qb)で異なります。S置換量の増加に伴い方向性は徐々に低下し、17%以上ではqa方向とqb方向の模様はほぼ同じになりました。この過程はS置換によって連続的に変化し、電子液晶が消失するS濃度17%で不連続な変化は観測されませんでした。次に、超伝導ギャップがS置換量に対してどのように変化するか調べました。超伝導状態では、超伝導ギャップ以下のエネルギーを持つ電子が占める状態の数が減り、逆に超伝導ギャップ近傍のエネルギーでは増えます。そのため、STM/STSで状態数のエネルギー依存性(トンネルスペクトル)を観測すると(図2)、超伝導ギャップのエネルギーで状態数にピークが現れます。高いエネルギーの電子状態がS置換量に対して滑らかに変化したのとは対照的に、電子液晶が消失するS置換量17%以上になると、超伝導ギャップが急激に小さくなることが分かりました。この結果は、FeSeにおいて、電子状態の一軸的方向性の有無が超伝導に対して大きな影響を与えることを直接示しています。
今後の期待
今回の成果により、電子液晶と超伝導が密接に関連していることについて、実験的な裏付けが初めて得られました。今後、FeSe以外の電子液晶相近傍にある超伝導体(例えば銅酸化物高温超伝導体)との比較研究を推進することで、電子液晶と超伝導を統一的に理解する枠組みの構築に貢献できます。
また、電子液晶が電子対形成にどのように関わっているのかを明らかにできれば、電子液晶を通した超伝導の制御や、高い超伝導転移温度を持つ新物質を探索する上での指針につながると期待できます。
原論文情報
T. Hanaguri, K. Iwaya, Y. Kohsaka, T. Machida, T. Watashige, S. Kasahara, T. Shibauchi, and Y. Matsuda, “Two distinct superconducting pairing states divided by the nematic end point in FeSe1-xSx“, Science Advances, 10.1126/sciadv.aar6419
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発物性計測研究チーム
チームリーダー 花栗 哲郎(はなぐり てつお)
京都大学 大学院理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻
助教 笠原 成(かさはら しげる)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
教授 芝内 孝禎(しばうち たかさだ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
京都大学 総務部 広報課 国際広報室
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 総務係
補足説明
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- 鉄系超伝導体
- 2008年に東京工業大学の細野秀雄教授のグループによって発見されたLaFeAsO1-xFxと、それに関連した超伝導体の総称。鉄の周りにヒ素、リン、セレンなどが配位したものを単位として、それが2次元的に配列したシートを基本構造として持つ。LaFeAsO1-xFxの超伝導転移温度は26Kであるが、Laをイオン半径の小さな希土類元素に置き換えると50K以上にまで超伝導転移温度が上昇する。銅酸化物高温超伝導体に次ぐ高い温度で超伝導を示す物質群である。
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- 一軸的方向性
- どの方向も等価で均一な環境に多数の粒子が存在する状況を考える。粒子が互いに独立であれば、粒子の配置や運動はどの方向に対しても等価なはずである。しかし、粒子間に何らかの相互作用が働くと、粒子が特定の格子の上に配列したり、決まった方向に並びやすくなったりする。特に、一つの方向が他の方向と異なる性質を持つような場合を「一軸的」と呼ぶ。
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- 電子液晶
- ディスプレイなどに用いられる分子系の液晶は、方向性を持つ分子が液体のような流動性を持ちながら、一軸的に配向するという性質を持っている。同様な性質が電子系に現れることがあり、それを電子液晶と呼ぶ。電子液晶の一軸的な配向の起源としては、電子の軌道の形が一方向に揃ったり、電子の角運動量(スピン)の向きが一方向に揃ったりすることで生じると考えられている。
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- 銅酸化物高温超伝導体
- 銅と酸素で構成される2次元的なシートを基本構造に持つ一連の超伝導体の総称。1986年にスイスのJ. G.ベドノルツとK. A.ミューラーによって発見されたLa2-xBaxCuO4が最初の銅酸化物超伝導体である。現在、圧力をかけない状態で最も高い温度(135 K)まで超伝導状態を保つHgBa2Ca2Cu3Oyもこの物質群の1つである。
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- BCS理論が当てはまらない非従来型超伝導体
- 米国のJ. バーディーン、L. N. クーパー、J. R. シュリーファーは、彼らの頭文字をとってBCS理論とよばれる理論を1957年に提唱し、超伝導現象の基本的な性質を解明した。BCS理論によると、超伝導状態で電子は二つずつ対を形成し、その原因は結晶格子の振動にある。しかし、その後、格子振動以外の機構、例えば磁気的な相互作用でも電子対が形成することが明らかになってきた。格子振動以外の機構で電子対が形成されるような超伝導体は、非従来型超伝導体と呼ばれている。鉄系超伝導体や銅酸化物高温超伝導体は、非従来型超伝導体であると考えられている。
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- 走査型トンネル顕微鏡法(STM)/分光法(STS)
- 走査型トンネル顕微鏡(STM)は、電圧を加えた鋭い金属の探針を、導電性の試料の表面に極めて近くまで接近させたときに、探針試料間に流れる量子力学的な電流(トンネル電流)の分布を2次元的に記録し、試料表面の凹凸や電子状態の分布を原子レベルの超高分解能で描き出すことのできる装置。1981年にスイスのG. ビーニッヒとH. ローラーによって発明された。探針に加える電圧を変化させることによって、特定のエネルギーを持つ電子状態を選択的に取り出して、その分布を調べることもできる。このような測定法を走査型トンネル分光(STS)と呼んでいる。
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- 電子の秩序相
- 固体の中には天文学的な数の電子が存在するが、電子間に何らかの相互作用が働くと、個々の電子が独立に振る舞うのではなく、互いに協調して何らかの秩序を持った方がエネルギー的に有利になることがある。このような状態を電子の秩序相と呼ぶ。身近な例として、磁石は、それ自身が微小磁石である電子の磁化の向きがそろうことによって固体全体が磁化した電子の秩序相である。
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- 超伝導ギャップ
- 超伝導状態で電子対を安定化させているのは、電子間に働く実効的な引力であるが、そのため、電子対を破壊するには有限のエネルギーが必要である。この安定化エネルギー以下のエネルギーでは、対を組まない個々の電子を励起することはできないため、低エネルギーの電子の励起スペクトルに電子状態が消失するエネルギー領域が現れる。この領域を超伝導ギャップと呼ぶ。
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- 単結晶
- ガラスのような特別の物質を除いて、固体は原子が整然とならんだ特定の結晶構造を持つ。しかし、通常我々が目にする大きさの固体は、バラバラな方向を向いた多くの結晶が寄せ集まったものになっており、多結晶と呼ばれる。多結晶試料では、結晶が元々もつ方向性が試料全体では失われてしまう。そのため、結晶がもともと持つ方向性を調べるには、全体が一つの結晶でできているような試料が必要である。このような試料を単結晶と呼ぶ。身近な例では、角砂糖は多結晶で、氷砂糖は単結晶である。
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- フーリエ変換
- さまざまな成分の波から構成されているパターンから、各成分を抽出する数学的手法。フーリエ変換を行うと、波長が長い成分は原点付近に、波長が短い成分は原点から遠い点に信号を作る。また、波が平面波の場合、フーリエ変換パターンでは、波面に垂直な方向に強度が現れる。すなわち、フーリエ変換したパターンに信号が現れる場合、原点と信号間の距離の逆数から波長を、原点から見た信号の方向から波面と垂直な方向を、それぞれ求めることができる。
図1 硫黄(S)置換したセレン化鉄(FeSe)の電子干渉模様
図中の数字はSeに対するSの置換量を表す。置換量が少ない試料では、模様はqa方向(横軸)とqb方向(縦軸)で大きく異なっており、電子液晶状態が強い一軸的方向性を持っていることを示している。S置換量が増えると方向性が徐々に低下する。電子液晶相が消失する17%以上の置換量で模様はほぼ等方的になるが、この過程は連続的に進行する。これは、電子液晶の消失に伴う電子状態の変化が小さいことを意味する。
図2 S置換したFeSeの超伝導ギャップを示すトンネルスペクトル
電子エネルギーがゼロとなる点が底になるような電子状態数の凹みが超伝導ギャップを表し、その両端に現れるピークのエネルギーが超伝導を担う電子対の結合の強さの目安になる。電子液晶相が消失する17%以上のS置換量で超伝導ギャップが急激に小さくなっていることが分かる。