2020-02-28 京都大学
竹見哲也 防災研究所准教授らの研究グループは、広域の気象データによって2019年10月に日本列島に上陸した台風19号の豪雨時の気象状況を分析し、豪雨の発生原因を明らかにしました。
台風19号は、最低気圧が915hPaに達した猛烈な台風で、箱根で日雨量が922.5ミリ(日本の観測史上第一位を更新)に達するなど東日本各地で記録的な大雨をもたらし、洪水・氾濫など激甚な災害を引き起こしました。
当時は地面付近から上空まで大気の相対湿度がほぼ100%と極めて湿った状態にあり、その中で絶対不安定(湿潤絶対不安定)な大気層(MAUL:モール)が台風周辺部に持続的に形成されました。湿潤絶対不安定な層は、少しのきっかけがあればただちに積乱雲が発達するような極めて不安定な状況にあります。この絶対不安定な大気層が東日本に向かって波状に流れ込み、積乱雲が持続的に発達したたために、記録的な豪雨が発生しました。
今後は、このような湿潤絶対不安定層の出現特性を他の豪雨イベントでも調べ、豪雨をもたらす積乱雲の発達メカニズムをより深く理解し、より精度よく予測するための研究が必要であると考えられます。
本研究成果は、2020年2月21日に、国際学術誌「Scientific Online Letters on the Atmosphere(SOLA)」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の概要図
書誌情報
産経新聞(2月21日 24面)および読売新聞(2月21日 32面)に掲載されました。
詳しい研究内容について
2019 年台風 19 号による豪雨の発生メカニズムを解明
―湿度 100%で絶対不安定な大気層の役割―
概要
2019 年 10 月に日本列島に上陸した台風 19 号は、最低気圧が 915 hPa に達した猛烈な台風で、箱根で日雨量が 922.5 ミリ(日本の観測史上第一位を更新)に達するなど東日本各地で記録的な大雨をもたらし、洪水・氾濫など激甚な災害を引き起こしました。
京都大学防災研究所 竹見哲也 准教授らの研究グループは、広域の気象データにより豪雨時の気象状況を分析しました。その結果、次のような豪雨の発生原因が明らかになりました。すなわち、当時は地面付近から上空まで大気の相対湿度がほぼ 100%と極めて湿った状態にあり、その中で絶対不安定(湿潤絶対不安定)な大気層( MAUL モール)が台風周辺部に持続的に形成されました。湿潤絶対不安定な層は、少しのきっかけがあればただちに積乱雲が発達するような極めて不安定な状況にあります。この絶対不安定な大気層が東日本に向かって波状に流れ込み、積乱雲が持続的に発達したたために、記録的な豪雨が発生したのです。
今後は、このような湿潤絶対不安定層の出現特性を他の豪雨イベントでも調べ、豪雨をもたらす積乱雲の発達メカニズムをより深く理解し、より精度よく予測するための研究が必要です。
本成果は、2020 年 2 月 21 日に国際学術誌「Scientific Online Letters on the Atmosphere (SOLA)」にオンライン掲載されました。
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1.背景
近年、梅雨期の集中豪雨や激甚な台風による風水害が全国で多発しています。2019 年にも豪雨や台風による災害が全国各地で発生しました。10 月には台風 19 号が発生し、東日本各地で大雨となり、洪水・ 氾濫などの広域の災害が発生し、多数の犠牲者や生活・社会基盤への甚大な被害が出る結果となりました。こういった気象災害による被害を防ぐためには、まずどのような状況で大雨に至ったのかという原因を理解することが必要です。原因を理解することで、気象予報の精度を向上させることに繋がり、結果としてより信頼性の高い予測情報が作られることになります。そこで本研究では、台風 19 号が発生したときの気象データを分析し、豪雨の発生メカニズムを調べました。
2.研究手法・成果
本研究グループでは、これまで、梅雨期から秋雨・ 台風期に至る暖候期の降水の特徴やその大気条件を調べてきました。こういった降水の多くは積乱雲により発生しますので、積乱雲がどのようにして発生したのかを把握することが大切です。台風 19 号による豪雨は、台風の接近・ 通過に伴い発生し、おおむね 24 時間のうちに雨が集中することで起こりました。平成 30 年 7 月豪雨では 3 日程度雨が長続きしたことと比べると、台風 19 号による大雨は時間あたりの強い雨が 24 時間以内に集中したことが特徴と言えます。強い雨は積乱雲によって生じますので、積乱雲がなぜ持続的に発達するのかという視点から気象データを分析しました。分析に使ったデータは、気象庁による数値予報のために作成された立体的な気象情報で、高度毎に水平方向 5 km 間隔でメッシュ化され、3 時間毎に作成されたものです。
図 1 は、最も雨が多かった日の 10 月 12 日のうち、12~18 時の 6 時間の積算雨量を示します。関東・ 東海から東北南部の広域に大雨となっていることが分かります。次に、この大雨が発生するタイミングでの気象状況を見てみます。
図 1 2019 年 10 月 12 日 12~18 時の 6 時間での積算雨量(単位 ミリメートル)の分布
図 2 は、10 月 12 日 12 時における 1 平方メートルあたりで算出した大気上空に含まれる水蒸気量(可降水量)(単位 ミリメートル)の分布を示します。水蒸気量が、台風中心付近で 100 ミリを超えています。これは、台風中心は気温が周囲よりも高いことが理由だと考えられます。注目したいのは、台風の周辺部でも 70 ミリを超える範囲が東海から関東にかけて広がっている状況です。この水蒸気量の多い領域は、台風の北上とともに移動し、東日本を通過していきました。
このような豊富な水蒸気量が現れるには、気温が高いことに加え、大気が湿っているという条件が必要です。そこで図 3 では、大気上空 3000~9600 メートルの範囲で高さ方向に平均した相対湿度の分布を示します。 90 %を超えた大気状態が中部地方から東日本に広がっている様子が分かります。一般に、上空の大気は湿度が低くて乾燥していますので、下層から上空まで 90 %を超える状況は極めて湿った状況だと言えます。このような湿った状況が、図 2 で見たような大量の水蒸気量の状況を作り出していました。
図 2 2019 年 10 月 12 日 12 時における可降水量(単位 ミリメートル)の分布
図 3 2019 年 10 月 12 日 12 時における 700~300 hPa の範囲の高さで平均した相対湿度(%)の分布
このように、台風 19 号に伴って、大気が極めて湿った状況にあり、大量の水蒸気が含まれていたことが分かりました。しかし、これだけでは豪雨にはなりません。積乱雲が持続的に発達して強い雨が継続することで、豪雨が発生します。積乱雲が発達するかどうかは、大気がどれだけ不安定かによって決まります。一般に、大気の不安定さは、気温の高さ方向の減少率( 気温減率)の大きさで表します。気温減率が大きいほど不安定ということになります。ところが、台風 19 号時の大気の気温減率は、1 km 当たり 5℃程度の割合でした。この数値は、やや湿潤断熱減率より大きいくらいで、特に大きなものではないことが分かりました。ですので、気温減率だけで言えば、例えば真夏の雷雨が発生する時ほどには不安定ではありません。しかし、実際には強い雨が長続きしました。その理由は、相対湿度がほぼ 100 %で湿った状態にあることが鍵となります。気温減率が湿潤程度より少しでも大きい場合に、同時に相対湿度が 100 %となると、大気は絶対不安定な状態となります。湿潤で絶対不安定なので、この状態にある大気層のことを湿潤絶対不安定層と言います(英語の頭文字をとって MAUL(モール)と言います)。湿潤絶対不安定層が高さ方向に厚みを持てば、より積乱雲が発達しやすいと言えます。
図 4 は、湿潤絶対不安定層の厚さの分布を示します。台風を取り巻くように 2 km あるいはそれ以上の厚みをもった湿潤絶対不安定層が東海から関東に差し掛かっている様子が分かります。台風の北上とともに湿潤絶対不安定層が東日本各地に覆うようになりました。この層が、関東から東北の山岳地に流入することで、層全体が持ち上げられ、これがきっかけとなって積乱雲が急速に発達することになりました。湿潤絶対不安定は、極めて不安定な状態なので、地形による持ち上げなどちょっとしたきっかけがあれば、積乱雲が急発達します。台風 19 号の時には、この湿潤絶対不安定層が持続的に形成され、地形効果により層全体が持ち上げられ、広域で大雨となりました。特に、河川の上流側の山間部で雨が集中したことから、河川が増水し、洪水・氾濫が各地で発生することになりました。
図 4 2019 年 10 月 12 日 12 時における湿潤絶対不安定層の厚さ(単位 km)の分布
3.波及効果、今後の予定
台風によりしばしば大雨が発生しますが、台風 19 号では箱根で日雨量の記録を更新するなど、広域で大雨となりました。特に、河川の上流側の山間部で大雨となったことから、多数の河川流域で洪水・氾濫が発生し、大災害となりました。平成 30 年 7 月豪雨と比べると、大雨の広域性という点では台風 19 号による豪雨は共通するものがありますが、台風 19 号による豪雨は 24 時間内に集中しており、より強い雨が持続したことが特徴です。強い雨をもたらしたのは発達した積乱雲によるものであり、私たちの研究から、湿潤絶対不安定層という視点によって積乱雲が急速に発達したメカニズムを理解することができました。今後は、湿潤絶対不安定層の出現特性を他の豪雨イベントでも調べ、豪雨をもたらす積乱雲の発達メカニズムをより深く理解し、より精度よく予測するための研究が必要です。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 16H01846 および文部科学省科学研究費 19K24678 の支援を受けて行われました。
<用語解説>
可降水量:1 平方メートルの広さの大気(地面から上空まで)に含まれる水蒸気の総量。
気温減率:高さとともに気温が下がる割合。1 km 当たりの高度上昇での気温の低下量(℃)で表す。
湿潤断熱減率:大気が飽和(相対湿度 100%の状態)の場合に想定される気温減率。
<研究者のコメント>
2019 年台風 19 号では、広域で強い雨が持続して豪雨となりました。大気が上空まで相対湿度 100%近い状態で極めて湿っており、大気中の水蒸気量が異常なほど多かったのが特徴です。これは、平成 30 年 7 月豪雨の場合を上回る状態でした。今回は、湿潤絶対不安定層という概念で豪雨のメカニズムを理解しました。この状態は、おそらく梅雨や台風には頻繁に現れるものかもしれません。こういった状態が、仮に温暖化が進んだ気候条件で現れると、それによる大雨はより激甚なものだと想像されます。過去の経験にとらわれず、災害のリスクを理解することがますます大事になってくると思います。
<論文タイトルと著者>
タイトル: Environmental Factors for the Development of Heavy Rainfall in the Eastern Part of Japan during Typhoon Hagibis (2019)(2019 年台風 19 号による東日本での豪雨の発生に係る環境因子)
著 者: Tetsuya Takemi, Takashi Unuma
掲 載 誌: Scientific Online Letters on the Atmosphere (SOLA)
DOI :doi:10.2151/sola.2020-006