現場利用のための「理研小型中性子源システム RANS-II」

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容易に移設可能な加速器中性子源の開発

2019-11-18 理化学研究所,東京工業大学

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター中性子ビーム技術開発チームの小林知洋専任研究員、池田翔太研究員、大竹淑恵チームリーダー、池田裕二郎特別顧問と東京工業大学科学技術創成研究院先導原子力研究所の林﨑規託教授の共同研究チームは、容易に移設できるコンパクトサイズの「理研小型中性子源システムRANS-II(ランズ・ツー)」を開発し、計測実験に十分な中性子線の発生に成功しました。

本研究成果は、コンクリートインフラ構造物内部の現場における劣化診断や、一般企業の研究所や工場に必要な期間だけ設置して原料や製品の解析に使用するなど、機動的な中性子利用が期待できます。

今回、共同研究チームは、2013年に発表した「理研小型中性子源システムRANS(ランズ)[1]」をさらに小型軽量化したRANS-IIを開発しました。RANS-IIではRANSよりも陽子線の加速エネルギーを小さくし、標的をベリリウムからリチウムにすることで、加速器重量を1/2に、標的を囲む遮蔽体重量を1/7程度に、装置の長さを1/3に抑制できました。2019年7月の施設検査合格以降、加速器の調整を重ね、各種計測実験が可能な状態になっています。

本研究は、台湾で開催される『第3回アジア・オセアニア中性子散乱に関する会議AOCNS2019』(11月18日)において発表されます。

現場利用のための「理研小型中性子源システム RANS-II」

図 RANS-II (手前:中性子ビーム出射口を備えた遮蔽体、奥:RFQ加速器)

背景

理研では現場で利用可能な中性子源の開発に取り組んでおり、2013年に「理研小型中性子源システムRANS(ランズ)」を開発しました注1-2)。RANSは、線形加速器で加速させた7MeV陽子線(1MeVは100万電子ボルト)をベリリウム(Be)標的に照射し、9Be(p,n)9B反応[2]と呼ばれる核反応により、最大5MeVのエネルギーを持つ中性子線を発生させることができます。

これまでRANSは、国内で数少ない中性子照射施設として実験の機会を提供してきました。また、陽子線の短パルス化などに取り組み、中性子イメージング[3]や中性子回折[4]を利用した産業応用、高速中性子による大型構造物非破壊観察実験注3-4)、中性子誘導即発ガンマ線分析[5]を利用したコンクリート中の塩分濃度解析実験注5)などを実施してきました。

一方で、共同研究チームは、2016年度より中性子源のさらなる小型軽量化を目指し、「理研小型中性子源システムRANS-II(ランズ・ツー)」の開発を始めました。

注1)Y. Otake Encyclopedia for Analytical Chemistry, R. A. Meyers, eds (John Wiley, 2018)

注2)大竹淑恵『パリティ』Vol.34 No.05 2019-5 p.42-52

注3)2013年9月9日プレスリリース「小型中性子源システムで鋼材内部腐食を非破壊で可視化することに成功

注4)2016年11月1日プレスリリース「中性子によるコンクリート内損傷の透視

注5)2018年10月25日プレスリリース「中性子によるコンクリート内塩分の非破壊測定

研究手法と成果

小型軽量化された中性子源システムの構築には、加速器や標的を囲む遮蔽体の重量をRANSよりも軽くする必要がありました。そのためにRANS-IIでは、陽子線エネルギーを7MeVから2.49MeVに絞り、標的をリチウム(Li)にしました。RANSよりも低い陽子線エネルギーでは、Li標的の方がBe標的よりも中性子発生量が多くなるからです。また、RANSでは加速器2台を連結していましたが、RANS-IIでは高周波四重極線形加速器(RFQ加速器)[6]だけにすることで注6)、加速器の長さと重量を1/2(5mから2.5m、5トンから2.5トン)に抑制できました。さらに、Li標的にしたことで中性子線の発生が前方へ指向することから、遮蔽体重量を1/7程度(20トンから3トン)に大きく減量できました。図1にRANS-IIシステムの全体模式図を、表1にRANSおよびRANS-IIのパラメータ比較を示します。

注1)林﨑規託,服部俊幸,石橋拓弥,山内英明『四重極型加速器および四重極型加速器の製造方法』(特許第 5317062 号)国立大学法人東京工業大学,タイム株式会社

理研小型中性子源システムRANS-IIの全体模式図の画像

図1 理研小型中性子源システムRANS-IIの全体模式図

RANS-IIは、電源・制御装置、イオン源、RFQ加速器、高周波アンプ、ビーム輸送系、ターゲット遮蔽からなる。ターゲット遮蔽の中には、中性子発生リチウム標的が入っている。まず、イオン源では水素ガス(H2)にマイクロ波を照射し、水素イオン(H+)に分解する。水素イオンはRFQ加速器に導かれ、2.49MeVまで加速される。ビーム輸送系では、広がろうとするビームを電磁石で収束して標的に到達するよう位置調整を行う。リチウム標的に到達した水素イオン(陽子)は、核反応により中性子を発生させる。中性子線出射口の前方に、測定物と検出器が置かれる。

RANS RANS-II
加速イオン 水素(陽子) 水素(陽子)
エネルギー 7MeV 2.49MeV
最大イオン電流 100μA 100μA
中性子発生核反応 9Be(p,n)9B 7Li(p,n)7Be
最大中性子エネルギー 5MeV 0.7MeV
加速器方式 RFQ+DTL RFQ
加速器本体重量 5t 2.5t
遮蔽体重量 20t 3t
装置長さ 15m 5m

表1 RANSおよびRANS-IIのパラメータ比較

RANS-IIでは、陽子線のエネルギーを2.49MeVに絞り、標的をリチウム(Li)にしたことで、RANSと比べて加速器重量は1/2、遮蔽体重量は1/7程度にできた。装置全体の長さも1/3(5m)に短くなった。

十分な厚さを持つ標的を想定した場合、RANSの条件である7MeV陽子線による9Be(p,n)9B反応の中性子収率は、陽子1マイクロクーロン(μC、1μCは100万分の1クーロン)あたり約100億個となります。一方、RANS-IIで使用する2.49MeV陽子線による7Li(p,n)7Be反応[7]の中性子収率は、陽子1μCあたり約10億個となり、RANSの1/10しかありません。しかし、RANSでは検出器位置が標的から2~5m程度離れてしまうのに対し、RANS-IIでは標的から1m以内と近くなるので、単位面積あたりの中性子数は多くなります。またRANS-IIでは、中性子発生が等方的ではなく前方に偏っているため無駄になる中性子が少なくなります。これらのことが有利に働き、十分な中性子量が検出器に到達すると考えられます。

図2は、2.49MeV陽子線が80マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)厚のLi標的に衝突した際に放出される中性子線の前方1m位置におけるエネルギー分布を、PHITSコード[8](Ver2.82,ENDF/B-VII.1の断面積を使用)により計算した結果です。モデレータ[9]なしの場合、中性子線の最大エネルギーは約0.7MeV、平均エネルギーは約0.6MeVとなります。RANS-IIで予定されている最大陽子電流(100μA)を考慮すると、前方1m位置における全中性子束(単位時間、単位面積あたりの中性子数)は1.7×105cm-2s-1となり、高速中性子イメージングに関しては十分に実行可能な量であると判断されます。

RANS-IIのLi標的前方1mにおける中性子エネルギースペクトル(計算値)の図

図2 RANS-IIのLi標的前方1mにおける中性子エネルギースペクトル(計算値)

中性子の最大エネルギーは約0.7MeV、平均エネルギーは約0.6MeVと計算された。

また、RANSでは米国AccSys社より購入した加速器(型式名PL-7)を使用していますが、RANS-IIでは国産RFQ加速器を使用して自主開発しました。頻繁に移設することを考慮し、剛性の高い鉄を基材としています。加速空洞内は電気伝導性の高い銅をメッキした後、再度精密加工を施しています(加工製造:タイム株式会社)。組立中のRFQ加速器を図3に示します。本加速器は本体構造部品が3点のみと少なく、さまざま部品の調節が非常に容易かつ狂いにくいという特長を持ちます。具体的には、通常RFQ加速器はまず真空容器を製作し、その中に加速電極を設置していきます。一方、本加速器は三枚の鉄板を重ね合わせ、内部を機械加工でくり抜いて真空容器を形成していますが、このくり抜く過程で、加速電極となる部分を残してあります。つまり、真空容器と加速電極が三枚の鉄板からの削り出しで形成されています。部品点数が少ない、かつ剛性が高いことが本加速器の特長です。なお、加速器に入力する高周波の増幅には、200kWの半導体アンプ(アールアンドケー株式会社製)を採用しました。本アンプは48個の小型アンプユニットが並列接続されており、予備ユニットを準備することにより現場での故障対応を迅速に行うことができます。

RANS-IIのRFQ加速器内部の図

図3 RANS-IIのRFQ加速器内部(加速電極の一部)

機械加工を行った鉄材に銅メッキを施し、再度精密加工を行っている。画面中央奥へと向かう波状の電極は加速電極の一部で、上下左右の四列(右下図)で加速器を構成する。三枚の部材を重ね合わせることにより、右下のような上下左右の加速電極を形成する。これらに高周波を印加すると、イオンを加速する電場を形成するように設計されている。

RANS-IIは現在、理研和光事業所の中性子工学施設内に設けた専用スペースに設置され調整を行っています。Li標的に到達している陽子電流は約30μA(時間平均)で、中性子発生量は計算上毎秒2.7×1010個(全方向積分値、2019年10月末現在)であり、各種計測実験が可能な状態になっています。

今後の期待

本研究により、全長5mの小型中性子源システムRANS-IIによる中性子線の発生に成功しました。現在、RANS-IIから発生される中性子線の特性計測(エネルギースペクトル計測)を実施しています。

RANS-IIの重要な役割は二つあります。一つは、インフラ非破壊計測を目指した可搬型小型中性子源のプロトタイプとしての役割です。この開発により、さらなる小型軽量化が可能となり、最終的には橋梁などの内部劣化を可視化する屋外非破壊計測システムの実現につながります。もう一つは、企業などの計測現場で手軽に利用可能なことを最終目標とした、普及型中性子源システムを実現する据置型モデルという役割です。

今後は中性子散乱計測を含めた総合システムへと開発ステップを進め、実用化へ向けたさらなる開発へと発展させる予定です。

補足説明

1.理研小型中性子源システムRANS(ランズ)
理研が開発し、現在高度化を行っている普及型の小型中性子源システムで、中性子ビームが2013年1月に取り出された。J-PARCに代表される大型中性子源より手軽な装置として、中性子線利用に適した金属材料や軽元素を扱うものづくり現場への普及を目指している。RANSは、RIKEN Accelerator-driven compact Neutron Sourceの略。

2.9Be(p,n)9B反応
ベリリウム(9Be)にある一定以上のエネルギーを持つ陽子(proton)線を照射すると、中性子(neutron)線が放出される核反応。その結果、ホウ素(9B)が生成される。

3.中性子イメージング
中性子線を測定対象に照射し、透過または反射した中性子線を検出器で二次元的に測定することにより非破壊で内部の情報を得る方法。

4.中性子回折
中性子線の持つ波の性質を利用して、結晶の格子面間隔のような整列した原子で回折を起こし、その間隔を測定する手法。回折の強度から結晶の向きや量を測ることができる。回折法では測定したい間隔(鋼材では0.05~0.3ナノメートル程度)に近い波長を持つ放射線を使用し、中性子線の他にもX線や電子線を用いた回折法が有名。中性子線は鋼材に対して比較的透過性が高く、数ミリから数センチメートル程度の内部まで測定できる。

5.中性子誘導即発ガンマ線分析
中性子線を照射する試料中の特定の原子核と中性子が反応すると、複数の特有のエネルギーを持ったガンマ線(即発ガンマ線)が、特有の量(ガンマ線強度)で放出される。この即発ガンマ線を検出し、そのエネルギーおよび強度から、試料中に存在する元素の同定と定量を行う分析手法。基本的に非破壊で試料の再利用が可能なため、考古学上の貴重なサンプルや、隕石などの微量分析などに使われている。

6.高周波四重極線形加速器(RFQ加速器)
四つの電極に対して、向き合う電極に同電位、隣り合う電極に逆電位がかかるように高周波電圧をかけ、電極の形状に変調をかけることにより、ビームのバンチ化、収束と加速を同時に行うことができる加速器。RFQはRadio Frequency Quadrupoleの略。

7.7Li(p,n)7Be
リチウム(7Li)にある一定以上のエネルギーを持つ陽子(proton)線を照射すると、中性子(neutron)線が放出される核反応。その結果、ベリリウム(7Be)が生成される。

8.PHITSコード
さまざまな放射線挙動を、核反応モデルや核データなどを用いて模擬するモンテカルロ計算コード。日本原子力研究開発機構が中心となって開発された。PHITSはParticle and Heavy Ion Transport code Systemの略。

9.モデレータ

研究支援

本研究の一部は、文部科学省「光・量子融合連携研究開発プログラム」、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「インフラ維持管理・更新・マネジメント技術(藤野陽三プログラムディレクター)」(管理法人:科学技術振興機構)による支援を受けて行われました。

原論文情報

小林知洋, “Development of accelerator-driven compact neutron source RANS-II”, 『第3回アジア・オセアニア中性子散乱に関する会議AOCNS2019』(11月17日~21日、当該発表は11月18日)

発表者

理化学研究所
光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チーム
チームリーダー 大竹 淑恵(おおたけ よしえ)
専任研究員 小林 知洋(こばやし ともひろ)
特別研究員 池田 翔太(いけだ しょうた)
光量子工学研究センター
特別顧問 池田 裕二郎(いけだ ゆうじろう)

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所
教授 林﨑 規託(はやしざき のりよす)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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