絶縁体のスピン運動量ロッキングの設計
2019-03-26 東京大学
東京大学総合文化研究科の川野雅敬大学院生および堀田知佐准教授は、東北大学金属科学研究所の小野瀬佳文 教授(2018年度まで本学所属)と共同で、固体結晶で数多く見られる「磁化を持たない磁石」である反強磁性絶縁体において、特異な磁気励起が起こることを明らかにしました。本研究では、電気を流さない絶縁体中を伝搬する磁気的な粒子であるマグノンに着目しました。反強磁性体中では、二種類の逆向きのスピンが交互に並んで規則的な構造を作っています。各向きのスピン毎に二種類のマグノンが生成され、これらが逆向きの磁気モーメントを運びます。この二種類のマグノンがある条件で混ざり合い、マグノンが持つ運動量に応じて、マグノンの運ぶ磁気モーメントの向きを滑らかに変化させるスピン運動量ロッキングと呼ばれる現象が起きることを理論的に示しました。非常に弱い磁場をかけ、その向きに応じて運ばれる磁気モーメントの向きを容易に変えることもできます。この枠組みを利用して、反強磁性体の磁気構造を検出するためのスピン流を使ったデバイスの提案を行いました。
反強磁性マグノンのスピン運動量ロッキングと純スピン流デバイスの提案
2次元の運動量空間において、各運動量がどのような向きの磁気モーメントを運ぶのかを示した図。
© 2019 川野雅敬
電子は、電荷とスピンという属性を持ちます。電子の運ぶスピンとその運動量とが結びつくとラシュバ・ドレッセルハウス効果、スピンホール効果などの多彩な現象が実現することが知られており、電場による電子スピンの制御を可能にすることから半導体デバイスへの応用が期待されています。しかし、これらの方法では、スピン制御の過程において電流を二次的に流すことが多く、それに伴うエネルギー散逸が問題となっていました。この問題を解消することができる、電荷が動かない絶縁体で、実現可能なレベルでスピン制御の方法が考えられた例は殆どありませんでした。
正味の磁化を持たない反強磁性体は、従来の強磁性体磁石とは異なり、漏れ磁化を出さないことから微細加工に有利であるにもかかわらず、これまでその磁気構造の検出は技術的に難しく、電気抵抗に1パーセント以下の強度で現れる弱い磁気異方性の検出に頼っていました。今回の理論研究で、スピン流を流すことで、より積極的に磁気構造の検出ができる可能性が示されました。
「ありふれた反強磁性体でこのように多彩な物性が出るのはとても意外でした」と堀田准教授は話します。「基礎物理としても面白く、かつ世の中の役にも立つ可能性につながる結果が得られることはなかなかなく、意義深いことだと思います。大学院生がこのような結果を出せたことは嬉しいです」と続けます。
論文情報
Masataka Kawano, Yoshinori Onose and Chisa Hotta, “Designing Rashba-Dresselhaus effect in magnetic insulators,” Communications Physics: 2019年3月6日, doi:10.1038/s42005-019-0128-6.
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