2024-03-12 森林総合研究所,国際農林水産業研究センター
ポイント
- スギ林を38%間伐すると直後の1年目に蒸散量は71%まで減少しましたが、数年後には間伐前の状態に回復することが明らかになりました。
- 間伐後の幹の中を上昇する樹液の速さ(樹液流速)の増大、特に辺材深部での顕著な増大が要因となっています。
- 間伐が蒸散量に与える影響を正しく評価するためには、間伐直後の蒸散量の減少だけではなく、その後の変化を考慮する必要があります。
概要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、国立研究開発法人国際農林水産業研究センター、秋田県林業研究研修センター、秋田県農林水産部、公益財団法人秋田県林業労働対策基金、米国デラウェア大学の研究グループは、スギ林を38%間伐した直後に蒸散量は71%に減少するものの、数年後には元に戻ることを明らかにしました。これまで、国内では間伐直後のデータに基づいて間伐による蒸散への影響が議論されてきましたが、本成果は継続的にデータを確認する必要性を明らかにするとともに、森林の有する多面的機能と森林管理の適切なバランスの実現につながるものです。
樹木の蒸散は、根系で吸収された水分が幹の中を上昇し(樹液流)、生じる現象です。このため、樹液流の速さ(樹液流速)と樹液が流れている辺材部の面積を把握することで、蒸散量を評価できます。これまでに、間伐直後のスギ林の蒸散量の減少が確認されており、その要因は間伐による個体数減少に伴うスギ林の辺材面積の減少であると報告されてきました。しかし、蒸散量の減少がどの程度継続するのかについては不明のままでした。そこで、間伐前2年間、間伐後3年間にわたってスギ林の蒸散量を計測したところ、間伐1年目には71%まで減少した蒸散量が間伐から2~3年で間伐前の状態に回復することが明らかとなりました。そして、蒸散量の回復はスギ林の辺材面積の増加によるものではなく、カギとなるのはスギ林の樹液流速の増加、特に辺材の深い部位を流れる樹液流速が顕著に増加したことでした。間伐が蒸散量に及ぼす影響を正確に把握するためには、間伐後の少なくとも数年間について、辺材の深い部位を含めた計測を実施することが重要です。
本研究成果は、2023年12月5日にScience of the Total Environment誌でオンライン公開されました。
背景
京都議定書では、間伐などの適切な森林経営を条件として、森林による二酸化炭素吸収量を温室効果ガス削減量に算入することを認めました。このことを受け、森林の間伐等の実施の促進に関する特別措置法が2008年に施行されました。その後、2020年度までに間伐などを促進するための一部改正が2013年に実施され、人工林の間伐が進んでいます。この間伐によって、森林が有する多面的機能にどのような影響があるのかを明らかにすることが重要となります。
森林が有する多面的機能の一つである水源かん養機能の一部として、洪水時のピークを低減させるとともに遅延させる効果が挙げられます。そして、森林による蒸散活動が減少すると、これらの効果は小さくなります。間伐直後の蒸散量は減少することから、間伐を実施する際には、水源かん養機能への影響に配慮する必要がありますが、検討材料となるデータは依然として不足しています。例えば、間伐直後の蒸散量の減少がどの程度の期間継続するのかを検討した国内の事例はありません。間伐を行うと、光や水をめぐる樹木間の競争が緩和されます。特に、間伐前の密な林では樹冠下部の枝葉が混みあっていますが、間伐を行うと日当たりが大きく改善されます。この結果、間伐後の樹液流速は増加し、間伐直後に減少した蒸散量がその後回復する可能性も考えられますが、間伐が実施された森林において計測を行った事例は限られた状況にありました。
内容
研究グループは、秋田県大館市に位置する長坂試験地のスギ林を対象として本数率38%の間伐を実施し、間伐前2年間、間伐後3年間にわたってスギ林の蒸散量を熱消散法(*1)による樹液流速測定に基づいて評価しました(図1)。蒸散量は間伐直後の1年目に減少し、その後は増加する傾向を示しました。しかし、年によって気象条件は異なり、間伐を実施しない場合でも蒸散量は変化しうることから、このデータをそのまま比較することはできません。そこで、スギ林の気孔の開き具合を表す群落コンダクタンスを再現するモデルを作成し、実際の条件を反映させた同一の気象条件を入力して間伐による蒸散量への影響を定量的に明らかにしました。その結果、スギ林の蒸散量は間伐1年目に71%に減少するものの、2年目には100%、3年目には107%となり、間伐から数年で間伐前の状態に回復することが明らかとなりました(図2)。
間伐後におけるスギ林の辺材(*2)面積の変化は小さいため蒸散量の回復に与える影響は小さく、樹液流速の増大が主要な要因であることが明らかとなりました。特に、辺材の深部を流れる樹液流速が間伐後に著しい増加を示すとともに、夜明け後の増加傾向がより鋭敏となりました(図3)。このことは、過去の研究で指摘されているように、辺材の深部を流れる樹液が樹冠下部の葉に供給されることと矛盾しません。間伐によって樹冠下部の日当たりが改善した結果、辺材深部を流れる樹液流速が増大し、その応答も鋭敏になったものと考えられます。
以上のことは、間伐がスギ林の蒸散量に与える影響の継続期間の重要性とともに、その評価における辺材深部の樹液流速データの必要性を示すものです。間伐直後のデータをその後の期間にも適用すると、水源かん養機能に影響を及ぼす蒸散量の減少が長期間継続することになります。しかし、実際は数年後にスギ林の蒸散量が回復したことから、間伐による蒸散量への影響は長期間継続しないことを念頭において森林施業と多面的機能のバランスを検討する必要があります。
図1 蒸散と樹液流速の関係。根系から吸水された水が樹液流として葉に到達し、蒸散されます。樹液が流れる部位を辺材、流れていない部位を心材と呼びます。辺材の浅部と深部に熱消散法のセンサーを設置して、樹液流速を計測しました。このセンサーをスギ林の全個体に設置し、それらのデータを統合して解析することで、スギ林の蒸散量を評価しました。
図2 間伐後におけるスギ林の蒸散量の変化。間伐直後の1年目は71%に減少しましたが、間伐2年目・3年目には間伐前のレベルに回復しました。
図3 樹液流速の日変化。辺材浅部、深部ともに間伐後に樹液流速が大きくなりましたが、深部でより顕著な変化を示しました。
今後の展開
水源かん養機能に与える間伐の影響を正しく理解するためには、間伐後の辺材深部を含む継続したモニタリングが必要不可欠であることが分かりました。この視点に立って計測計画を練ることによって、今後実施される間伐の影響評価の精度を向上させることが可能になります。
水源かん養機能に影響を及ぼすものとして、蒸散量のほかにも、遮断蒸発量(*3)と林床面蒸発量(*4)がありますが、これらのプロセスも間伐によって変化することが知られています。間伐によるこれらの変化を総合的に解明するための研究が求められます。また、地球温暖化に起因する夏季の高温現象や降雨の極端化によって間伐による影響が変化する可能性も考慮しながら、水源かん養機能が継続的に発揮される森林管理の実現に向けて研究を継続していきます。
論文
論文名:Effects of forest thinning on sap flow dynamics and transpiration in a Japanese cedar forest
著者名:Shin’ichi Iida(飯田真一), Shoji Noguchi(野口正二、国際農林水産業研究センター), Delphis F. Levia(米国デラウェア大学), Makoto Araki(荒木誠), Kyohei Nitta(新田響平、秋田県林業研究研修センター), Satoru Wada(和田覚、秋田県林業研究研修センター), Yoshito Narita(成田義人、秋田県農林水産部), Hiroki Tamura(田村浩喜、秋田県林業研究研修センター), Toshio Abe(阿部俊夫), Tomonori Kaneko(金子智紀、秋田県林業研究研修センター、公益財団法人秋田県林業労働対策基金)
掲載誌:Science of the Total Environment
DOI:10.1016/j.scitotenv.2023.169060
研究費:農林水産省技術会議委託プロジェクト研究「農林水産分野における気候変動対応のための研究開発」、農林水産省技術会議事業環境省 地球環境保全試験研究費(MAFF1942)、JSPS科研費JP21H05316およびJP22H02396,
共同研究機関
国立研究開発法人国際農林水産業研究センター、秋田県林業研究研修センター、秋田県農林水産部、公益財団法人秋田県林業労働対策基金、米国デラウェア大学
用語解説
*1 熱消散法
樹液流速の測定法の一つ。幹にヒーターを挿入して熱を常時発生させると、日中は蒸散に伴って樹液が上昇してくるために、温度が低下します。この温度変化に基づいて、樹液流速を評価します。
*2 辺材
幹断面において中心部付近は色が濃いのに対し、樹皮に近い部分は淡い色を示すことが多い。この色が淡い部分が辺材であり、根から吸い上げられた水分の移動経路となっています。これに対して、色が濃い部分が心材であり、水分通道の機能は停止しています。
*3 遮断蒸発
森林に降った雨の一部は葉や枝に接触し、大気中へ蒸発します。この現象を遮断蒸発と呼びます。
*4 林床面蒸発
森林内の地面(林床面)から発生する蒸発量を林床面蒸発と呼びます。
お問い合わせ先
研究担当者:
森林総合研究所 森林防災研究領域 水保全研究室 主任研究員 飯田真一
広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係