複雑有機分子が極低温の分子雲内でできる過程を量子化学計算で検証

ad

2023-09-15 国立天文台

複雑有機分子が極低温の分子雲内でできる過程を量子化学計算で検証
図1:今回の研究で得られた、低温の星形成領域内で複雑有機分子(ジメチルエーテル、ギ酸メチル)ができる反応経路のイメージ。(クレジット:ABC、背景画像:ESO)

概要:

アストロバイオロジーセンターの小松勇特任研究員と国立天文台の古家健次特任助教によって、星間空間で検出される代表的な複雑有機分子であるジメチルエーテルとギ酸メチルが生成される過程を、量子化学に基づく反応経路自動探索法を用いて検証しました。その結果、それぞれの分子について極低温(~10K)の分子雲内で反応が進行し得る経路を発見しました(図1)。本研究は理論化学に基づいてエネルギー的に実現しやすい反応経路を探索する数値シミュレーションを天文学に応用するもので、複雑有機物が観測される裏で何が起こっているかを理解するのに役立つ成果であると言えるでしょう。本研究成果は、米国の科学誌『ACS Earth and Space Chemistry 』のオンライン版に2023年8月17日付で掲載されました。

研究背景:

大質量・小質量原始星形成領域には100 K以上(注1)に達する高温な領域が存在し、多様な複雑有機分子が検出されています。ジメチルエーテルやギ酸メチル(図2)は星が誕生しつつある分子雲コアで典型的に観測されている複雑有機分子で、星形成後の高温な(>100 K)気相中の化学反応や、暖められたダスト表面(>20 K)におけるラジカル化学反応が主な生成法であると考えられてきました。しかし、近年になって、10 K程度の極低温のまだ星が生まれていない分子雲コアにおいても、これらの分子が観測されるようになり、これらの分子がどのようにして生成されているのかを再検討する必要が出ています。ジメチルエーテルに関しては気相中における放射結合(注2)による生成が考えられていますが、低温環境で観測されている量を説明するまでには至っていません。また、ギ酸メチルの生成過程についてはそもそもあまり研究されていませんでした。

図2:ジメチルエーテルとギ酸メチルの構造式。

研究成果:

極低温下におけるジメチルエーテルとギ酸メチルの生成過程を明らかにするために、量子化学(注3)の遷移状態理論(注4)に基づく化学反応経路自動経路探索法(Komatsu and Suzuki, ACS Earth Space Chem.,  2022においても同様の手法を採用)を用いて、これらの分子が電子基底状態(注5)のままエネルギー的に生成されやすい経路を調べました。この手法ではこれらのターゲット分子に対してそれぞれ、取り得る構造のエネルギープロファイルを完成させていきます。1つのターゲット分子が2つの分子に別れたところで、逆にターゲット分子までの生成経路をピックアップし、より外部エネルギーを要さない経路を抽出するという方式を採用しました。

計算の結果、どちらの分子についても、反応障壁のない、気相発熱反応による生成経路が発見されました。ジメチルエーテルについては得られた反応ネットワークから(図3)、CH3OとCH3からの生成経路が発見されました。これは部分的には先行研究で推定されており、これらと整合的でより包括的な経路が得られました。一方、ギ酸メチルについてはより複雑な生成経路が推定されました。反応障壁なしで進行する経路も発見されましたが、主な生成物は二酸化炭素やメタンなどで、ギ酸メチルはあくまで副産物であることがわかりました。ギ酸メチルに関しては、気相反応のみならず、ダスト表面反応など他の反応経路の方が重要なのかも知れません。このように、本研究によってこれらの複雑有機分子が極低温においても生成しうる経路が理論化学的に予言され、複雑有機分子が如何にして生成されているのかの全貌を解明する上で基礎的な指針となるでしょう。

図3:今回発見されたジメチルエーテルを生成する反応ネットワークの一部。エネルギーの高い分子(赤)がより安定な分子(青)になる。

今後は得られた有望な反応ネットワークと反応速度式に基づくモデルを接続して、星間空間における複雑有機分子の量を推定することも理論・観測を比較する観点で重要です。また、今回は気相反応に限定した計算を行いましたが、ダスト表面反応についても同様な研究を行うことは量子化学計算による評価として有用でしょう。

注釈:

(1) 摂氏0 ℃は273.15 K。100 Kは-173.15 ℃。

(2) 気相中で原子や分子が衝突し、電磁波を放射して安定した分子を形成する現象。英語ではradiative association。

(3) 量子力学を化学の諸問題に応用した分野のことである。 量子化学計算によって系の波動方程式を解くことにより、系の物性や反応性を調べることができる。

(4) ある反応物と生成物の間に、その中間の構造である遷移状態を同定し、これらのエネルギーを評価することにより反応の進行しやすさを推定する。

(5)  原子分子においてエネルギーの最も低い電子配置。例えば、星からの光が分子に作用すると、エネルギーの高い電子励起状態になる。本研究ではこの励起状態は扱わない。

論文情報:

雑誌:ACS Earth and Space Chemistry

タイトル: The Automated Reaction Pathway Search Reveals the Energetically Favorable Synthesis of Interstellar CH3OCH3 and HCOOCH3

著者:小松 勇(1),(2), 古家 健次(2)
(1)アストロバイオロジーセンター, (2) 国立天文台

DOI:10.1021/acsearthspacechem.3c00117

論文リンク:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsearthspacechem.3c00117

1701物理及び化学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました