結晶にはないガラス特有の粒子の微小な動きの起源を解明

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2023-04-21 東京大学先端科学技術研究センター

発表のポイント
  • ガラス状の固体は、結晶とは異なり、構造緩和が凍結した状態においてもゆっくりと安定な状態に遷移する緩和過程を示すというユニークな性質を持つ。これまでは、微視的な実空間情報がなかったため、このような残存する緩和の性質は理解されていなかった。
  • 機械的な駆動下での2次元粉体系のダイナミクスを長時間観察することで、ガラスの内部での遅い緩和の起源となる粒子運動を直接可視化することに成功した。
  • ガラス状固体の内部でおきる緩和の性質に関する新たな知見を提供し、ガラスの長時間安定性の向上や望ましい機械的性質を持つ新材料などの開発につながると期待される。

結晶にはないガラス特有の粒子の微小な動きの起源を解明

ガラス転移点近傍で観察された粒子運動の例

発表概要

東京大学先端科学技術研究センターの田中肇シニアプログラムアドバイザー(特任研究員/東京大学名誉教授、研究開始当時:東京大学生産技術研究所教授)、復旦大学のタン ペン准教授らの共同研究グループは、ガラス状態のモデル系として、磁石の円盤からなる2次元のモデル系を用い、それに磁場により摂動を与えることで、ガラス固体の内部の粒子の運動のメカニズムを明らかにしました。

液体が固体になると、その粒子は自由に動き回ることができなくなります。ガラスのように、固体になったとしても、長時間の間粒子位置が変化しない結晶とは大きく異なり、粒子はゆっくりとした微妙な動きをする場合があります。このゆっくりした動きのひとつが「遅いβ緩和」と呼ばれるもので、その機構をめぐっては長年論争が続いてきました。

本研究グループは、ガラス内部の微小な粒子の運動を前述のモデル系を用いることで(図1)、直接可視化することに成功しました(図2)。その結果、ガラス転移に近づくにつれ、粒子が周りの粒子に囲まれた状態から脱出する構造緩和(α緩和)と呼ばれる運動が困難になり、それに伴い、制限を受けた遅い動的な粒子運動モードが出現することを発見し、これが遅いβ緩和の正体であることを明らかにしました。つまり、粒子間の結合が固くなることで、ガラスの構造緩和が凍結されるものの、残された自由度のもとで起きるゆっくりとした微小な粒子運動である遅いβ緩和が誘起されることがわかりました。

ガラスにおいて起きる内部運動を直接観察するための実験装置の模式図

図1:ガラスにおいて起きる内部運動を直接観察するための実験装置の模式図
磁石の円盤が詰められた円形状のセルの下面にある磁石の貼り付けられた正方形の板をスライドさせることで、ガラスにおいて起きる内部運動を直接観察することができる。

ガラス転移点近傍で観察された粒子運動の例

図2:ガラス転移点近傍で観察された粒子運動の例
結晶化を防ぐために大きさの異なる2種類の円盤を混ぜた系を用いている。円盤の大きさは、大きいほうが10mm、小さいほうが7 mm。Nbは、いくつの粒子が隣の粒子と交換したかを表す。Nbが大きいほど粒子の運動が大きいことを示す。


本研究の結果は、すべての粒子間結合が拘束される結晶化とは異なり、無秩序状態にあるガラス化は、α緩和を凍結させ弾性が出現するものの、拘束されていない結合が残っているため、ゆっくりとした内部運動である遅いβ緩和が現れることが明らかになりました。

本研究は、ガラス状固体の内部緩和の性質に関する新たな知見を提供し、ガラス状態の基礎的理解に資するのみならず、望ましい機械的性質や長期安定性を持つ新材料の開発につながる可能性があると期待されます。

本成果は2023年4月20日(英国夏時間)に「Nature Physics」のオンライン速報版で公開されました。

発表内容

液体を十分ゆっくり冷却すると結晶になりますが、ある程度以上の速度で冷却すると液体のような不規則な粒子配置のまま固まったガラス状態の固体が形成されます。結晶もガラスも固体的な性質を示し、我々の身の回りで固体材料として広く用いられています。しかし、ガラスは熱平衡状態(注1)にある結晶に比べ不安定であり、長時間の間にその寸法や硬さなどの性質が変化する、いわゆるエイジングと呼ばれる現象が起きたり、時には脱硝と呼ばれるガラス状態からの結晶化が起きたりします。つまり、ガラス状態においては、液体で見られるような粒子の位置が大きく変わるような運動(構造緩和またはα緩和と呼ばれる)は抑制されているものの、微小なスケールでの内部運動(遅いβ緩和と呼ばれる)が残っていると考えられます。しかし、後者は、微小なスケールで起きるわずかな運動であるため、その詳細は長年、謎に包まれてきました。この問題は、ガラス状態にある固体の理解という基礎的な重要性のみならず、ガラスの長期安定性という応用面でも極めて重要な問題であり、その解明が待たれていました。

そこで、本研究グループは、磁場により粒子運動を誘起することができる2次元の磁石の円盤からなる粉体(注2)系をモデル系として用い(図1)、その内部運動を長時間観察することで、ガラスの内部緩和の素過程を直接可視化することに成功しました(図2)。その結果、ガラス転移に近づくにつれ、粒子間に固い結合が生まれることで粒子が周りの粒子に囲まれた状態から脱出する「カゴ破りの運動」が凍結されるものの、このような固い結合による力学的制限のもとで別の粒子運動モードが出現することを発見しました。このように、液体状態には存在しない固い力学的粒子間結合の出現が、構造緩和を凍結させながらも、構造の不規則性のため完全な運動の凍結には至らず、粒子に運動の余地が残ることになります。このゆっくりとした運動が、長年の謎であった遅いβ緩和をもたらす起源である可能性が示されました。

また、粒子間の相互作用のタイプが、この遅いβ緩和に大きく影響することも明らかにされました。相互作用が、短い距離にしか及ばない剛体的な場合には、遅いβ緩和が抑制され、長い距離まで及ぶソフトな場合には、明確な遅いβ緩和が観測されることが示されました。

本研究の結果は、すべての結合が力学的に拘束される結晶化とは異なり、無秩序な粒子配置を保ったまま構造が凍結するガラス化は、力学的自己組織化(注3)の結果、固い粒子間結合の形成とそのパーコレーション(注4)により固体的な弾性が出現するものの、拘束されていない結合が残っているため、ゆっくりとした内部運動である遅いβ緩和の余地が残ることがわかりました。

本研究の成果は、ガラス状固体の内部緩和の物理的性質に関する新たな基礎的な知見を提供するとともに、ガラスの長時間の安定性や望ましい機械的性質を持つ新材料の開発につながることが期待されます。

発表者
東京大学先端科学技術研究センター
田中 肇(シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/東京大学名誉教授)
〈研究開始当時:東京大学生産技術研究所(教授)〉
復旦大学 物理学科
タン ペン(准教授)
チェン ヤンシャン(博士研究員)
イェ ゼファン(大学院生)
ワン ケシン(大学院生)
ファン ジピン(大学院生)
中国科学技術大学
トン フア(准教授)
中国科学院
ジン ユリアン(准教授)
チェン ケー(准教授)
論文情報
雑誌:
Nature Physics(4月20日)
題名:
Visualizing slow internal relaxations in a two-dimensional glassy system
著者:
Yanshuang Chen, Zefang Ye, Kexin Wang, Jiping Huang, Hua Tong, Yuliang Jin, Ke Chen, Hajime Tanaka*, and Peng Tan*(*責任著者)
DOI:
10.1038/s41567-023-02016-4
研究助成

本研究は、文部省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)熱平衡状態
熱的、力学的、化学的に時間変化のない安定な状態。

(注2)粉体
熱的な揺らぎが無視できる程度大きなサイズを持つ粒子の集合体。

(注3)力学的自己組織化
あるランダムな状態にある構成要素が、構成要素間に働く力学的な相互作用により自発的に特定の安定な構造を形成する現象。

(注4)パーコレーション
全系の端から端までネットワーク状につながりあうこと。

問合せ先

東京大学名誉教授
東京大学先端科学技術研究センター
シニアプログラムアドバイザー(特任研究員) 田中 肇(たなか はじめ)

1700応用理学一般
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