有機物質で初めてのトポロジカル絶縁体を発見~外場制御の容易な新しい有機エレクトロニクス材料の開拓へ~

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2023-04-20 東京大学,大阪大学

発表のポイント
  • これまで実現困難と考えられてきた有機物質を使ったトポロジカル絶縁体を発見しました。
  • 本物質は、巨大な負の磁気抵抗や電場による電子状態のスイッチングなど、通常のトポロジカル絶縁体にはないユニークな機能を備えていることを明らかにしました。
  • 今回の発見は、トポロジカル材料の高速応答性や外場制御性と、安価で柔軟性のある有機物質の特徴を併せ持つ、新たな機能性材料の開発に繋がると期待されます。

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有機トポロジカル絶縁体の結晶構造と電気抵抗の温度依存性

発表概要

東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設の野本哲也特任研究員、今城周作特任助教、小濱芳允准教授らは、大阪大学大学院理学研究科の圷広樹准教授、中澤康浩教授との共同研究により、二次元有機伝導体(注1)においてトポロジカル絶縁体状態が実現していることを実験的に明らかにしました。

トポロジカル絶縁体は表面が金属、内部が絶縁体という特殊な伝導性を持つ物質であり、量子コンピュータや超省電力デバイスへの応用が期待されています。特に、安価で柔軟性のある有機物質を用いた「有機トポロジカル絶縁体」は、トポロジカル材料の実用化に向けた重要な課題として世界的に探索が行われています。理論研究では様々な化合物が有機トポロジカル絶縁体の候補物質として提案されてきましたが、実験的に確かめられた例はこれまで存在せず、長い間実現は困難であると考えられてきました。

研究グループは、有力な候補物質の一つである有機伝導体α-(BETS)2I3の輸送特性を詳細に調査することで、本物質が絶縁体表面に金属状態が存在するトポロジカル絶縁体であることを示しました。これは現実の物質で有機トポロジカル絶縁体が実証された初めての例になります。また本物質では、通常のトポロジカル絶縁体では観測されない負の磁気抵抗効果(注2)や巨大非線形伝導(注3)などのユニークな物性を示すことも明らかになり、外場制御が容易な機能性材料として高い応用可能性があることも分かりました。今回の発見を元に、有機物質をベースにした新しいトポロジカル材料開発への展開が期待されます。

本成果は英国科学誌のNature Communicationsにおいて、2023年4月20日(現地時間)にオンライン掲載されました。

全文PDF

発表内容
① 研究の背景

トポロジカル絶縁体は、内部は絶縁体ですがその表面は伝導性を持つ金属となるという、従来の金属や半導体、絶縁体の定義から逸脱した特殊な物質です。表面に存在する電子は不純物の影響を受けにくい・スピン流を運ぶなどの特徴を持つことから、量子コンピュータやスピントロニクスなどへの応用が期待されています。これまでに発見されたトポロジカル絶縁体は全て無機物質から構成され、有機物質を用いたトポロジカル絶縁体は報告例がありませんでした。有機物質からなる有機導体や有機半導体は軽量で安価、柔軟性に優れるといった特徴を持ち、現在でもさまざまな電子部品に応用されています。もし有機物質でトポロジカル絶縁体を実現できれば、トポロジカル物質の産業応用が飛躍的に進展することが期待されます。一般にトポロジカル絶縁体は構成元素の持つスピン軌道相互作用(注4)によって実現されるため、スピン軌道相互作用の非常に弱い有機分子では、トポロジカル絶縁体状態の形成は非常に困難です。このような背景から、長年にわたる実験的な探索にもかかわらず、有機トポロジカル絶縁体の発見に至った例はこれまでありませんでした。

② 研究の内容

本研究では、二次元有機伝導体の一つであるα-(BETS)2I3という物質に着目しました(図1)。この物質は室温では金属であり、低温では絶縁体に変化することが以前から知られていましたが、この絶縁化の起源は未解明の問題でした。近年の理論研究により、この物質の低温相は電子の多体効果(強相関性)に由来する新しいタイプのトポロジカル絶縁体状態ではないかという提案がなされました。そこで本研究グループは、本物質の輸送特性を詳細に調べることで理論の検証を行いました。

fig2

図1 α-(BETS)2I3の結晶構造

まず本物質の電気抵抗の温度依存性と端子配置による違いなどを調べました。図2(a)に抵抗測定の概略図を示します。表面状態を調べるため、外部から電流を加えてその間の電圧を読みとる通常の抵抗測定(図2①)に加えて、表面伝導の効果が強く表れる結晶の裏面(図2②)や電流端子の外側(図2③)に配置された端子による抵抗測定も併せて行いました。通常の絶縁体の場合、電気抵抗は温度の低下と共に指数関数的に上昇しますが、この物質では10-40Kの領域で凹状の異常が観測され、極低温では抵抗上昇が緩やかになっていきます(図2(b))。また、端子配置②および③の測定では10K以下で抵抗が一定値に飽和するような温度依存性が観測されました。電気抵抗が低温で飽和する挙動は表面に金属伝導が存在する物質に見られる特徴であり、本物質の低温電子状態がトポロジカル絶縁体であることを示唆しています。

fig2

図2 電気抵抗測定の概略図と抵抗値の温度依存性
(a)抵抗測定における端子配置。①: 通常の抵抗測定。試料に電流を流して電流端子間の電圧を測定する。トポロジカル絶縁体の場合、伝導的な表面の抵抗と絶縁体である内部の抵抗の合成抵抗が得られる。②および③: 表面伝導が存在する場合、結晶表面を回り込むように電流が流れる。この経路に沿って抵抗を測定すると表面伝導の寄与が強く観測される。(b)三つの端子配置で観測した電気抵抗の温度依存性。図中の抵抗値は室温での値で規格化したもの。


次に有機トポロジカル絶縁体に特徴的な物性を観測するため、電気伝導性に対する外場の影響を調査しました(図3)。まず、磁場と電流が平行になるように印加すると、磁場の自乗に比例する巨大な負の磁気抵抗が観測されることが分かりました。これは“カイラル磁気異常効果”(注5)と呼ばれる相対論的な効果として解釈され、質量0の粒子として振舞う電子が存在することを示しています。さらに、結晶に大きな電流を印加することで絶縁体状態を壊し、全体が金属の状態へとスイッチングする特徴(巨大非線形伝導性)も明らかになりました。これらの外場応答性は通常のトポロジカル絶縁体では観測されない特徴であり、従来の機構とは異なるメカニズムでトポロジカル絶縁体状態が実現していることを示すとともに、有機トポロジカル絶縁体が外場によって物性制御可能なトポロジカル材料として有望であることを示しています。

fig3

図3 α-(BETS)2I3の特異な磁場・電場応答性
(a)低温における磁気抵抗効果。電流と平行になるように磁場を印加すると、カイラル磁気異常効果による負の磁気抵抗効果が観測される。(b)電流-電圧特性の温度変化。低温絶縁相では電流-電圧測定がオームの法則に従わず、電流が増加すると電圧が減少する。

③ 今後の展望など

今回の結果は、理論上の存在であった有機トポロジカル絶縁体が存在していることを初めて示した実験結果であり、トポロジカル絶縁体が実現するメカニズムの解明に向けて重要な知見を与えます。また、磁場や電場といった外部パラメータによってその物性が劇的に変化するという、デバイス材料として魅力的であるという新たな側面も明らかにしました。今後は有機物質を用いたトポロジカル材料開発が加速度的に進展していくと予想でき、トポロジーと電子相関効果の協奏する新しいトポロジカル材料の開発に繋がると期待されます。

発表者
  • 東京大学 物性研究所 附属国際超強磁場科学研究施設
    野本 哲也(特任研究員)
    今城 周作(特任助教)
    小濱 芳允(准教授)
  • 大阪大学 大学院理学研究科 化学専攻
    圷  広樹(准教授)
    中澤 康浩(教授)
論文情報

雑誌:Nature Communications
題名:Correlation-driven organic 3D topological insulator with relativistic fermions
著者:Tetsuya Nomoto*, Shusaku Imajo, Hiroki Akutsu, Yasuhiro Nakazawa, Yoshimitsu Kohama (*責任著者)
DOI:10.1038/s41467-023-37293-3

研究助成

本研究は、JSPS科研費「18J20362」、「21K20347」、「22H00104」の支援により実施されました。

用語解説
(注1) 有機伝導体
電気を流す有機分子性の物質のこと。一般的に、伝導性を担う有機分子層と絶縁性の対イオン層が交互に積層した結晶構造を持つ。
(注2) 磁気抵抗効果
磁場によって電気抵抗が変化する現象を指す。通常の電子の場合、磁場がかかるとローレンツ力によって直進が妨げられるため、抵抗が上昇する正の磁気抵抗が観測される。ディラック粒子と呼ばれる特殊な電子が存在する場合、相対論的効果により巨大な負の磁気抵抗が観測され、磁場中で電気抵抗が減少する。
(注3) 非線形伝導
一般的な金属や絶縁体の場合、電圧Vと電流Iとの間には比例の関係がある(オームの法則)。しかし一部の物質では電流と電圧が比例関係(線形)にならない場合がある。このような現象は非線形伝導と呼ばれ、ダイオードなどに応用されている。
(注4) スピン軌道相互作用
電子が持つスピン角運動量と軌道角運動量の相互作用のことを指す。一般に、重金属などの重い元素は強いスピン軌道相互作用を持ち、トポロジカル絶縁体を作りやすい傾向を持つ。
(注5) カイラル磁気異常効果
ディラック粒子やワイル粒子と呼ばれる特殊な電子はカイラリティ―の自由度(電子の運動量とスピンの向きが平行か、または反平行か)を有するため、カイラルな粒子とも呼ばれる。カイラルな粒子の存在下では、電流と同方向に磁場を印加すると相対論的効果による電流が発生し、電気抵抗の低下(負の磁気抵抗)が観測される。
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