スーパーコンピュータ「富岳」を用いた大規模電磁波シミュレーションのクラウドサービス化の有効性を実証

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宇宙分野や都市交通での最新の社会課題解決に寄与

2022-07-21 富士通株式会社

富士通株式会社は、スーパーコンピュータ「富岳」(注1)のクラウド環境で当社の電磁波解析ソリューション「Poynting for Microwave(以下、Poynting)」を動作させ、宇宙分野や都市交通での最新の社会課題に対する大規模電磁波シミュレーションを2022年1月から3か月間実施し、2022年7月にかけて、クラウドサービス化の有効性を確認しました。

宇宙分野については、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA) 宇宙科学研究所様においてX線宇宙望遠鏡における電磁波干渉問題の定量評価を実施し、また、交通分野においては、当社にて複雑な形状の設置物の影響まで考慮した5Gにおける路車間通信の品質評価を行ったところ、これまでの近似解法(注2)では不可能だった複雑で大規模な電磁波問題に対して、HPCクラウド環境を活用することで厳密なシミュレーションを可能にすることを確認できました。

富士通株式会社は、「Poynting」の高精度な電磁波解析能力を活かした電磁波障害対策やコンサルティングなどのサービスを、高度なコンピューティング技術を誰でも容易に利用できる「Fujitsu Computing as a Service(以下、CaaS)」の一つとして2023年度に提供することを目指します。そして、サステナブルな世界の実現を目指す「Fujitsu Uvance」のもと、人と地球が共存し持続可能な成長を支える「Sustainable Manufacturing」の取り組みを進めていきます。

背景と技術課題

電子機器、自動車、宇宙機器に至る産業界の広範なものづくり分野において、電子部品間や通信装置間における電磁波干渉などの電磁適合性問題を評価するため電磁波解析への需要が増しています。また、無線通信分野では、5Gサービスの開始に伴い、高度道路交通システム(ITS)(注3)における車車間、路車間など、交通安全、事故防止を目的とした都市モデル規模の広範囲での通信品質を評価するための電磁波解析にも高い需要があります。このような複雑または広域で大規模な電磁波問題の厳密なシミュレーションを行うためにはHPC環境が必須であることから実施できるユーザーが限られており、HPC環境を利用できないユーザーは、解析精度が制限される近似解法を用いたシミュレーションを実施せざるを得ないという課題がありました。

上記の課題を解決するため当社は、厳密解を求めることができるFDTD法(注4)を採用した当社の電磁波解析ソリューション「Poynting」を、誰でも容易に利用できるクラウド型アプリケーションサービスとして提供する予定であり、今回、同サービス提供に向けた実証実験として、スーパーコンピュータ「富岳」をクラウド上で用いて、以下2つの分野を対象に、「Poynting」を活用した大規模電磁波シミュレーションの検証を行い、その有効性を確認しました。

検証概要

1.最新のX線宇宙望遠鏡における電磁波干渉問題の定量評価

(JAXA 宇宙科学研究所様による利用事例)

JAXA宇宙科学研究所様が2022年度中に打ち上げ予定のX線分光撮像衛星 XRISM(注5)には、広い視野をもつX線撮像器と極低温に冷やされたX線分光器(注6)が搭載されています。X線分光器は、微小なエネルギーの入力に対して非常に高い感度を持つため、天体の観測性能に影響を及ぼさないよう、天体以外の信号、特に地上との通信電波の混入によるX線分光器への雑音の影響を極小化する必要があります。通常、このようなリスクは打ち上げ前の衛星試験で検証しますが、極低温に冷やされたX線分光器は真空槽に保持する必要があり、大気がある地上ではその蓋を開けられないため、地上の実験では宇宙空間と同様の観測状態を実現できず、これまで十分な検証ができませんでした。

そこで、スーパーコンピュータ「富岳」のクラウド環境で「Poynting」を活用することで、複雑な衛星の詳細構造をモデル化するとともに、そのデータを元に、これまで不可能であった真空槽の蓋を空けた状態を再現した大規模電磁波シミュレーションを可能にしました。これにより、JAXA宇宙科学研究所様は、通信用アンテナからX線分光器を収める真空槽のX線入射部に回り込む雑音となる電磁波の衛星内での強度の定量評価に成功し、軌道上でも観測性能に問題ないレベルにあることが確認できました。

  • 解析対象:X線分光撮像衛星 XRISM
  • 解析規模:最大1,935億格子
  • 解析時間:3時間

スーパーコンピュータ「富岳」を用いた大規模電磁波シミュレーションのクラウドサービス化の有効性を実証図1 XRISM衛星と電波強度計算結果

2.5Gを想定した路車間通信の通信品質評価

都市空間での車車間、路車間通信の通信品質は、通信距離のほか、周辺の建物や路上設置物、他車両などによって影響を受けます。その影響は通信速度の向上に伴って大きくなるため、高速な5Gにおける通信安定化の実現に向けた通信品質の評価が重要となりますが、近似解法によるシミュレーションでは、複雑な形状の建物や設置物などの影響を考慮することは不可能でした。

そこで、当社は、「Poynting」を用いたクラウド環境での大規模電磁波シミュレーションにより、建物や路上設置物、自動車などの複雑な形状の影響を考慮しながら、交差点に設置された送信機と自動車に搭載された受信機間の路車間通信の通信品質評価を実施しました。その結果、都市モデル規模の広範囲な解析領域において、波長オーダ(注7)の複雑な形状まで考慮した厳密な電磁波シミュレーションを実現でき、複雑な形状の建物や設置物などの影響を考慮できることを確認しました。また、各自動車の受信アンテナが交差点に設置された送信機から受信する電波の強度や遅延スプレッド(注8)をFDTD法シミュレーションで直接算出し、厳密な通信品質評価を実現しました。

  • 解析対象:路上や周辺の設置物の詳細を含めた交差点周辺都市モデル
    (川崎市中原区、JR南武線武蔵中原駅前交差点を対象)
  • 解析規模:1兆格子
  • 解析時間:約3時間

図2 解析モデル概観
図2 解析モデル概観

図3 解析結果:電界強度分布(4.7GHz)
図3 解析結果:電界強度分布(4.7GHz)

動画1 解析結果:遅延スプレッド(単位:ナノ秒)
動画1 解析結果:遅延スプレッド(単位:ナノ秒)

JAXA宇宙科学研究所 准教授 辻本 匡弘様からのコメント

これまで計算的には困難だと考えられてきた、全衛星のCADモデルを用いた高周波シミュレーションを単一ソルバーでできたことは、衛星設計における大きな技術的進歩です。XRISM 衛星プロジェクトにおいても、本シミュレーションの結果は、未検証のリスクを定量評価し、設計の妥当性を検証する上で、大きな役割を果たしました。

謝辞

本解析は、スーパーコンピュータ「富岳」クラウド的利用形態の実証に関する共同研究プロジェクト「富岳ISV利用環境の整備・実証」の一環として、国立研究開発法人理化学研究所様より計算資源の提供を受け、実施しました(課題番号:ra010012)。

商標について

記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。

注釈

注1 スーパーコンピュータ「富岳」:
スーパーコンピュータ「京」の後継機として理化学研究所に設置された計算機。2020年6月から2021年11月にかけて世界のスーパーコンピュータに関するランキングの主要4部門において4期連続で1位を獲得するなど、世界トップクラスの性能を持つ。2021年3月9日から共用開始。

注2 近似解法:
厳密解を求めることが困難な問題に対し、現実的な時間でなるべく良い解を効率よく得るために用いられるが、ある条件制約のもと近似を行っており、厳密解に近い計算結果を得られるのはその条件制約を満たす場合に限られ、満たさない場合は正確な計算結果は得られない。

注3 高度道路交通システム(ITS):
Intelligence Technology System。最先端の情報通信技術を用いて「人」、「道路」、「車両」を一体のシステムとして構築することにより、ナビゲーションシステムの高度化、有料道路等の自動料金収受システムの確立、安全運転の支援、交通管理の最適化、道路管理の効率化などを図るもの。

注4 FDTD法:
電磁波の挙動をコンピューターで計算する手法の一種で、Finite-Difference Time-Domain Methodの略称。マックスウェル方程式を時間と空間について差分法で解く厳密解法。

注5 X線分光撮像衛星 XRISM:
X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission。米国航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)の協力のもと2018年に開始された、JAXA宇宙科学研究所の7番目のX線天文衛星計画。長い方の全長が5~6メートルで8面筒状の形状からなるXRISMには、広い視野をもつX線撮像器と極低温に冷やされた世界最高の分光性能を持つX線分光器が搭載され、これらを使ってプラズマに含まれる元素やプラズマの速度を画期的な精度で測定し、星や銀河、銀河の集団がつくる大規模構造の成り立ちの詳細を明らかにする。

注6 X線分光器:
X線領域の電磁波が含まれる波長ごとに分解して検出する装置。

注7 波長オーダ:
電磁波の波長に近い長さのこと(例えば4.7GHzの場合、約6.4cm)。物体の形がこの長さ程度以下の複雑さを持つ場合、電磁波のシミュレーションでは近似解法を使うことができず、「Poynting」におけるFDTD法のような厳密解法で解かなければならない。

注8 遅延スプレッド:
デジタル通信における誤り率に影響する指標。値が大きいほど通信スループット速度が低下しやすくなる。

本件に関するお問い合わせ

富士通コンタクトライン(総合窓口)

1600情報工学一般
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