2025-02-10 東京大学
発表のポイント
- シクロヘキサノン等の脂肪族化合物から有用なフェノール等の芳香族化合物とエネルギー源となる水素分子を同時に作ることのできる、再使用可能なニッケルナノ粒子触媒を開発。
- これまでパラジウム等の高価な貴金属触媒が必要であったが、ナノ粒子触媒特有の協奏的触媒作用を巧みに利用することで、世界で初めて非貴金属固体触媒で本反応を実現。
- 酸化剤や添加剤を一切用いずに、安価で豊富に存在する非貴金属触媒により有用な芳香族化合物と水素分子が得られるため、従来の環境負荷の大きい化学プロセスを地球環境に調和したプロセスに置き替え、持続可能な世界の実現に貢献することが期待される。
非貴金属ナノ粒子触媒によりシクロヘキサノン等の脂肪族化合物から芳香族化合物と水素を同時合成
概要
東京大学大学院工学系研究科の谷田部孝文助教、山口和也教授、矢部智宏助教、松山剛大大学院生らによる研究グループは、世界で初めて非貴金属固体触媒のみを用いて、シクロヘキサノン等の脂肪族化合物(注1)から有用な芳香族化合物とエネルギー源となる水素の同時合成に成功しました。本研究では、これまでのニッケル錯体触媒におけるボトルネックを解消するため、一般的に有機反応開発で用いられる均一系金属錯体触媒(注2)とは異なる、不均一系担持金属ナノ粒子触媒(注3)特有の協奏的触媒作用(注4)に着目し、酸化セリウム担持ニッケルナノ粒子触媒を開発しました。これにより、酸化剤(注5)を用いずに、シクロヘキサノン等の脂肪族化合物を基質としたさまざまな芳香族化合物への脱水素芳香環形成反応(注6)をニッケル触媒で初めて達成しました。安価で地球に豊富に存在する再使用可能な非貴金属触媒により有用な芳香族化合物と水素分子を得る環境調和型反応を達成しており、持続可能な世界の実現に貢献することが期待されます。
発表内容
芳香族化合物は医薬品、農薬、液晶、染料、ポリマー等身の回りに遍在し、人類社会を支える重要な化合物群です。芳香族化合物の合成手法としては、他の芳香族化合物を基質とした分子変換反応が一般的ですが、芳香族化合物が基質であることに由来して、有害な試薬の使用や多段階の合成ステップ等が必要となることが多く、環境負荷の問題が生じる場合があります。そこで、近年では、シクロヘキサノン類をはじめとする脂肪族化合物を基質とした脱水素芳香環形成反応が芳香族化合物を合成する環境にやさしい新手法として注目されています。より環境調和的な脱水素芳香環形成反応の開発の観点からは、酸化剤を用いずに、エネルギー源にもなる水素分子を同時に製造して有害な廃棄物を出さないアクセプターレス(反応において基質から電子を受け取る物質を必要としない)脱水素芳香環形成反応が特に重要です。しかし、これまでにそのような報告例は少なく、高価で稀少なパラジウム等の貴金属触媒が必要であることが課題でした。
本研究では、パラジウムの同族元素(注7)であり、安価で豊富に存在する非貴金属のニッケルに着目しました。一般的に有機反応開発で用いられる均一系ニッケル錯体触媒では、β-水素脱離というステップが必要となりますが、このステップが起こりやすいかどうかはニッケルと脱水素を起こす炭素との位置関係等が影響するため、シクロヘキサノン類を基質とした脱水素芳香環形成反応の報告例はありませんでした。本研究では、錯体触媒とは異なり多点吸着・活性化が可能な不均一系担持金属ナノ粒子触媒特有の協奏的触媒作用を利用することでそのボトルネックを解消し、酸化セリウム担持ニッケルナノ粒子触媒がシクロヘキサノン等を基質としたさまざまな芳香族化合物への脱水素芳香環形成反応を、酸化剤や添加剤を一切用いずに効率的に進行させることを世界で初めて見出しました(図1)。
図1:本触媒系によるシクロヘキサノン類のアクセプターレス脱水素芳香環形成反応の概要
図左上から左下:酸化セリウム上の塩基点(–OH)を利用して、シクロヘキサノン類の脱プロトンとニッケルナノ粒子へのメタル化(ニッケルとの結合)が協奏的に進行する。
図左下から右下:複数のニッケル活性点を利用した協奏的β-水素脱離によってメタル化したシクロヘキサノン類からヒドリドが脱離し、二重結合(赤線で記載)をもつシクロヘキセノン類となる。
図右下から右上:ニッケルナノ粒子上に複数吸着したシクロヘキセノン類間における協奏的2電子/2プロトン移動により芳香族化合物であるフェノール類が生成し、残りのプロトンとヒドリドが結合して水素分子になる。
本非貴金属固体触媒は簡単な濾過により回収・再使用が可能であるほか、さまざまな芳香族化合物の合成に適用可能であり(図2)、フェノール類や第一級アニリン類、N,N-二置換アニリン類、N-ヘテロ芳香環化合物等が合成できます。さらに、本触媒系は酸化剤を用いずにアルコール酸化も行えるため、シクロヘキサノン類だけでなくシクロヘキサノール類を基質としても対応するフェノール類を合成することができました。
本研究成果により、身の回りに遍在する人類社会を支える芳香族化合物を、酸化剤や貴金属を用いることなく、エネルギー源となる水素分子を同時に作る脱水素芳香環形成反応により合成できるようになるため、従来の環境負荷の大きい化学プロセスを地球環境に調和したプロセスに置き替え、持続可能な世界の実現に貢献することが期待されます。また、本研究は、非貴金属触媒が本来もつ貴金属触媒に類似の機能を引き出すための新たな触媒設計指針を示しており、現在では貴金属触媒が必要な他の化学反応においても、安価で地球に豊富に存在する非貴金属触媒を用いた反応に置き替える研究を推し進めていきます。
図2:本触媒系において合成できた芳香族化合物の例(各構造の下の数値は収率、赤色が脱水素した箇所)
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻
谷田部 孝文 助教
山口 和也 教授
矢部 智宏 助教
松山 剛大 博士課程
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Ni-catalysed acceptorless dehydrogenative aromatisation of cyclohexanones enabled by concerted catalysis specific to supported nanoparticles
著者名:Takehiro Matsuyama, Takafumi Yatabe*, Tomohiro Yabe, Kazuya Yamaguchi*
DOI:10.1038/s41467-025-56361-4
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-56361-4
研究助成
本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:23KJ0669)」、「基盤研究(S)(課題番号:22H04971)」、「若手研究(課題番号:21K14460)」、JST「さきがけ(課題番号:JPMJPR227A)」、NEDO官民による若手研究者発掘支援事業、の支援により実施されました。
用語解説
(注1)脂肪族化合物
ベンゼン環のような芳香族性をもつ芳香族化合物以外の有機化合物。
(注2)均一系金属錯体触媒
反応する基質と同一の相に存在する触媒を均一系触媒といい、有機合成においては、主に金属1つが有機物の配位子と結合して形成される分子性の金属錯体が、有機溶媒中に溶けて均一系触媒として機能することが多い。
(注3)不均一系担持金属ナノ粒子触媒
反応する基質と異なる相に存在する触媒を不均一系触媒といい、有機合成においては、無機物で構成された溶けない固体触媒が、有機溶媒中に溶けた基質と触媒表面で反応する形式で不均一系触媒として機能することが多い。金属をナノメートルのオーダーの粒子にした金属ナノ粒子を金属酸化物等の担体上に高分散に固定化した触媒を担持金属ナノ粒子触媒といい、無機物で構成されているため一般的に不均一系触媒として機能する。
(注4)協奏的触媒作用
1つの素反応に複数の活性点が同時に関与して、化学結合の切断・形成が行われる触媒作用。特に多数の活性点をもつ担持金属ナノ粒子触媒において発現することが多い。
(注5)酸化剤
反応する基質から電子を受け取る試薬。
(注6)脱水素芳香環形成反応
脂肪族化合物から、脱水素反応により二重結合を形成し、ベンゼン環等をもつ芳香族化合物を合成する反応。
(注7)同族元素
周期表で同じ族に属する元素のことであり、よく似た性質を示すことが多い。ニッケルとパラジウムは同じ第10族に属する。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-025-56361-4