鮮やかに色づく亜鉛(Zn)化合物の合成に成功~安価・低毒性なZnを用いた可視光機能材料開発へ~

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2023-10-11 東京大学

○発表のポイント:
◆分子状の亜鉛(Zn)化合物であるZn錯体は一般的に無色であることが知られており、Zn化合物は可視光吸収性に乏しいことが教科書的にも常識とされてきた。
◆2つの亜鉛イオン(Zn2+)を1つの分子内に有する「Zn二核錯体」おいて、Zn-Zn距離を短く制御するシンプルな設計により、可視光吸収が可能となり、鮮やかな黄色に色づくZn錯体の創出に成功した。
◆本研究の成果は、Znを用いた可視光機能材料の設計指針を与えるものであり、可視光機能性Zn錯体の創出およびその材料応用(例えば、有機材料を合成するための光触媒や、照明やディスプレイにおける発光材料としての利用など)に貢献すると期待される。

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常識を超える亜鉛化合物:亜鉛イオンの近接配置による可視光応答性の発現

○発表概要:
東京大学 生産技術研究所の砂田 祐輔 教授、和田 啓幹 助教らの研究グループは、複数の亜鉛(Zn)原子を近づけるシンプルな分子設計により、従来困難とされてきた可視光吸収を示すZn錯体(注1)の創出に成功しました。
Znは、地球上に存在する安価で低毒性な金属であり、人類にとって価値の高い、重要な金属資源です。一般的に、Znは化合物中において、安定な二価のZn2+として存在しますが、それらは無色であることが広く知られております。例えば、代表的な無機化学の教科書の一つであるC. E. Housecroft and A. G. Sharpeらによる 「Inorganic Chemistry, 5th ed」にも「Since the electronic configuration of Zn2+ is d10, compounds are colourless.(日本語訳:Zn2+の電子配置はd10(注2)のため無色である)」と明記されています。物質が無色であることはすなわち、我々の目に届く可視光が物質に吸収されないことを意味するため、Zn錯体は可視光吸収を示さないことが、これまで化学の常識とされてきました。
今回、2つのZn原子を分子骨格内に有するZn二核錯体において、Zn2+間の距離を短く制御する設計により、可視光吸収を示すZn錯体の創出に初めて成功しました。さらに、このZn錯体は、低温において可視光発光性を示すことも見出されました。本研究により、Znはこれまでの常識に反し、可視光に対して吸収・発光を示す、可視光機能材料の中心金属として利用可能であることが示されました。本研究成果は、Znを利用した可視光機能材料開発に際して、その分子設計指針を与えるものであり、Znの材料応用範囲をさらに拡張するものと期待されます。
本研究成果は、2023年10月10日に独Wiley社が出版する総合化学雑誌である「Angewandte Chemie International Edition」誌にVery Important Paper(重要論文)として掲載されました。

○発表内容:
〈研究の背景〉
化合物が色づいて見える現象は、太陽光や白色照明の発する可視光の一部を化合物が吸収し、その色の補色を我々の目が化合物の色として認識することに由来します。元素周期表中3~12族に位置するdブロック元素は、配位子と結合した錯体状態において、その錯体が示す可視光吸収に基づき、様々な色に色づくことが知られています。しかし、12族元素であるZnは、dブロック元素の中で例外的に、可視光吸収を示さない無色の錯体を形成することが知られています。Znは錯体中において安定な二価の電子状態を有するZn2+錯体として存在しますが、代表的な無機化学の教科書の一つである、C. E. Housecroft、A. G. Sharpeらによる「Inorganic Chemistry, 5th ed」においても、「Since the electronic configuration of Zn2+ is d10, compounds are colourless.(日本語訳:二価亜鉛の電子配置はd10のため無色である)」と明記されており、Znの有するd10電子配置により、可視光吸収を示さないことが化学における常識とされてきました。一方、二つ以上のd10金属が近接する場合、金属間に相互作用が生じ、励起状態(注3)エネルギーが大きく変化することが知られています。実際に、10族や11族元素においては、これらの相互作用を利用した光物性の変調は数多く報告されております。しかし、12族元素のZn化合物においては、そのような報告例はありませんでした。

〈研究の内容〉
そこで研究グループは、2つのZn原子を有するZn二核錯体において、Zn原子間距離(dZn-Zn)を制御するシンプルな分子設計に基づき、励起状態エネルギーを緻密に制御することで、可視光吸収を示すZn2+化合物の創出に取り組みました。本研究では、まず、二種の類似したケイ素(Si)架橋配位子を用い、dZn-Znが大きく異なる二種類のZn二核錯体1および2を新規に設計・合成しました。(図1)

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図1 二種のSi架橋配位子を用いたZn二核錯体1、2の写真(左)、構造式(中)および単結晶X線構造解析により決定された分子構造とdZn-Zn(右)


錯体1は従来のZn2+錯体と同様に無色の化合物であった一方、錯体2においては、黄色に色づく化合物となりました。単結晶X線構造解析の結果、錯体1および錯体2におけるdZn-Znの値は大きく異なり、錯体1が約5.71 Åであった一方、錯体2は約2.93 Åと非常に短いdZn-Znを有することがわかりました。光物性評価および量子化学計算を組み合わせた解析の結果、錯体2においては短いdZn-Zn によってZn2+中心の空軌道(注4)間に相互作用が生じ、それに基づき励起状態エネルギーが大幅に低下することで、可視光吸収を実現したとわかりました(図2下)。一方の長いdZn-Znを有する錯体1においては、そのようなZn2+間の相互作用は観測されませんでした。このことは、量子化学計算に基づき求めた最低空軌道(LUMO)の分布図により視覚的にも理解でき、錯体1においては、1つのZn原子上に分布している一方、錯体2においては、2つのZn原子上にまたがって分布している様子が確認できます(図2上)。以上より、適切な配位子を用い、Zn2+間の距離を短く制御する分子設計を行うことで、可視光吸収を実現し、呈色するZn化合物が合成できることが明らかとなりました。

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図2 Zn二核錯体1、2のLUMOの分布図(上)およびZn間に働く相互作用の模式図(下)。錯体1が高エネルギーな紫外光のみを吸収する一方、Zn間に相互作用を有する錯体2は低エネルギーな可視光吸収が可能。


また、可視光吸収を示した錯体2は、液体窒素温度下において、青色光を照射すると、赤橙色の可視光発光を示すこともわかりました。本結果により、Zn2+錯体は可視光発光材料としても有望となる可能性が見出されました。

〈今後の展望〉
Znは、地球上に存在する安価で低毒性な金属であり、人類にとって価値の高い、重要な金属資源です。Znを利用した材料開発は有機合成化学や電池技術、生命科学といった広範囲な化学分野にわたって精力的に行われてきたにも関わらず、可視光機能材料の中心金属としての利用は長年の課題でした。可視光の利用は現代および次世代の我々の生活を支える基盤技術であり、照明やディスプレイ、太陽電池、医療用イメージング、またそれらに用いる材料合成のための光触媒など、様々なところで利用されています。本研究により、Znはこれまでの常識に反し、可視光に対して吸収・発光を示す、可視光機能材料の中心金属として利用可能であることが示されました。これにより、従来、可視光機能材料として活用されてきた、高価で毒性の高い貴金属を中心金属に有する材料の代替として、安価で低毒性なZnを用いた様々な可視光機能材料の開発が期待されます。今後は、本研究で得られた設計指針をもとに、可視光吸収・発光を示す新たなZn錯体の創出に取り組みつつ、Znのさらなる可視光機能開拓に挑戦していきます。
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR20A9)、日本学術振興会科学研究費助成事業の若手研究(23K13757)、東京大学生産技術研究所助教研究支援費の支援を受けて行われました。

○発表者:
東京大学
生産技術研究所
砂田 祐輔(教授)
和田 啓幹(助教)

大学院工学系研究科 応用化学専攻
丸地 貴大(修士課程:研究当時)
石井 玲音(博士課程)

○論文情報:
〈雑誌〉Angewandte Chemie International Edition
〈題名〉Visible Light Responsive Dinuclear Zinc Complex Consisting of Proximally Arranged Two d10-Zinc Centers
〈著者〉Yoshimasa Wada,* Takahiro Maruchi, Reon Ishii, and Yusuke Sunada*
〈DOI〉10.1002/anie.202310571

○用語解説:
(注1)錯体
金属元素に対し、配位子と呼称される原子団が結合することによって形成された分子の総称。ここではZnが金属元素となる。

(注2)d10
原子を構成している電子はs, p, d, f…と名付けられた小軌道に順に収容される。
d軌道には最大10電子を収容することができるため、d10とはd軌道に電子が最大まで収容された状態を表す。

(注3)励起状態
エネルギー的に最も安定な状態よりも高いエネルギー状態のこと。ここでは、電子が可視光などの光を吸収した際に生じる一時的な高エネルギー状態のことを指す。

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(注4)空軌道
電子が占有されていない軌道のこと。ここではZnの4p軌道を空軌道として注目している。

○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所
教授 砂田 祐輔(すなだ ゆうすけ)
助教 和田 啓幹(わだ よしまさ)

〈報道に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室

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