意外と単純そうな天の川の金属量勾配~高感度赤外線分光観測で探る天の川円盤最内縁部の化学組成~

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2023-09-08 東京大学

松永 典之(天文学専攻 助教)

発表のポイント

  • 天の川銀河の中心から1~2万光年(銀河円盤領域の内側)に位置するセファイド変光星の金属量を測定することに成功し、銀河円盤領域の外側で知られていた関係をほぼ一直線に伸ばす単純な金属量の傾向(金属量勾配)が存在することを発見しました。
  • 銀河円盤領域の内側にある星の分光観測は、これまでのほとんどの金属量測定で使われていた可視光スペクトルでなく、赤外線スペクトルが必要です。今回の観測結果は、WINERED(ワインレッド)赤外線分光器をチリにあるマゼラン望遠鏡(口径6.5m)に設置して行った初めての本格的な化学観測で得られた成果です。
  • 最近発見された化学組成の測られていないセファイド変光星は数千個存在します。WINERED分光器などによる観測を進めていくことで、天の川の円盤全体をカバーするような広い範囲の金属量分布を正確に描き出すことができます。


天の川銀河の中心からの距離に応じて変化する金属量の傾向(赤丸が今回の観測結果)

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の松永典之助教らによる研究グループは、天の川銀河の中心から1~2光年にあるセファイド変光星(注1)の金属量(注2)を測ることに成功し、銀河円盤の金属量勾配がほぼ一直線の単純な関係式で表せることを明らかにしました。

太陽系は銀河の中心からおおよそ2万6千光年の距離にあり、これまでの研究では太陽系の周囲を含め、中心から約2万光年よりも外側部分にあるセファイド変光星の金属量が調べられてきました。一方、中心に近い領域では星間物質による減光(注3)が強く可視光での観測が難しいため、研究が進んでいませんでした。本研究では、星間減光の影響を受けにくい赤外線における分光観測を16個のセファイド変光星に対して行い、鉄の組成で測られる金属量を得ました。

セファイド変光星の年齢は数千万年~数億年で、100億年以上かけて進化してきた銀河の中では最近生まれた星たちを代表する天体です。銀河円盤の内側にあるそのような若い星がどのような金属量をもつかわかっていませんでしたが、本研究の結果から、中心から2万光年以内の円盤内縁部でも単純な金属量勾配が伸びている様子が初めてとらえられました。星とガスの密度が高い円盤内縁部でたくさんの星が生まれて、それに応じて重元素の合成も順調に進んだことがわかります。

今後、天体数を増やしながら鉄以外の元素の組成も測定していくことで、円盤の広い範囲にわたって単純な金属量勾配を生み出すような化学進化の詳細な過程が明らかになると期待されます。

発表内容

〈研究の背景〉
ビッグバンによって宇宙の歴史が始まったとき、宇宙には水素、ヘリウム、リチウムという軽い元素しかありませんでした。その後、星の中で合成された重い元素が超新星爆発などによってばらまかれ、それぞれの銀河の中で徐々に金属量の増加する進化が起こってきました。その進化は、たくさんの星が生まれてたくさんの重元素が合成・放出されるほど早く進みます。このため、銀河ごとに現在の金属量は異なり、同じ銀河の中でも場所によって金属量の違いが見られます。太陽系のいる天の川銀河でも、中心に近い領域ほどたくさんの星が生まれてきた結果、重元素の多い星がそこにあるガスから作られています。

ところで、星は生まれた後に銀河の中を動くことがあり、内側で生まれた金属量の高い星が銀河の外側にあるのを観測されたり、その逆の移動をした星も見つかったりします。その結果、生まれてから移動する時間がまだ短い若い星の方が、はっきりとした金属量勾配を示します。セファイド変光星はそのような若い星の代表で、中心に近い内側から外側に向かって金属量の下がっていく様子が観測されていました。しかし、これまでに金属量が測られていたセファイド変光星は銀河中心からの距離が2万光年よりも外側にあるものがほとんどでした。それは、天の川の円盤領域にある星間物質起源の減光のため、太陽系から遠くにあって強い減光を受けている星に対しては、先行研究で利用されてきた可視光での分光観測が難しいためです。

〈研究の内容〉
そこで、本研究では星間物質による減光が比較的小さい赤外線での分光観測を行いました。利用した観測装置は、チリ・ラスカンパナス天文台にあるマゼラン望遠鏡(口径6.5m)に設置したWINERED(ワインレッド)分光器です。この分光器は、900~1350ナノメートルの近赤外波長域を比波長分解能 λ/Δλ=28000 で分光できるもので、他の分光器よりも効率よく信号を検出して高い感度で分光スペクトルを得ることができます(注4)。本研究グループは、2023年6月に行った観測で銀河中心から1~2万光年に位置する16個のセファイド変光星(図1、図2)のスペクトルを取得しました。これらの星は可視光が1万分の1以下になるという強い減光を受けていて、中には1000億分の1以下になる減光を受けている星もあります。したがって、赤外線でなければ今回の研究に必要なスペクトルは得られませんでした。


図1:WINERED分光器で観測を行い、金属量を測定した16個のセファイド変光星
半径10秒角の黄色い丸の中央にあるのがセファイド変光星。赤みが強い星ほど強い星間減光を受けている。NASA/IPAC赤外線化学アーカイブより得た2ミクロン全天サーベイ(2MASS)の近赤外線画像を用いて作成した。


図2:分光観測を行ったセファイド変光星の分布
赤い丸が本研究で観測を行った16個のセファイド変光星。黄色い丸は先行研究(Luck 2018)で金属量が測定されていたセファイド変光星。中心の赤い+マークのところに太陽系があり、上側にある黒い×マークが銀河の中心を示す。天の川銀河の円盤を上から見た様子を描いた背景はNASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech)による画像。


得られたスペクトルには、鉄をはじめ多くの元素の吸収線が現れています(図3)。本研究では、30本の鉄の吸収線を利用して金属量を測定しました。その結果、ほぼすべての星が太陽の1~2倍の金属量をもつということがわかりました。さらに、図4に見られるように、銀河中心に近いセファイド変光星ほど金属量が高いという勾配も見られます。中心から2万光年よりも外側ですでに知られていた金属量勾配を、そのまま直線状に内側に伸ばしたような単純な傾向が見つかりました。銀河中心から1万年以内には若い星がほとんどいないということがわかっています(2016年8月2日プレスリリース参照)。今までよりも銀河中心に近いところにあるセファイドの金属量を計測したことで、銀河円盤の最内縁部まで直線で表されるような単純な金属量勾配になっているという示唆が得られました。

上述の通り、銀河の中心に近い領域ほど、星がたくさん生まれて化学進化が進みやすいため、中心部に向かって金属量の高い勾配が現れることはそれほど驚くべき結果ではありません。しかし、実際には重元素の増えたガスが超新星爆発などのエネルギーによって吹き飛ばされたり、円盤の外から金属量の低いガスが落ちてきたり、外部とのやりとりが起こりながら化学進化が進みます。円盤の広い範囲が単純な金属量勾配をもつに至った天の川銀河の進化がどのようなものであったか、今後の理論的研究における重要な課題を与える観測成果です。

ところで、銀河中心のところにある4個のセファイド変光星は、銀河円盤の金属量勾配から外れたところに位置しています。我々が過去に行った赤外線撮像探査で発見したこれらの星は、銀河中心から1千光年以内に局在する銀河中心核円盤と呼ばれる恒星系に付随しています(2011年8月25日プレスリリース参照)。この中心領域と1万光年よりも外側の銀河円盤とでは異なる化学進化が起こってきたと考えられますので、今回の研究では中心核円盤の進化については新たな知見は得られませんでした。


図3:WINERED分光器で得たスペクトルの一部
表面温度が異なる5個の星についてWINEREDが得た900~1350ナノメートルのスペクトルの一部。吸収線のない波長部分を1に規格化したうえで、見やすくするために上下にずらしている。代表的な強い吸収線について、どの元素が吸収を起こしているかを示している。ローマ数字のIは中性元素、IIは一階電離元素を表し、たとえばFe Iは中性の鉄である。


図4:天の川銀河の中心からの距離に応じて変化する金属量の傾向
セファイド変光星の金属量を銀河中心からの距離に対してプロットした図。赤い丸が本研究で観測を行った16個のセファイド変光星。黄色い丸はLuck (2018)、銀河中心に近い×マークはKovtyukhら(2023)で金属量が測定されていたセファイド変光星。銀河中心から1万光年よりも外側にある本研究の観測天体(赤丸)とLuck (2018)の天体は灰色の直線で表されるような単純な金属量勾配を示すことがわかった。なお、銀河中心で見つかっている4個のセファイド変光星は、中心から1千光年以内に局在する恒星のグループに付随し、1万光年よりも外側にある銀河円盤とは別の進化をたどるものである。


先行研究では、太陽系に比較的近いセファイド変光星に対して可視光での分光観測を行って金属量勾配などの議論が行われてきました。本研究では、近赤外線分光観測を行うことで、これまでには金属量が測れなかったセファイド変光星のスペクトルも取得し、より広い範囲の金属量勾配を明らかにすることができました。最近10年ほどの間に大きく進んだ変光星探査では、差し渡し10万光年を超えるような銀河円盤の広い範囲にある数千個のセファイド変光星が見つかっています。今後、WINERED分光器などを用いてそれらの金属量を測定することで、天の川銀河全体の進化を調べることが可能となります。

また、今回の研究では、金属量に注目して鉄の吸収線だけを利用しました。他の重元素の組成も詳しく調べることで、どのような天体(たとえば恒星質量の異なる各種の超新星爆発や中性子星合体)が重元素合成に寄与してきたかを推定することができます。それによって、化学進化の理論モデルの精度を高め、銀河円盤全体での金属量勾配を説明するような銀河進化のシナリオを描き出すことができると期待されます。

論文情報
雑誌名
アストロフィジカル・ジャーナル(The Astrophysical Journal)論文タイトル
Metallicities of Classical Cepheids in the Inner Galactic Disk

著者
Noriyuki Matsunaga, Daisuke Taniguchi, Scarlet S. Elgueta, Takuji Tsujimoto, Junichi Baba, Andrew McWilliam, Shogo Otsubo, Yuki Sarugaku, Tomomi Takeuchi, Haruki Katoh, Satoshi Hamano, Yuji Ikeda, Hideyo Kawakita, Charlie Hull, Rogelio Albarracin, Giuseppe Bono, and Valentina D’Orazi

DOI番号
10.3847/1538-4357/aced93

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:18H01248)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  セファイド変光星
おおよそ2~50日の周期で明るくなったり暗くなったりを繰り返す脈動現象を示す星で、それぞれのセファイド変光星は異なる周期をもちます。周期と星の固有の明るさには関係(周期光度関係)があります。さらに、明るさと距離は密接に関係するため、セファイド変光星までの距離を求めることができます。この関係は宇宙における距離の測定を行うための基本的な道具となり、1929年にエドウィン・ハッブルが宇宙の膨張を発見した時にも利用されたものです。ひとつひとつの星の距離を精度よく求められるので、天の川銀河の中でどこにどれだけのセファイド変光星がいるかという地図を描くことができます。

注2  金属量
天文学ではヘリウムよりも重い元素を「金属」と呼び、星を構成する物質中の重元素の割合を「金属量」と呼びます。重元素の中でも鉄はスペクトルに現れる吸収線が多く、金属全体に占める割合も比較的高いため、鉄の吸収線によって測定したその量を金属量として銀河の化学進化を議論するのが一般的です。金属量を表すために、基準とする太陽の場合にゼロとなるような対数スケールの指標[Fe/H]を用います。太陽よりも鉄が2倍多い場合には[Fe/H]=log10(2)=0.3、半分の場合には[Fe/H]=log10(1/2)=-0.3となります。鉄の測定で得られる金属量が同じであっても、他の重元素の存在比率が異なる場合も多く、詳しい化学進化を調べるためには鉄以外の吸収線を測定することが重要になります。

注3  星間物質と減光
宇宙空間には光り輝く恒星だけでなく、ガスや塵(固体微粒子、あるいはダスト)も存在します。塵には電磁波を散乱吸収するという性質があり、これによって遠方の星・銀河からの光がさえぎられ、暗くなってしまいます。塵は天の川銀河の円盤部に多く、とくに銀河中心の方向はその影響が大きく、人間の目に見える波長の光(可視光)では本来の光のうち約1京分の1(10,000,000,000,000,000分の1)しか地球に届きません。赤外線ではその影響がずっと小さく、1μmの波長では銀河中心で放出された光のうち約1000分の1、さらに2μmの波長では約10分の1が地球に届きます。

注4  WINERED(ワインレッド)分光器と高い効率
東京大学と京都産業大学神山天文台の研究プロジェクト「赤外線高分散ラボ(Laboratory of Infrared High-resolution spectroscopy: LiH)」が、民間企業との協働で開発した近赤外線高分散分光器です。望遠鏡が集めた各波長の光のうち、約半分をスペクトルの信号として取り込むことができます。この効率は、他の天体観測用近赤外線分光器の倍以上と高く、口径6.5 mのマゼラン望遠鏡(チリ・ラスカンパナス天文台)に設置することで、世界最高級の感度で観測することができます。2022年9月にマゼラン望遠鏡でのファーストライトに成功し、現在、東京大学、京都産業大学、国立天文台などの研究グループが、米カーネギー天文台の研究者らと共同で、半年に一度程度の観測を行っています。

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