磁石を使った絶対零度近くへの冷やし方

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量子的に揺れる微小磁石が実現する極低温冷却材「イッテルビウム磁性体」

2021-04-12 日本原子力研究開発機構

【発表のポイント】

  • 磁気冷却法は、微小磁石の集合体である磁性体を用いる冷却法です。微小磁石のゆらゆらと揺れる運動のエネルギーが周りからの熱を吸収します。しかし、一般的な磁性体では、温度が下がると微小磁石が整列し動かなくなり、熱を吸収しなくなる致命的な欠点がありました。
  • 本研究で用いるイッテルビウム磁性体では、絶対零度においても揺れを引き起こす量子効果によって、微小磁石が整列しないことが期待されるため、この欠点を克服できます。イッテルビウム磁性体で試作した冷却装置は市販のものより大幅に低い到達温度を実現しました。
  • イッテルビウム磁性体の登場によって、磁気冷却が、供給不安定なヘリウムを必要とする現在主流の冷凍機を代替可能です。さらに、量子コンピュータの冷却などへの利用が期待されます。

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄)先端基礎研究センター 重元素材料物性研究グループ 常盤欣文研究副主幹は、独アウグスブルグ大学との国際共同研究で、量子効果の強いイッテルビウム磁性体が絶対零度近くの極低温(1)に到達可能な優れた磁気冷却材であることを示しました。

磁気冷却は、絶対零度(2)近くまで冷却する手法の一つです。冷却材となる磁性体は微小磁石の集合体であり、その微小磁石のゆらゆらと揺れる運動のエネルギーにより周囲の熱を吸収します。

一般的に、磁石の揺れる運動は温度の低下に連れてだんだんと小さくなっていきますが、ある程度の温度までは揺れの性質を維持しており、冷却効果を持っています。しかし、ある温度以下になると、磁石が持つ同じ方向を向く性質のために揺れが小さくなり整列を始めます。さらに低温になると磁石が揃い、揺れが止まります。磁気冷却は低温下でのこの性質のため、熱を吸収しなくなる欠点がありました。

これを克服する鍵となるのが量子効果です。量子力学を適用すると、微小磁石や原子は絶対零度でも静止せず量子的に揺れていることが分かります。例えば、量子効果が強く表れるヘリウムは絶対零度でもヘリウム元素自身が大きく揺れているため、元素の静止状態である個体に固化せず液体状態を保持します。

今回、強い量子効果を持つイッテルビウム磁性体に着目し冷却性能を調べました。イッテルビウム磁性体は固有の温度以下でも微小磁石が整列せず、さらなる冷却が可能と考えられています。熱容量実験の結果、イッテルビウム磁性体は極低温でも量子的な揺れにより、微小磁石が整列していないことを確認しました。さらに、イッテルビウム磁性体を用いた冷却装置を試作し冷却実験を行った結果、従来物質を使用している市販磁気冷却装置より大幅に低い冷却温度に到達できました。したがって、イッテルビウム磁性体は従来材料の欠点を克服した画期的な冷却材と言えます。

現在主流のヘリウム冷凍機(3)は、使用しているヘリウム3ガス(4)が原子炉などでしか生産できず、極めて希少で供給不安定なことが懸念されていました。一方で、イッテルビウム磁性体は原料の入手が容易です。この高性能冷却材の登場により、イッテルビウム磁性体を使用した磁気冷却が現行冷却法を代替し、量子コンピュータ(5)などに広く利用されることが期待されます。

本研究成果は、2021年4月12日(現地時間)に、Natureグループが提供するオープンアクセスジャーナル「Communications Materials」にオンライン掲載されました

【これまでの背景・経緯】

絶対零度付近の極低温では、量子効果により超伝導や量子ホール効果といった多彩な現象が発生します。これらの現象を解明するための基礎研究は現在も活発に行われています。また、これらの現象を用いた応用として、暗黒物質(6)検出用センサーや量子コンピュータなどがあり、現在も極低温冷凍機の需要は旺盛です[1,2]。 このように極低温冷却技術は基礎研究のみならず応用研究においても重要性を増しています。

極低温への冷却には、現在はヘリウム3を使用する冷凍機が主流です。しかし2001年の米国同時多発テロ以降、核物質検出器に使用するヘリウム3の需要が急増し供給危機が発生しました[3-5]。これにより、ヘリウム3を必要とせず材料の入手が容易な磁気冷却に対する関心が高まり、企業による活発な研究開発が始まっています[6,7]。

一般的な磁性体では、磁石の揺れる運動は温度の低下に連れてだんだんと小さくなっていきます。ある温度以下になると磁石が整列し、運動が止まります。このため、磁気冷却は低温下で、熱を吸収しなくなる欠点がありました。また、磁石の密度が高くなれば磁石は整列しやすくなります。磁気冷却において熱の吸収量を上げるために磁石の密度を高めると、高温で整列し低温まで冷やせないという問題がありました。

量子効果により固化せず絶対零度まで液体状態にとどまるヘリウムと同様に、磁性体においても微小磁石が低温でも整列せず、量子効果によりゆらゆら揺れ続ける物質が存在します。このような磁性体では、磁石の密度が高いにもかかわらず極低温への冷却ができる可能性があります。

【今回の成果】

鉄などといった磁性元素よりも強い量子効果が期待されるイッテルビウムに着目しました。本研究で調べたイッテルビウム磁性体は、従来冷却材と比較して、より高い磁石の密度を持っています。我々は、熱容量測定によりイッテルビウム磁性体の微小磁石の挙動を調べ、極低温でも揺れていることを確認しました。その結果、従来型の冷却材では不可能であった高密度と極低温到達の両立が可能であることが世界で初めて示されました。

イッテルビウム磁性体を用いて冷却装置を試作し、従来型の冷却材を用いた市販磁気冷却装置[9]と性能を同じ条件で比較しました。市販装置の到達温度は絶対温度(7)で0.08ケルビンですが、試作装置は大幅に絶対零度に近い0.04ケルビンに到達できました(図)。量子コンピュータや暗黒物質センサーといった応用、超伝導などの基礎研究は、量子力学的な現象を対象としているため、熱的な乱れを排する必要があります。このため、絶対零度に近い温度で運用、研究を行うことが必須です。0.08と0.04ケルビンは小さい違いのように見えますが、熱的な乱れは絶対温度に比例するため、乱れも半分となります。従って、本研究によって示されたより低温への冷却は、量子コンピュータの冷却への応用や基礎研究に大きな意味を持つ成果です。

また、従来の冷却材は「常磁性塩」と呼ばれる物質で、水分子を多く含むため、多湿では潮解(8)、乾燥環境では風解(8)といった劣化を起こし、使用不能となる問題がありました。そのため、密封封入といった処置が必要でした。一方、本研究で用いたイッテルビウム磁性体は水分子を含まないため、高温多湿、乾燥といった環境でも安定に使用可能です。従来の冷却材では、空気中における取り扱いは劣化と隣り合わせで加工が困難でしたが、今回用いたイッテルビウム磁性体は劣化を気にすることなく切削、研磨といった機械加工が可能です。

図:試作装置(内挿写真)による冷却の様子。磁気冷却により絶対温度(7)で0.04ケルビンに到達。市販の磁気冷却装置で到達できる最低温度は0.08ケルビン(グラフ右側の矢印)

【今後の展望】

現在主流のヘリウム冷凍機の長所は、連続冷却が可能なため低温が長時間維持できる点で、欠点は非常に複雑な構造、希少なヘリウム3の必要性です。一方、磁気冷却は構造が簡単でヘリウムが不要です。その簡単な構造のため、国際宇宙ステーションでの実験への利用も検討されています[8]。大きな欠点は連続冷却が出来なかったことですが、最近の研究開発によって、この欠点も解消されつつあり[6,7]、今後はヘリウム冷凍機を代替していくことが期待されます。

本研究のイッテルビウム磁性体は、従来物質より高性能な冷却材であり、空気中でも安定であるため、今後主流となる磁気冷凍機に搭載されるスタンダードな冷却材となり、広く活用されることが期待されます。

【論文情報】

雑誌名:Communications Materials

タイトル:Frustrated magnet for adiabatic demagnetization cooling to milli-Kelvin temperatures
(フラストレートした磁性体によるミリケルビン温度までの断熱消磁冷却)

著者:Y. Tokiwa, S. Bachus, K. Kavita, A. Jesche, A. A. Tsirlin, P. Gegenwart

DOI:10.1038/s43246-021-00142-1

【参考文献】

[1] X. Zhu, et al. Nature 478, 221-224 (2011).

[2] K. D. Irwin, Appl. Phys. Lett. 66, 1998-2000 (1995).

[3] D. Shea, D. Morgan, Tech. Rep. R41419, Congressional Research Service (2010).

[4] http://www.pnl.gov/main/publications/external/technical_reports/PNNL-19360.pdf.

[5] A. Cho, Science 326, 778-779 (2009).

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