超高圧合成、添加剤が選択的物質合成の決め手に~電池材料等への応用に期待~

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2023-07-25 量子科学技術研究開発機構

要点

  • 超高圧合成において、添加剤を加えることで新規酸水素化物の合成に成功。
  • 得られた物質はリチウムイオン電池の負極材料として高い性能を示す。
  • 新機能材料の新たな合成技術として期待される。

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の鈴木仁哉 大学院生(研究当時)、大河内寛保 大学院生(研究当時)、科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の山本隆文 准教授、東正樹 教授、量子科学技術研究開発機構の齋藤寛之 グループリーダーらの研究グループは、超高圧合成法(用語1)により、新規ペロブスカイト型(用語2)バナジウム酸水素化物SrVO2.4H0.6およびSr3V2O6.2H0.8の合成に成功した。
酸水素化物(用語3)は、アンモニア合成触媒(用語4)や電池材料として近年注目されている新しい物質群であり、水素社会(用語5)実現に向けて重要な物質群の一つと言える。本研究では、超高圧合成法を用いて新規ペロブスカイト型バナジウム酸水素化物SrVO2.4H0.6およびSr3V2O6.2H0.8の合成に成功した。原料物質を混合して反応させるだけでは狙った酸水素化物を得ることができないが、ターゲットの組成には影響しない塩化ストロンチウムを添加剤として加えることで、反応が選択的に進行することが分かった。今後、同合成手法を用いることで、さらなる新規物質が合成されることが期待される。また、得られた新規物質はリチウムイオン電池の負極材料として高い性能を示すことも明らかにした。
本研究は、東京工業大学の松井直喜 助教、長瀬鉄平 大学院生、栃沢晴希 大学院生、佐原広樹 学士課程学生、西久保匠 特定助教、酒井雄樹 特定助教、大見拓也 大学院生、Zhao Pan 元博士研究員、池澤篤憲 助教、荒井創 教授、菅野了次 特命教授、高エネルギー加速器研究機構 齊藤高志 特別准教授らが参画した。本研究成果は、7月25日付「Journal of American Chemical Society」誌のオンライン版で掲載される。

背景

水素は、地球に豊富な元素であり、また二酸化炭素を発生しないクリーンなエネルギーキャリアであることも注目されており、材料開発にとって重要な元素であるといえる。酸化物などのセラミックス中では、水素は一般的に陽イオンであるプロトン(H+、用語6)として存在することが知られているが、ヒドリド(H、用語7)と呼ばれる負電荷の水素イオンとして酸化物中に存在することもある。ヒドリドを含む酸化物は酸水素化物と呼ばれており、近年アンモニア合成触媒や電池材料として注目されている。一方で、酸水素化物の合成には高温高圧などの特殊な合成条件が必要であることから合成例が少なく、さらなる物質開発が望まれるとともに、新規の合成法の開発が必要であった。

研究成果

本研究では、超高圧合成法(1,200℃, 2万気圧)を用いて新規ペロブスカイト型バナジウム酸水素化物SrVO2.4H0.6およびSr3V2O6.2H0.8の合成に成功した。これらの酸水素化物は、原料となる複数の物質(SrH, SrO, V2O3)を混合して反応させるだけでは狙った化合物を得ることができないが、ターゲットの組成には影響しない塩化ストロンチウム(SrCl2)を20wt%(用語8)加えることで新規酸水素化物を選択的に合成できることが分かった。そこで、実際の反応の様子を大型放射光施設SPring-8(用語9)のビームラインBL14B1でのその場観察X線回折測定(用語10)により観察したところ、高温では添加剤を含む原料が溶けることで、反応容器内の物質が均一に混合され、選択的に反応が進行することが明らかとなった。超高圧合成法では、反応容器内を外部から物理的にかき混ぜることが不可能であるため、高温で液体になる物質を混ぜ込む手法は、酸水素化物だけではなくさまざまな物質合成に役立つ可能性がある。また、得られた物質が酸水素化物として初めてリチウムイオン電池の負極材料として利用できることを示すとともに、ヒドリドを加えていない同構造の酸化物と比べて高レート領域(用語11)で高い性能を示すことが明らかになった。この知見は、今後の材料設計にも役立つと考えられる。


新規酸水素化物合成のイメージ図。
図1 新規酸水素化物合成のイメージ図。原料となる3種類の粉末(SrH2, SrO, V2O3)を混ぜ合わせ、添加剤(SrCl2)を加えて2万気圧、1,200℃で30分間反応させると、原料の比率の違いでSrVO2.4H0.6やSr3V2O6.2H0.8を単一の相として取り出すことができる。

社会的インパクトと今後の展開

本研究では、酸水素化物の合成法の改良を行うとともに、新規ペロブスカイト型バナジウム酸水素化物の合成に成功した。今回開発した新しい合成法は、その反応の原理から酸水素化物のみにとどまらず、さまざまな化合物群に適用できる可能性が高い。新しい物質群の開発は新しい機能性材料の開発につながることから、今後の研究の発展が期待できる。また本研究では、得られた酸水素化物がリチウムイオン電池の負極材料として高い性能を示すことも明らかにした。同構造の酸化物と比べて高レート領域で高い性能を示すことは、ヒドリドの柔らかさ(用語12)に起因していると考えられ、今後の材料設計にも役立つと考えられる。

付記

本研究の一部は、日本学術振興会・科学研究費補助金・学術変革領域研究(A)「超セラミックス(課題番号:22H05147)」(分担:山本隆文 東京工業大学 准教授)、基盤研究(B)「特異なアニオン欠損面を持つ新規ペロブスカイトの開拓(課題番号:22H01767)」(代表:山本隆文 東京工業大学 准教授)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「非晶質前駆体を用いた高機能性ペロブスカイト関連化合物の開発」(代表:東正樹 東京工業大学 教授)、国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクト等の助成を受けて行われた。

用語解説
  1. 超高圧合成法:数万気圧を超える圧力下で行う合成法。本研究では2万気圧1,200℃という高温高圧下での合成を行っている。
  2. ペロブスカイト型:ABX3(一般的にAおよびBは陽イオン、Xは陰イオンが占める)の組成で表される結晶構造の型。鉱石である灰チタン石CaTiO3がその名の由来である。
  3. 酸水素化物:ヒドリド(H)と呼ばれる負電荷の水素イオンと酸化物イオン(O2–)を含有する単一の化合物。
  4. アンモニア合成触媒:アンモニアを合成するために使われる触媒。アンモニアは触媒を介して水素(H2)と空気中の窒素(N2)から合成され、人類が最も多く製造する化学物質である。アンモニアは現在使われている肥料としての利用だけでなく、水素エネルギーキャリアとしての利用も期待されている。
  5. 水素社会:日々の生活や経済活動などに水素を使うことが浸透した社会。水素は酸素と反応することで、電気エネルギーと水に変換が可能であり、二酸化炭素の発生しないエネルギーキャリアとして期待されている。今後、カーボンニュートラル実現していくうえで、欠かせない物質である。
  6. プロトン:水素原子から電子を一つ奪った状態。正電荷に帯電した陽イオンでありH+と表記される。
  7. ヒドリド:水素原子に電子を一つ与えた状態。負電荷に帯電した陰イオンでありHと表記される。
  8. wt%:質量パーセント。全体の質量に対する割合。
  9. 大型放射光施設SPring-8:​兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
  10. その場観察X線回折測定:量子科学技術研究開発機構の専用ビームラインに設置された装置により、10万気圧までの高圧かつ2500℃までの高温状態下で、試料が反応する様子をリアルタイムに観察できる。
  11. 高レート領域 :早いレートでリチウムを脱挿入する領域のことを指しており、高速充放電に対応する。
  12. ヒドリドの柔らかさ:ヒドリド(H)は酸化物イオン(O2–)と比較して圧力等に対して応答性が高く、柔らかいことが過去の研究で明らかになっている(東京工業大学HP:https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2017-11-01)。
論文情報

掲載誌:Journal of American Chemical Society
論文タイトル:Selective Synthesis of Perovskite Oxyhydrides Using a High–Pressure Flux Method
著者:Jinya Suzuki, Hiroyasu Okochi, Naoki Matsui, Teppei Nagase, Takumi Nishikubo, Yuki Sakai, Takuya Ohmi, Zhao Pan, Takashi Saito, Hiroyuki Saitoh, Atsunori Ikezawa, Hajime Arai, Ryoji Kanno, Takafumi Yamamoto and Masaki Azuma
DOI:10.1021/jacs.3c02240

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0501セラミックス及び無機化学製品
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