2023-06-09 東京大学
○発表のポイント:
◆ナノシート状の酸化物半導体を用いて高性能・高信頼性なトランジスタを開発した。
◆原子層堆積法により極めて薄い酸化物半導体の成膜方法を開発しデバイス集積した。
◆半導体の高集積化とそれによる高機能化により、ビッグデータを利活用する社会サービスの展開が期待される。
ナノシート酸化物半導体トランジスタと断面電子顕微鏡写真
○発表概要:
東京大学 生産技術研究所 小林 正治 准教授と、奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学領域 浦岡 行治 教授らによる共同研究グループは、原子層堆積法(注1)を用いて酸化物半導体のナノ薄膜を成膜する技術により、低温で形成可能なナノシート酸化物半導体をチャネル材料とする高性能で高信頼性なトランジスタの開発に成功しました(図1)。
酸化物半導体は、これまでフラットパネルディスプレイ用に研究開発され量産されています。酸化物半導体は、低温で形成可能で、高性能であることから、次のアプリケーションとして半導体の集積化技術への応用の期待が高まっています。半導体の集積化技術として酸化物半導体をトランジスタのチャネル材料として用いるには、酸化物半導体がナノ薄膜であり、かつデバイスは、高性能で高信頼性である必要があります。本研究では、酸化物半導体を原子層堆積法によりナノ薄膜を均一に成膜する技術を開発し、ゲートが酸化物半導体ナノ薄膜を覆う、ナノシートトランジスタを開発し、高移動度と高バイアスストレス耐性を実現しました。
本技術により、半導体のさらなる高集積化とそれによる高機能化が可能になり、ビッグデータを利活用する社会サービスの展開が期待されます。
○発表内容:
〈研究の背景〉
データセンターやIoTエッジデバイス(注2)をインフラとしてビッグデータを利活用した社会サービスが日々創造されています。そのための基盤となるコンピューティング技術の中核をなす半導体は、大規模集積化が進められており、現在、三次元集積化により、さらなる高集積化と高機能化が進もうとしています。従来のシリコン基板上に形成される半導体集積回路の配線層にトランジスタを形成することで、高機能回路を三次元積層して高集積化することができます。そのためには低温で形成できる半導体材料が必要であり、また、その材料を用いたトランジスタは高集積化のために微細化しても高性能・高信頼性を有する必要があります。酸化物半導体は、これまでフラットパネルディスプレイで用いられてきた半導体材料ですが、半導体集積回路への応用にはナノ薄膜の均一な成膜が必要であり、また、それを用いた高性能・高信頼性なトランジスタ技術の開発が望まれていました。
〈研究の内容〉
東京大学 生産技術研究所 小林 正治 准教授と、奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学領域 浦岡 行治 教授らによる共同研究グループは、原子層ごとに成膜が可能で、均一な膜厚が得られる、原子層堆積法による酸化物半導体のナノ薄膜の成膜方法を開発し、ナノシート酸化物半導体をチャネル材料とする高性能で高信頼性なトランジスタを開発しました(図1)。具体的には、In2O3とGa2O3を原子層ごとに交互に成膜することでInGaO(IGO)のナノ薄膜を成膜する手法を開発しました。ナノシートIGOをチャネル材料とするプレーナー型トランジスタを試作・評価し、性能指標である移動度と信頼性指標であるバイアスストレス閾値電圧シフト(注3)を系統的に調査し、移動度と閾値シフトの間のトレードオフ関係を明らかにしました。また、そのトレードオフを解消するために、IGOナノシートをゲートで覆ったGate-All-Around構造を提案し、試作評価を行った結果、ノーマリーオフ動作、プレーナー型に対して2.6倍の駆動電流向上、1.2倍の移動度向上、閾値電圧シフトの大幅な低減を実現しました(図2)。
図1:試作したナノシート酸化物半導体トランジスタの模式図と断面透過型顕微鏡
図2:ナノシート酸化物半導体トランジスタの(左上)電気特性シミュレーション結果、(左下)実測結果、(右上)移動度(対プレーナー型トランジスタ)、(右下)バイアスストレス閾値電圧シフト(対プレーナー型トランジスタ)
〈今後の展望〉
本研究により、原子層堆積法による酸化物半導体のナノ薄膜の均一な成膜が可能となりました。今後は、高移動度で高信頼性な酸化物半導体ナノ薄膜の開発を推進し、微細なトランジスタや三次元構造のトランジスタへと展開し、半導体の三次元高集積化に資する研究開発を行っていきます。本技術により、半導体のさらなる高集積化とそれによる高機能化が可能となり、エネルギー効率の高いコンピューティングを実現することによって、ビッグデータを利活用する社会サービスの展開が期待されます。
○発表者:
東京大学
生産技術研究所
小林 正治(准教授)<東京大学 大学院工学系研究科(准教授)>
平本 俊郎(教授)
更屋 拓哉(助手)
大学院工学系研究科
チトラ パンディ(特任研究員)
郝 俊翔(博士課程)
李 卓(博士課程)
日掛 凱斗(修士課程)
奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学領域
浦岡 行治(教授)
上沼 睦典(客員准教授)
高橋 崇典(助教)
○論文情報:
〈シンポジウム名〉2023 Symposium on VLSI Technology and Circuits
〈題名〉A Nanosheet Oxide Semiconductor FET Using ALD InGaOx Channel and InSnOx Electrode with Normally-off Operation, High Mobility and Reliability for 3D Integrated Devices
〈著者〉Kaito Hikake, Zhuo Li, Junxiang Hao, Chitra Pandy, Takuya Saraya, Toshiro Hiramoto, Takanori Takahashi, Mutsunori Uenuma, Yukiharu Uraoka, and Masaharu Kobayashi
○研究助成:
本研究は、科研費「酸化物半導体と強誘電体HfO2の融合による三次元集積デバイスとその応用技術の創出(課題番号:21H04549)」、TSMC Advanced Semiconductor Research Projectの支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)原子層堆積法
原子層堆積法は、従来の化学気相成長法の一種であり、反応プリカーサをパルス状に短時間チャンバーに供給し、成膜するウェハ上に単分子層飽和させ、次に酸化剤となる水や酸素などをパルス状に短時間供給し、飽和された分子層を酸化して原子層の酸化物を形成する。この過程を繰り返すことで原子層毎に成膜することができる方法である。平面での成膜はもとより三次元構造でも、ローディング効果が小さく均一な成膜ができることが特長である。
(注2)IoTエッジデバイス
例えば工場では大量の小型センサーデバイスが配置されており、工場の様々なプロセスデータを取得してサーバーに送り出している。このように環境の様々な場所にコンピューティングデバイスが配置されネットワークに接続されている状況をInternet-of-Things(IoT)とよび、そのデバイスをIoTエッジデバイスと呼ぶ。
(注3)バイアスストレス閾値電圧シフト
トランジスタのゲートにバイアス電圧を継続的に印加していくと、半導体中または半導体とゲート絶縁膜の界面に電荷が捕獲されることによって、トランジスタが導通状態になるために必要なゲート電圧である閾値電圧が徐々にシフトしてしまう現象が観測されることがある。この閾値電圧シフトのことを指す。
○問い合わせ先:
〈研究に関する問合せ〉
東京大学 生産技術研究所
准教授 小林 正治(こばやし まさはる)
〈報道に関する問合せ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
奈良先端科学技術大学院大学 企画総務課 渉外企画係