2022-10-28 東京大学
1.発表者:
コ ソンジェ(東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 助教)
竹中 規雄(東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 特任講師)
山田 裕貴(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 准教授/
現在:大阪大学 産業科学研究所 教授)
山田 淳夫(東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 教授)
中山 将伸(名古屋工業大学 大学院工学研究科 工学専攻 教授)
2.発表のポイント:
- リチウムイオン電池よりもはるかに高いエネルギー密度を実現するための、リチウム金属電極の劣化を抑制する新たな方向性を見いだした。
- リチウム金属と電解液との副反応を保護被膜で抑制するこれまでの方法に対し、リチウム金属の反応活性そのものを弱めることの重要性を指摘した。
- 機械学習によりリチウム金属の反応活性を弱める電解液の特徴を抽出し、これに合致する複数の新規有望電解液を提示した。
3.発表概要:
リチウムイオン電池(注1)は、電気自動車やスマートグリッドなど、低炭素・持続可能社会の実現に不可欠なキーデバイスであり、その高エネルギー密度化に対する社会的ニーズが高まっている。これを実現する有望な方法として、現在負極(マイナス極)材料(注2)に使用されている炭素材料を、より電気を効率的に蓄えられるリチウム金属に置き換える試みが継続的に行われているが、実用化レベルでの安定作動の実現には至っていない。その原因として挙げられてきたのが、リチウム金属と電解液(注3)の間で起こる副反応である。
東京大学大学院工学系研究科の山田淳夫教授、山田裕貴准教授(研究当時、現在:大阪大学教授)、竹中規雄特任講師、コ ソンジェ助教らのグループは、名古屋工業大学大学院工学研究科の中山将伸教授と協力し、従来の保護被膜形成によって副反応を抑制する手法ではなく、リチウム金属の反応活性そのものを弱めるための電解液設計という抜本的施策によって、リチウム金属の劣化を抑制しながら、リチウムイオンとリチウム金属の間の溶解析出反応を十分に安定動作させることに成功した。分子動力学計算や量子化学計算を用いて電解液のさまざまな特徴量を抽出した上で、リチウム金属の反応活性に対する影響度を機械学習により評価した結果、電解液中に(i)リチウムイオンが高密度に存在すること、(ii)リチウムとアニオンが近接する構造をとること、および (iii)上記(i)(ii)を満たすクラスタ領域が少なくとも存在すること、の3点が重要であることが解った。また、これらの基準に合致する複数の新規電解液が、実用レベルに迫る99%以上のクーロン効率(注4)を示した。これにより、リチウム金属をマイナス極に配する形式の、現状よりはるかに高いエネルギー密度を有するさまざまな新型蓄電池実現の可能性とともに、そのための明確な開発指針が示された。
本研究成果は、10月27日(英国夏時間)に英国の学術雑誌「Nature Energy」のオンライン版に掲載された。
4.発表内容:
① 研究の背景
近年、環境保全と経済成長の同時実現に向けた低炭素・持続可能社会への移行が世界的な潮流となっており、太陽光や風力などの再生可能一次エネルギーによる発電システムの導入や電気自動車の速やかな普及が世界各国の重点政策となっている。これらの実現には、電気エネルギーの柔軟な受給を可能にする蓄電技術が必要不可欠であり、その中でも最も優れた性能を有するリチウムイオン電池の更なる高エネルギー密度化への社会的要求が強まっている。
現在のリチウムイオン電池のマイナス極には、リチウムイオンを吸蔵するための炭素材料が配置されている。この炭素材料を排除し、リチウムをそのまま金属の形で析出させて使用することができれば、大幅にエネルギー密度を高めることが可能となるため、古くから継続的に研究が行われている。しかし、リチウム金属は反応活性が高く電解液との間で副反応が容易に起こるため、イオンと金属の状態間の析出・溶解反応を十分に可逆的に起こすことができず、マイナス極としての採用は見送られてきた。副反応を抑制すべく、良好な保護被膜を形成可能な電解液や添加剤などが開発されてきたものの十分な効果は得られておらず、実用化には至っていない。
② 研究内容
本研究グループは、従来の保護被膜形成によって副反応を抑制する手法ではなく、リチウム金属の反応活性そのものを弱める電解液設計という抜本的施策によって、安定可逆動作の実現に成功した。
まず、リチウム金属の反応活性を定量的かつ正確に評価する実験手法を開発することで、活性が電解液に依存して大きく変化していることを見いだした。そこで、74種類の電解液に対し、分子動力学計算や量子化学計算などを網羅的に適用することで電解液のさまざまな特徴量を抽出した上で、実験的に得られるリチウム金属の反応活性に対する影響度を機械学習により評価した。その結果、電解液中のリチウム間距離、リチウム-アニオン間距離に関わる構造要因の影響度が極めて高い一方で、リチウム-溶媒間距離に関わる構造要因や、組成、電子状態、分子物性などに関わる要因は影響度が低いことが解った。解析結果を総合的に考察することで、リチウムの反応活性を弱めつつ析出溶解反応のクーロン効率を高めるためには、電解液中に(i)リチウムイオンが高密度に存在すること、(ii)リチウムとアニオンが近接する構造をとること、および (iii)上記(i)(ii)を満たすクラスタ領域が少なくとも存在すること、の3点が重要であることが導出された。また、これらの基準に合致する複数の新規電解液が、実用レベルに迫る99%以上のクーロン効率を示した。
本研究により、長年保護被膜の最適化に頼らざるを得なかったリチウム金属電極の可逆動作化に対して、「電解液エンジニアリングによるリチウム金属の反応活性制御」という新たな視点と方法論が示されたと同時に、電解液開発におけるデータ活用型研究の有効性が明らかになった。本質的な制御因子の追加により、性能向上が頭打ちになりつつあったリチウム金属電極の可逆動作に対し、大幅な改善の余地が生まれることになる。
③ 社会的意義
リチウム金属の溶解・析出反応は、現行のリチウムイオン電池の大幅なエネルギー密度のみならず、リチウム硫黄電池、リチウム空気電池、全固体電池等、さまざまな高性能次世代電池システムの優れた性能指標の可能性を語る上での前提となる反応である。すなわち、リチウム金属の溶解・析出反応の高度可逆化の達成なしには、将来多くの電池技術は実現不可能という状況にあり、まさに切望されている技術である。本研究により、実用レベルの特性実現に向けた新たな本質的制御因子が同定され、最適化を見据えた具体例も合わせて提示されたことで、次世代型蓄電池技術開発全体のボトムアップに大きく寄与することが期待される。また、長期的には低炭素・持続可能社会の実現にむけた電気自動車やスマートグリッドシステムの普及にも貢献すると考えられる。
④ 謝辞
本研究の一部は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の先端的低炭素化技術開発(課題番号:JPMJAL1301)、日本学術振興会科学研究費助成事業特別推進研究(課題番号:15H05701)、および文部科学省データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト(課題番号:JPMXP1121467561)による支援を受けて行われた。
5.発表雑誌:
雑誌名:Nature Energy
論文タイトル:Electrode potential influences the reversibility of lithium metal anodes
著者:Seongjae Ko, Tomohiro Obukata, Tatau Shimada, Norio Takenaka, Masanobu Nakayama,Atsuo Yamada*, Yuki Yamada*
DOI番号:10.1038/s41560-022-01144-0
URL:https://www.nature.com/articles/s41560-022-01144-0
6.用語解説:
(注1)リチウムイオン電池
繰り返し充電して使用することができる蓄電池の一種。リチウムイオンが正極→電解液→負極と移動することで充電が行われ、逆に負極→電解液→正極と移動することで放電が行われる。他の蓄電池と比較して高電圧(現在2.4-3.8 V程度)かつ高エネルギー密度であるため、携帯電話・ノートパソコンや電気自動車の電源として広く普及している。
(注2)負極材料
電池のマイナス極に配置され、蓄えられたイオンや電子を放電時に放出する役割を担う物質。リチウムイオン電池においては可逆性と安全性確保の観点から炭素材料が採用され、充電中にリチウムイオンと電子が収納される。炭素材料を排除して、リチウムイオンと電子を直接リチウム金属にして貯蔵すれば大幅にエネルギー密度を高めることができるが、反応の可逆性(クーロン効率、注4)が低いため、実用化には至っていない。
(注3)電解液
蓄電池の正極と負極の間において特定のイオンの移動を媒介する液体材料。例えば、リチウムイオン電池の電解液は、溶媒分子、リチウムイオン、アニオン分子から構成される液体であり、有機溶媒にリチウム塩を溶解したものが用いられる。
(注4)クーロン効率
充電時に蓄えられるリチウムイオン・電子の量に対する、放電時に放出されるリチウムイオン・電子の量の比率。100%が理想的だが副反応などの影響で低下する。実用化には少なくとも99.9%以上が必要とされている。
7.添付資料:
図1:リチウム金属の析出・溶解反応のイメージ図。緑色のリチウム原子が、電解液(左側)の中でのイオン状態と電極(右側)の中での中性状態の状態変化を効率よく繰り返す必要がある。
図2:リチウム金属は反応活性が高く(電位が低く)、より高い電位領域(電位窓内)で安定な電解液との副反応が起こるため可逆性が低下する。これを防止するため保護被膜の最適化の検討が行われてきたが、十分な効果は得られていなかった。本研究では、リチウム金属の反応活性そのものを弱める(電位を高め電解液の電位窓と近接させる)電解液を設計することで、
長寿命化を達成した。
図3:リチウム金属の析出・溶解が起こる電位(横軸)とクーロン効率(縦軸)の関係。電位が高いほどリチウム金属の反応活性が低く、副反応を抑制できる。この電位を正確に測定できる手法を74種類の電解液に適用し、両者の明確な相関関係を見いだすとともに、実用を見通せる99%以上のクーロン効率を引き出せる複数の新規電解液を発見した。
図4:機械学習によるリチウム金属の反応活性に対する影響因子解析。電解液の構造、物性に関わる多くのデータを分子動力学計算や量子化学計算によって収集し、反応活性の実験値(電位)に対する影響度を定量化した。電解液中のリチウム間距離、リチウム-アニオン間距離に関わる構造要因の影響度が高い一方で、リチウム-溶媒間距離に関わる構造要因や、組成、電子状態、分子物性などに関わる要因は影響度が低いことが解る。