核融合炉の効率的な燃焼制御への道筋を切り開く~炉心プラズマの加熱に必要な高速ヘリウムを閉じ込めつつ、 不要な低速ヘリウムを選択的に排出する条件を発見~

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2022-10-24 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • 核融合反応を促進する高速ヘリウムによるプラズマ加熱と、核融合反応を阻害する低速ヘリウムの炉心からの排出を両立できる条件を世界で初めて明らかにした。
  • 欧州の核融合実験装置JETにおける実験結果を、核融合専用スーパーコンピュータJFRS-1(通称六ちゃん-II)を用いて解析した結果から得られたものである。
  • 今後、JT-60SAやITERによる実験を通じて検証を行い、核融合炉の性能向上に向けた制御手法の開発等につながることが期待される。

概要

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下、「量研」という)は、核融合反応により発生した高速ヘリウムを炉心プラズマ中に閉じ込めてプラズマ加熱に利用することと、エネルギーを失い核融合反応を阻害する低速ヘリウムを炉心から選択的に排出することを両立できる条件を世界で初めて明らかにしました。

核融合炉では、重水素と三重水素を燃料とする核融合反応によって、高速ヘリウムが生成されます。核融合実験炉ITERにおいては、高速ヘリウムをプラズマの加熱に利用することで、核融合反応を起こすため外部から投入したエネルギーの10倍(エネルギー増倍率)以上のエネルギーを発生することを目標としています。一方で高速ヘリウムは、プラズマを加熱してエネルギーを失って低速ヘリウムとなり、炉心プラズマに蓄積します。この低速ヘリウムは、燃料を希釈し核融合反応を阻害します。よって、効率的な運転には、高速ヘリウムでプラズマを加熱しつつ、この低速ヘリウムを排出することが必要不可欠ですが、低速ヘリウムのみを選択的に排出する条件が明らかにされていませんでした。

今回、量研は、欧州の核融合研究機関コンソーシアムであるEUROfusionおよび東京大学との国際共同研究により、欧州にある核融合実験装置JETにおいて生成されたプラズマの高速および低速ヘリウムの振る舞いを数値実験により調べました。日欧で進める幅広いアプローチ活動(BA活動)の下で量研六ヶ所研究所に設置された核融合専用スーパーコンピュータJFRS-1(通称六ちゃん-II)において、数値実験を実施しました。数値実験で、プラズマに流す電流の分布を最適化することにより、高速ヘリウムによるプラズマ加熱と低速ヘリウムの炉心からの排出を両立できる条件を世界で初めて明らかにしました。これは量研が進める数値トカマク実験(NEXT)計画の主要な成果でもあります。

本成果は、世界で特に権威のある学術雑誌の一つであるNature Communications 2022年7月8日号にも掲載されました。

研究背景

図1は核融合炉において核融合反応により生成された高速ヘリウムの生涯過程の概念図を示します。核融合反応を維持するためには2つの条件を同時に満足する必要があります。すなわち

1. 核融合反応により生成された高速ヘリウムは燃料を加熱するため炉心に十分長く閉じ込められる必要がある。
2. 加熱に用いられた高速ヘリウムはエネルギーを失い低速ヘリウムとなり、核融合反応を阻害するため炉心から速やかに排出される必要がある。

これらの条件が同時に満足されれば核融合反応を効率よく維持することが可能となります。この問題は何十年間も核融合研究者の注目を集めてきました。重水素と三重水素を用いた核融合実験が初めて米国と欧州で行われた1990年代に精力的に研究が行われました。低速ヘリウムを炉心から排出するための有力な機構のひとつとして、トカマク型装置での緩和現象・自己組織化過程としてしばしば観測されている鋸歯状崩壊(Sawtooth Crash)があげられます(図2)。1996年にウクライナの理論家であるコレスニチェンコとヤコヴェンコ博士(国立科学アカデミー、キーウ)は鋸歯状崩壊により炉心からある臨界エネルギー以下のヘリウムの排出が可能になるとの理論予測を行い、その後、実験とシミュレーションにより検証されました。しかし、どのレベルのエネルギーのヘリウムが排出されるのかを定量的に選択することはできず、低速ヘリウムが炉心から排出される際、同時に高速ヘリウムもプラズマ運動の影響を受けて排出されてしまいました。そのため、効率的な燃焼を確立するためには、高速ヘリウムを閉じ込めつつ低速ヘリウムのみを排出する方法を確立することが課題でした。

図1 核融合炉において核融合反応で生成された高速ヘリウムの生涯過程

図1 核融合炉において核融合反応で生成された高速ヘリウムの生涯過程

研究内容

ビアワーゲ・アンドレアス上席研究員を中心とする量研、EUROfusionおよび東京大学の国際共同研究グループは、電流分布を適切に制御することで高速ヘリウムに対する鋸歯状崩壊(図2)の影響を抑制できることを発見しました。 その結果、高速ヘリウムを十分閉じ込めることが可能となります(図3)。本研究では、トカマクで見られるように磁力線がドーナツ型の面(トーラス)を覆う時、高速ヘリウムの粒子軌道が磁力線と異なる事実に着目しました。シミュレーションでは自由に電流分布を変化させることが可能で、どのような分布を与えれば、高速ヘリウムがプラズマ運動、すなわち鋸歯状崩壊の影響を受けずに済むかを詳細に検討しました。その結果、鋸歯状崩壊の存続期間において低速ヘリウムを排出するのと同時に高速ヘリウムを炉心に閉じ込める可能性を初めて示しました。

この成果は2つの課題から構成される数値実験プロジェクトにより得られました(2020-2021年)。

課題1:実験的に適切な条件における鋸歯状崩壊の数値実験および鋸歯状崩壊前後のヘリウム粒子軌道追跡
課題2:数値実験結果の理論的解釈

課題1ではスーパーコンピュータを用いた多くの数値実験が必要とされました。数値実験は試行錯誤から、系統的なパラメータスキャン、敏感性のチェック、主な結果の妥当性評価へと発展しました。

課題2では、高速エネルギー、中間エネルギー、低速エネルギーにおけるヘリウムの閉じ込め輸送を支配する隠れた構造(位相空間のトポロジー)を明らかにするため、洗練されたデータ解析手法が必要とされました。

図2トカマクプラズマにおける鋸歯状崩壊サイクル

図2 トカマクプラズマにおける鋸歯状崩壊サイクル

図3鋸歯状崩壊前後のヘリウム密度分布

図3 鋸歯状崩壊前後のヘリウム密度分布

成果の意義

核融合プラズマ研究の観点

JETにおいてITERの長パルス運転のために設計されたプラズマパラメータを数値実験に採用しました。本研究は、鋸歯状崩壊による高速ヘリウム閉じ込めの物理的理解を深め、核融合炉の燃焼制御に対して応用できる可能性を示しました。これは将来、日欧協力で進めているJT-60SAやITERを利用した実験により検証を行うことを強く動機づけるものです。

自然界におけるプラズマ現象の観点

本研究において探求した鋸歯状崩壊の物理基盤は実験室やスペースプラズマにおける緩和現象・自己組織化と密接に関係しています。例えばプラズマディスラプション、プラズマ周辺部における圧力の緩和、太陽フレアーや粒子加速などです。さらに数値実験観測を解釈するために用いられた位相空間トポロジーの解析手法は20世紀後半にカオスなどに代表される複雑系の研究のために開発され、発展したものです。
科学研究は異分野間の交流から常に恩恵を受けていることは明らかです。本研究もその例外ではなく、自然科学全般の発展に寄与できればと考えています。

計算科学の観点

第一原理に近いシミュレーションモデルを用いることで、数値実験として実際の実験に近い結果を得ることが可能となります。そのような数値実験は核融合専用スーパーコンピュータJFRS-1なくしては達成できませんでした。一方で、今回の数値実験の対象は数ミリ秒の短い時間間隔に限定されています。この研究で得られた物理基盤はプラズマの生成時間全体(現在のトカマク装置では数十秒、ITERでは300〜500秒程度)を模擬するための統合プラズマシミュレータへ組み込むための簡約化モデルの開発とその高度化に役立つものと考えられます。​

今後の展開

理論シミュレーション研究としては高速ヘリウムと低速ヘリウムの蓄積や排出を制御する物理機構の解明を継続して行う必要があります。核融合反応を制御するための手法を拡大するためには、本研究で得られた手法のみならず、その他の手法を検討していく必要があります。最先端のスーパーコンピュータ上で数値実験を行うことで、新しいアイデアを試し、物理基盤を拡げることが可能です。さらにJT-60SAやITERを用いた実験を通じた検証によりモデルの精度を高めることで、信頼性のある予測を行う重要なツールとして今後も活用されることが期待されます。

用語説明

1) トカマク
磁場によって高温のプラズマを閉じ込める核融合のための方式または装置の一つです。トーラス状(ドーナツ状)のプラズマを取り囲むように設置したトロイダル磁場コイルに通電し、トーラスの大周方向にトロイダル磁場を作り、また、プラズマ中に電流を発生させることによりトーラスの小周方向にポロイダル磁場を作ります。この2つの磁場の作用で螺旋状の磁力線の籠ができ、これで高温のプラブマを閉じ込めます。将来の核融合炉に最も有力とされるプラズマ閉じ込めの方式で、JET、JT−60SA、ITERもトカマク型を採用しています。本研究では、JETにおいてITERの長パルス運転のために計画されたプラズマパラメータを数値実験に採用しました。

2) エネルギー増倍率
エネルギー増倍率とは、核融合反応を起こすために投入したエネルギーと核融合反応で発生したエネルギーとの比率であり、Q値と呼ばれています。Q=1のときを臨界プラズマ条件と呼びます。ITERではQ=10を目標としています。

3) JET
JET(Joint European Torus 欧州トーラス共同研究施設)は、イギリスにあるトカマク型核融合実験装置です。JETは世界で初めて重水素と三重水素を用いて核燃焼実験を行いました。2021年には2回目の核燃焼実験が行われています。JETは1983年に運転を開始し、2023年まで実験を行う予定です。

4) EUROfusion
EUROfusionは、欧州連合、英国、スイス、ウクライナにある核融合研究機関のコンソーシアムです。

5) 核融合実験炉イーター
我が国は、世界7極35か国の国際協力により、実験炉の建設・運転を通じて核融合エネルギーの科学的・技術的実現可能性を実証するITER(イーター)計画を推進しています。現在、サイトがあるフランスのサン・ポール・レ・デュランスにおいて、運転開始に向けた建屋の建設や機器の組立が進められているとともに、各極において、それぞれが調達を担当する様々なイーター構成機器の製作が進められています。

ITER鳥瞰図
イーター計画に関するホームページ https://www.fusion.qst.go.jp/ITER/ (日本語)
イーター機構のホームページ https://www.iter.org/ (英語)

6) JT-60SA
幅広いアプローチ(BA)活動として日欧共同で実施するサテライト・トカマク計画と我が国で検討を進めてきたトカマク国内重点化装置計画の合同計画として、茨城県那珂市の量研那珂研究所に建設された先進超伝導トカマク装置であり、現時点では世界最大の装置となります。
URL:https://www.qst.go.jp/site/jt60/5150.html(日本語)

7) 幅広いアプローチ活動
幅広いアプローチでは ITER計画を補完・支援するとともに、原型炉に必要な技術基盤を確立するための先進的研究開発を実施します。実施主体は日本と欧州であり、実施地は青森県六ヶ所村(量研六ヶ所研究所)と茨城県那珂市(量研那珂研究所)です。六ヶ所村で国際核融合エネルギー研究センター(IFERC)事業、国際核融合材料照射施設の工学実証・工学活動事業が、那珂市でサテライト・トカマク計画事業が行われています。国際核融合エネルギー研究センターでは原型炉設計・R&D調整センターを軸としつつ、ITER遠隔実験センター、計算機シミュレーションセンター(CSC)の副事業から成り、核融合原型炉に必要な研究開発の中心的拠点としての役割を果たしています。CSC副事業はITER、JT-60SA、原型炉開発のための日欧のシミュレーション研究に計算機資源を提供し、ITER計画を含む核融合研究を支援することを目的としています。

8) 核融合専用スーパーコンピュータ
量研六ヶ所研究所に設置されているスーパーコンピュータです。1号機HELIOS(通称は六ちゃん)は 2012 年〜2016 年の5年間、幅広いアプローチ活動のもと日欧共同運用され、IFERC CSCプロジェクトに貢献しました。LINPACK 性能値は 1.237 ペタフロップスであり、核融合専用スーパーコンピュータとしては当時、世界最大規模のものでした。現在は、2018 年 6 月から2号機 JFRS-1(Japan Fusion Reactor Simulator 1 通称は六ちゃんーII)が稼働中です。LINPACK 性能値は2.79ペタフロップスです。この研究ではJFRS-1の計算資源を有効利用しました。

9) 数値トカマク実験計画 (NEXT 計画:Numerical EXperiment Tokamak)
六ヶ所研究所・プラズマ理論シミュレーショングループにおいては、高度計算科学の応用研究の一環として、数値トカマク実験(NEXT)計画を進めており、スーパーコンピュータを利用して超並列計算手法を駆使した、基本原理に基づく大規模シミュレーションにより、炉心プラズマおよびダイバータ(周辺)プラズマの多面的で複雑な振る舞い(マルチスケール・マルチフィジックス)の解明を目指しています。
https://www.qst.go.jp/site/jt60/5280.html

論文情報

題目: Energy-selective confinement of fusion-born alpha particles during internal relaxations in a tokamak plasma
著者: ビアワーゲ アンドレアス (量研)、篠原 孝司 (東大、量研)、Ye.O. Kazakov (LPP-ERM/KMS、ベルギー)、V.G. Kiptily (UKAEA、イギリス)、Ph. Lauber (Max Planck IPP、ドイツ)、M. Nocente (ミラノ大学、NRC, イタリア)、Ž. Štancar (Jošef Stefan Institute、スロベニア)、隅田 脩平 (量研)、矢木 雅敏(量研)、J. Garcia (CEA、フランス)、井手 俊介 (量研)、JET Contributors
掲載誌: Nature Communications (オープンアクセスジャーナル)
掲載巻: 13 (2022) 記事番号: 3941 掲載年月日: 2022 年 7月 8日 17:14JST
URL: https://rdcu.be/cReCd  DOI: 10.1038/s41467-022-31589-6

2001原子炉システムの設計及び建設
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