2022-10-20 国立極地研究所,東京大学大気海洋研究所,海洋研究開発機構,富山県立山カルデラ砂防博物館,北見工業大学,富山大学,山形大学
国立極地研究所の津滝俊助教、藤田秀二教授、川村賢二准教授、東京大学大気海洋研究所の阿部彩子教授を中心とする研究グループは、南極氷床内陸部にあるドームふじ地域において、過去30年にわたって観測された氷床レーダデータを解析し、氷床下の大陸地形(基盤地形)を詳細に明らかにしました。ドームふじ地域は、南極観測第X期6か年計画の重点研究観測において、これまでに人類が手にした最古の深層アイスコア(80万年)よりもさらに古い、過去100万年を超える新たな深層アイスコアの掘削が予定されている場所です。
本研究では、高い利得をもつレーダアンテナを用いてアンテナビームの指向性を改善することで(図1)、基盤地形の判別の精度を向上させました。さらにドームふじ基地の南方域では、尾根や谷が樹枝状に連なる、複雑な山岳地形の存在を明らかにしました。この成果は、新たなドームふじ深層アイスコアの取得に向けて、その掘削地点の選定にも不可欠な知見をもたらしました。
図1:レーダアンテナを搭載した雪上車。
国立極地研究所 藤田秀二教授撮影。
研究の背景
南極大陸は巨大な氷床に覆われていて、その厚さは東南極で平均2キロメートル以上となっており、ドームふじ地域では3キロメートルを超える場所もあるほどです。氷床は、降り積もった雪や霜が自重により氷化することによって形成されます。そのため、氷床内部には層構造がみられ、各層には雪や霜が堆積した当時の地球環境を反映する物理構造や物質が含まれています。南極氷床内陸にあるドームふじ(図2a)では過去に2度の深層アイスコア掘削が行われ、その解析によって過去72万年におよぶ地球環境変動史が解き明かされてきました。
氷床内部や底面での氷の状態は、アイスコアが掘削された場所以外では直接確認することができません。氷床内部の層構造や大陸地形を広域に探索する方法としては、レーダ技術が有効です。レーダとは、電磁波を対象物に向けて発射し、その反射波から対象物までの距離を測る装置で、身近な例として雨雲レーダなどがあります。氷床のレーダ探査では、雪上車や航空機に搭載したアンテナから鉛直下方に向かって電磁波を照射し、氷床の内部層や底面からの反射波を解析して、厚さ3キロメートルを超える氷床内部の構造を明らかにします。国立極地研究所では、1980年代から雪上車に搭載する氷床探査レーダを開発・利用し、沿岸から内陸までの氷床内部構造や、氷床下の基盤地形を明らかにしてきました。
図2:(a)東南極の昭和基地とドームふじ地域を示す地図。赤枠は(b)で示す領域。等高線は氷床表面高度を200メートル間隔で示す。(b)ドームふじ近傍において、第26~60次南極地域観測隊(JARE26~60)で実施した氷床レーダ探査の測線。等高線は20メートル間隔で示す。背景はRADARSAT-1 L1画像(©CSA, 1997)。
2022年から2029年にかけて、ドームふじ地域において3度目となる深層アイスコア掘削が計画されています。この第3期深層掘削計画では、これまでに掘削された氷試料よりも古い、過去100万年を超えるアイスコアの掘削を目標としています。そのような古いアイスコアを取得するには、氷床底面での氷の融解や、氷床流動による層構造の乱れがなく、氷が良い状態で保存されている場所で掘削することが前提となります。ところが、氷床の下に広がる南極大陸には広大な平野もあれば山脈もあるため、氷床の厚さや内部層構造は、水平方向にほんの数キロメートル離れただけでも大きく変化します。
研究チームは、氷床深部の内部構造や基盤地形を詳細に明らかにするため、氷床レーダアンテナの利得が増えるように改良を行い、高解像度での探査を実施しました。さらに、1990年代以降に取得されてきた複数の氷床レーダデータ(図2b)と合わせて解析することにより、ドームふじ地域における詳細な基盤地形図の作成を目指しました。
成果の内容
本研究では、国立極地研究所が保有する複数の氷床探査レーダを使用しました。雪上車搭載型のレーダアンテナを、高い利得をもつように改良しました(図3a、3b)。その結果、アンテナから照射される電磁波が、氷床内部のより狭い範囲に集中し、氷床と基盤地形境界の判別の精度が大きく向上しました(図3c、d)。この新しいアンテナを用いて、第59次南極地域観測隊(2017年度)では総走行距離2990キロメートル(総面積約10000平方キロメートル)、翌年の60次観測隊では2780キロメートル(同1500平方キロメートル)に及ぶ氷床レーダ探査を実施し(図2b)、ドームふじ近傍の広い範囲において、氷床内部の層構造や基盤地形を詳細に明らかにしました。
図3:(上段写真)氷床レーダアンテナを搭載した雪上車。国立極地研究所 藤田秀二教授撮影。(a)54次隊で使用した改良前のアンテナ、(b)59次隊で使用した、高い利得を持つ改良後のアンテナ。
(下段)ドームふじ基地とNDF観測拠点間の同一の場所で取得した、氷床深部のレーダエコー画像。(c)54次隊で改良前アンテナ(写真a)と、(d)59次で改良後アンテナ(写真b)を使用したときのそれぞれの観測結果。赤線は自動で抽出した大陸基盤地形。
さらに、1990年代以降に国立極地研究所の氷床レーダがドームふじ近傍で取得してきた全ての氷床の厚さ(基盤地形の標高)に関するデータを再解析して統合することで、高い空間分解能(500メートル)を持つ新しい基盤地形図を作成しました(図4a)。その結果、この地域における氷床の厚さは1800~3500メートルの範囲で変化していて、航空機レーダ観測を軸とする先行研究の結果と比べて、実際の基盤地形はより急峻であることが明らかになりました。特にドームふじ基地の南方域には、尾根や谷が樹枝状に連なる、複雑な山岳形が広がっていることが分かりました。本研究ではさらに、新しい基盤地形図をもとに、氷床底面に液体の水が存在した場合に、どのように流れるのかをシミュレーションしました(図4b)。その結果、ドームふじ南方域にある山脈の周辺には、複数の河川状のネットワークと、未発見の新たな氷床底湖や水たまりの存在を示唆する重要な知見を得ました。
図4:(a)第26~60次南極地域観測隊で取得した氷床レーダデータをもとに作成した氷床の厚さの分布。等高線は100メートル間隔で示す。基盤地形の高さは、氷床表面高度(図2a)から氷床の厚さを差し引けば得られる。(b)氷床の厚さや基盤地形高度をもとに計算した水理ポテンシャル。水理ポテンシャルとは、流体のエネルギー状態を表すもので、流れはこの値の高い方から低い方に生じる。青点線は、水理ポテンシャル分布から推定された、氷床底面での水の流路。赤線は氷床の厚さ2500メートルの分布を示す。赤丸は氷床底湖や水たまりの存在が推定される場所を示す。
今後の展望
本研究では、基盤地形の判別精度を大幅に向上することで、氷床下に広がる大陸地形を高い空間分解能で明らかにし、ドームふじ基地の南方域には、複雑な形の山脈が広がっていることを明らかにしました。さらに、ドームふじ近傍に未発見の氷床底湖の存在を示唆する知見を得ました。今後の第3期ドームふじ氷床深層掘削に向けて、ドームふじ近傍で過去100万年を超える古い氷が安定して存在する場所を推定することが不可欠です。本研究で明らかにした詳細な基盤地形は、古い氷が存在する可能性の高い場所を制約する上で、重要な手がかりとなります。第63次南極地域観測隊(2021年度)では、本研究の結果をもとに絞り込んだ掘削候補地域において、さらに詳細なレーダ観測を実施しました。今後はそれらのデータを統合して、最終版となる基盤地形図を完成させ、第3期ドームふじ深層アイスコア掘削地点の選定を進める予定です。
発表論文
掲載誌:The Cryosphere
タイトル:High-resolution subglacial topography around Dome Fuji, Antarctica, based on ground-based radar surveys over 30 years
著者:
津滝 俊(国立極地研究所 南極観測センター/気水圏研究グループ 助教)
藤田 秀二(国立極地研究所 気水圏研究グループ 教授)
川村 賢二(国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授)
阿部 彩子(東京大学大気海洋研究所 教授)
福井 幸太郎(富山県立山カルデラ砂防博物館 学芸課長補佐)
本山 秀明(国立極地研究所 極地工学研究グループ 教授)
保科 優(元 名古屋大学大学院環境学研究科)
中澤 文男(国立極地研究所 気水圏研究グループ 助教)
小長谷 貴志(東京大学大気海洋研究所 特任研究員)
大野 浩(北見工業大学 工学部 准教授)
大藪 幾美(国立極地研究所 気水圏研究グループ 特任研究員)
齋藤 冬樹(海洋研究開発機構 研究員)
杉浦 幸之助(富山大学 学術研究部都市デザイン学系 教授)
鈴木 利孝(山形大学 学術研究院 教授)
DOI:10.5194/tc-16-2967-2022
URL:https://doi.org/10.5194/tc-16-2967-2022
論文公開日:2022年7月27日
研究サポート
本研究はJSPS科研費(新学術領域研究、JP17H06320;基盤研究S、JP17H06104;基盤研究S、JP18H05294;若手研究、JP18K18176;新学術領域研究、JP20H04978)、および、南極地域観測事業(JARE)重点研究観測の助成を受けて実施されました。
お問い合わせ先
(研究内容について)
国立極地研究所 南極観測センター/気水圏研究グループ 助教 津滝 俊(つたきしゅん)
国立極地研究所 気水圏研究グループ 教授 藤田 秀二(ふじたしゅうじ)
(報道について)
国立極地研究所 広報室
富山大学 総務部総務課 広報・基金室
国立大学法人山形大学総務部総務課秘書広報室