ラマン分光によって単一分子のジュール熱発生のミクロな仕組みを解明

ad

2022-10-13 分子科学研究所

発表のポイント

◆ 単一分子感度をもつ探針増強ラマン分光を応用し、フラーレンの単一分子接合におけるジュール熱発生を分光学的に観測することに成功した

◆ フラーレンが金属電極間に架橋構造を形成すると電子-分子振動間の結合が強くなり、大きなジュール熱発生が起こることを明らかにし、その強弱は電極材料によって制御できることを示した

◆ 本研究は分子エレクトロニクスの分野で重要な単一分子接合におけるジュール熱の理解と制御につながると期待される

概要

金属電極間に一つの分子が架橋した単一分子接合におけるジュール熱発生の理解の制御は分子エレクトロニクスの分野における未解決課題の一つです。

分子科学研究所メゾスコピック計測研究センターの熊谷崇准教授が率いる国際研究チームは、フリッツ-ハーバー研究所(ドイツ)と共同で探針増強ラマン分光の最新技術を応用し、フラーレンの単一分子接合におけるジュール熱発生を分光学的に観測することに成功しました。その結果、単一分子にジュール熱が発生する微視的な仕組みを解明し、またその強弱を決める因子について明らかにしました。

本研究成果は、2022年10月5日に「ACS Nano」誌のオンライン速報版で公開されました。

研究の背景

私たちが普段使っているパソコンやスマートフォンなどの電子デバイスではその内部にある集積回路を流れる電流によってジュール熱(注1)が発生します。放熱が追い付かず、あまりに高温になってしまうと動作に不具合が生じる原因になります。また、ジュール熱は電気コンロや電気ストーブで熱の発生に利用されるなど日常的に身近な現象であると言えます。私たちが目の当たりにするこれらの電気を用いたマクロな加熱現象はジュールの法則によって説明されます。しかし、単一分子に電流を流すようなミクロな状況ではどうでしょうか? 単一分子に金属電極をつなぐことはナノサイエンス・ナノテクノロジーの分野では確立された技術で単一分子接合と呼ばれています。これは一つ一つの分子を集積回路の素子としてデバイスを構築する分子エレクトロニクス(注2)における最も基本的な構造として重要です。しかしながら、単一分子接合におけるジュール熱の発生はよく理解されておらず、その有無についても議論がなされていました。これまでの実験では単一分子接合に流れる電流を制御することはできましたが、ジュール熱の発生を直接観測することは困難でした。

研究の成果

今回、研究チームは単一分子感度をもつ探針増強ラマン分光(注3)の最新技術を応用し、精緻に制御された単一分子接合におけるジュール加熱を分光学的に観測することに成功しました。ラマン分光(注4)では量子力学的な振動状態を計測することで分子の加熱を観測することができます。実験では単一のフラーレン分子を走査トンネル顕微鏡(注5)の探針先端に取り付け、それを対向電極となる金属単結晶表面へと接触させることで単一分子接合を形成しました。この単一分子接合に電圧をかけて電流を流し、その際に起こる加熱をラマン分光によってモニターしました。この実験によってフラーレン分子を金属単結晶表面に接触(ショート)させると単一分子接合を流れる電子と分子振動との相互作用が強くなり、大きなジュール熱が発生することを明らかにしました。研究チームはさらに対向電極となる金属単結晶の材料を変えることでジュール加熱の強弱を制御できることを示しました。

(a) 実験の模式図。(b) フラーレンの単一分子接合で計測した探針増強ラマン分光スペクトルのバイアス電圧依存性。上がストークス線、下が反ストークス線のスペクトルを示しており、反ストークス線のスペクトルが単一分子のジュール加熱についての情報を含んでいる。このラマン分光スペクトルを詳細に解析することによって単一分子のジュール加熱のミクロな仕組みを明らかにした。

今後の展開・この研究の社会的意義

分子エレクトロニクスの草分けとなった単一分子接合における整流特性が理論的に示されてからおよそ50年になりますが、ジュール熱という基本的な物理現象についても十分な理解が得られていないのが現状です。本研究は電子デバイスの究極的な小型化を目的とする単一分子素子の実現に向けた基礎研究であり、単一分子のジュール熱の制御に必要な知見を与えるものです。

用語解説

(注1)ジュール熱:
導体に電流を流すと発生する熱。微視的には,導体に電流を流すと自由電子が導体中の原子核と衝突しながら移動するために,原子核の熱運動が激しくなる。この過程によって生じた熱をジュール熱という。ジュール熱の強弱は電子と原子核の運動(振動)との相互作用によって決まる。

(注2)分子エレクトロニクス:
単一分子または数個のレベルで独立した電気特性(素子)を発揮させようとするナノサイエンス・ナノテクノロジーの分野。1973年にAviram と Ratnerによって理論的に提唱された単一分子ダイオードに端を発すると考えられている。

(注3)探針増強ラマン分光:
ラマン分光(注4)と走査プローブ顕微鏡(注5)とを組み合わせた計測技術で、単一分子感度をもつ振動分光法の一つ。

(注4)ラマン分光:
物質に光を当てたとき、散乱された光の中に、当てた光とは異なる色の光が含まれる現象を用いた分光手法。分子振動の観測に幅広く用いられている。ラマン分光の名称はラマン散乱の発見者、チャンドラセカール・ラマン(1930年のノーベル物理学賞受賞)に由来する。

(注5)走査トンネル顕微鏡:
鋭く尖った探針を導電性試料の表面に近づけ、針先と表面との間に流れるトンネル電流から表面の原子レベルの電子状態、構造を観察する顕微鏡。この派生技術は走査プローブ顕微鏡と総称される。

論文情報

掲載誌:ACS Nano
論 文:Joule Heating in Single-Molecule Point Contacts Studied by Tip-Enhanced Raman Spectroscopy
著 者:Borja Cirera, Martin Wolf, Takashi Kumagai
掲載日:2022年10月5日(オンライン公開)
DOI:https://doi.org/10.1021/acsnano.2c05642

研究グループ

分子科学研究所
フリッツ-ハーバー研究所

研究サポート(科研費の種別または具体的番号、JSTのプロジェクト名など)

科研費、帰国発展研究(19K24684)
JST、創発的研究支援事業(JPMJFR201J)

研究に関するお問い合わせ先

熊谷 崇(くまがい たかし)
分子科学研究所、准教授

報道担当

自然科学研究機構 分子科学研究所
研究力強化戦略室 広報担当

ad

0400電気電子一般
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました