なぜ宇宙再電離は非一様に進んだのか?

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2022-08-25 東京大学

石本 梨花子(天文学専攻 博士課程)
柏川 伸成(天文学専攻 教授)
柏野 大地(名古屋大学 特任助教)
三澤 透(信州大学 教授)
大越 克也(東京理科大学 教授)

発表のポイント

  • 宇宙再電離と呼ばれる初期宇宙空間の電離状態の変化について、場所によってその進行具合が異なることの原因が、紫外線輻射場のゆらぎであることを明らかにした。
  • 再電離が早く進んでいる領域と遅く進んでいる領域を初めて系統的に調べ、宇宙の透明度と銀河密度の間に整合性のある関係があることを初めてつきとめた。
  • 今回の研究によって初期宇宙の宇宙再電離の解明に一歩近づいた。今後観測領域を増やすとともに、次世代の望遠鏡・観測装置による観測を進めることで、宇宙の歴史をより一層理解できることが期待される。

発表概要

130億年程度昔の宇宙では、それまで中性だった宇宙空間のガスが初代天体によって電離(注1)されるという宇宙空間の大きな変化があったとされています。これは宇宙再電離と呼ばれる初期宇宙の一大イベントですが、その詳細な過程や原因は解明されていませんでした。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻の石本梨花子大学院生、柏川伸成教授らは、宇宙再電離の進行具合が場所によってまちまちであることの原因を探るため、すばる望遠鏡を用いて再電離の進行の遅い領域・早い領域の観測を行いました。その結果、進行の早い領域では銀河密度が高く、逆に進行の遅い領域では銀河密度が低いことが世界で初めてわかりました。この結果をシミュレーションと比較し、周囲の紫外線の強さのゆらぎが再電離の進行の非一様性の原因であることを結論づけました。本研究では、これまで観測されなかった再電離の進行が早い領域についても銀河分布を調べ、宇宙再電離の過程の解明にせまるものとなりました。

発表内容

約138億年前、誕生したばかりの宇宙は高温ですべての物質は電離していました。その後、宇宙が膨張するとともに温度が下がって物質はいったん中性になりましたが、やがて誕生した初代天体の出す光によって再び電離され、現在の宇宙になったと考えられています。この過程は宇宙再電離と呼ばれ、銀河間ガスや電離源となる天体の性質・空間分布にも依存する初期宇宙の一大イベントですが、詳細な過程や原因はいまだ明らかではありません。宇宙再電離の進行の程度を探る手段として、遠方宇宙に存在するクェーサー(注2)と呼ばれる明るい天体のスペクトル(注3)とを利用する方法があります。クェーサーから出発した光は、地球に届くまでの間に中性ガスを通過すると散乱されるため、クェーサーのスペクトルの一部が暗くなって観測されます(図1)。


図1:クェーサーから出た光は、私たち観測者のもとへ届くまでの間に通過した中性ガスの影響を受けます。したがって、クェーサースペクトルを調べることで、クェーサーと地球の間の宇宙に中性ガスが多いのか少ないのか、再電離の進行具合を調べることができます。今回の研究では、そのようにして再電離の進行を調べた場所で撮像観測を行い、銀河の分布を調べました。


クェーサーの光がどの程度吸収されているか、すなわち宇宙の透明度のようなものを測定することで、地球とそのクェーサーの間での再電離の進行の程度がわかります。つまり、クェーサーのスペクトルの一部が暗い(明るい)=通過した中性ガスが多い(少ない)=再電離が遅い(早い)、という関係になります。この方法によって、これまでに数多くの場所での宇宙の透明度が測定されています。驚いたことに、同じ時代でも場所によって透明度は大きく異なり、再電離は宇宙全体で一様に進行したわけではないことがわかってきました。さらに、宇宙におけるガスの密度のゆらぎだけではこの場所による透明度の違いは説明できないことが指摘されており、再電離の空間的非一様性の原因は謎に包まれていました。

非一様性の原因にはさまざまなものが考えられていますが、そのうち有力なものとして、紫外線輻射場(注4)のゆらぎと銀河間ガスの温度のゆらぎの2つが考えられてきました。紫外線輻射場のゆらぎが原因の場合、再電離が進行している領域ほど銀河が多いことが予測されていますが、温度のゆらぎが原因の場合は、反対に、再電離が進行している領域ほど銀河が少ないことが予測されています(注5)。したがって、再電離の進行具合が極端な領域で銀河探査を行い、その場所での銀河が多いのか少ないのか、どちらの予測に一致するのかを調べれば、再電離の非一様性の原因が特定できることになります。本研究に先駆けて、銀河分布が調べられた領域もありますが、対象は2領域にとどまり、また、再電離の進行の遅い領域に限られているためさまざまな解釈が可能であり、確かな結論は得られていませんでした。

本研究では、すでに観測されているクェーサースペクトルを用いて、赤方偏移(注6)が5.7、約128億年前の時代の宇宙の透明度を調べました。その中から再電離の進行が極端に遅い領域と早い領域の計3領域を狙って、すばる望遠鏡ハイパーシュプリームカム(注7)を用いて撮像観測を行いました。得られた画像から、透明度を測定した時代と同じ時代に存在するライマンアルファ輝線銀河(注8)と呼ばれる種族の銀河を検出し、その分布を調べました。その結果、再電離の進行が早い領域ではライマンアルファ輝線銀河が多く、進行の遅い領域では銀河が少ないことが密度分布から明確に示されました(図2)。この結果は再電離の進行が早い領域ほど銀河密度が大きいという紫外線輻射場のゆらぎを原因とするモデルの予測と一致します。より定量的に調べるため、宇宙の透明度と銀河密度の関係を先行研究で調べられた領域と合わせて見ると(図3)、本研究ならびに先行研究で得られた銀河密度と宇宙の透明度の関係は、ガス温度のゆらぎを原因とするモデルよりも紫外線輻射場のゆらぎを非一様性の原因とするモデルの予測に近いことがわかります。したがって、再電離の進行が空間的に非一様である原因は、紫外線輻射場のゆらぎであることがもっともらしいと言えます。再電離の進行が早い領域で銀河密度を調べたのは本研究が初めてのものであり、再電離の進行と銀河密度の関係が本研究によって初めて確かな統計量で調べられたことになります。


図2:すばる望遠鏡ハイパーシュプリームカムで観測した領域における銀河密度分布の例。色が明るい場所ほど密度の大きいことを表します。視野中心の黄色い四角形は再電離の進行が速い領域を通過するクェーサー視線、白抜きは明るい星の周囲など、データのないところを示します。


図3:宇宙の不透明度を表す指標である銀河間ガスの光学的厚みと、クェーサー視線付近での銀河の相対密度(平均値が1)の関係。赤と青の線がそれぞれ紫外線輻射場・ガス温度のゆらぎに原因がある場合のモデル予測、黒い点と白い点がそれぞれ本研究・先行研究により得られた結果です。


今回の研究により、宇宙再電離の非一様性の原因は紫外線輻射場のゆらぎであることが明らかになりました。しかしながら、これまで調べられたのは赤方偏移5.7の時代のみで、さらに古い時代の観測も必要です。また、今回用いられたライマンアルファ輝線銀河の性質による影響が含まれる可能性も捨てきれません。今後、すばる望遠鏡で建設が進む超広視野多天体分光器を用いて今回の研究で見つけた銀河の分光観測を行うなど、奥行き方向も含めた詳細な空間分布を調べたり、昨年新たに打ち上げられたジェイムズウェッブ宇宙望遠鏡でさらに暗い銀河を観測したりすることによって、より一層、宇宙再電離の理解が進むと期待できます。初期宇宙がどのような変遷を辿ったかを知ることにより、私たちの住む銀河、そして宇宙が、どのように形作られてきたのかという疑問の解明へとつながるでしょう。

本研究は、科学研究費助成事業(課題番号:21H0449, 21H01126, 21K13956)、およびJST 次世代研究者挑戦的研究プログラムJPMJSP2108の支援により実施されました。

発表雑誌
雑誌名
Monthly Notices of the Royal Astronomical Society論文タイトル
The physical origin for spatially large scatter of IGM opacity at the end of reionization: the IGM Lyα opacity-galaxy density relation

著者
Rikako Ishimoto*, Nobunari Kashikawa Daichi Kashino, Kei Ito, Yongming Liang, Zheng Cai, Takehiro Yoshioka, Katsuya Okoshi, Toru Misawa, Masafusa Onoue, Yoshihiro Takeda, and Hisakazu Uchiyama

DOI番号
10.1093/mnras/stac1972

用語解説

注1  電離
原子核の周囲をまわっていた電子が原子から離れ、別々の状態になること。

注2  クェーサー
その中心にあるブラックホールに落ちていく物質が高温になることで遠方でも非常に明るく輝く天体。

注3  スペクトル
天体からの光の波長ごとの強さを示したもの。

注4  紫外線輻射場
各領域での紫外線放射の強さ。これは、その領域近傍にある天体からの放射の合計によって決まり、ここでは水素を電離させる紫外線の放射の強さに注目しています。

注5  再電離非一様性の原因
紫外線輻射場のゆらぎを原因とするモデルでは、銀河が多い領域では電離源が多いため周辺の透明度が高くなり、再電離の進行が進んでいると予測されます。一方、ガス温度のゆらぎを原因とするモデルでは、銀河が多い領域はいったん他よりも早く電離されるものの冷えるのも早く、温度が低いと電離した水素が中性化する効果が促進されるため再電離の進行が遅いと予測されます。

注6  赤方偏移
宇宙が膨張しているため、遠方の天体が出した光は地球に届くまでに引き伸ばされ、本来の光よりも波長が伸びて観測されます。これを赤方偏移といいます。遠ければ遠いほど波長は長くなるので、波長の伸び具合を距離の指標として用います。

注7  すばる望遠鏡ハイパーシュプリームカム
すばる望遠鏡は、ハワイ島マウナケアの頂上に建設された地上最大級の日本の望遠鏡です。今回の研究では、この望遠鏡に設置された、世界最大の視野を持つハイパーシュプリームカムというカメラを用いました。

注8  ライマンアルファ輝線銀河
ライマンアルファ輝線とは、水素原子において、電子が量子数n=2からn=1の準位に落ちた時に発生する波長121.6 nmの光です。このライマンアルファ輝線を強く出していることが特徴の銀河をライマンアルファ輝線銀河と呼びます。波長域の狭い狭帯域フィルターを用いて検出することから、地球からの距離が一定、つまり同じ時代の銀河を選択しやすいため、本研究で用いられました。

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