立方体型分子に電子を閉じこめる~産学連携により前人未到の含フッ素分子の合成に成功~

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2022-08-17 東京大学

1.発表のポイント

◆全ての頂点にフッ素原子が結合した立方体型分子「全フッ素化キュバン」の合成に成功しました。
◆多面体型分子の内部空間に電子を閉じこめた状態を、初めて観測できました。
◆本成果は電子を受けとる分子の設計の常識を覆すものであり、将来的には材料科学の発展への寄与が期待されます。

2.発表概要

東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の杦山真史大学院生、秋山みどり特任助教(研究当時)、野崎京子教授、AGC株式会社岡添隆上席特別研究員らの研究グループは、広島大学大学院先進理工系科学研究科の駒口健治准教授および京都大学大学院工学研究科の東雅大准教授との共同研究により、全ての頂点にフッ素原子が結合した立方体型分子「全フッ素化キュバン」を初めて合成し、その内部に電子を閉じこめた状態を観測することに成功しました。

全ての頂点にフッ素原子が結合した多面体型分子は、その内部に電子を受けとることが理論的に予想されていましたが、合成は達成されていませんでした。本研究グループは、AGC株式会社が開発したPERFECT法(注1)を用いて、世界で初めて全フッ素化キュバンの合成に成功しました。また、この分子の内部に電子を閉じこめた状態を観測することにも成功しました。本成果は、電子を受けとる機能性分子の設計指針に新たな可能性を示すものです。

本研究成果は、2022年8月11日(米国東部夏時間)に米国科学誌「Science」のオンライン版に掲載されました。

3.発表内容

立方体型のキュバン、正十二面体型のドデカヘドラン、サッカーボール型のフラーレンといった多面体型分子は、その美しい構造によって世界中の科学者を魅了してきました。有機合成化学の進歩によって多面体型分子の合成が達成されると、科学者の次の興味は、多面体構造の内部空間に単一粒子を閉じこめることに移りました。これまでに、金属原子や希ガス原子、水素分子、水分子を多面体型分子に閉じこめた例が報告されています。一方で、量子化学計算(注2)によって「多面体型分子の頂点の全ての炭素にフッ素原子が結合していると、その内部空間に電子が閉じこめられる」と予想されていました。これは、電子が入っていない空の分子軌道(注3)が多面体の内部に集合して、電子を受けとりやすいLUMO(注4)を形成するためです(図1)。このような現象は非常に興味深いものですが、全ての炭素にフッ素原子が結合した多面体型分子の合成が難しく、予想の域を出ていませんでした。

このような背景のもと、本研究では立方体型分子キュバンの8つ全ての炭素にフッ素原子が結合した「全フッ素化キュバン」の合成を行いました。これまでの研究例では、キュバンの8つの炭素のうち、最大で2つしかフッ素原子が導入されていませんでした。従来の方法では複数の化学反応によって1つずつフッ素原子を導入するため、8つのフッ素原子を導入するためには多数の手順が必要であり、全フッ素化キュバンの合成は現実的ではないと考えられてきました。そこで、フッ素ガスを用いることで複数のフッ素原子を一挙に結合させる手法を検討しました。有機合成化学の分野においてフッ素ガスは、有機化合物と爆発的に反応し制御が難しいとされ、ほとんど扱われてきませんでした。これに対してAGC株式会社は、フッ素ガスの反応性を制御しながら有機化合物にフッ素原子を導入する技術「PERFECT法」を開発しています。今回本研究グループはPPERFECT法を用いることで、7つのフッ素原子を同時にキュバンに結合させることに成功しました(図2)。さらなる化学反応によって残りの1つのフッ素原子を導入し、全フッ素化キュバンの合成を達成しました。単結晶X線構造解析(注5)の結果から、キュバンの全ての頂点にフッ素が導入されていることが分かります(図2右)。

電気化学測定(注6)および吸光測定(注7)によって、予想通り、全フッ素化キュバンが電子を受け取りやすい分子軌道を持つことが実証されました。また、ガンマ線を照射して全フッ素化キュバンに電子を与え、低温固相マトリックス単離ESR法(注8)によってどのような化学種が生成しているのかを観測しました。その結果、全フッ素化キュバンに与えられた電子が、主に立方体の内部空間に分布していることが明らかとなりました(図3)。

これまで、電子を受けとる分子の設計指針は常に、ベンゼン環のように二重結合を複数繋げることで電子を受けとりやすい分子軌道を作るものでした。これに対して本研究は、二重結合を用いずに電子を受けとる分子を開発した点において、これまでの常識をくつがえす重要な意義を持ちます。今後は、全フッ素化キュバンに閉じ込められた電子の挙動や反応性についてさらに調査し、新たな学理の構築を目指します。電子を受けとる分子は有機エレクトロニクス材料に応用されているため、将来的には材料科学の発展への寄与が期待されます。

本研究は、AGC株式会社の出資により東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻に設置された社会連携講座「フッ素および有機化学融合材料・生命科学講座」で行われました。本研究成果は、大学の最先端の科学的知見と、企業の専門的な技術の融合によってもたらされました。また、科研費「若手研究(課題番号:JP19K15532、JP21K14608)」、「学術変革領域研究・動的エキシトンの学理構築と機能開拓(課題番号:JP20H05839、JP21H05385)」、特別研究員奨励費(課題番号:JP21J21713)、豊田理化学研究所、服部報公会、池谷科学技術振興財団、小柳財団の支援により実施されました。

4.発表雑誌

雑誌名:「Science」(オンライン版:8月11日)
論文タイトル:Electron in a cube: synthesis and characterization of perfluorocubane as an electron acceptor
著者:Masafumi Sugiyama, Midori Akiyama*, Yuki Yonezawa, Kenji Komaguchi, Masahiro Higashi, Kyoko Nozaki, and Takashi Okazoe
DOI番号:10.1126/science.abq0516

5.発表者

杦山 真史(東京大学 大学院工学系研究科化学生命工学専攻 博士課程)
秋山 みどり(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科化学生命工学専攻 特任助教/ 現所属:京都大学 大学院工学研究科分子工学専攻 助教)
米澤 侑希(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科化学生命工学専攻 修士課程)
駒口 健治(広島大学 大学院先進理工系科学研究科応用化学プログラム 准教授)
東  雅大(京都大学 大学院工学研究科分子工学専攻 准教授)
野崎 京子(東京大学 大学院工学系研究科化学生命工学専攻 教授)
岡添    隆(AGC株式会社 技術本部材料融合研究所 上席特別研究員/東京大学 大学院工学系研究科化学生命工学専攻 非常勤講師)

.用語解説

(注1)PERFECT(Perfluorination of an Esterified Compound then Thermolysis)法:有機分子中のすべての炭素-水素結合を炭素-フッ素結合に変換するために開発された方法。

(注2)量子化学計算:コンピュータによるシミュレーションによって分子の電子状態を求め、構造や性質を解析する手法。

(注3)分子軌道:分子内を運動する電子の空間分布を表す。実際に電子が占有する分子軌道と、電子が占有しない空の分子軌道がある。

(注4)LUMO:最低空軌道(Lowest Unoccupied Molecular Orbital)。電子が占有しない空の分子軌道のうち、最も電子を受けとりやすいもの。

(注5)単結晶X線構造解析:単結晶(分子が規則正しく並んだ結晶)にX線を照射し、その回折を測定することにより、結晶中での分子の構造や並び方を決定する手法。

(注6)電気化学測定:溶液状態の分子に電圧をかけ、流れる電流を測定する手法。電子の受けとりやすさを評価することができる。

(注7)吸光測定:溶液状態の分子に光をあて、分子が吸収する光の波長を調べる手法。電子を受けとりやすい分子は、より長い波長の光を吸収する。

(注8)低温固相マトリックス単離ESR法:反応不活性な固体媒体中、低温で目的の化学種を発生させることで、不安定な化学種の分解を抑制して観測する方法(ESR:電子スピン共鳴、Electron Spin Resonance)。

7.添付資料


図1 全フッ素化キュバンが電子を受けとる仕組みとLUMOの分布

fig2
図2 全フッ素化キュバンの合成方法と結晶構造

fig3
図3 全フッ素化キュバンに与えられた電子の分布

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