2022-08-12 国立天文台
総合研究大学院大学/国立天文台の大学院生吉田有宏氏、国立天文台の野村英子教授らの研究チームは、アルマ望遠鏡で取得されたデータをもとに、惑星誕生の現場で物質組成が大きく変化していることを明らかにしました。研究チームは、新たに開発した手法を用いて、うみへび座TW 星まわり原始惑星系円盤の一酸化炭素同位体⽐の測定に成功しました。その結果、一酸化炭素同位体⽐が場所によって大きく変化していることを発見しました。一酸化炭素同位体⽐は、物質のルーツを探る「指紋」としての活用が模索されています。この「指紋」を照合することによって太陽系や太陽系外惑星の物質がどこでどのように作られたのか、あるいは、運ばれてきたのか、そのルーツが解き明かされることが期待されます。
研究結果をもとに作成したうみへび座TW星まわりの原子惑星系円盤中の炭素同位体比の想像図。円盤内縁部の方が、12COに対する13COの割合が高い。
Credit: NAOJ
私たちが住む太陽系は約46億年前に若い太陽をとりまくガスと塵の雲(原始太陽系円盤)の中で生まれたと考えられています。その大まかなプロセスはわかりつつありますが、現在の太陽系の惑星や小惑星、彗星などをかたちづくる物質が原始太陽系円盤のどこで作られ、どのように運ばれてきたのかについては謎が多く残されています。
太陽系形成という「事件」を物質的な側面から解明するための「指紋」となるのが同位体(質量が異なる同一の元素)の組成です。例えば、地球の水に含まれる重水素(水素の同位体)の割合は、宇宙全体の平均値よりも高くなっていることが知られています。一方で、星が生まれる現場である分子雲に含まれる氷でも、重水素の割合が高くなっています。この二つの「指紋」を照合することで、地球の水の一部は太陽が生まれた分子雲で作られた氷に由来する、と推測することができます。
これまでに、惑星系が今まさに誕生している現場である「原始惑星系円盤」という天体が数多く見つかっています。原始惑星系円盤は、太陽系の惑星が生まれた当時の原始太陽系円盤とよく似ていると考えられています。したがって、原始惑星系円盤と太陽系の物質の同位体組成を比較すれば、太陽系の物質が原始太陽系円盤中のどこで、どのように作られたかということがわかるかもしれません。太陽系の物質の同位体組成は、隕石やはやぶさなどの探査機により得られる小惑星や彗星のサンプルなどの分析により明らかになっています。しかし、原始惑星系円盤の分子ガス同位体組成の測定はこれまで一部の分子を除き困難でした。これは、希少な同位体と豊富な同位体の量を正しく同時に測定することができなかったためです。
私たちは、同位体を含む分子の電波スペクトルの今まで着目されてこなかった一部分を使って原始惑星系円盤の同位体組成を測定する新たな手法を開発しました。さらに、その手法をアルマ望遠鏡による観測データに適用し、うみへび座TW星まわりの原始惑星系円盤で、一酸化炭素分子の同位体13COの12COに対する割合を求めました。その結果、円盤内側では13COの割合が高く、外側ではそれに対して4分の1以下になっているということが明らかになりました。今回解析した天体は、原始惑星系円盤の中では比較的歳をとっているものです。したがって、原始惑星系円盤内の物質の進化が進んでおり、その結果として一酸化炭素同位体比も変化したのではないかと考えられます。
当初は、太陽系の多くの天体では12Cと13Cの割合(炭素同位体比)が概ね均一であることから、原始惑星系円盤の13COの12COに対する割合も均一であると予想していました。今回の予想外の結果は、炭素同位体比も水素同位体比のように物質のルーツを探るのに役に立つ「指紋」となりうることを示しています。実際、隕石中の一部の物質では、炭素同位体比が宇宙全体の平均値から外れていることがわかっています。また、最近の太陽系外惑星の大気の観測からは、ある惑星では13COの割合が高く、また別の惑星では13COの割合が小さい、という結果も得られています。このような「指紋」を照合することで、太陽系や太陽系外惑星の物質のルーツを解き明かすことができるかもしれません。
研究チームを率いる吉田有宏氏は「今後、これらの同位体比の変動がどのような要因で起こっているかを明らかにし、より多くの原始惑星系円盤、太陽系外惑星、隕石などの物質の分析を組み合わせることで、太陽系や太陽系外惑星系の物質的起源を探りたいと考えています。」と今後の展望を述べており、本研究のさらなる発展が期待されます。
論文情報
この研究成果は、T. Yoshida et al. “A New Method for Direct Measurement of Isotopologue Ratios in Protoplanetary Disks: A Case Study of the 12CO/13CO Ratio in the TW Hya Disk”として、米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に2022年6月27日付で掲載されました (DOI: 10.3847/1538-4357/ac6efb)。
アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾行政院科技部(MoST)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。