低含水性なのに高イオン伝導性な燃料電池膜:グラフト型高分子電解質膜の構造を初めて観察~親水相内のナノ構造を明らかに~

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2022-08-02 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • 放射線グラフト重合で作製した燃料電池用高分子電解質膜について、これまで未解明だった親水相内の構造を中性子小角散乱に部分散乱関数を組み込んだ新たな手法で解析。
  • 親水相内では約2 nmの水とグラフト高分子からなる共連続相分離構造が形成され、このうち水のみからなる相がイオンチャンネルとして機能し、高イオン伝導性且つ低含水性(高安定性)の発現に寄与していることを解明。
  • 本解析手法で得られた構造データをインフォマティクスに適用することで、イオン伝導性や安定性に優れた高分子電解質膜の構造設計指針が得られることから発電性能や耐久性に優れた燃料電池の創製が期待。

概要

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)量子ビーム科学部門高崎量子応用研究所先端機能材料研究部プロジェクト「高分子機能材料研究」のザオユエプロジェクトリーダーらは、ボタン電池や食塩製造膜など多くの製品に活用されてきた放射線グラフト重合で作製した高分子電解質膜(PEM)「グラフト型PEM」において、50年にわたる研究の中で未解明であった親水相内のグラフト高分子と水が、それぞれ独立に連結した共連続相分離構造であり、この構造では、燃料電池などに利用される汎用PEMには観られない約2 nmの水のみからなるイオンチャンネル相とグラフト高分子相が、それぞれグラフト型PEMが示す高イオン伝導性と低含水性の発現に重要であることを初めて明らかにしました。

本構造解析は、水を含むナノ構造体の解析に有効な中性子小角散乱 (SANS) 測定に、PEMを構成する構造単位に分割した部分散乱関数 (PSF)を組み込んだ新たな手法を適用することで実現できました。解析結果から、高分子機能性材料を構成する各成分の形状やサイズなどを構造データ化できることから、マテリアルズ・インフォマティクスに基づく機能予測研究に活用することで、イオン伝導性や安定性に優れたPEMの構造設計指針が得られ、燃料電池の発電性能や耐久性の大幅な向上が期待されます。

本成果はアメリカ化学会が発行する高分子科学分野で最も権威のある学術誌「Macromolecules」に2022年8月1日(現地時間)に掲載される予定です。なお、本研究は、QSTアライアンス事業の「先端高分子機能性材料アライアンス」と日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(18H03850)の研究の一環として実施されました。

研究背景と内容

放射線グラフト重合1)は、ボタン電池用隔膜や食塩製造用イオン交換膜など多くの製品の製造で実績があり、最近では燃料電池の性能を決める鍵となる材料の高分子電解質膜(PEM)2)への適用が検討されています。放射線グラフト重合により作製したこれらの膜(グラフト型PEM)の内部には、強度を担う疎水相と水素イオン伝導性や含水性などの機能性を担う親水相が存在することが知られています(図1)。

グラフト型PEMの親水相は、イオン交換基であるスルホン酸基(-SO3H)をもつグラフト高分子が水を含んだ状態です。この中を水素イオンが水素極(負極)側から酸素極(正極)側に移動することで、グラフト型PEMは、イオン伝導性を示します。含水性やイオン伝導性などの特性は、グラフト型PEM中のスルホン酸基の数や密度だけでなく、親水相の形態や接続性など複雑な構造の影響を受けることから、更なる性能向上には、分子レベルのナノ構造の制御が必要です。しかし、過去50年間、親水相内の構造を分子・原子レベルで解明することはできませんでした。

量研では、これまで、水を含む構造体の解析に適した中性子小角散乱(SANS)測定3)により、グラフト型PEM全体の構造(疎水相と親水相から成る構造)を明らかにしてきました。しかし、従来のSANS法では、親水相を構成する各成分の形態や接続性など分子レベルの情報までは明らかにできませんでした。親水相内の正確なナノ構造を解明できれば、更なる機能性向上を図るための指針となります。

今回、グラフト型PEMの水素イオン伝導を担う親水相内のナノ構造を解明するために、軽水と重水とでは中性子の散乱が異なることを利用した構造解析手法であるコントラスト変調SANS法(CV-SANS)4)と構成成分に対応する部分散乱関数 (PSF) 5)の算出を組み合わせた解析手法をグラフト型PEMの構造解析に初めて適用しました。

グラフト型PEM中に軽水と重水の組成比が異なる水を含ませてSANS測定することで得たCV-SANSデータを元に、疎水相を構成する疎水性の基材高分子、親水相を構成する親水性のグラフト高分子と水、それぞれの大きさや間隔に着目して解析しました。その結果、これまで親水相には親水性のグラフト高分子と水がランダムに存在するのではないかとの議論がありましたが、高イオン伝導性、且つ低含水性のグラフト型PEMの親水相内には、約2 nmの間隔でグラフト高分子と水の各相が相分離しながら三次元的に繋がった構造(共連続相分離構造6))で存在していることを初めて見出しました(図2)。本ナノ構造は、Nafion®などの汎用の非グラフト型PEMでは見られないユニークなイオンの通り道(イオンチャンネル)です。グラフト型PEMでは、このようなナノメートルオーダーの水相が適切に接続されたイオンチャンネル構造が形成されることで、少ない水でも効率良く水素イオンが流れる特性(高イオン伝導性、且つ低含水性)を発現することを明らかにしました。

グラフト型PEMの親水相内のナノ構造

今後の展望

今回明らかになったナノ構造を重要な指針として、より高機能なグラフト型PEMの合成を進め、発電性能や耐久性を向上した燃料電池の開発を加速させます。また、CV-SANSとPSFを組み合わせた本解析手法を他のグラフト型機能性高分子材料にも適用して正確な構造データを獲得し、QSTアライアンス事業の「先端高分子機能性材料アライアンス」におけるマテリアルズ・インフォマティクスに基づく機能予測研究に活用することで、予測精度の向上、更には機能性材料の創製を図ります。

用語解説

1)放射線グラフト重合
ビニール袋に使われているポリエチレンなどの高分子材料素材にガンマ線や電子線などの放射線を照射することにより高分子材料分子を一部切り取り、そこに別の機能を持った薬品をくっつけることで、高分子材料の特性を改良する技術のこと。園芸の接ぎ木と似ていることから「グラフト(接ぎ木)」と名づけられています。

2)高分子電解質膜
燃料電池の水素極側で発生した水素イオンを空気極側に伝える役割をもつ材料である。代表的な高分子電解質膜として、パーフルオロスルホン酸系高分子のNafion®​がある。

3)中性子小角散乱測定
試料に中性子線をあてて散乱された中性子の強度を検出器で測定することで、試料内のナノ~ミクロサイズの構造を分析する方法である。

4)コントラスト変調中性子小角散乱法
試料内の水と重水の割合を変えると中性子の散乱に対するコントラストが変化することを利用し、試料の内部構造を分析する方法である。

5)部分散乱関数
多成分系の試料の散乱強度(関数)を、成分ごとに分離した関数のことである。

6)共連続相分離構造
相溶性の低い二種類の高分子から成る共重合体で報告されているミクロ相分離構造であり、ミクロ相分離した2種類の成分が共に三次元連続相を形成した構造のことである。

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