2022-05-09 東京大学
発表のポイント
- 高い超伝導転移温度(注1)を導くメカニズムとしては、磁性の量子臨界点(注2)に関連した相互作用がこれまで最もよく知られていた。
- 鉄系超伝導体(注3)において、量子液晶(注4)の量子臨界点に由来した相互作用のみによって高い超伝導転移温度が実現することを世界で初めて実験的に示した。
- 高温超伝導を導く新たな機構となりうるものであり、物質開発においてこれまでにない新たな展開を促すことが期待される。
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の石田浩祐大学院生(研究当時)、芝内孝禎教授、同工学部の大西由吾大学生(研究当時)らは、鉄系超伝導体Fe(Se,Te)において量子液晶の量子臨界点を発見し、これに由来した相互作用が高い超伝導転移温度をもたらすことを初めて実験的に明らかにしました。量子液晶とは、量子力学的な効果によって液晶と類似した状態が固体中に現れたものです。この結果は、これまでよく調べられてきた磁気的量子臨界点による超伝導転移温度の上昇とは異なるメカニズムで、高温超伝導を実現できることを示すものです。
本研究成果は2022年4月29日付けで、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceeding of the National Academy of Sciences USA:PNAS)」に掲載されました。
本研究は科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(領域代表:芝内孝禎教授)[JP19H05823, JP19H05824]等の助成を受けて行われました。
発表内容
研究の背景と経緯
さまざまな固体物質で現れる超伝導状態では、電流を流した時に発生する電気抵抗が消失します。これはエネルギー分野での応用可能性の観点から注目されていることに加え、現象そのもののメカニズムを理解することが学問上非常に重要とされています。
超伝導現象の基礎理論とされているのが、1957年にBardeen、Cooper、Schriefferの3人が提唱したBCS理論というものです。BCS理論では、固体中に存在する2つの電子がなんらかの相互作用によってペアを組んでおり、このペアが無数に重なり合った状態が超伝導状態に対応します。この電子がペアを組むための相互作用がどのようなものなのかが超伝導転移温度に大きく関係します。
アルミニウム(Al)や鉛(Pb)などの単体金属の場合、電子と結晶格子の間の相互作用を媒介としてペアを組みます。このような機構は最も古くから知られているもので、従来型の超伝導としばしば呼ばれています。従来型の場合、その超伝導転移温度をシミュレーションによりおおよそ予測することが可能です。
しかしながら、1980年ごろから、この予測より高い温度で超伝導状態となる物質が現れました。これはすなわち、ペアを形成する電子間の相互作用が従来型のものと異なることを示唆しており、非従来型の超伝導といわれています。その代表例が銅酸化物超伝導体(注5)や鉄系超伝導体です。このような非従来型超伝導のメカニズムを理解することは現代物理学において最重要課題の1つであり、世界中で精力的に研究されています。
非従来型超伝導を導く相互作用として最もよく調べられてきたのが電子のもつスピン(注6)に由来した磁気的相互作用です。これを裏付ける実験的証拠の1つが、電子スピンが整列した反強磁性状態の量子臨界点付近を中心として相図上でドーム状に超伝導転移温度が変化するというものでした。量子臨界点とは絶対零度で相転移(注7)を起こす条件のことを指し、ここでは量子力学的効果により相転移を起こそうとする不安定性が特に強くなります。反強磁性状態の量子臨界点に近づくにつれて磁気的な不安定性が強くなるため、それに呼応して超伝導転移温度が上昇しているのではないかと考えられてきました。
一方で、最近では量子液晶状態と呼ばれる、新しい電子状態が非従来型超伝導体において現れることがわかってきています。量子液晶状態とは、量子力学的効果によって電子の集団がある特定の方向に配向性を示した状態です。この量子液晶状態の量子臨界点が超伝導とどのような関係にあるかは特に興味が持たれています。しかしながら、量子液晶状態はこれまで電子のスピンが整列したり、電荷の大きさが周期的に変化したような電子状態が現れた結果、副産物として現れることが多く、そもそも量子液晶状態が単独で現れないことが、実験的に超伝導との関係を調べる上で難点となっていました。
研究成果の内容と意義
本研究では、鉄系超伝導体の1つであるセレン化鉄(FeSe)に注目しました。この物質は例外的にスピンや電荷の整列を起こさず、量子液晶状態のみを示します。結晶の中のセレン(Se)を一部テルル(Te)で置換することで、この量子液晶状態への転移温度は減少していき、ある特定の組成で絶対零度となり消失します。興味深いことに、この消失する組成量付近を中心として、相図上でドーム状に超伝導転移温度は変化していきます(図1)。
図1:図中の四角は量子液晶状態へ変化する温度(Ts)、三角は超伝導状態へ変化する温度(Tc)を表す。量子液晶状態への不安定性がカラープロットとして示されている。量子液晶状態の量子臨界点の周りで、特に超伝導転移温度が上昇していることがわかる。
実際に量子液晶状態が消失する点が量子臨界点に対応するのかを確認するためには、量子液晶状態への不安定性を調べることが必要です。その方法の1つとして、試料を伸び縮みさせた場合に電気抵抗がどのくらい変化するかを測定する手法があります。量子液晶状態への不安定性が大きければ、その配向しようとしている方向に試料を伸縮させると敏感に反応して電気抵抗が変化します。この手法を用いて、この不安定性がSeとTeの比を変えるにつれてどのように変化するかをきめ細かく調べたところ、ある組成で量子液晶状態の量子臨界点が実現していることを強く支持する結果が得られました。
今回の結果は、純粋な量子液晶状態に由来した電子間に働く相互作用が超伝導転移温度を上昇させることを実験的に初めて示したものです。これは、これまで確立していた磁気的相互作用によるものとは異なる機構で実現していると考えられます。今後この仕組みをよりさまざまな実験で精査していくことが、非従来型超伝導体の研究における新たな潮流になることが期待されます。また、銅酸化物超伝導体においても量子液晶状態の量子臨界点と高温超伝導の関係が議論されているため、本研究成果はそのメカニズム解明や今後の超伝導物質の開発に向けた大きな指針となることが予想されます。
発表雑誌
雑誌名:2022年4月29日付 「米国科学アカデミー紀要(Proceeding of the National Academy of Sciences USA:PNAS)」
論文タイトル:「Pure nematic quantum critical point accompanied by a superconducting dome」
著者:Kousuke Ishida*, Yugo Onishi, Masaya Tsujii, Kiyotaka Mukasa, Mingwei Qiu, Mikihiko Saito, Yuichi Sugimura , Kohei Matsuura, Yuta Mizukami, Kenichiro Hashimoto, and Takasada Shibauchi*
DOI番号:10.1073/pnas.2110501119
アブストラクトURL:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2110501119
発表者
石田 浩祐(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 大学院生(研究当時))
大西 由吾(東京大学工学部 物理工学科 大学生(研究当時))
芝内 孝禎(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)
用語解説
(注1)超伝導転移温度
金属の温度を下げていくと、ある温度で、通常の電気抵抗を持つ状態から、電気抵抗が消失する超伝導状態に転移することを超伝導転移と呼び、その温度のことを超伝導転移温度とよぶ。この転移温度が高いほど、冷却コストを抑えられるため、超伝導応用には高い超伝導転移温度が重要となる。
(注2)量子臨界点
絶対零度において、化学組成や圧力などの温度以外のパラメータを変化させたときに、物質の状態が変化する点。通常、物質の状態が変化する時には、熱の助けを借りて相転移(注7)が起こるが、絶対零度では全く異なる量子力学的な原因で相転移が起こるため、量子臨界点は一種の特異点としてとらえられる。量子臨界点付近では、物質の状態の変化のしやすさ、つまり不安定性が大きくなるため、通常の状態とは異なる物性がしばしば出現する。宇宙の成り立ちを知るのにブラックホール(一種の特異点)を調べるのが役立つように、物質の状態の起源を解明するためにはその特異点(臨界点)を調べる事が重要である。
(注3)鉄系超伝導体
2008年に東京工業大学の細野秀雄教授(当時)のグループによって最初に発見された、鉄を含む超伝導物質。常圧下では銅酸化物に次いで高い超伝導転移温度を示す一連の物質群である。
(注4)量子液晶
物質中の電子の外場に対する応答が、量子力学的な効果により、方向により異なる性質(異方性)を示す状態。古典的な液晶では、棒状や円盤状の高分子がある特定の方向に向きを揃える状態が実現し、ネマティック液晶ディスプレイなどに応用されている。物質中に多数存在する電子がある特定の方向に流れやすいなどの方向性(異方性)を持つ状態を液晶になぞらえて、量子液晶、電子ネマティック、などと呼ぶ。鉄系超伝導体や銅酸化物高温超伝導体(注5)の転移温度以上の常伝導状態をはじめ、さまざまな物質で量子液晶の状態が発見されている。このような状態がなぜ起きるのか、また高温超伝導とどのような関係があるのかは、現在精力的に研究されている。
(注5)銅酸化物超伝導体
1986年にBednorzとMüllerによって最初に発見された、銅と酸素を含む超伝導物質。それまでに知られていた超伝導物質よりも高い転移温度を示し、超伝導物質研究が急速に進展した。常圧下で100ケルビン(摂氏マイナス173度)を超えるものも存在する。この功績からBednorzとMüllerには、発見翌年の1987年にノーベル物理学賞が授与されている。
(注6)スピン
量子力学的な内部自由度を表す概念で、粒子が持つ角運動量の1種。電子が持つスピン角運動量は1/2の量子数で表され、アップスピンとダウンスピンの2状態を持つことが知られており、これらの状態が揃うことで磁性が発現する。
(注7)相転移
ある条件を境にして物質の状態が急激に変化すること。水は温度や圧力によって固体、液体、気体に変化するが、これは相転移の身近な例である。
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