制御シミュレーション実験~気象制御に向けた新理論~

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2022-03-28 理化学研究所

理化学研究所(理研)計算科学研究センターデータ同化研究チームの三好建正チームリーダー(開拓研究本部三好予測科学研究室主任研究員、数理創造プログラム副プログラムディレクター)、キウェン・ソン大学院生リサーチ・アソシエイトの研究チームは、気象制御に向けた制御シミュレーション実験の新理論を考案しました。

本研究成果は、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し、極端風水害の脅威を軽減するための理論研究の発展に貢献すると期待できます。

今回、研究チームは、簡単なカオス力学系として知られるローレンツ3変数モデル[1]を使って、制御シミュレーション実験(Control Simulation Experiment;CSE)を考案・実行し、当該モデルにおける制御可能性を明らかにしました。ローレンツ3変数モデルは右側と左側の二つのレジーム[2]を持ち、時間の経過に伴って左右を交互に行き来します。いつレジーム遷移[2]が起こるかは、カオス性[3]により予測可能性に限界があります。CSEでは、微小な制御入力を与えることでレジーム遷移を防ぐことに成功しました。ローレンツ3変数モデルの代わりに実際の気象モデルを使うことで、これまでの気象の予測可能性研究から、新たに制御可能性研究への扉が開かれます。

本研究は、科学雑誌『Nonlinear Processes in Geophysics』オンライン版(3月28日付:日本時間3月28日)に掲載されました。

背景

気候変動が進み、豪雨や台風などの気象災害が増えています。防災・減災などを目的として、例えば豪雨の発生場所を人里に影響のない地域にずらすことができれば、気象災害という理不尽な不遇におびえることはなくなります。全ての豪雨を完全に思い通りに制御できなくとも、能動的な介入操作を連続的に行い、少しでも望む方向へ制御しながら、それに応じた対応や人間の社会活動の最適化を行うことで、気象災害リスクを大幅に減らすことができます。このように気象災害の脅威から解放された社会を2050年に実現したい社会像として掲げ、三好建正チームリーダーらは2021年1月から半年間、ムーンショット型研究開発事業 新たな目標検討のためのビジョン策定(ミレニア・プログラム)の課題「気象制御可能性に関する調査研究」に取り組みました。

1950年代から始まったコンピュータを使った数値天気予報は、当初30年ほどの間に数理モデルや計算アルゴリズムが進化し、その後1980年代頃からの30年ほどの間に予測可能性の研究や方法が進展しました。これにより、数値天気予報の精度は着実に向上してきました。これまで天気予報の研究は予測可能性に注力しており、予測精度の向上のため、実測データを数理モデルに取り込む「データ同化[4]」が高度に発展してきました。一方、データ同化の方法は制御の方法と共通しているため、予測の対となる制御の視点で天気予報の研究を新たに展開するための準備が整ってきたともいえます。

また、気象はカオス的性質を示します。「バタフライ効果」として知られるこの性質は、1匹の蝶の羽ばたきが数日先の嵐を引き起こす例えで知られるように、わずかな違いが後の大きな違いを引き起こします。このために予測が難しく、予測可能性に限界が生じますが、逆にいえば、わずかな違いを人為的に作り出し、これが後の大きな違いとなることも意味しています。予測可能性の理解が深まってきた今、新たに制御可能性を切り開く準備が整ってきました。

気象のデータ同化や予測可能性の研究では、その理論研究として低次元の数理モデルがしばしば使われます。その代表的なものの一つがローレンツ3変数モデルです。ローレンツ3変数モデルは右側と左側の二つのレジームを持ち、時間の経過に伴って左右を交互に行き来します。いつレジームが遷移するかは、モデルのカオス性のため予測可能性に限界があります。今回、研究チームはこのローレンツ3変数モデルを使って制御シミュレーション実験の理論や方法について研究しました。

研究手法と成果

研究チームはまず、ローレンツ3変数モデルを実装し、時系列データを作成しました(図1左)。次に、この時系列データを真の状態と仮定し、ノイズを加えて観測データとしました。ここでは、真の状態は完全には知り得ないものとし、不完全な観測を行うためにノイズを加えました。そして、この観測データを使ったデータ同化によって真の状態を推定する観測システムシミュレーション実験(OSSE)[5]を行いました。データ同化手法の一つであるアンサンブルカルマンフィルタ[6]を適用したところ、3個のアンサンブルによって精度よく真の状態を推定できることを確認しました。

次に、制御シミュレーション実験(Control Simulation Experiment;CSE)を設計しました。上記のOSSEの3個のアンサンブルを使った予報のうち、1個以上がレジーム遷移を予報した場合に制御入力を与えることで、真の状態を変化させることにしました。OSSEでは真の状態が変化することはありませんが、CSEはこれを制御対象として変化させる新たな方法です。CSEの制御入力の大きさや範囲などを変えることで、制御可能性を調べることができます。

ローレンツ3変数モデルではレジーム遷移が予測対象となるため、制御対象としてレジーム遷移を選び、制御入力によりレジーム遷移を防ぐことを狙いました。その結果、観測データのノイズの大きさと比べてわずか3%の大きさの制御入力により、レジーム遷移を防ぐ制御可能性が明らかになりました(図1右)。

ローレンツ3変数モデルの軌道の3次元プロットの図

図1 ローレンツ3変数モデルの軌道の3次元プロット

左:制御入力がなく、左右ニつのレジームを遷移する軌道を示す。
右:制御入力によってレジーム遷移を防ぎ、右のレジームに軌道がトラップされている。

今後の期待

本研究は、ローレンツ3変数モデルを使うことで、CSEという新たな方法論を切り開き、当該モデルのレジーム遷移を防ぐ制御可能性を明らかにしました。今後、ローレンツ3変数モデルの代わりに実際の気象モデルを使うことで、これまでの気象の予測可能性研究から、新たに制御可能性研究への扉が開かれると期待できます。

補足説明

1.ローレンツ3変数モデル
エドワード・N・ローレンツ博士が1963年にアメリカ気象学会の科学雑誌『Journal of Atmospheric Sciences』に発表した論文「Deterministic Nonperiodic Flow」で用いられた3変数のカオス力学系モデル。

2.レジーム、レジーム遷移
レジームとは状態や体制を意味する。異なるレジーム間の移動をレジーム遷移(レジーム・シフト)という。

3.カオス性
わずかな違いが後の大きな違いを引き起こす性質のことで、1匹の蝶の羽ばたきが数日先の嵐を引き起こす例えから「バタフライ効果」としても知られる。

4.データ同化
シミュレーション結果を、実際の観測結果と突き合わせて修正する手法。シミュレーションで作られた世界は、そのままでは現実世界とかけ離れていくので、実際の観測結果と突き合わせて修正する。

5.観測システムシミュレーション実験(OSSE)
仮想の観測システムをシミュレーションし、数値天気予報における有効性を評価する仮想シミュレーション実験。OSSEはObserving Systems Simulation Experimentの略。

6.アンサンブルカルマンフィルタ
アンサンブルとは、フランス語で「一緒に」「ひとそろい、全体」という意味で、複数のシミュレーションを実行して、同等に確からしい「パラレルワールド」を作り、予測のばらつきを表現する。例えば、3個のアンサンブル予報では、3個の独立なシミュレーションを並行して実行する。アンサンブルの数が増えるほど統計上のランダム誤差が減少するが、必要な計算能力も格段に増加する。アンサンブルカルマンフィルタは、複数のシミュレーションによるアンサンブル予報を用いて、日々変動する誤差を考慮する高度なデータ同化手法で、数値天気予報の標準的手法の一つ。

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業 新たな目標検討のためのビジョン策定(ミレニア・プログラム)の課題「気象制御可能性に関する調査研究」および理研の大学院生リサーチ・アソシエイト制度の支援を受けて行われました。

原論文情報

Takemasa Miyoshi and Qiwen Sun, “Control simulation experiment with Lorenz’s butterfly attractor”, Nonlinear Processes of Geophysics, 10.5194/npg-29-1-2022

発表者

理化学研究所
計算科学研究センター データ同化研究チーム
チームリーダー 三好 建正(みよし たけまさ)
(開拓研究本部 三好予測科学研究室 主任研究員、数理創造プログラム 副プログラムディレクター)
大学院生リサーチ・アソシエイト キウェン・ソン(Qiwen Sun)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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