二次元ディラック電子の量子異常を実証~トポロジカル絶縁体表面での半整数量子ホール効果を観測~

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2022-01-28 理化学研究所,東京大学,東北大学金属材料研究所,科学技術振興機構

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関量子伝導研究チームの茂木将孝客員研究員(東京大学大学院工学系研究科博士課程(研究当時))、十倉好紀チームリーダー(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)、川村稔専任研究員、強相関界面研究グループの川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、東京大学大学院工学系研究科の髙橋陽太郎准教授(理研創発物性科学研究センター統合物性科学研究プログラム創発分光学研究ユニット ユニットリーダー)、岡村嘉大助教、森本高裕准教授、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授らの共同研究グループは、トポロジカル絶縁体[1]と磁性トポロジカル絶縁体[2]の積層薄膜において、半整数(1/2)に量子化されたホール伝導度[3]を観測しました。

本研究成果は、トポロジカル絶縁体表面に存在する単一の二次元ディラック電子[4]に関する量子異常[5]を反映したもので、今後、単一ディラック電子を利用したさらなる基礎物理研究の展開が期待できます。

今回、共同研究グループは、独自に開発したトポロジカル絶縁体「(Bi1-xSbx)2Te3(Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)」と磁性トポロジカル絶縁体「Cr0.24(Bi0.27Sb0.73)1.76Te3(Cr:クロム)」の積層薄膜に対して、テラヘルツ帯[6]の透過光の偏光[7]を測定し、半整数に量子化された磁気光学効果[7]を観測しました。また、電気伝導測定によっても半整数量子化ホール伝導度を観測し、二つの独立した測定手法でこの現象を確かめました。

本研究は、科学雑誌『Nature Physics』オンライン版(1月27日付:日本時間1月28日)に掲載されます。

二次元ディラック電子の量子異常を実証~トポロジカル絶縁体表面での半整数量子ホール効果を観測~

積層構造(左)と磁性トポロジカル絶縁体表面に生じるパリティ異常

背景

通常の金属中の電子は自由粒子のように振る舞いますが、特殊な物質では、伝導電子が特殊相対性理論に従う相対論的粒子[4]として振る舞うことが知られています。このような物質は特異な電気応答や光学応答を示すことから、非常に注目され、精力的に研究が進められています。例えば、炭素原子が二次元面内に六角形に結び付いたグラフェンや、本研究で着目したトポロジカル絶縁体と呼ばれる物質の表面に、相対論的粒子の一つである「ディラック電子」が存在することが分かっています。

こうした相対論的粒子の量子理論では、さまざまな異常(量子異常[5])の存在が知られています。二次元のディラック電子では、ゲージ対称性[8]の下でパリティ(空間反転)対称性[8]および時間反転対称性[8]が保存されない「パリティ異常[5]」を生じることが知られています。パリティ異常の重要な帰結の一つとして、ホール伝導度が量子化ホール伝導度e2/h(e:電気素量、h:プランク定数)の半分の値をとる「半整数量子ホール効果」が起こります。

量子理論によれば、この異常を回避するために二次元系のディラック電子は必ずペア(対)で存在することが知られています。一方、三次元系物質の表面や界面の場合にはその制限がなく、単一のディラック電子が存在できます。トポロジカル絶縁体がその実現例であり、単一ディラック電子が試料の上表面と下表面に存在しています。従って、どちらかの表面だけ時間反転対称性を破ることができれば、パリティ異常に伴うホール伝導度の半整数量子化を測定できると期待できます。これまでの研究では、上と下の両表面からの寄与による量子ホール効果[3]および量子異常ホール効果[3]が観測されてきました注1、2)。しかし、片側の表面からの寄与だけを測定することは困難であったため、半整数量子ホール効果はまだ確認されていませんでした。

注1)2014年8月18日プレスリリース「量子異常ホール効果の量子化則を実験的に検証
注2)2015年4月14日プレスリリース「トポロジカル絶縁体の表面ディラック状態の量子化を実証

研究手法と成果

共同研究グループは、薄膜結晶成長手法の一つである分子線エピタキシー法[9]を用いて、トポロジカル絶縁体積層構造薄膜を作製しました(図1左)。非磁性のトポロジカル絶縁体である(Bi1-xSbx)2Te3(Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)と、磁性不純物(Cr:クロム)を添加した磁性トポロジカル絶縁体Cr0.24(Bi0.27Sb0.73)1.76Te3の積層構造において、Crが添加された磁性層側の表面では時間反転対称性が破れているため、上表面だけでパリティ異常(半整数量子ホール伝導度)の発現が期待できます。このパリティ異常に伴うホール伝導度を測定するために、テラヘルツ光偏光測定と電気伝導測定を行いました。

テラヘルツ光偏光測定では、1ケルビン(K、約-272℃)まで冷却した試料の透過光の偏光を測定しました(図1右)。透過するテラヘルツ光は非常に低エネルギーのため、試料でほぼ吸収されずに透過します。この際、磁性層の表面におけるホール伝導度によって偏光回転(ファラデー回転)が生じます。本研究で得られたファラデー回転角[7]を先行研究注3)の整数量子化値と比較すると、その半分の値をとることが分かり、ホール伝導度が半整数量子化されていることを確認しました。

磁性トポロジカル絶縁体/非磁性トポロジカル絶縁体積層薄膜でのTHz磁気光学測定の図

図1 磁性トポロジカル絶縁体/非磁性トポロジカル絶縁体積層薄膜でのTHz磁気光学測定

左:作製したInP(In:インジウム、P:リン)基板上のトポロジカル絶縁体(青)と磁性トポロジカル絶縁体(緑)の積層構造。
右:透過THz(テラヘルツ)パルスの透過光を測定することで、偏光回転角を測定する。


次に、テラヘルツ光測定で用いた試料の電気伝導特性を高精度に測定するため、図2に示した素子に加工しました。冷却した試料において得られた縦電圧とホール電圧の値からホール伝導度を計算すると、e2/(2h)(約1.937×10-5Ω-1)という半整数量子ホール伝導度になることが分かりました。この半整数量子ホール伝導度は、50mK~2Kと幅広い温度領域で生じることも分かりました。さらに、試料の組成を変えた多数の試料でも同様の結果が得られることが分かり、本結果が物質の内因的な現象であることが確認できました。

積層薄膜試料の電気伝導測定用素子の図

図2 積層薄膜試料の電気伝導測定用素子

点線で囲われた領域が薄膜試料に対応し、明るい橙色部分は電極に対応する。


以上のように、テラヘルツ光偏光測定と電気伝導測定という二つの独立した実験で、パリティ異常によるホール伝導度の半整数量子化を観測しました。特に、テラヘルツ光偏光測定の結果は、電気伝導測定で関わるような試料形状や電極の存在によらない現象であることを示しています。一方、電気伝導測定では、試料形状や電極の影響を限りなく減らすような素子を用いて、ホール伝導度を高精度で測ることができました。つまり、この二つの測定手法は互いに補完的な関係にあります。

注3)2016年7月20日プレスリリース「トポロジカル絶縁体の量子化磁気光学効果の観測

今後の期待

今回のトポロジカル絶縁体表面におけるパリティ異常の実証は、単一ディラック電子系の最も基本的な原理を実験的に確かめたことに相当し、今後、単一ディラック電子の物理のさらなる展開が期待できます。

例えば、今回の磁性/非磁性の積層構造において、磁性側表面に単電荷[10]を近接させると、その表面に磁気単極子像[10]が生じると考えられています。単電荷と磁気単極子のペアは、その複合粒子である「ダイオン」と同様の振る舞いをすると考えられているため、その実験検証が待たれるところです。

また、非磁性側の表面ディラック電子に超伝導体を近接させることで、試料端にマヨラナエッジ状態[11]が安定的に現れることが理論的に予測されており、これを利用した量子コンピューティング[12]への発展も期待できます。

補足説明

1.トポロジカル絶縁体
物質中の電子状態の幾何学的性質(トポロジー)を反映して、中身は電気を通さない絶縁体であるが、表面では電気を通す金属となる特殊な物質。

2.磁性トポロジカル絶縁体
トポロジカル絶縁体に磁性元素を添加することで、磁石の性質を持たせたもの。

3.ホール伝導度、量子ホール効果、量子異常ホール効果
磁場中を電子などの荷電粒子が動くと、ローレンツ力によって荷電粒子の動きが曲げられる。その結果、物質内では、電流を流したとき電子の動きが曲げられることで、電流の垂直方向に電圧が生じる。この現象を「ホール効果」、測定される電圧を電流で割った値を「ホール抵抗」と呼ぶ。一方、電圧を加えたときの垂直方向への電流の流れやすさのことを「ホール伝導度」と呼ぶ。磁石の中では、磁場がゼロであっても磁化によってホール抵抗が生じ、これを「異常ホール効果」と呼ぶ。二次元の物質では、ホール効果や異常ホール効果の結果として、ホール抵抗がプランク定数hと電気素量eで表されるh/e2(約25.8kΩ)の値に量子化することがあり、それぞれ「量子ホール効果」「量子異常ホール効果」と呼ぶ。

4.ディラック電子、相対論的粒子
速度が光速に近い粒子について、特殊相対性理論を適用した量子力学を相対論的量子力学と呼び、そこでの粒子を相対論的粒子と呼ぶ。特に、電子などスピンを持つ粒子はディラック粒子(ディラック電子)と呼ばれる。

5.量子異常、パリティ異常
古典論で保存されると予想される対称性が量子理論では保存されないことがあり、それを「量子異常(アノマリー)」と呼ぶ。物性物理学では近年、三次元のワイル粒子(質量のないディラック電子)でカイラル対称性が保存されないカイラル異常や、二次元のディラック電子でパリティ(空間反転)対称性が保存されない「パリティ異常」が、それぞれワイル半金属や二次元ディラック電子系と結び付けられ、精力的に研究されている。

6.テラヘルツ帯
周波数が1012Hz(1兆ヘルツ)付近にある電磁波。電波と光の間の周波数で、両方の特性を持っている。私たちが目で感じられる可視光と比べて、エネルギーは1/500程度。

7.偏光、磁気光学効果、ファラデー回転角
一般に、磁石の性質を持つ物質(磁性体)に光を当てると、透過した光および反射した光の「偏光(振動電場の方向)」が回転する。前者をファラデー効果、その回転角を「ファラデー回転角」と呼ぶ。後者をカー効果、その回転角をカー回転角と呼ぶ。両者の効果を合わせて、「磁気光学効果」という。

8.ゲージ対称性、パリティ(空間反転)対称性、時間反転対称性
自然はあらゆる対称性を持つ。例えば、時間の向きに対して物理法則を変えない「時間反転対称性」や、座標の反転によって物理法則を変えない「パリティ(空間反転)対称性」、位相や座標の変換によって物理法則を変えない「ゲージ対称性」などがある。物質では、その特徴とさまざまな対称性の破れが密接に結び付いている。例えば磁性体では、電子のスピンに対して時間の流れを逆向きにするとスピンの方向が逆を向くことから、時間反転対称性が破れた状態となっている。

9.分子線エピタキシー法
高品質な薄膜を成長させる方法の一つ。超高真空(約10-7パスカル、Pa)中で高純度の単体を加熱蒸発させ、加熱した基板上で薄膜を成長させる。

10.単電荷、磁気単極子
電気を持つ粒のことを電荷と呼び、単一の電荷を持つものを「単電荷」という。一方、単一の磁荷のみを持つものを「磁気単極子(磁気モノポール)」という。磁気単極子としての粒子は、現在に至るまで発見されていない。時間反転対称性の破れたトポロジカル絶縁体表面では、単電荷を近づけた際、内部で磁気単極子が存在するかのような磁気応答を示すことが理論的に予測されている。

11.マヨラナエッジ状態
物質を構成する粒子には、それに対となる反粒子が存在する。例えば、電子の反粒子は陽電子、陽子の反粒子は反陽子である。「マヨラナ粒子」は、反粒子が粒子と同一となるフェルミ粒子の性質を持つ。マヨラナ粒子は他の粒子と異なる統計性を示し、この性質がトポロジカル量子計算に利用できると期待されている。マヨラナ粒子は二次元系の端状態としても観測されうると期待されており、それをマヨラナエッジ状態と呼ぶ。

12.量子コンピューティング
量子力学的な重ね合わせ状態を利用して計算する技術。超大規模な並列計算ができるため、高速な情報処理を可能にすると考えられている。しかし、重ね合わせ状態は外部雑音によって失われやすいという問題がある。そこで、トポロジーの概念を用いることで、外界の影響に対して堅牢なトポロジカル量子計算が実現できると期待されている。

共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関量子伝導研究チーム
チームリーダー 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学卓越教授/東京大学 国際高等研究所東京カレッジ)
客員研究員 茂木 将孝(もぎ まさたか)
(マサチューセッツ工科大学 博士研究員/東京大学 大学院工学系研究科 博士課程(研究当時))
専任研究員 川村 稔(かわむら みのる)
研究員 吉見 龍太郎(よしみ りゅうたろう)
強相関物性研究グループ
客員研究員 安田 憲司(やすだ けんじ)
(マサチューセッツ工科大学 博士研究員/東京大学 大学院工学系研究科 博士課程(研究当時))
強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
上級研究員 高橋 圭(たかはし けい)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ながおさ なおと)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)

東京大学 大学院工学系研究科
准教授 髙橋 陽太郎(たかはし ようたろう)
(理研 創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム創発分光学研究ユニット ユニットリーダー)
助教 岡村 嘉大(おかむら よしひろ)
准教授 森本 高裕(もりもと たかひろ)

東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦(つかざき あつし)
(理研 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成(研究代表者:川﨑雅司)」「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(研究代表者:永長直人)」などによる支援を受けて行われました。

原論文情報

M. Mogi, Y. Okamura, M. Kawamura, R. Yoshimi, K. Yasuda, A. Tsukazaki, K. S. Takahashi, T. Morimoto, N. Nagaosa, M. Kawasaki, Y. Takahashi, and Y. Tokura, “Experimental signature of the parity anomaly in a semi-magnetic topological insulator”, Nature Physics, 10.1038/s41567-021-01490-y

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関量子伝導研究チーム
客員研究員 茂木 将孝(もぎ まさたか)
(マサチューセッツ工科大学 博士研究員)
チームリーダー 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学卓越教授/東京大学 国際高等研究所東京カレッジ)
研究員 川村 稔(かわむら みのる)
強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ながおさ なおと)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)

東京大学 大学院工学系研究科
准教授 髙橋 陽太郎(たかはし ようたろう)
(理研 創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム 創発分光学研究ユニット ユニットリーダー)
助教 岡村 嘉大(おかむら よしひろ)
准教授 森本 高裕(もりもと たかひろ)

東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦(つかざき あつし)
(理研 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
東京大学 大学院工学系研究科 広報室
東北大学 金属材料研究所 情報企画室 広報班
科学技術振興機構 広報課

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
嶋林 ゆう子(しまばやし ゆうこ)

1701物理及び化学
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