安価なドローンで高精度気象観測を実現 ~極域の持続可能な観測網の構築へ向けて~

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2022-01-24 国立極地研究所,北見工業大学

無人回転翼機(ドローン)の社会実装が進む中、気象分野においてもドローンの活用が検討されています。特に、極域や発展途上国など、地上からの観測網が不十分な地域において、ドローンを利用して高頻度・多点展開が可能な気象観測システムを構築できれば、高精度の気象予測計算のための貴重な観測データを得ることができます。目覚ましいスピードで技術開発が進むドローンに、小型気象センサーを搭載し、安全に気象観測を行う時代が目前に迫ってきており、世界的に様々な動きがあります。しかし、機体の排熱による気温測定への影響など、ドローン独自の誤差要因を克服する必要もあるため、気象観測に特化した機体が開発されています。一方、気象観測に特化した機体は、高価で運用に専門的知識が必要となるため、活用シーンが限定されてしまうという懸念もあります。このため、安価で取り扱いが容易な汎用ドローンを用いた気象観測手法を確立することが求められています。

そこで、国立極地研究所の猪上淳准教授、北見工業大学の佐藤和敏助教の研究チームは、汎用ドローンに気象センサーを取り付け、代表的な高層気象観測システムであるラジオゾンデ観測に対して、どの程度の誤差で気象観測が可能かを調べました。室内実験から、プロペラのローターやバッテリーの排熱の影響を受けない場所を特定するとともに、回転するプロペラが作り出す下降流で気象センサーに必要な十分な通風が得られる最適な場所を見出しました。また、日射の影響を軽減する気象センサーの放射シールドを開発しました。寒冷地での野外実験の結果、本研究の観測手法は、ラジオゾンデ観測の気温の鉛直分布と比較して0.2℃以内の誤差で、大気境界層の気象データを取得可能であることを実証しました。さらに、上記の設定を施したドローンであれば、気象観測専用ドローンによる気温データよりも、高精度に観測できることも示しました(図1)。

ドローンによる高頻度・高精度の気象観測を多点に展開できるようになれば、天気予報の予報精度が向上することも期待されます。ラジオゾンデ(注1)の観測網を環境負荷の低いドローンで補完できれば、持続可能な気象観測網の構築のためにも有用であり、本成果はその実現へ向けた重要なステップであると言えます。この成果は、2021年12月2日付のEnvironmental Research誌オンライン版に掲載されました。

図1:本研究におけるドローンを用いた気象観測手法の開発・検証・応用

研究の背景

極域や発展途上国などは天気予報の計算に利用できる観測データが少なく、予報の不確実性の高い地域であることが知られています。また、北極の天気予報の精度の低さが、時には日本を含む中緯度域の台風進路の予測や寒波予測にも影響することが分っています(文献1、2)。したがって、中高緯度の気象の予測精度向上には、極域での観測頻度や観測箇所の強化が効果的であることが先行研究から示されています(文献3)。しかしながら、代表的な高層気象観測の手法であるラジオゾンデ観測の実施には一定の予算が必要不可欠であるため、観測頻度や観測箇所を長期にわたって増やすことは容易ではありません。

天気予報のための新たな観測手法を導入するには、その観測装置の誤差が既存の観測システムと比較してどの程度の範囲なのかを見極める必要もあります。近年開発が進む無人回転翼機(ドローン)は対流圏下層の大気に比較的容易にアクセスできる観測手段として有望視されています。しかし、ドローンの機体周辺の熱環境・風環境を把握しなければ、高精度の気象観測は実現しません。ドローンによる対流圏下層の気象観測の実用化までにはいくつかの課題があります。特に、機体から排出される熱(バッテリーやプロペラのローター)や、搭載する気象センサーの通風状態(通風状態が悪いとデータの時間・空間解像度が悪化)、日射の気象センサーへの影響(太陽放射による気温の過大評価)は、ドローン特有の課題で、室内実験や野外実験が世界各地で行われています。その結果、それらの課題を克服した気象観測に特化したドローンが開発されるようになってきました。しかし、このようなドローンは一般的に価格が数百万円から数千万円と高額で、誰もが入手できるものではありません。また、技術開発が進み機体の買い替えなどの必要性も考慮すると、費用対効果が高いとは言えません。このため、安価で取り扱いが容易な汎用ドローンを用いた気象観測手法を確立することが求められています。

このような背景の下、国立極地研究所の猪上淳准教授らの研究チームは、小さな研究グループや自治体、民間会社でも入手しやすい汎用ドローン(4枚回転翼機Mavic2 Enterprise Dual、以下M2ED)に、気象センサー(iMet-XQ2、以下XQ2)を適切に取り付けることで(図2)、どの程度の精度で気象観測が可能なのかを、室内実験及び野外実験から調べることにしました。

図2:実験に使用した気象センサーを搭載した汎用ドローン(DJI社製4枚回転翼機 Mavic 2 Enterprise Dual)。右前アームに気温、気圧、湿度、GPS位置情報を測定・記録できる気象データロガー(Intermet社製 iMet-XQ2)を取り付け、センサーには本研究で開発した放射シールドを装着。また、頂部にはエアロゾル粒子カウンターとパラシュートを搭載した。(2021年3月25日:北見工業大学オホーツク地域創生研究パークにて; 写真撮影:猪上淳)

研究の内容

本研究では、汎用ドローンを気象観測に用いる際の課題を検討するために、室内実験と冬季の北海道での野外実験(図3)を実施しました。具体的には、特に気温に着目して、①ドローンからの排熱の影響の最小化、②気象センサーのドローンへの搭載方法の最適化、③従来のラジオゾンデ観測や他の気象ドローンとの観測精度の比較を行いました。

まず①として室内実験では、XQ2をどの位置に取り付ければ機体の排熱の影響を受けない観測が実現するかを調査するために、2.5mの高さでM2EDをアルミフレームに固定し、プロペラを回転させた状態で、機体底部の気温分布及び風速分布を計測しました。具体的には、15個のXQ2を鉄のレールに並べ、機体底面から約5cmの高さで、一定の時間・空間間隔で気温を計測しました(図4a)。風速は熱線式風速計を用い、各格子点を1点ずつ計測しました。気温の空間分布を見ると、本体中央と4つのローターを中心に高温域が分布し(図4b)、これは赤外線カメラによる機体底部の熱画像とも一致していました(図4c)。また、風速の分布は各ローターの半径5cm程度の範囲で風の強い領域を確認できました(図4bの白線が密になっている領域)。以上の結果から、機体の排熱の影響を受けない気象観測をするには、プロペラの作り出す下降流で気象センサーに十分な通風を維持できるローターから外側に5cm離れた場所が最適であることがわかりました。この結果を受け、本研究ではM2EDの前方アームにXQ2を固定する方式を採用しました(図2)。

図3:本研究で実施した野外観測点の地図(上段)とドローンから空撮した観測サイトの様子(下段)。野外実験は、北海道北見市にある北見工業大学が北海道北見市から無償貸与を受けているオホーツク地域創生研究パーク(2021年3月23~25日)、及び極寒期の北海道陸別町(2021年2月2~4日)において実施。(写真撮影:猪上淳)

図4:ドローン底面側の気温・風速分布を調査するための室内実験。北見工業大学の体育館において、2020年10月26日及び29日に実施(室内気温は約15℃)。(a)アルミフレームに固定したドローンのプロペラを回転させながら気温を計測、(b)ドローン底部5cm付近の気温(色)と風速(等値線)、(c)赤外線カメラで撮影したドローン底部の熱画像。(写真撮影:猪上淳)


次に②として、太陽放射による影響を排除するために、XQ2の気温・湿度センサーの放射シールドの開発を行いました。先行研究により、日射は気温の高温バイアスをもたらすことが指摘されているため、その対策を行いました。気象センサーに必要な十分な通風が得られる遮光放射シールドを数値実験を参考に設計し(注2)、3Dプリンタによる造形を行いました(図5a,b)。シールド面には放射リフレクターを塗布しました。快晴時の野外実験にて、放射シールドの有無による気温計測への影響を評価したところ、日射に伴う高温バイアスを0.1℃低減できることが明らかとなりました(図5c,d)。また、この放射シールドは、飛行中の気象センサーへの雲粒、雨、雪の付着を軽減できる点でも有効です。

図5:放射シールドの実験。(a)放射シールドの設計(3Dプリンターによる造形出力用)、(b) 放射シールド内部の通風シミュレーション(内部に気温センサーを入れた状態を想定)、(c)放射シールドの有無の影響を調べるための野外実験で使用した汎用ドローン、(d)野外でホバリングさせた状態(高度10m)での気温計測の結果。(写真撮影:猪上淳)


最後に③として、ドローンで取得された気温等の鉛直分布をラジオゾンデ観測と比較しました(図6)。ここではM2EDの他に、より高額な気象ドローンである6枚回転翼機のR-SWMとMeteodrone MM670も同時に飛行させ、本研究で用いた汎用ドローンの観測性能について精査しました。10回分のラジオゾンデ観測データを比較した結果、本研究で開発した観測手法を適用したM2EDが、ラジオゾンデ観測データにもっとも近い値を得られることが分りました(対地高度500m以下で0.2±0.4℃の精度)。他の気象ドローンは0.5℃以上の高温バイアスが認められました。この誤差は日射量や風速と比例する傾向があるため、センサーシールドや強風に伴うローターの負荷が気温計測に大きく影響することが示唆されました。

図6:ラジオゾンデ(Vaisala社RS41-SGP)及び気象ドローンM2ED, R-SWM(タイプエス社), MM670(Meteomatics社)との野外比較実験。ラジオゾンデに対する各種ドローンの(a)気温バイアス、(b)相対湿度バイアス。値がゼロに近いほどラジオゾンデの観測データと一致していることを意味する。


今回開発した汎用ドローンでの観測手法を用いた寒冷域での気象観測の応用例として、日本で最も寒い町の一つであると言われる厳冬期の北海道陸別町(気温−20℃以下)で、晴れた明け方に地表付近が冷え上空にいくほど気温が高くなる接地逆転層の観測に成功しました(図7)。また、同時に搭載したエアロゾルカウンターにより、日の出の数時間後までエアロゾル粒子の濃度が気温逆転層内で高い状態が観測されるなど、極地特有の環境を計測することも可能であることを示しました。

図7:北海道陸別町における1時間間隔のドローン観測で取得した気温の時間高度断面。日の出時刻(7時)まで地表付近の寒気が発達し、地表面が暖まる10時頃には完全に気温の逆転層が解消される様子が観測された。

今後の展望

本研究では、主に気温の精度に注目しましたが、今後は小型の風速計などを搭載し、より総合的な気象観測が可能なシステムを追求する予定です。また、国内のドローン開発の進展に伴い、観測データや通信の情報漏洩対策を講じたよりセキュアな国産ドローンにこの観測手法を適用することも視野に入れています。一方で、機体に依存した飛行高度限界や航空法上の飛行制限などの諸問題に対して、専門家を交えた議論が必要です。気象観測におけるドローンの社会実装には、気象の専門家以外の様々なステークホルダーが、観測データの取得に興味を持ち、参画することが必要です。北極域など観測データが不十分な地域において、ドローンの社会実装を通じて既存の気象観測網が強化されれば、極端な気象現象の高精度予測にも貢献することにつながります。研究面においても、例えば2022年度から始まる南極地域観測事業において、この手法を南大洋上の大気境界層の観測などに活用する予定です。

発表論文

掲載誌:Environmental Research
タイトル:Toward sustainable meteorological profiling in polar regions: Case studies using an inexpensive UAS on measuring lower boundary layers with quality of radiosondes

著者:
猪上 淳(国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授 兼 国際北極環境研究センター 准教授 / 総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻 併任准教授)
佐藤 和敏(北見工業大学 工学部 助教(地域と歩む防災研究センター 突発災害調査研究部門 所属))
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0013935121017692
DOI:https://doi.org/10.1016/j.envres.2021.112468
論文出版日:2021年12月2日(オンライン公開)

注1:ラジオゾンデ
上空の気温、湿度、風向、風速等を測定するセンサーと測定値を地上に送信するための無線送信機を備えた気象観測器。ラジオゾンデをゴム気球に吊るし世界中でほぼ同時刻に空に放つことで、地上から高度約30kmまでの大気の状態を毎日観測している。ラジオゾンデ観測によって得られたデータは、天気予報や地球環境の調査などに利用されている。

注2:本研究で開発した放射シールドの設計図
その詳細と3Dプリント用のファイルは以下の国立極地研究所ウェブサイト・北極域デジタルアーカイブシステム(ADS)から取得可能。
https://ads.nipr.ac.jp/data/meta/A20210917-001

文献

文献1:北見工業大学、国立極地研究所、海洋研究開発機構プレスリリース「ハリケーンや台風の進路予報の精度向上に北極海での気象観測強化が有効〜気圧の谷の存在で予報精度が悪化していた場合にも精度が改善〜」(2020年9月30日)

文献2:国立極地研究所、海洋研究開発機構プレスリリース「北極の気象観測で日本の寒波予測の精度が向上」(2016年12月21日)

文献3:海洋研究開発機構、理化学研究所、国立極地研究所、京都大学プレスリリース「ひとつひとつの観測データが気象予測に与える影響を簡易に評価可能に―北極の観測データは7日先の北米気象予測の改善に貢献することも明らかに―」(2021年4月30日)

研究サポート

本研究は、JSPS科研費国際共同研究加速基金(JP18KK0292)、基盤研究A(JP18H03745)、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)(JPMXD1420318865)、北極域研究共同推進拠点の公募事業(FS02)の助成を受けて実施されました。また、気象ドローンの運用は有限会社タイプエスと日本気象株式会社により行われました。

お問い合わせ先

(研究内容について)
国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授 猪上淳
北見工業大学 工学部 助教 佐藤和敏

(報道について)
国立極地研究所 広報室
北見工業大学 総務課広報戦略担当

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