2022-01-05 東京大学
1.発表者:
渡邉 悠樹(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 准教授)
2.発表のポイント:
◆塩化ナトリウムの結晶の角に電気素量(注1)の1/8の大きさの電荷が分布することを理論的に解明しました。
◆最も単純で身近なイオン結晶(注2)の一つである塩化ナトリウムの結晶の、これまで知られていなかった電気的性質を発見しました。
◆今回の発見は、塩化ナトリウムに限らず他のイオン結晶も同様に、角や表面に局在した電荷を持つことを示唆するため、産業・工業的応用上のさまざまな場面におけるインパクトが期待されます。
3.発表概要:
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の渡邉悠樹准教授は、米マサチューセッツ工科大学のHoi Chun Po博士研究員(研究当時、現・香港科技大学助教)とともに、「塩」として知られる塩化ナトリウムの結晶の角に、電気素量eの1/8の大きさの電荷が生じる(図1)ことを理論的に解明しました。
塩化ナトリウムは身の回りに存在するイオン結晶の代表例です。今回の研究成果は他のイオン結晶も同様に表面や角に特徴的な電荷を持つことを示唆します。
電荷同士はクーロン相互作用(注3)によって互いに引きつけあったり反発したりするため、表面や角の電荷はイオン結晶の性質に影響を及ぼします。そのため、結晶の角に分数電荷を持つという性質はこれらの物質の産業・工業的応用に際してさまざまな場面で重要になる可能性があります。
本研究成果は、2021年12月30日(米国東部標準時)に米国物理学会誌「Physical Review X」のオンライン版に掲載されました。
本研究は、JSTさきがけ・トポロジカル材料科学と革新的機能創出 「対称性の表現に基づくトポロジカル材料の探索(課題番号:JPMJPR18LA)」、科研費「量子多体系の多極子に対するmodern theoryの構築(課題番号:JP20H01825)」の支援により実施されました。
4.発表内容:
2000年以降、トポロジカル絶縁体(注4)と呼ばれる一連の物質群が注目を集め、世界中で盛んに研究されてきました。トポロジカル絶縁体の中にもさまざまな種類のものがありますが、その代表的なものは「物質内部が絶縁体である一方で、表面は金属的になる」という興味深い性質を示すことが知られています。
近年、トポロジカル絶縁体の研究が進むにつれて、表面も含めて絶縁的であるような絶縁体の中にも、その結晶の角に電気素量eの分数の大きさの電荷を持つものが存在する可能性があることが明らかになってきました。通常、物質の電荷は電気素量eの整数倍の値をとるため、これは驚くべき性質です。これらの絶縁体は、「結晶の構造を完全なものから(一定の条件の下で)徐々に歪めていっても、角の電荷の大きさが電気素量eの分数の値に量子化されていて変化しない」という意味でトポロジカルな性質を持っているということができます。しかしこれまでの研究では、そのような絶縁体を実現する具体的な物質例はメタマテリアル(注5)と呼ばれる人工的な2次元構造物質に限られていました。
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の渡邉悠樹准教授の研究グループは、昨年、絶縁体の角に現れる電荷の大きさを一般的に表す公式を導出し、Physical Review B誌に論文を発表していました。今回の研究では、Hoi Chun Po博士研究員とともに、まずその公式をさまざまな物質に当てはめたところ、塩化ナトリウムという最も基本的なイオン結晶が実はe/8に量子化した電荷を結晶の角に持つ物質の例であることが明らかになりました。さらに、塩化ナトリウムの幾つかのモデルに基づいた解析計算や数値計算を行い、この予想が正しいことを確かめました。また、この結晶の角に現れる分数電荷を直接実験で観測することが可能かどうかを理論的に検討し、原子間力顕微鏡(注6)を用いて試験電荷と角電荷の間に働くクーロン力を測定することにより観測可能であることを明らかにしました(図2)。
今回の研究成果は、塩化ナトリウムに限らずさまざまなイオン結晶が同様の角電荷を持つことを示唆します。イオン結晶は身の回りにあふれており、さまざまな製品に用いられています。電荷同士はクーロン相互作用によって互いに引きつけあったり反発したりするため、表面や角に現れる電荷はイオン結晶の集団としての性質に影響を及ぼします。そのため、結晶の角に分数電荷を持つという性質はこれらの物質の応用に際してさまざまな場面で重要になる可能性があります。
5.発表雑誌:
雑誌名:「Physical Review X」
論文タイトル:Fractional Corner Charge of Sodium Chloride
著者:Haruki Watanabe, Hoi Chun Po*
DOI番号:10.1103/PhysRevX.11.041064
アブストラクトURL:
https://journals.aps.org/prx/abstract/10.1103/PhysRevX.11.041064
6.用語解説:
(注1)電気素量e:電子や陽子の持つ電荷の大きさを表す基礎物理定数。通常、電荷の大きさは電気素量eの整数倍の値をとる。
(注2)イオン結晶:陽イオンと陰イオンがイオン結合で結びつき交互に並んだ結晶構造。代表的なものに塩化ナトリウム型結晶構造や塩化セシウム型結晶構造がある。
(注3)クーロン相互作用:電荷同士に働く力。それぞれの電荷に比例し、電荷間の距離の二乗に反比例する。
(注4)トポロジカル絶縁体:内部は絶縁体であるにもかかわらず表面が伝導性を示すなどの特殊な性質を持つ絶縁体の総称。その性質は、絶縁体に滑らかな変形を加えても変化しないという特徴がある。
(注5)メタマテリアル:人工的に作られた周期構造の総称。フォトニック結晶やフォノニック結晶などさまざまな例がある。
(注6)原子間力顕微鏡:走査型プローブ顕微鏡の一種で、試料の表面と探針との間に働く力を検出する。
7.添付資料:
図1:塩化ナトリウム結晶とその角の電荷の概念図
赤い球が塩化ナトリウム結晶のNaイオン、青い球がClイオンを表す(実際の結晶にはより多数のイオンが含まれます)。
角のオレンジ色の雲が+e/8、水色の雲が-e/8の電荷を表す。
図2:塩化ナトリウム結晶の角付近に置かれた試験電荷に働く力の理論計算
(a) 塩化ナトリウム結晶の角(点O)から距離dの位置(点P)に置かれた試験電荷Qに働くクーロン力Fzの模式図。
(b) クーロン力Fzの距離dに対する依存性の両対数プロット。aは結晶の格子定数。e/8の角電荷を示唆する赤い点線へと漸近する振る舞いが確認できる。