2021-12-24 神戸大学,大阪大学,東京大学
発表のポイント
◆本研究で開発した交流電場印加下での電子スピン共鳴からテラヘルツ電磁波の非相反線二色性の観測に成功しました。
◆50テスラ、2テラヘルツという非常に広い磁場・周波数領域で電子スピン共鳴を行い、得られた磁気励起のエネルギーダイアグラムを研究対象物質のモデル計算により定性的に再現できました。
発表概要
神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの赤木暢助手、太田仁教授と、大阪大学大学院理学研究科附属先端強磁場科学研究センターの萩原政幸教授、鳴海康雄准教授ら、東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻の木村健太助教、木村剛教授と東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の加藤康之助教、求幸年教授の研究グループは、テラヘルツ電磁波の非相反線二色性の観測に成功しました。今後、超高速無線通信(Beyond 5G/6G)の利用に際して、新しいデバイスなどへの利用が期待されます。この研究成果は、12月17日に国際科学誌「Physical Review Research」に掲載されました。
発表内容
研究の背景
誘電性と磁性が強く相関したマルチフェロイックと呼ばれる物質群では、磁場によって電気分極が、電場によって磁化が制御できる電気磁気効果が現れます。研究対象物質のPb(TiO)Cu4(PO4)4は線形電気磁気効果を示すことが知られていました。このような物質に電磁波を透過させると、電磁波の振動磁場成分と振動電場成分が作用し、磁化・電気分極も振動します。マルチフェロイック物質では、電気磁気効果のため、電磁波の吸収において干渉効果が現れます。Pb(TiO)Cu4(PO4)4もこの干渉効果により非相反線二色性(電磁波の進行方向による透過性の違い)の発現が期待でき、可視光領域の電磁波において実際に観測されています。本研究では、テラヘルツ領域の電磁波の非相反線二色性の観測を試みました。
研究の内容
磁性体では、電磁波の振動磁場成分による磁化の振動や歳差運動(磁気励起)が起こります。これは電子スピン共鳴(ESR)と呼ばれ、磁性体の物性を担っている電子スピンの状態を反映しています。このためESR測定は、微視的に電子スピンの状態を調べることができる実験として、一般的に行われています。本研究では、マルチフェロイック物質における特異な磁気励起の研究を目的とし、Pb(TiO)Cu4(PO4)4のESRをパルス強磁場下で、50テスラ、2テラヘルツという非常に広い磁場・周波数領域で調べました。結果の一部を図1に示します。
図1. (左)実験、(右)理論計算で得られたESR共鳴エネルギーの磁場依存性。
図1左が実験結果、右が理論計算により見積もられた磁気励起エネルギーの磁場依存性です。この二つは、非常によく似た形になっていることが分かります。つまり、定性的に実験結果を研究対象物質のモデル計算で再現しており、ここから磁気状態を詳しく理解することができました。
図2. 開発した交流電場印加下での電子スピン共鳴測定による非相反線二色性の観測。外部からの交流電場印加による電気分極の反転に伴い、電磁波の吸収量が変化し、透過電磁波強度が振動している。
また、テラヘルツ領域の電磁波の非相反線二色性にも成功しました。図2のように、通常のESR測定に加え、0.15ヘルツの交流電場を外部から印加するという独自の測定法を用いることで、非常に小さな効果であった非相反線二色性を観測することができました。この方法を利用すれば小さな非相反現象も確実に観測することができます。
今後の展開
本研究のパルス強磁場ESR測定は、大阪大学大学院理学研究科附属先端強磁場科学研究センターにて実施されました。このパルス強磁場ESR測定装置は、50テスラ、3テラヘルツほどの広い磁場・周波数測定領域を有しており、今後さらに多くの物質への研究利用が期待されます。また、テラヘルツ領域の電磁波は、超高速無線通信への利用(Beyond 5G/6G)も計画されており、本研究で観測した非相反線二色性は、新しいデバイスなどへの利用も期待できます。
用語解説
・電子スピン
電子の自転による磁気モーメント。磁性体の磁性の起源となる。
・電子スピン共鳴(ESR)
磁場中の電子スピンに電磁波を加えた際に生じる磁気共鳴現象。よく知られているMRIに用いられる核磁気共鳴(NMR)と原理的に近いものである。物性を担う電子スピンの状態を直接的に観察できるため、物性研究において非常に強力な実験ツールとなり得る。
・テラヘルツ領域の電磁波
電波と光の中間にあるテラヘルツ帯(0.1 THz~10 THz)の電磁波。高速無線通信、非破壊検査やセキュリティ、生物や医療、電波天文学などへの応用が期待されている。磁気励起エネルギーと対応するため、磁性体では電子スピン共鳴が現れる。
・テスラ
磁場強度の単位。地磁気が0.00005テスラ程度、ネオジム磁石は1テスラ程度、超伝導磁石では20テスラ程度、破壊を伴わないパルス磁場では100テスラ程度までの磁場発生が可能。
・パルス強磁場
コンデンサーに貯めた電気エネルギーを一気にコイルに流すことで、超伝導マグネットなどに比べ発生時間は短いが非常に強い磁場を発生することができる。電子スピン共鳴測定は、非常に素早く行うことができるので、パルス強磁場との相性がよい。50テスラを超えるパルス強磁場発生は、国内では、大阪大学と東京大学物性研究所において実現されている。
・非相反線二色性
電気磁気効果を起源として、互いに直交する二つの直線偏光の吸収量が変化する。本研究では、外部からの交流電場による電気分極の反転に伴う吸収量変化を観測した。
謝辞
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究C「CaBaCo4O7における単ドメイン結晶作成とパルス強磁場測定」課題番号19K03745(研究代表者:赤木暢)、基盤研究B「反強磁性体における電気磁気光学特性の電場制御に関する研究」課題番号19H01847(研究代表者:木村健太)、新学術領域「量子液晶の物質科学」における計画研究「量子液晶物質の開発」課題番号19H05823(研究代表者:大串研也)、基盤研究S「フラストレーションが創るスピンテクスチャ」課題番号17H06137(研究代表者:川村光)、挑戦的研究(萌芽)「非破壊パルス強磁場磁束濃縮法による超100T高感度磁化測定」課題番号17K18758(研究代表者:鳴海康雄)の支援を受けています。また、本研究は神戸大学-大阪大学などの四つの研究センターで作るKOFUCネットワークによる取り組みで行っており、さらに実施した実験の一部は、強磁場コラボラトリ―による全国共同利用の支援を受けて行われました。
論文情報
タイトル:“Nonreciprocal linear dichroism observed in electron spin resonance spectra of the magnetoelectric multiferroic Pb(TiO)Cu4(PO4)4”
DOI:10.1103/PhysRevResearch.3.L042043
著者:Mitsuru Akaki, Kenta Kimura, Yasuyuki Kato, Yuya Sawada, Yasuo Narumi, Hitoshi Ohta, Tsuyoshi Kimura, Yukitoshi Motome, and Masayuki Hagiwara
掲載誌:Physical Review Research
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新領域創成科学研究科 広報室