2021-12-07 株式会社東芝
概要
東芝は、大規模で複雑なプラントに設置した数千点のセンサーから得た膨大な時系列データから、プラントの状態の変化の中に埋もれた異常の兆候を早期検知する異常予兆検知AIを開発しました。本AIは、プラントの状態変化に伴う大量のセンサーに跨る複雑な関係を学習することにより、従来では捉えられなかった異常の兆候を逃さず検知します。
異常予兆検知AIは、検知精度の向上に向け様々な研究開発が進められていますが、大量のセンサーを同時に扱い、プラントの状態変化の中に埋もれた異常を精度よく検知するのは本AIが初めてになります(*1)。
本AIを用いて、水処理試験設備の公開データ(*2)で異常検知を実施したところ、検知性能(*3)は従来技術(*4)から12%向上し、世界トップレベルの検知結果(*5)が得られました。この検知性能の向上により、例えば、人が気付いた時点よりも6.8日早い時点で異常の兆候を捉え通知することが可能になります。本技術によって異常を早期に検知することにより、異常や劣化の状態に合わせたメンテナンスを可能にし、CBM(Condition based Maintenance)(*6)による効率的なプラント運用・保守と稼働率の向上が期待できます。当社で開発した異常予兆検知AIは、東芝エネルギーシステムズ株式会社子会社の株式会社シグマパワー有明が運営する三川発電所にて実証実験中であり、大量のデータをオンラインで監視し、早期に異常を検知できることを確認しています。当社は、本技術の詳細を、データマイニングに関する国際会議ICDM2021 LITSA(*7)で12月7日に発表します。
開発の背景
大規模で複雑なプラントでは様々なシステムや機器を監視するために数千点のセンサーが設置されています。プラントを効率的に運用・保守するためには、刻々と変化する膨大なセンサーの値を監視し、異常の影響が拡大する前に早期に検知する必要があります。しかし、全てのセンサー値を運転員が常時監視することは困難です。さらには、熟練者の高齢化による減少や人手不足の問題もあり、大量のデータを効率的且つ高精度に監視する技術の必要性が高まっています。
現在、異常を早期に検知する様々な異常予兆検知AIの開発が進められていますが、大規模で複雑なプラントにおける検知精度の向上が課題となっています。プラントは複雑なシステムであり、正常に運転している時もポンプや配管など各機器の温度や圧力等は、プラント全体の状態や各機器の状態など複数の要因が同時に重なり変動します。センサーから得られる値には、こうした複数の要因の影響が大小様々な信号として同時に入ってきます。従来技術では、これらの信号の変動を正確に学習することができず、ある要因からの信号の異常な変化を、別の要因からの信号の正常な変化と誤認し、異常の検知ができない場合があります。例えば、配管内の流量はプラントの出力変動やポンプ振動などの影響を受け常に変動しているため、配管の亀裂による流量の微小な変動が正常な変動の一部として認識され、異常として検知されないといったことがありました。
本技術の特長
そこで当社は、当社グループがプラントメーカーとして蓄積した知見を活用した独自の深層学習技術を用い、センサー値の微小な変動に埋もれた異常の兆候を検知するAI技術を開発しました。本AIは、二つの深層学習モデルを用いてセンサー値の正常状態を高精度に予測し、センサー値と予測値のずれから、従来では捉えられなかったセンサー値の複雑な変動に埋もれた微小な異常変動を検知することができます(図1)。
当社のプラントの知見から、発電や水処理などポンプを用いて流体を扱うプラントのセンサー値には、二つの主要な信号があることを見出しました。プラントの運転操作や出力変動などに伴い、多くのセンサーで同時に起きる、比較的振幅が大きくて周期が緩やかな「大まかな変動」と、ポンプの振動や局所的な温度変化などに伴って、少数のセンサーで同時に起きる、比較的小さく速い「微小な変動」です。「大まかな変動」と「微小な変動」という異なる変動から得られる二種類の信号を、各々の変動特性に合わせて設計した二つの深層学習モデルで学習し、各モデルからの予測値を足し合わせることで、センサー値の正常状態の高精度な予測を実現しました。
本AIを使用し、水処理試験設備の公開データで異常検知を実施したところ、検知性能は従来技術よりも12%向上し、世界トップレベルの検知結果が得られました。
今後の展望
当社は、東芝エネルギーシステムズ株式会社子会社の株式会社シグマパワー有明が運営する三川発電所(図2)にて本AIの実証実験を進めており、大量のデータをオンラインで監視し、早期に異常を検知するという結果が確認できています(図3)。今後、当社は、発電プラント向けPoC用システムの提供準備を2021年度中に完了します。更には、他の様々なプラントにおいても性能実証を行ってまいります。
本技術を用いた異常予兆検知システムを、ユーザーのニーズに応じToshiba SPINEX Marketplace(*8)への展開や、オンプレミスの両方での提供を目指し検討を進めてまいります。
図1: 異常予兆検知AI
図2: 株式会社シグマパワー有明 三川発電所(福岡県大牟田市)
図3: 実証試験中の画面
*1 当社調べ。2021年12月7日現在。
*2 Water Distribution (WADI): 実際の水処理プラントのスケールダウン版において、異常を発生させたデータセット。
A. P. Mathur and N. O. Tippenhauer, “SWaT: a water treatment testbed for research and training on ICS security,” Proceedings of 2016 International Workshop on Cyber-physical Systems for Smart Water Networks, pp. 31–36, April 2016.
*3 検知性能: F1スコアの値。F1スコアは、検知性能の一般的な評価指標であり、異常を見逃さずに検知できることと、誤検知を起こさないことが、どれだけ両立できているかを示す。
*4 機械学習による複数の最先端の異常検知手法、UnSupervised Anomaly Detection (2020)、OminAnomaly (2019)等。これら各手法との比較を*6の論文に記載。
*5 F1スコアにおいて世界最高の数値。2021年12月7日現在。
*6 Condition Based Maintenance (状態基準保全)。機器の状態を監視し、異常や劣化の兆候を把握することにより、その状態に応じてメンテナンスをする保全方式。
*7 ICDM2021 LITSA: 2nd Workshop on Large-scale Industrial Time Series Analysis, hosted by 21st IEEE International Conference on Data Mining. 12月7日にオンラインで開催される。
S. Naito, Y. Taguchi, K. Nakata, Y. Kato, “Anomaly Detection for Multivariate Time Series on Large-scale Fluid Handling Plant Using Two-stage Autoencoder.”
*8 TOSHIBA SPINEXブランドの産業分野向けIoT(Industrial Internet of Things)サービスのポータルサイト