黒潮とメキシコ湾流の同期現象を発見~大気と海洋の相互影響によってもたらされる異常気象の解明に道~

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2021-10-15 お茶の水女子大学

発表者
  • 神山 翼(お茶の水女子大学 基幹研究院自然科学系 助教)
  • 山上 遥航(東京大学 大気海洋研究所 特任研究員)
  • 三浦 裕亮(東京大学 大学院理学系研究科 准教授)
  • 木戸 晶一郎(海洋研究開発機構アプリケーションラボ ポストドクトラル研究員)
  • 建部 洋晶(海洋研究開発機構環境変動予測研究センター 主任研究員)
  • 渡部 雅浩(東京大学 大気海洋研究所 教授)
発表のポイント
  • 北半球最強の暖流である黒潮とメキシコ湾流は、大陸を隔てて約一万キロメートルも離れています。それにもかかわらず、二つの海流の変動にともなって、日本東方沖とアメリカ東海岸沖の海面水温が数年から十数年のスケールで同時に暖かくなったり冷たくなったりを繰り返す(=「同期」している)現象を発見しました。
  • 本現象は、中緯度地域の上空に一年中存在する強い西風である「偏西風ジェット気流」の変動と結びつき、日本を含む北半球中緯度域の大都市圏を狙い撃ちするかのように、猛暑などの異常気象をもたらします。
  • 本現象の理解が進展すると、北半球中緯度域の大都市圏で発生する異常気象の予測がしやすくなることや、日本東方沖の水温や流れに影響を受けるイワシやサンマの漁獲量に関して、我が国の水産業に貢献する基礎的な知見となることなどが期待されます。
発表概要

北半球最強の暖流である黒潮とメキシコ湾流の変動にともなって、日本東方沖とアメリカ東海岸沖の海面水温が同時に暖かくなったり冷たくなったりを繰り返す現象を発見し、「境界流同期」と名付けました(図1)。これらの暖流は北米大陸をはさんで約一万キロメートル離れているにもかかわらず、中緯度地域の上空に一年中存在する強い西風である「偏西風ジェット気流」の南北移動を介して、互いの海流の強さや流路の変動の情報が交換され、水温を同期させることが明らかとなりました。本現象によってもたらされる、北半球中緯度域の大都市圏を狙い撃ちするような猛暑の分布は、1994年や2018年などに繰り返し観測されています。本研究結果は、10月15日付でScience誌に掲載されました。

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図1: 境界流同期の概念図
黒潮とメキシコ湾流が、「偏西風ジェット気流」の南北移動を介して同期し、地表付近の気温が変動する。地図の赤と青の濃淡は、黒潮とメキシコ湾流がともに暖かくなった際に観測されやすくなる地表または海表付近の気温分布を示す。これに類似する現象として、振り子の同期現象がある。紐に吊り下げられた板の上に置いたメトロノームの針は、板を介して力の向きや大きさを伝達し、不揃いに鳴らしてもいずれそのリズムと向きが揃う。「境界流同期」現象では、偏西風ジェット気流がこの板に類似する役割を果たしている。

発表内容
研究の背景

黒潮とメキシコ湾流は、それぞれ太平洋と大西洋の西側に位置する北半球最強の暖流で、西岸境界流(*1)と呼ばれています。西岸境界流は、熱帯から中緯度帯へ熱を運び、沿岸都市部の地域気象や気候に影響を与えることが知られています。また、西岸境界流の変動は、古気候学や人為起源の気候変動の理解や、水産業などにも幅広く意味を持ちます。

黒潮とメキシコ湾流は、気候科学的な共通点は多いものの、北米大陸を挟んで遠く離れているため、その変動の同時性に着目した研究はこれまでほとんどありませんでした。一方、近年の高解像度衛星観測や、高解像度気候シミュレーションの実現によって、西岸境界流の気候系における役割は従来よりも詳細に調査できるようになりつつあります。

研究の内容

境界流同期の統計的実証
お茶の水女子大学の神山翼助教らは、黒潮とメキシコ湾流の変動にともなって、日本東方沖とアメリカ東海岸沖の海面水温が数年から十数年のスケールで同時に暖かくなったり冷たくなったりを繰り返す(=「同期」している)現象を発見し、境界流同期(boundary current synchronization; BCS)と名付けました。境界流同期は、赤外線で海面水温を測定する高解像度衛星データ、スーパーコンピュータ上に大気や海洋を再現する全球気候モデル(*2)を用いた高解像度シミュレーションの両者において検出され(図2)、さらにクロススペクトル解析やラグ相関解析と呼ばれるデータ解析手法により、その統計的な有意性が示されました。また、大気や海洋をより細かい格子に区切って計算する高解像度なシミュレーションの方が、境界流同期が顕著に現れる傾向にあることが明らかになりました。

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図2: 衛星観測(上段)と高解像度シミュレーション(下段)における海面水温の平年からのずれ。
黒潮(赤線)とメキシコ湾流(青線)の下流域の海面水温を、1標準偏差で割った平年からのずれで示した。黒線はそれらの平均で定義したBCS指数である。

BCS指数の定義・偏西風ジェットを介する同期メカニズムの提唱
そこで、黒潮とメキシコ湾流の近海における海面水温の偏差(平年からのずれ)を、それぞれの1標準偏差で除して平均することにより、BCS指数(*3) を定義しました(図2黒線)。すなわち、黒潮とメキシコ湾流がともに平年よりも暖かいときにはBCS指数が正の値、ともに冷たいときにはBCS指数が負の値になるよう、指数を定義しています。

西岸境界流域の海面水温の変動は、海水の蒸発にともなう大気への熱輸送量の変動などを通して、大気の流れに影響を与えます。そこで、 BCS指数と大気の関係を解析すると、BCS指数が正に大きいとき(二つの海流が平年よりも暖かいとき)は、中緯度地域の上空に一年中存在する強い西風である「偏西風ジェット気流」が北に移動(北偏)する傾向があることがわかりました。逆に大気の流れの変動は、風が海面を引きずる効果などにより、海流を変動させます。シミュレーション結果から、正のBCSでは西岸境界流が離岸して東に向かう地点の緯度が北に移動することがわかりました。たとえば黒潮では、BCS指数がプラス2標準偏差程度のときは、岩手県沖まで流れた後に離岸して東に向かいますが、マイナス2標準偏差程度のときは本州東側を北上せず、本州南方の青ヶ島付近で離岸して東に向かいます。こうした流路の変動は、下流域の海面水温を変動させ、 再び大気の流れに影響を与えます。

ジェット気流の北偏を介した同期のメカニズムは、シンプルな方程式に本質を抜き出した数理モデルでも説明することができ、またBCS指数が正に大きくなった1994年の海面水温上の大気をシミュレーションすることでも検証されました。本研究で得られた結果は、境界流同期は大気と海洋が互いに影響を及ぼし合いながら変動する「大気海洋結合モード(*4)」であるとして整合的に説明されます。ただし、この点は現時点では仮説提唱の段階で、今後さらに検証が必要です。重要な論点は、境界流同期の構成要素として海流から大気への影響が本質的かどうかですが、海面水温変動が大気から海への熱の移動のみでは説明できないこと、海側のシミュレーションに顕著な解像度依存性があることなどから、海流から大気への影響は必要不可欠であると本研究では結論づけています。

●境界流同期のもたらす異常気象
境界流同期にともなう偏西風ジェット気流の変動によって、東アジア、アメリカ西海岸・東海岸、ヨーロッパといった北半球中緯度域の大都市圏をまるで狙い撃ちするかのように、大きな気温変動を生じる傾向があることがわかりました(図3)。二つの海流がともに暖かいときに期待される気温分布が特に顕著に現れた事例として、1994年と2018年の7月の猛暑が挙げられます。ただし実際の気温分布は、より時間スケールの短い大気のゆらぎが決定するので、BCS指数が高ければ常にこの気温分布が持続するとは限らず、あくまでもこの気温分布に近い状態が現れる確率が高くなるだけであるという点には注意が必要です。

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図3: 二つの暖流がともに暖かくなった際の、典型的な地表付近の気温
地図上の赤と青の濃淡は、BCS指数が +1標準偏差と等しいときに期待される7月の気温偏差分布(上段)、および1994年(中段)と2018年(下段)の7月に観測された地表付近の気温偏差分布を示す。

今後の発展と社会的意義

本研究によって、中緯度の異常気象を理解するためには高解像度シミュレーションが必須であることが強く示唆されました。高解像度シミュレーションの方が境界流同期の再現性が高い理由としては、南北に細長い暖流が詳細に表現できることや、その直上の大気と海流との相互作用にある物理現象をより精緻に再現できることが考えられます。本研究は、スーパーコンピュータによる潤沢な計算資源によって、中緯度域の大気海洋現象の理解が飛躍的に深まること、またその結果として異常気象の予測が大きく向上しうることなど、現代の大気海洋科学が今後発展すべき方向の一つを指し示すマイルストーンとなるものであると言えます。

また本研究の結果は、大気海洋科学の知見にとどまることなく農業や水産業への応用に波及することが考えられます。たとえば、黒潮流域において産卵・生育するイワシやサンマの漁獲量は、日本東方沖の水温や流れの影響を受けます。そのため、境界流同期の研究を今後さらに続けていくことで、我が国の水産資源の管理や漁獲予測精度向上への貢献等が期待されます。

本研究は、研究活動スタート支援「黒潮とメキシコ湾流の海面水温同期メカニズムの解明および我が国の気象への影響調査」(19K23460)、学術変革領域研究B「DNA気候学への挑戦」計画研究(20H05729)などの複数の科学研究費助成事業(科研費)のほか、文部科学省 統合的気候モデル高度化研究プログラム領域テーマA「全球規模の気候変動予測と基盤的モデル開発」(JPMXD0717935457)の一部として行われました。

用語説明

(*1) 西岸境界流
海洋から見て西側(大陸から見て東側)において、赤道側から極側に向かって強く流れる海流。南半球では、アガラス海流やブラジル海流などが挙げられる。

(*2) 全球気候モデル
気候の将来予測等に必須となるコンピュータプログラムで、現在も高度化・精緻化を目指して研究が続けられている。今月5日に2021年ノーベル物理学賞の受賞が決まった真鍋淑郎氏が、1969年に世界に先駆けて発表した。

(*3) 指数
注目する情報を代表する時系列。気象学における代表的な指数として、エルニーニョ南方振動現象の状態をあらわす「ニーニョ3指数」などが広く知られている。

(*4) 大気海洋結合モード
大気と海洋が互いに影響を及ぼし合いながら変動する現象。代表例として、熱帯太平洋に存在するエルニーニョ南方振動現象や、熱帯インド洋に存在するインド洋ダイポールモード現象などが知られる。

発表論文

題目:The Gulf Stream and Kuroshio Current are synchronized
著者:Tsubasa Kohyama, Yoko Yamagami, Hiroaki Miura, Shoichiro Kido, Hiroaki Tatebe, and Masahiro Watanabe
雑誌(巻号、発行年月日):Science(Vol. 374, Issue.6565, 15 October 2021)
DOI:10.1126/science.abh3295

【研究に関する問い合わせ先】

お茶の水女子大学 基幹研究院自然科学系 助教 神山 翼
東京大学 大学院理学系研究科 准教授 三浦 裕亮

【取材に関する問い合わせ先】

お茶の水女子大学 企画戦略課(広報担当)
東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室
東京大学 大気海洋研究所 広報室

英語版はこちらをご覧ください。
NEWS RELEASES Synchronicity discovered in the Gulf Stream and Kuroshio ~A path to understanding extreme weather events caused by air-sea interaction~

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