1Fの格納容器内にたまった水の中で金属材料はどう腐食するのか?

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放射線環境下での腐食データベースの構築

2021-10-07 日本原子力研究開発機構,量子科学技術研究開発機構,大阪 大阪府立大学,東北大学,東京大学大学院工学系研究科

【発表のポイント】

  • 長期にわたる東京電力福島第一原子力発電所(以下、1F)の廃止措置を安全かつ継続的に進めるためには、時間の経過とともに進行する原子炉などの材料の腐食を抑えることが重要です。しかし、1F特有の海水等の不純物成分が混入した高い放射線の環境における腐食反応に関するデータは十分に整理されていませんでした。
  • 本研究では、放射線環境下での腐食※1によるトラブルの発生の可能性や対策方法などを検討するうえで重要な、
    1. ①海水混入系ラジオリシスデータベース(水の放射線分解(以下、ラジオリシス)※2のデータをまとめたデータベース)
    2. ②放射線環境下腐食データベース(放射線照射下での鉄を主成分とする合金の腐食データをまとめたデータベース)
    3. ③腐食調査票データベース(1F廃炉工程における潜在的腐食影響※3に関して検討した結果をまとめたデータベース)

    からなる「放射線環境下での腐食データベース」を構築しました。

  • その結果、原子炉格納容器※4(以下、PCV)内にたまっている滞留水の酸性度や海水由来および原子炉の材料から溶出するイオンなどの影響により、材料腐食を加速する原因となる酸化性の成分の濃度が大きく変化することが明らかとなりました。
  • 本成果は、デブリ取り出しに向けた長期にわたる1F廃止措置をより安全に遂行するための足掛かりとなると期待されます。

1Fの格納容器内にたまった水の中で金属材料はどう腐食するのか?

図 放射線環境下にある1F格納容器材の腐食模式図と放射線環境下での腐食データベースの概要
(データベースは①海水混入系ラジオリシスデータベース、②放射線環境下腐食データベース、③腐食調査票データベース、の構成となっております。)

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄)原子力基礎工学研究センター燃料・材料ディビジョン防食材料技術開発グループの佐藤智徳研究副主幹、加治芳行副センター長、安全研究センターの端邦樹研究副主幹、廃炉環境国際共同研究センターの上野文義研究主席、量子科学技術研究開発機構(理事長:平野俊夫)の田口光正上席研究員と清藤 一 主任技術員、大阪府立大学(学長:辰巳砂昌弘)大学院工学研究科の井上博之准教授、東北大学(総長:大野英男)原子炉廃止措置基盤研究センターの秋山英二教授と阿部博志准教授、東京大学(総長:藤井輝夫)大学院工学系研究科附属総合研究機構の鈴木俊一特任教授らは、1F廃炉作業の安全対策に必要な、「放射線環境下での腐食データベース」を構築しました。なお、腐食データベースのうち、放射線環境下での炭素鋼腐食へのホウ酸塩の影響に関するデータの取得については、研究協力として東京工業大学の多田英司教授に実施していただきました。

1Fの廃止措置を40年にわたり安全かつ継続的に進めるためには、経年的に進行する構造材料の腐食を抑制することが重要です。しかしながら、1F廃炉のような、放射線の影響を受けている環境での腐食反応の速度を決定する要因に関しては、十分にデータが得られている訳ではありませんでした。

本研究では、1F廃止措置特有の放射線環境下での腐食トラブルの発生可能性、腐食対策等を検討するうえで有用な情報である、①海水混入系での水の放射線分解(ラジオリシス)データ、および②放射線照射下での腐食試験※5データをデータベース化しました。また、③1F廃炉工程における潜在的腐食影響に関して検討した結果を腐食調査票データベースとして整理し、 「放射線環境下での腐食データベース」として取りまとめました。

本成果は、長期にわたる1F廃止措置をより安全に遂行するための足掛かりとして、保全対策の根拠や安全対策立案へつながることが期待できます。

「放射線環境下での腐食データベース」は、以下のURLより6月26日に公開されました。
https://doi.org/10.11484/jaea-review-2021-001

また、本データベースは文部科学省の「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」の「放射線環境下での腐食データベースの構築」において平成29年~31年に実施した内容がベースになっています。

[役割分担]

日本原子力研究開発機構:①ラジオリシスデータベース構築、全体取りまとめ

量子科学技術研究開発機構:①ラジオリシスデータベース構築

大阪府立大学:②腐食データベース構築

東京工業大学:②腐食データベース構築

東北大学:②腐食データベース構築

東京大学:②腐食調査票データベース構築

【研究開発の背景】

1Fの原子炉格納容器(PCV)内部の滞留水や冷却水は、燃料デブリや飛散したセシウム等の放射性物質から放出される放射線にさらされています。水に放射線が入射すると水の放射線分解(ラジオリシス)が発生することで水中に様々な化学種が生成されます。それにより滞留水や冷却水の水質が変化し、PCVの主材料である炭素鋼の腐食の進行状況が変化します。なかでも、ラジオリシスによって生成する過酸化水素は、炭素鋼の腐食を加速し、ステンレス鋼の局部腐食発生可能性を増加させるなど、腐食予測において大変重要な化学種の1つです。また、このPCV内部の水は、発電のために運転中の沸騰水型軽水炉の炉内で冷却水として使用される純度の高い水とは異なり、緊急冷却のために注入された海水の成分、燃料から溶出した化学種、鋼材から溶出した鉄イオン等多くの不純物の影響を受けていると考えられます。また、現在PCV内部は腐食抑制を目的として窒素ガスで置換され滞留水の中に溶けている酸素の濃度(溶存酸素濃度※6)を低減していますが、今後の廃炉作業に伴い、格納容器へのアクセス部などで、外気から空気中の酸素が侵入してしまう可能性があり、滞留水の位置や状況により様々な溶存酸素濃度となることが推測されます。このような滞留水が置かれている環境においては、放射線環境下、かつ多様な不純物が存在する条件下での腐食が発生し、腐食に起因する強度劣化や漏えい等のトラブルの発生により廃炉工程を阻害する要因となることが懸念されます。

そこで本研究では、1Fの廃炉工程の円滑化に資することを目的として、放射線環境下での腐食トラブルの発生可能性、対策等を検討するうえで有用な情報である、ラジオリシスおよび放射線照射下での腐食試験データをデータベースとしてとりまとめました。さらに、1Fの廃炉工程において、将来的には影響があると予測される潜在的腐食影響を、腐食課題の抽出と、専門家との議論により腐食調査票データベースとして整理しました。

【研究開発の内容】

放射線環境下でのラジオリシスおよび腐食に関する従来の研究は、運転中の軽水炉で発生する腐食や地層処分された放射性廃棄物の金属製処分容器の腐食に関するものが主でした。しかし、1Fでの構造材料の腐食では従来の腐食研究に加え、海水成分など多様な不純物の影響、比較的強い放射線の影響、そして幅広い溶存酸素濃度を検討した腐食研究を行う必要があります。本データベースで対象とした腐食環境の条件範囲を、従来の軽水炉や処分場における条件範囲と比較すると、図1のようになります。

図1 「放射線環境下での腐食データベース」で想定する1F滞留水環境
(線量率が高いほど水の放射線分解が加速され、それにより酸化性の過酸化水素濃度※7が増加しPCVにも使用されている炭素鋼の腐食が加速されます。導電率や溶存酸素濃度が高いほど、炭素鋼の腐食は加速されます)


図1では、放射線による水の吸収エネルギーを表す線量率、水中の電気の流れやすさを表す導電率、水の中に溶けている酸素の量を表す溶存酸素濃度を比較しています。一般的に線量率が高いとラジオリシスが加速され、酸化性の過酸化水素濃度が増加します。また、PCV材にも使用されている炭素鋼の腐食は一般的に水の導電率や溶存酸素濃度が高いと加速されます。軽水炉の腐食環境は低導電率、低溶存酸素濃度、高線量率であり、放射性廃棄物の処分容器の腐食環境は低線量率かつ高導電率で、幅広い溶存酸素濃度条件を取りうる環境であるのに対し、1Fはちょうど両者の中間の線量率で、幅広い導電率および溶存酸素濃度条件を取りうるという特徴があります。本研究は、この範囲での放射線環境下、特にガンマ線照射環境下で発生するラジオリシスや腐食現象を予測するために必要な知見を「放射線環境下での腐食データベース」として取りまとめました。

本データベースは①海水混入系ラジオリシスデータベース、②放射線環境下腐食データベース、③腐食調査票データベース、の3部構成となっています。①は日本原子力研究開発機構、および量子科学技術研究開発機構が、②は大阪府立大学、東北大学、東京工業大学が、③は東京大学が中心となって構築しました。

①海水混入系ラジオリシスデータベースに関して、ラジオリシスでは酸素や水素のような安定な化学種だけではなく不安定なラジカル種※8も生成され、さらにこれらの生成された化学種の間でも化学反応が発生します。また放射線環境下にある水環境は直接的な評価が困難であり、数値解析※9による予測が重要となります。さらに、1Fの冷却水、滞留水で発生するラジオリシス現象においては、単純な水(H2O)の分解だけではなく、海水注入によりPCV内に混入した海水成分や腐食により材料から溶け出る鉄イオンなどの不純物イオンの導電率を考慮する必要があります(図1)。そこで、海水混入系ラジオリシスデータベースとして、この数値解析による予測のために必要な情報として、基本となる水の分解生成物に関する39のラジカル種の反応式に加え、塩化物イオンに関する48の反応式、臭化物イオンに関する61の反応式、硫酸イオンに関する15の反応式、炭酸イオン、炭酸水素イオンに関する28の反応式、鉄イオンに関する24の反応式の合計179の反応式および反応速度定数を文献調査により取得し、とりまとめました。これにより上記の6種の不純物イオンが共存している状態にある水に関して、ラジオリシス解析が可能となる情報を、反応式と反応速度定数の一覧表としてデータベース化しました。(図2)また、一部の反応式に関しては、実験を行い、その結果をもとに最適化を行いました。

図2 ラジオリシスデータベースの概要

このデータベースにある情報を入力データとして用いた解析例として、海水に含まれる不純物成分の中でも、特に水の放射線分解への影響の大きい臭化物イオンが存在するときの過酸化水素濃度の解析結果を図3に紹介します。過酸化水素が材料腐食に及ぼす影響としては過酸化水素濃度が高いほど炭素鋼の腐食が加速されます。また、過酸化水素濃度が高いと、ステンレス鋼の局部腐食の発生確率が増加します。解析結果から、高線量率の環境では、過酸化水素の発生量の低減には脱酸素が重要で、かつ臭化物イオン濃度を低減させる必要がある(図3、□と■)のに対し、線量率が低いと、あまり臭化物イオンの影響は表れない(図3、○と●)ことが分かりました。

このように、放射線環境下にある滞留水中や冷却水中の腐食環境に関するラジオリシス解析に必要なインプット情報をデータベースとして整備しました。また、滞留水のpHや海水由来の陰イオン等の不純物イオンおよび材料から溶出する鉄イオンの存在によりラジオリシスによる生成物の生成量が大きく変化することが予測できました。(予想できることが明らかになった)今後はその予測結果の妥当正を実験により確認し、より高精度な予測手法としていく予定です。

図3 過酸化水素の発生量への臭化物イオンの影響の解析結果

②の放射線環境下腐食データベースに関しては、大阪府立大学が中心となり、これまでに公開されている放射線環境下での鉄基合金の腐食速度や腐食電位に関する文献を調査し、腐食速度データ等の調査結果を文献ごとに個別の整理表としてまとめるとともに、文献から読み取れる環境条件(温度、照射条件など)と腐食速度や腐食電位を一覧表にまとめました。整理票と一覧表の構成を図4に紹介します。

図4 放射線環境下での腐食に関する整理票と腐食データの一覧表の構成

また東北大学が中心となり、PCV喫水線部での炭素鋼の腐食における照射の影響およびオゾンの影響に関して新たにデータを取得しデータベースとしてまとめました。さらに、東京工業大学に協力いただき、ホウ酸塩を含む水中での炭素鋼の腐食への放射線影響に関して新たにデータを取得しました。

③腐食調査票データベースを構築するために、東京大学が中心となり、廃炉工程の進捗も考慮しつつ構造物を細分化して調査および解析を行い、1F内の機器・構造材の潜在的腐食影響について、国内外の知見並びに文献より腐食調査手法の抽出を行うとともに、専門家との議論を実施しました。取りまとめた結果を腐食マップとして俯瞰できるようにしました。また、専門家からいただいたコメントを本データベース内で紹介しています。腐食調査票の概要を図5に紹介します。1Fの主要な設備を検討対象として、腐食に寄与する要因である、酸素や過酸化水素などの腐食を加速させる化学種、温度やpHなどの水環境、水中の不純物や導電率などの水質、材料の種類、腐食形態(全面的に均一に進む腐食か、それとも局部的な腐食か)など、さまざまな観点からの調査結果を表としてまとめています。

図5 腐食調査票(腐食マップ)の概要

【研究開発成果の応用】

構築された放射線環境下での腐食データベースは、1Fでの格納容器内の腐食環境評価に利用できるだけではなく、放射性物質を含む汚染水の保管容器の腐食環境や、水の放射線分解により発生する水素量の評価などにも応用が期待されます。

また、本データベースは1Fだけではなく、放射線環境下にある鉄系合金の腐食評価に幅広く応用できるため、原子力および放射線利用分野においても活用が期待できます。

【今後の展開】

今後は、実際の1F炉内腐食環境評価への適用も視野に入れ、より幅広い条件に対し、より高精度に予測可能となるよう、計算データと実験データとの比較検討をさらに進めデータベースの最適化を行うとともに、本データベースを拡充していく予定です。現状はガンマ線に関してのみデータベース化していますが、デブリ取り出しのための粉砕時に発生すると考えられるアルファ線やベータ線を放出する微粒子が、材料表面に直接接触する可能性を考慮して、アルファ線やベータ線などの放射線種の影響などに関して現在研究を進めています。さらに、1F廃止措置の保全対策や安全対策に本データベースを活用するために必要な情報を整理、高精度化していきたいと考えています。

【論文情報】

雑誌名:原子力機構研究開発報告書類「JAEA-Review」,
タイトル:” 放射線環境下での腐食データベース”
著者所属:日本原子力研究開発機構

【公開URL】
放射線環境下での腐食データベース(受託研究)
【用語解説】

※1 放射線環境下での腐食
放射線環境下に特有な現象で、水の放射線分解で酸化性の過酸化水素が発生し、それにより腐食が加速、誘発される可能性がある

※2 水の放射線分解(ラジオリシス)
水に放射線が入射されると、放射線と水が相互作用する。この結果、水分子が分解され、水素(H)と酸素(O)からなる様々な化学種が発生する。この現象を水の放射線分解(ラジオリシス)という。

※3 潜在的腐食影響
腐食の影響としては、現在は顕在化していないが、長期的に考えたとき、影響するかどうかの可能性

※4 原子炉格納容器(PCV、Primary Containment Vessel)
原子炉を格納する密閉性の高い、炭素鋼製の容器。PCVは略語。

※5 腐食試験
材料の腐食を実験的に評価するための試験。長時間腐食環境にさらして重量変化を測定する手法や、電気化学的な手法など様々な手法がある。

※6 溶存酸素濃度
水中に溶存している酸素の濃度

※7 過酸化水素濃度
水中に溶解している過酸化水素の濃度。過酸化水素はラジオリシスにより発生する化学種の1つである。

※8 ラジカル種
不対電子を持つ原子や分子。不安定で反応性が高い。

※9 数値解析
様々な現象を、数学的なモデルで表現し、計算機を用いた計算により再現、予測する手法。ラジオリシスの評価において用いられる手法の1つ。

2000原子力放射線一般
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