2020年夏季の農業気象 (高温に関する指標)

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2021-06-17 農研機構

はじめに

近年、夏季の高温による農作物の被害が多発しています。ここでは、水稲の生育に影響を与える 2020 年夏季の農業気象の概況を整理しました。具体的には、猛暑日と熱帯夜、ならびに水稲の登熟期間の平均気温の地域的な特徴を示し、気象データに基づく穂温の推定結果についても紹介します。

概要

1.1km メッシュの気温分布 6) (注1) を使用した解析によると、2020 年の猛暑日 (日最高気温 35 ℃以上) の記録回数は、1978 年以降の 42 年間で東日本が 2018 年、2010 年、2019 年に次ぐ 4 番目、西日本が 1994 年、2018 年に次ぐ 3 番目の順位でした。一方、熱帯夜 (日最低気温 25 ℃以上) の記録回数は、東日本が 4 番目、西日本では 5 番目の順位となりました。

2.登熟前半の平均気温が 26 ℃を超えると、品質の低下リスクが増加します。7 月は西日本~東日本を中心に低温・寡照でしたが、8 月以降は全国的に平年より高温となりました。そのため、出穂日から 20 日間 (登熟前半) の平均気温が 26 ℃を超える地域が関東以西の標高が低い平坦地に広範囲に分布し、28℃以上の高温の地域も関東北部、東海、近畿地方以西で広範囲に認められました。

3.穂温モデルを用いた解析から、7 月後半の穂温はほぼ全国的に平年より低かったと推定されました。8 月前半は関東内陸や東海地方を中心として全国的に平年よりかなり高くなり、8 月後半まで高温が持続した可能性が示されました。関東、東海、西日本太平洋側(瀬戸内地方を含む)を中心に、出穂日前後 7 日間の日中の推定穂温が 33 ℃以上の地域が認められました。

(注1) アメダス地点の日最高気温と日最低気温の定義は年代によって変化し、そのままでは長期の気候変動解析には利用できません。本解析では、時別の気温観測データを用いて各地点の日平均/日最高/日最低気温を算定し、それらのデータに基づき長期解析用の 1km メッシュの気温分布を算定しました。前年度までに公表した資料 (「2013年夏季の農業気象」 7) から「2019年度夏季の農業気象」 9) まで) でも、同様な方法で作成した 1km メッシュの気温分布を利用しています。

内容

1.猛暑日と熱帯夜

2020 年の猛暑日 (日最高気温 35 ℃以上) の記録回数は、1978 年以降の 43 年間で東日本が 2018 年、2010 年、2019 年に次ぐ 4 番目、西日本が 1994 年、2018 年に次ぐ 3 番目の順位でした (図1) 。また熱帯夜 (日最低気温 25 ℃以上) の記録回数は、東日本が 4 番目、西日本では 5 番目の順位となりました (図1)。猛暑日と熱帯夜の記録日数は過去 43 年間で増加傾向にあり、東日本では猛暑日と熱帯夜とも 2018 年が最多、西日本では猛暑日が 1994 年、熱帯夜は 2010 年がそれぞれ最多となっています (図1)。2020 年は 6 月が全国的に記録的な高温でしたが、7 月は西日本と東日本を中心に低温・寡照・多雨となり、九州南部~東北南部での梅雨明けが 7 月 28 日から 8 月 2 日ごろと平年に比べて遅く、東北北部では梅雨明けの時期を特定できませんでした 3)。梅雨明け以降は太平洋高気圧に覆われて東・西日本を中心として激しい暑さとなり、8 月の気温は東日本では 1946 年の統計開始以来で最も高くなり(平年差 +2.1 ℃)、西日本でも 2010 年と並んで 1 位タイの高温(平年差 +1.7 ℃)となりました 3)。とりわけ 8 月 10 日から 22 日にかけてと 8月 25 日から 9 月初旬にかけては、多くの観測地点で猛暑日となり、8 月 17 日には浜松(静岡県)で歴代全国 1 位タイとなる 41.1 ℃、9月 3 日には三条(新潟県)で 40.4 ℃(全国の気象官署及びアメダスにおける 9 月の歴代 1 位)の日最高気温を記録しました 3) 4)

次に猛暑日と熱帯夜の発生程度を表す日中と夜間の高温指標 2) を用いて、気温分布の特徴を調べました (図2)。2020 年は、埼玉県から群馬・栃木県南部にかけての関東内陸と、東海、近畿地方の平野部に猛暑日の発生程度が高い地域が見られ、2010 年や 2018年 8) などの近年の猛暑年の分布パターンと類似していました。空間的な広がりは 2018 年よりは限定され、2010 年と同程度でした (図2、図A1)。また熱帯夜の発生程度が高い地域は、関東南部、東海、近畿、九州北西部の平野部と、瀬戸内沿岸や北陸地方の一部に分布し、2010 年や 2018 年 8) 、2019 年 9)などの近年の猛暑年の分布パターンと類似していました (図2、図A2)。

2.登熟期間の平均気温と暑熱指数

出穂日から 20 日間 (登熟前半) の平均気温が 26 ℃を超えると、水稲の白未熟粒の発生が増大し、品質の低下リスクが生じるとされています 11)。2020 年はそのような地域が、東北南部、関東以西の広い地域に分布し、関東北部、東海、近畿地方以西には 28 ℃以上の高温の地域も広範囲に認められました (図3)。出穂日から 20 日間の平均気温が 26 ℃を超える地域は、この期間の暑熱指数 HD_m26 が高い地域とほぼ対応し、平均気温が 28 ℃を超える地域での HD_m26 は、40 ℃×day 以上となります (図3)。出穂日は農林水産省統計資料に基づき、作柄表示地帯別に与えています。

3.日中における推定穂温

2020 年は 7 月下旬まで西・東日本を中心に低温・寡少が続いたため、7 月後半(7/16-31)の推定穂温は東北北部~北海道(北日本)を除いて平年より低くなりました (図4)。8 月前半(8/1-15)の推定穂温は関東内陸や東海地方を中心として全国的に平年よりかなり高くなり、静岡県(浜松と静岡)などで、記録的に推定穂温が高かった 2019 年の 8 月前半の値を超えたものと推定されました (図4)。穂温が記録的に高い状況は 8 月後半(8/16-31)も続き、この時期の推定穂温としては北日本を除くと、全国的にコメ品質が低下した 2010 年に匹敵する高さでした (図4)。

出穂日前後 7 日間の日中 (10~15 時) における平均穂温の推定値の分布を見ると、関東、東海、西日本太平洋側(瀬戸内地方を含む)を中心に、33 ℃以上の地域が認められます (図5)。北陸地方や東北地方における値は 2019 年ほど上昇しておらず、近年の猛暑年としては 2013 年 7) の分布パターンと類似していました (図5、図A5)。

引用文献

1) Ishigooka Y., Fukui S., Hasegawa T., Kuwagata T., Nishimori M., and Kondo M. (2017) Large-scale evaluation of the effects of adaptation to climate change by shifting transplanting date on rice production and quality in Japan, J. Agric. Meteorol., 73(4): 156-173.

2) Ishigooka Y., Kuwagata T., Mishimori M., Hasegawa T., and Ohno H. (2011) Spatial characterization of recent hot summers in Japan with agro-climatic indices related to rice production, J. Agric. Meteorol., 67(4): 209-224.

3) 気象庁 (2020) 夏 (6~8月) の天候. https://www.jma.go.jp/jma/press/2009/01b/tenko200608.html

4) 気象庁 (2020) 9月の天候. https://www.jma.go.jp/jma/press/2010/01a/tenko2009.html

5) Kuwagata T., Yoshimoto M., Ishigooka Y., Hasegawa T., Utsumi M., Nishimori M. Masaki Y., and Saito O. (2011) MeteoCrop DB: an agro-meteorological database coupled with crop models for studying climate change impacts on rice in Japan, J. Agric. Meteorol., 67(4): 297-306.

6) 清野 豁 (1993) アメダスデータのメッシュ化について.農業気象,48(4): 379-383.

7) 農業環境技術研究所 (2014) 2013年夏季の農業気象 (高温に関する指標) .研究資料,https://www.naro.affrc.go.jp/org/niaes/agromet/2013.html

8) 農研機構 農業環境変動研究センター (2019) 2018年夏季の農業気象 (高温に関する指標) .研究資料,https://www.naro.affrc.go.jp/org/niaes/agromet/2018.html

9) 農研機構 農業環境変動研究センター (2020) 2019年夏季の農業気象 (高温に関する指標) .研究資料,https://www.naro.affrc.go.jp/org/niaes/agromet/2019.html

10) 西森基貴, 石郷岡康史, 若月ひとみ, 桑形恒男, 長谷川利拡, 吉田ひろえ, 滝本貴弘, 近藤始彦 (2020) 作況基準筆データを用いた近年の日本のコメ品質に対する気候影響の統計解析. 生物と気象, 20: 1-8. https://doi.org/10.2480/cib.J-20-054

11) 森田 敏 (2008) イネの高温登熟障害の克服に向けて.日本作物学会紀事, 77(1): 1-12.

12) Yoshimoto, M., Fukuoka M., Hasegawa T., Utsumi M., Ishigooka Y., and Kuwagata T. (2011) Integrated micrometeorology model for panicle and canopy temperature (IM2PACT) for rice heat stress studies under climate change, J. Agric. Meteorol., 67(4): 233-247.

担当研究者

農研機構 農業環境研究部門 気候変動適応策研究領域
桑形 恒男
吉本真由美
長谷川利拡
西森 基貴
滝本 貴弘

農研機構 北海道農業研究センター芽室研究拠点 寒地畑作研究領域
石郷岡康史

問い合わせ先

研究担当者:
農研機構 農業環境研究部門 気候変動適応策研究領域
作物影響評価・適応グループ長  長谷川利拡

広報担当者:
農研機構 農業環境研究部門 研究推進部
研究推進室長  大浦 典子

2020年夏季の農業気象 (高温に関する指標)

図1.日最高気温が 35 ℃以上になった回数 (左図) と日最低気温が 25 ℃以上になった回数 (右図) の年々変化 ( 1978 – 2020 年の過去 43 年間)

1981 – 2000 年の 20 年平均値を 100 とした時の相対値。1km メッシュの気温分布 6) (長期の気候変動解析用(注1) )に基づき算定。ここで、東日本は中部地方より東の地域に対応し、西日本は近畿地方より西の地域が対応する (ただし北海道と沖縄は含まず) 。

(全国マップ)
(全国マップ)

図2.日中の高温指標 HD_x35 (℃×day) (上図) と夜間の高温指標 HD_n25 (℃×day) (下図) の分布 (2020 年)

1kmメッシュの気温分布 6) (注1) に基づき算定。
2つの高温指標は次式で定義され 2)、それぞれ猛暑日と熱帯夜の発生程度を表している。
HD_x35 (℃×day) = ∑[max(Tmax-35, 0)]
:日最高気温 Tmax が 35 ℃以上の日 (猛暑日) の気温超過量を毎日積算する。
HD_n25 (℃×day) = ∑[max(Tmin-25, 0)]
:日最低気温 Tmin が 25 ℃以上の日 (熱帯夜) の気温超過量を毎日積算する。
過去における日中と夜間の高温指標の分布 (1978年以降) を、参考資料として 図A1 および 図A2 に示した。

(全国マップ)
(全国マップ)

図3.水稲の出穂日から 20 日間の平均気温 (上図) と暑熱指数 HD_m26 (℃×day) (下図) の分布 (2020年)

1kmメッシュの気温分布 6) (注1) に基づき算定。出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得。
水稲の出穂日から 20 日間の暑熱指数 HD_m26 は次式で定義され 1) 2)、この値がおよそ 20 (℃×day) を越えると、品質低下のリスクが増すことが示されている 10)
HD_m26 (℃×day) = ∑[max(T-26, 0)]
(出穂日から 20 日間の期間で日平均気温 T を積算)
過去における水稲の出穂日から 20 日間の平均気温と暑熱指数 HD_m26 の分布 (1978年以降) を、参考資料として 図A3 および 図A4 に示した。

48の気象台 (旭川、札幌、・・・、鹿児島、宮崎) の気象データをもとにしたグラフ

図4.7月後半(7/16-31)、8月前半(8/1-15)ならびに 8月後半(8/16-31)における、全国各地の開花時刻(10~12 時)の平均穂温の推定値の分布

出穂・開花期においては、10~12 時は開花時刻にほぼ対応する。エラーバーは日々の標準偏差を示す。
2020 年と 2010、2019 年の結果、ならびに 1981-2010 年の 30年間の平均値。「モデル結合型作物気象データベース」 (MeteoCropDB) 5) で提供される各気象台地点の気象データと穂温モデル 12) より算定。

(全国マップ)

図5.水稲の出穂日前後 7 日間の日中 (10~15 時) における平均穂温 (℃) の推定値の分布 (2020年)。

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