2021-06-04 日本原子力研究開発機構,警察庁科学警察研究所,京都大学
【発表のポイント】
- 空港等の運輸関連施設では、荷物に隠された核物質を検知する必要があります。核物質検知装置には様々なタイプがあり、対象物に放射線を照射して調べるアクティブ型検知装置(以下、アクティブ装置)は最も高性能である一方で、装置自体が高価かつ大型になるという課題があります。
- アクティブ装置が高価とならざるを得ない主要因は、規則的に強度が変動する放射線を発生させる放射線発生器を組み込む必要があるためです。この放射線発生器を低コスト化できれば、アクティブ装置自体を低コスト化できます。そこで、放射線源を高速回転させて放射線の強度を疑似的に変化させる放射線発生器(回転照射装置)を開発しました。
- 開発した回転照射装置は、従来のアクティブ装置で用いられるものと比べ大幅に安価・小型です。さらに、これを組み込んだアクティブ装置原理実証機を製作し、従来のアクティブ装置と同等の検知性能を持つことを実験で確認しました。
- 今回の原理実証試験の成功により、アクティブ装置の低コスト化や小型化(=可搬性向上)への目途が立ちました。今後、運輸関連施設等における検査だけでなく、大規模イベントにおける不審物検査等での活用も期待されます。
放射線源を回転させて強弱をつけることで核物質を検知する手法を原理実証
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄。以下「原子力機構」)原子力基礎工学研究センターの 米田政夫 研究副主幹らと警察庁科学警察研究所(所長 福永龍繁。以下「科警研」)の田辺鴻典 研究員、及び国立大学法人京都大学複合原子力科学研究所(所長 中島健。以下「京大複合研」)の北村康則 准教授らは、新たな原理に基づく核物質検知装置を開発し、京大複合研においてその原理実証実験に成功しました。
空港や港湾等における核テロ対策装置には、主に以下の2つがあります。
- ①安価で小型・可搬性に優れるが検知性能が十分でないパッシブ型検知装置(注1)
- ②非常に高価で大型・持ち運びが出来ないが検知性能は高いアクティブ型検知装置(注2)(アクティブ装置)
高い検知性能を持つアクティブ装置は、規則的に強度が変動する放射線発生器(注3)が必要となるため、装置自体が高価で大型なものになります。そのためアクティブ装置を更に普及するためには、装置の低コスト化と小型化が課題となっていました。
本研究では、この課題解決のために、放射線源(注4)を高速回転させることにより放射線強度を疑似的に変化させるという回転照射の原理を考案し、試作機(回転照射装置)を製作しました。さらに、この回転照射装置と放射線検出器を組み合わせたアクティブ装置原理実証機でも、従来のアクティブ装置と同じように核物質を検知できることを実験によって確認しました。
この回転照射装置は、従来のアクティブ装置(約200x200x200cm)で用いられる放射線発生器(約3,000万円以上)より大幅な小型化(43x35x57cm)・低コスト化(約400万円)が望めます。さらに、放射線源として少量のカリホルニウム-252(Cf-252)を採用することにより、放射性同位元素(RI)の許認可申請の必要がない表示付認証機器とすることができるというメリットもあります。このため、全国の運輸関連施設等における検査だけでなく、大規模イベントにおける不審物検査等にも適しています。今後、警察による初動対応などを視野に入れた研究を進め、早期の実用化を目指します。
本研究成果は、オランダの科学雑誌「Annals of Nuclear Energy」に2021年5月20日(現地時間)に掲載されました。本研究はJSPS科研費JP17K07016の成果を含みます。
【付記】
各研究機関の役割は以下の通りです。
原子力機構:研究統括、アクティブ原理実証装置の開発、実証実験
科警研:実証実験、実用化検討
京大複合研:実証実験、実証用核燃管理、放射線源検討
【研究の背景】
世界的にテロの脅威が高まっており、空港や湾港においても放射性物質に対するセキュリティ検査が実施されています。なかでも核物質を用いたテロは社会に甚大な影響を与えるものとして深く憂慮され、核セキュリティ用の核物質検知装置の重要性が増している状況にあります。
例えば、東京オリンピック開催に向けて、2018年2月にIAEA事務局長と日本の外務大臣間で核セキュリティ措置の日本-IAEA間の実施取決めの署名がなされるなど、国レベルで対応強化が進められています。
ここで想定されている主な検査機器は、検査対象物から放出される放射線を測定するパッシブ法と呼ばれる手法を採用しており、多くの放射線を放出する放射性物質の検知においては一定の効果があると考えられるものの、あまり放射線を放出しない核物質の検知に対しては有効であるとは言えません。特に代表的な核物質であるウラン235(U-235)(注5)に対しては遮蔽がわずかでもあれば検出できない可能性があります。
一方、検査対象物に放射線を照射して核物質と反応させ、その反応によって出てくる放射線を検出することにより核物質を検知する方法はアクティブ法と呼ばれています。アクティブ法による検査装置(アクティブ装置)は、前述のパッシブ法に比べて圧倒的な検出感度と正確性を持っており、核セキュリティ用の核物質検知法として非常に有望であると考えられています。しかしながら、アクティブ装置は、規則的に強度が変動する放射線を発生させる放射線発生器が必要となるため、装置自体が高価で大型なものになるという課題がありました。
【今回の成果】
研究グループでは、安価で可搬性が高いアクティブ装置を開発するため、新たな放射線発生器の開発を行いました。
アクティブ法では、照射する放射線の強度を規則的に変動させる必要があります。そこで、放射線の強度を疑似的に変化させるために、測定対象物の近傍で放射線源を高速回転させる回転照射装置を開発しました。放射線源としては中性子を放出するカリホルニウム-252(Cf-252)を採用しました。一般的に、Cf-252から放出された中性子はウラン-235(U-235)等の核物質と核分裂反応を引き起こし、その反応によってさらに多くの中性子が放出されます。したがって、Cf-252から放出された中性子以外の中性子が確認できれば、そこに核物質があるということになります。しかし、ただ単に中性子を照射した場合には放射線源からの中性子と核物質からの中性子を区別できないため、核物質の有無を検知することは困難です。また、測定される中性子は測定対象物を通り抜ける際に減少し、その減少の割合は測定対象物の中身によって大きく変わりますので、測定される中性子の増減で核物質の有無を判断することもできません(図1)。ここで、放射線源からの中性子は測定対象物を通り抜けて、そのまま検出器で測定されるのに対し、核分裂反応により放出される中性子は時間的に少し“遅れ”て検出器で測定されます。さらに、放射線源が近くにある場合には核分裂反応数が多くなるため発生する中性子も多くなり、逆に遠くにある場合には少なくなるため、回転照射装置で放射線源を回転させることにより放射線源と核物質の距離を一定間隔で変化させると、核分裂反応数や核分裂反応により放出される中性子量も回転に同期して変化します。核分裂反応により放出される中性子の“遅れ”は数マイクロ秒程度とわずかであるため、低速で回転させた場合には放射線源からの中性子(照射中性子)と核物質からの中性子(核分裂中性子)の強度は全く同じように変化しているように見えます。一方で、高速で回転させた場合には中性子の強度変化の違いが観測できるようになります(図2)。このことから核物質がある場合には低速回転と高速回転の測定データに差異が生じ、この差異の有無によって核物質が検知できることを見出しました。
図1 透過する中性子量は、内容物によって増減するため、単に中性子をあてて中性子量を測定するだけでは核物質の検知はできない
図2 新手法の測定データイメージ
今回開発した新手法では、回転照射装置の横に測定対象物を配置し、測定対象物を挟むように放射線検出器を配置します(図3)。開発した回転照射装置(図4)は、直径31cmの円盤(図5)を内蔵しており、その外周部に放射線源(Cf-252)を取り付けて最大で1分間に3,000回転させることができます。その回転照射装置は、従来の放射線発生器(加速器を使用するためコストは約3,000万円以上)よりも大幅な低コスト化(約400万円)が図られています。また、寸法は、横幅43cm、奥行35cm、高さ57cmとコンパクトであることから、必要な場所に容易に移動させることが可能です。
京大複合研において、原理実証機を用いた実験を実施しました(図6)。図6において中心の前後にもピークがあるのは、測定体系の幾何学的な影響によるものです。測定した中性子数の中心ピーク前後の積分値比を比較したところ、低速回転と高速回転で差異が生じることを確認しました(図7)。この差異は核物質が有るために生じるものです。これにより新たな核物質検知手法の原理を実験により実証することができました。
図3 装置配置イメージ
図4 回転照射装置
図5 回転照射装置内の放射線源回転用円盤
図6 回転速度毎分3,000回転(高速回転)時の実験結果
・核物質として天然ウランを使用
・両矢印は中心ピーク前後の積分範囲
図7 低速回転と高速回転の結果比較
・低速回転と高速回転で差が生じており、測定対象物に核物質が含まれると判断できる
【今後の展望】
開発した回転照射装置は、従来のアクティブ装置で用いられる放射線発生器より大幅に安価(1/10程度)・小型であり、放射線源として少量のCf-252を採用することによりRI許認可申請の必要がない表示付認証機器とすることができるというメリットもあります。すなわち、これを用いた新しい核物質非破壊検知装置は従来のアクティブ装置と同等の検知性能を持ちつつ、低コスト化・可搬性向上を図ることができます。このため、空港や港湾など、全国の運輸関連施設等だけでなく、大規模イベントにおける核物質検査等での活用にも適しています。また、核物質検知装置を幅広く普及させることは、それ自体が核テロの抑止に繋がると期待されます。今後、核テロ発生時の警察による初動対応などを視野に入れた研究を進め、2024年頃の実用化を目指します。
【論文情報】
雑誌名:Annals of Nuclear Energy
タイトル:First demonstration experiment of the neutron rotation method for detecting nuclear material
著者:M. Komeda1, Y. Toh1, K. Tanabe2, Y. Kitamura3, T. Misawa3
所属:1日本原子力研究開発機構、2科学警察研究所、3京都大学
DOI番号:10.1016/j.anucene.2021.108300
【特許情報】
・特願2018-181563
【助成金の情報】
本研究の一部はJSPS科研費JP17K07016の助成を受けたものです。
【用語の説明】
1)パッシブ型検知装置
核物質自身が放出する放射線(アルファ線、中性子線、ガンマ線など)を検出することで核物質検知を行う装置のこと。放射線検出器だけで簡便に検知できるという特長がある。しかし、核爆弾にも用いられる代表的な核物質であるウラン235は、放出する放射線が弱く透過力も低いため、パッシブ型検知装置で検知することは困難である。
2)アクティブ型検知装置
核物質に外部から強度が規則的に変動する放射線(主に中性子)を照射して、核物質との反応を起こさせ、それによって発生する放射線を検知することで核物質の検知を行う装置のこと。パッシブ型装置に比べて核物質の検知性能が高い(隠された微量な核物質でも検知可能)という特長がある。その一方で、強度が規則的に変動する放射線を必要とするため、これまでは高価な放射線発生器及び重厚な遮蔽体が必須であった(図8)。
図8 従来のアクティブ型装置の例(装置内部の白い物体はドラム缶)
3)放射線発生器
従来のアクティブ型検知装置で用いている放射線発生器は、加速器を利用したものである。代表的な発生器は、重水素とトリチウムの核融合反応(D-T反応)を利用したものであり、強度が規則的に変化する中性子を発生させることができる。D-T反応を用いた発生器は、アクティブ型検知装置で必要とされる中性子を生成することができる一方で、装置が非常に高額(約3,000万円以上)で大型である。また、発生器を使用するためにはRIの許認可申請(使用場所毎に放射線量評価等の国の審査が必要)も必要である。
4)放射線源
放射線(アルファ線、中性子、ガンマ線)を放出する物質を含んでおり、そこから放出される放射線を利用することができる。ただし、放出される放射線は、常に一定強度であり、これまではアクティブ型検知装置に用いることができなかった。今回開発した装置では、中性子を放出する放射線源(中性子線源)であるカリホルニウム-252(Cf-252)を用いており、直径9.4mm、高さ36.3mmと非常に小型であるうえ、安価で取扱いが容易である。なお、開発した回転照射装置に入れるCf-252は放射性同位元素(RI)の許認可申請の必要がない表示付認証機器を使用する。
5)ウラン235
代表的な核物質で原子力発電所の燃料や核爆弾(例:広島型原爆)で用いられる。放出する放射線が弱く透過力も低いため、ウラン235をパッシブ型検知装置で検知することは困難である。なお、今回開発した核物質検知装置は、ウラン235だけでなく、同じく核爆弾の材料となるプルトニウム239も検知可能です。